何点か気になることがあったので。長文です。
【自然と防災】静岡県下田市(伊豆下田)の堤防工事の署名について〜美しいビーチを守るために〜
静岡県の海岸保全基本計画に反対の立場をとっている方ですね。
ここから追っかけてみると、地元のサーフィンスクールの方が、反対の署名活動を呼びかけていらっしゃるようです。
バグース タタド& サーフィンスクール
署名のお願い(pdf)
要望書(pdf)
「署名のお願い」の一部を引用してみます。
静岡県が "防災" と言う名目でものすごい自然破壊を企ててます。下田の海岸線820メートル(多々戸から入田、大浜まで)のビーチになんと地上13m の "堤防" を立てて津波から人を守るという名目で、建設会社との結託としか思えない造作物を作って自然破壊をしようとしてるんです。(もちろん名目は地域の防災)
堤防が出来れば景観が損なわれるだけでなく、間違いなく観光業界、ホテル業界は壊滅。サーフィンなんて砂がなくなって無理! 津波の前に市民は生活苦ですょ。こんなバカみたいな予算の使い方はないでしょう!そんな重要な案件が密室で話が進んでました。
ネット上で検索してみた感じ、特にサーファーの方がこの署名に共鳴されているみたいですね。
ちなみに、南海トラフの津波想定については、冒頭記事の方もリンクされてましたが、朝日に記事がまとまってました。
県内死者最悪11万人 津波、下田で33m 静岡
地震によって発生する津波は、下田市で最大33メートルに達する。3月発表時の25.3メートルより大きくなったのは、10メートルメッシュで細かく推計したため、海底や地形の影響が出ている。
33メートルの津波に襲われるとされたのは、下田湾の外の狼煙(のろし)崎付近。下田港内は12〜15メートル程度という。港内へは地震発生から約20分後に到達するとみられる。
先に私が言いたいことをまとめると、下記のようになります。
・自然の景観保護と防災というのは常に難しいバランスを求められるもので、一方を否定するつもりは全くありません。冒頭エントリの方も、真摯な思いから反対されていると存じます。
・ただ、当たり前のことですが、政府・自治体は何よりも人命優先のスタンスをとるべきだと考えます。
・津波被害については、東北地方太平洋沖地震の教訓を活かすべきだと考えます。
・上記から、私個人の姿勢としては、この海岸保全基本計画に賛成寄りです。
・当然自然の景観保護に依拠した主張の存在も理解できますが、上記の「署名のお願い」については、様々な点で疑問があります。
・例えば、「建設会社の結託としか思えない」という決めつけであるとか、「バカみたいな予算の使い方」であるとか。ちょっと煽りが露骨過ぎではないでしょうか。
・海はもちろん貴重な観光資源でしょうが、下田の温泉資源を全無視して「観光業界、ホテル業界も壊滅」ってのもちょっと首を傾げるところです。
・反対の活動を行うのであれば、反対するからこそ、冷静に事実を指摘するべきなんじゃないかなあ、と思うんですが。
・あと、これは単純な疑問なんですが、「住民全員が「津波、自然災害は受け入れます!」と署名も提出」とか「津波浸水被害予想地域の全住民の方々が津波被害は甘んじて受け入れ、防潮堤の建設に反対との意向であり、署名された」、ってホントなんでしょうか。津波の予想被害エリアってめっちゃ広いですが…
うん。言いたいことは全部上に書きました。
以下は補足。補足ですが、長いので一応目次を書いておきます。
1.今回の海岸保全基本計画についてざっと調べてみた
2.じゃあ、計画反対にはどんな論点が妥当なんでしょうか
3.東北津波を思い出してみると。
順番にいきます。
1.今回の海岸保全基本計画についてざっと調べてみた
まず、幾つか参考資料を当たってみました。
海岸保全基本計画は日本全国で行っています。静岡県のホームページをあたってみると、海岸保全基本計画の変更について、下記のページにまとまっていました。
静岡県公式ホームページ:海岸保全基本計画の変更
吉佐美の防波堤の高さ変更については、下記の資料の7ページにその記載がありました。
海岸保全基本計画の概要(pdf)
まず、静岡県のページを見る限りでは、それなりに妥当な検証が行われているように見えますし、地域住民への告知や説明も行われてきているように見えます。たとえば委員には東伊豆町長や袋井市長、静岡県漁業協同組合の理事会長なんかが含まれていますし、パブリックコメントに基づく意見募集の結果も公表されています。ECO MARTには、今回の伊豆半島沿岸海岸保全基本計画の公表についての記事も出ていますね。
伊豆半島沿岸海岸保全基本計画、駿河湾沿岸港海岸保全基本計画、遠州灘沿岸海岸保全基本計画の変更計画の公表について
1 公表日
平成27年12月25日(金曜日)
3 変更計画の公表方法
(1)静岡県ホームページ上に掲載
http://www.pref.shizuoka.jp/kensetsu/ke-410/kouwan27/kaiganhozen.html
(2)県民サービスセンター等への配架
・県民サービスセンター(県庁東館2階)
・各財務事務所及び西部農林事務所天竜支局
・配架期間:平成27年12月25日(金曜日)から平成28年2月24日(水曜日)まで
これが十分な情報公開なのかどうか、というのは議論の余地があると思いますが、「密室での決定」と断言するにはちょっと無理があるんじゃないかと。
2.じゃあ、計画反対にはどんな論点が妥当なんでしょうか
もしこの海岸保全基本計画の変更に反対するとしたら、次のような論点がおそらく妥当ですよね。
・津波被害が想定されている地域住民が、津波被害よりも堤防が作られることによる逸失利益の方を重視している。
・防波堤の津波減災効果が不十分である、ないし防波堤無しでももっと有効でパフォーマンスが高い津波減災対策がある。
要は、「住民がみんな要らないと言っている」あるいは「防波堤なんて作っても無駄」のいずれかです。実際、上の要望書にはそんな論点が書いてあるようですが。
まず、「20メートル以上の津波に対して、13メートルの防波堤の意味はあるのか」という点については、現在の情報を見る限りでは「意味はある」と言ってしまってよいかと思います。例えば下記のページなんか参考になります。
防災と減災の違い 〜津波に備える〜
減災をベースとした防災 〜津波に備える〜
これに対して福島県中部より南の地域では、堤防上を乗り越えた津波の高さが1〜5m程度であり、堤防の破壊状況と陸地の被害に関して、明確な関連性が観察されました。例えば、福島県勿来(なこそ)海岸では、堤防の上を津波が1m程度の高さで乗り越えた地域の堤防は破壊されず、浸水被害も軽微でした。
ところが数百m離れた近くの地域で、津波が堤防を3m程度の高さで乗り越えたところではほとんどの堤防が破壊され、大規模な浸水被害が発生しました。また、福島県南相馬市の一連の海岸では、大規模な浸水被害が生じましたが、陸地の浸水水位は、堤防の全壊率が低い地域ほど低くなる傾向が見られました。つまり海岸堤防には、全壊まで至らなければ、津波の越流量を低減する効果があるといえます。
完全に防げるというものではないけれど、全壊さえしなければずっとマシになるよ、という話です。勿論防波堤だけでは話は不十分でして、この記事にはそれ以外の対策についても色々書いてあるのでお暇な方はご一読を。
津波の浸水想定と防潮堤による減災効果について記載している、下記のページも参考になると思います。今回の計画と直接は関係ないですが。
浜松市沿岸域防潮堤整備事業 > 防潮堤の減災効果
勿論防波堤は「その他たくさんの対策の一部」でして。そもそも、元の計画自体、「防波堤だけ作って終わり」という計画ではないんですよね。「防波堤だけ作ってどうすんだ」という人は、もうちょっと計画をちゃんと確認された方がいいんじゃないかと。
伊豆半島沿岸海岸保全基本計画
で、一方、「住民がみんな要らないと言っている」という方について。行政においては、当然受益者である住民の意思は重視してしかるべきですが、今回の津波の場合、海岸沿岸ばかりでなく、津波が押し寄せるであろうずっと内陸の地域の住民についても当然意思を確認する必要があるという点で、「みんな反対」という状況には懐疑的です。
勿論行政は、海岸沿岸部についても、内陸部についても、平等にその受益と損失を考えなくてはいけません。難しいバランシングが求められる問題であることについては議論を俟たないですが、その上で「人命は何よりも大事」という普遍的なテーゼを守らなくてはいけない訳でして。
「いざ、津波が起きた時に真っ先に被害を受ける人たち」全てが重視されてしかるべきなんですよ。勿論、「堤防が出来たら海水浴やサーフィンの客が来なくなる!!」というのは重い言葉ですが、「いざ津波が来た時、家族が死んだらどうしてくれるんだ!」というのも同じように、非常に非常に重い言葉です。後者の言葉を挙げている人が一人もいない、というのもおかしな話だなーと私は思うんですが。
もしかすると「自然の方が人命よりも重要だ」というスタンスの人もいるのかもしれませんが、私はその立場に与しません。
3.東北津波を思い出してみると。
私、東北に身内がいますが、津波による被害ってほんとーーーに悲惨であって、「もっと防波堤がああなっていれば」という話、山ほど聞きました。本来であれば防げた被害、本来であれば救えた人命が、山のように手からこぼれていったのが、2011年の3月に起きたあの災害なんですよ。
勿論、ある課題に対するスタンスが複数あるのは当然ですし、どれかのスタンスをとったとして、他のスタンスを否定していいというものではありません。ただ、その上で、私は2011年の3月が繰り返されないことを、あの津波の教訓がいい意味で活かされることを、心から祈ります。
今日書きたいことはそれくらいです。