天皇、皇后両陛下は26日から、フィリピンに向かう。戦時中、日米の激戦地として多くの住民が犠牲になった地への慰霊の旅ともなる。特に旧日本兵によって多くの非戦闘員が殺害されたとされるのがルソン島南部・バタンガス州だ。現場に居合わせた地元住民、旧日本兵はともに、高齢の今も戦争の記憶を引きずっている。

 バタンガス州リパ郊外。うっそうと生い茂るバナナの木に埋もれるように、その井戸はあった。「父やいとこが殺されたんです」。アレックス・マラリットさん(80)は振り返る。

 1945年2月の早朝。何人もの日本兵が自宅に入り込み、父を連れ去っていった。数週間後、母と逃げていた島から戻り、何が起きたのかを聞いた。日本兵たちは集落の男性40人ほどを次々に銃剣で刺し、井戸に投げ込んだという。

 父の遺体と対面することなく、母は亡くなった。二度と戦争を起こさないため、自分のこととして考えてもらいたい。マラリットさんは願いを込め、10年ほど前から当時の様子を絵に描き、地元の博物館で展示している。

 かつての日本軍の行いに怒りを忘れることはない。一方で、身の回りには日本製品があふれているという現実もある。多くのフィリピン人が抱える、そんな複雑な胸のうちを直接聞いてほしい。両陛下の訪問に期待を寄せている。

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 同じ頃、秋田県由利本荘市の三浦新一さん(92)も陸軍歩兵第17連隊の一員としてバタンガス州にいた。「住民を皆殺しにしろ」という上司の命令を受け、仲間と住民を襲った。