琴奨菊は「気は優しくて力持ち」幕下転落危機の雅山に激励手紙

2016年1月25日6時0分  スポーツ報知
  • 12年8月、慰問前夜の激励会で及川社長(中央手前)にお酌する琴奨菊(右)。左は琴剣さん(及川氏提供)

 ◆大相撲初場所千秋楽 ○琴奨菊(突き落とし)豪栄道●(24日・両国国技館)

 大相撲初場所で大関・琴奨菊(31)=佐渡ケ嶽=が24日、日本出身力士で10年ぶりとなる優勝を決めた。日本中が注目した千秋楽で賜杯を抱く姿を関係者たちは感慨深く見つめた。出身地も部屋も異なるが親交が深かった二子山親方(元大関・雅山、38)や東日本大震災で被災した宮城県石巻市の建設会社社長・及川太さん(69)、相撲漫画家・琴剣さん(55)が大関の知られざる秘話を明かした。(甲斐 毅彦、江畑 康二郎)

 2013年春場所11日目の取組前、2勝8敗で幕下転落の危機に立たされていた東十両9枚目・雅山の元に1通の手紙が届いた。送り主は後輩の西大関・琴奨菊。3枚の便箋には、日頃の感謝と激励の言葉が記されていた。「自分の相撲を取り切れていないことは感じられていると思います。満身創痍(そうい)でしょうが、最後まで自分らしく相撲を取ってください」

 当時、度重なるけがに悩まされていた琴奨菊は勝ち越す前だった。「他人のことを心配している場合かよ」。雅山は涙が止まらぬまま土俵へ向かった。だが千秋楽、3勝12敗で引退を表明した。二子山親方は「先輩に対してこんな気が使えるんだと驚いた」と振り返る。琴奨菊からの手紙は今も大切にとってあるという。

 支援者の及川さんは12年8月、石巻市で行われた東日本大震災の被災地巡回慰問の際、琴奨菊と初めて会った。仙台空港に車で迎えに行き、激励会が行われる同県南三陸町のホテルまで空港から大雨の中を約3時間、被害が大きかった沿岸部を走りながら、及川さんは震災当時の話をした。「自宅が住めなくなり、家族で野草を食べながら会社のプレハブで1か月しのぎました」。初めて見るガレキの山、全壊した建物の前で車を止め、琴奨菊はただ黙って見つめていた。すると「酒を買いたい」と言い出した。「大関は下戸だと聞いていたが…」と及川さんは不思議に思った。

 翌朝7時ごろ大関に「海に行きたい」と頼まれた。及川さんが、海の見える崖に連れて行くと、琴奨菊は一升瓶を取り出し10メートル下の海に酒を巻いた。朝日に向かって3分間、手を合わせ鎮魂の祈りをささげた。震災による町の死者は620人、行方不明者は212人。「どうしても、お神酒(みき)をささげたかった」と静かに話した。及川さんは「こんな思慮深い力士は見たことない。今回の優勝は被災地にも大きな勇気を与えた」と感激していた。

 琴剣さんは、昨年8月17日、岩手県一関市の巡業で見せた「大関の優しさ」が忘れられない。会場の市総合体育館2階のグッズコーナーの隅で来場した子供たちの似顔絵を描いていたが、薄暗くて人目につかず人が集まらなかった。通りがかった琴奨菊は、琴剣さんの横に座って即興のサイン会を始めた。たちまち、グッズコーナーは大盛況になったという。

 3人の秘話から浮き彫りになったのは「気は優しくて力持ち」という人柄。10年ぶりに日本出身力士で賜杯を手にした大関は、お相撲さんの理想を体現した男だった。

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