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異世界を制御魔法で切り開け! 作者:佐竹アキノリ

第七章

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157 撤退

 無謀とも取れる、エヴァンの声には、不思議なまでの実感が備わっていた。男たちは誰一人欠けることなく、その意に従う。それは極限まで追い詰められた恐怖の中、他に縋るものがなかったからかもしれない。背後からは、もう一頭の竜が確実に距離を縮めてきているのだから。だが、彼の意思がこの場を支配していたことは間違いないだろう。

 竜の咆哮が上がる。それだけで足がすくみそうになるほどの威圧感。

 エヴァンは雄叫びを上げた。彼は戦闘時において、体力を損耗するとの理由から大声を出すことは滅多にない。それゆえに、それはこの場を動かすための、一つの方法だった。

 彼が気を吐いているだけなのか、それとも先導者としての資質を見せつけるのかは、この一瞬で決まる。だが、エヴァンには気負いもなければ、緊張もなかった。高められた集中力は、敵の一挙手一投足に当てられている。

 竜が前足を踏み出した。大地が揺れる。
 出鼻をくじくべく、エヴァンは敵の前へと躍り出た。巨岩のような頭部が迫ってくる。エヴァンは侵食領域内にて岩を生成、敵の大きく開いた口中へと撃ち込んだ。

 口を塞がれて、竜はたじろぐ。その瞬間、エヴァンは跳び上がり鉄塊を振り上げた。竜は頭部を打ち上げられてよろめくも、二度地を踏むとそこでようやく立て直す。

「下を通り抜けろ!」

 そこは死角であるが、一歩間違えば踏み潰されかねない。半ば無茶とも言えるその指示に、男たちは心臓が跳ね上がるような思いをしつつも、駆ける足に力を込めた。

 竜の足を門に見立てて、男たちが、馬が通り抜けていく。尻尾に打ち付けられて、骨を折る者もいたが、誰一人足を止めることはしない。最後の一人が過ぎて行ったのを確認したとき、エヴァンの眼前には、既に岩を吐き出して彼へと大口を開けている竜、そして背後には鋭い爪を備えた前足を振りかぶっているもう一体。

 自身の数倍の体積を持つそれらが両方向から向かってくる。エヴァンは自身に力場魔法を用いるも、既にそのときは目と鼻の先までそれらが迫っていた。

 と、そこで飛び込んでくる者があった。エヴァンは抱きかかえられ、側方に向かってその場を離脱する。

 背後ですさまじい衝撃があったのを、揺れる空気から感じる。二頭の竜がもつれ合うようにして、爪や牙を互いの皮膚に食い込ませていた。

「エヴァン様、ご無事ですか?」

 普段と変わらぬ口調で尋ねてくるセラフィナ。彼女は木々を蹴って宙を軽々と移動し、先に進んでいた馬の少し後方辺りに着地する。エヴァンは腕の中から抜け出ながら、いつものように礼を言った。

「ありがとうセラ。君はいつも、最高だよ」
「エヴァン様のことは、誰よりも私がよく知っていますから!」

 セラフィナはそう言って胸を張る。彼女がエヴァンのことに関して自信を持つようになったのも、旅の中で起きた変化かもしれない。それはきっと、互いの思いを確認したことが無関係ではないだろう。危機を脱したとはいえ、まだ危険な地を抜けたわけでもないにもかかわらず、エヴァンはそんなことを思った。

 そうしてゆくと、幾度も追ってくる竜の足音が響き、あちこちから獣の遠吠えが聞こえる。

「上に魔物がいます!」

 突如、セラフィナが叫んだ。そして降ってきたのは、鋭い槍のような嘴を持つ鳥だった。ミツドリにも似たそれは、流線型の胴体を持っていた。

 十を超えるそれらが一気に上から向かってくる。一匹が、馬に突き刺さった。ある男が、首筋に嘴の直撃を受けた。

 エヴァンはさっとその場から飛び退くと、目標を見失って地面に突き刺さったその鳥は動けなくなる。それを足で踏み潰し、すぐさま状況を確認する。

 半数近くの者がその被害に遭っていた。首にそれが刺さっている男は、もはや倒れて動かなくなっている。鳥の嘴は、血を吸うために長く細くなったのだろう、いつまでも離れようとはしなかった。

 そしてセラフィナは護衛対象二人の頭上を槍で払ったことで、襲ってきた魔物は遠くまで打ち飛ばされており、彼らに傷はない。

「馬はもうだめだ! 無事な者が荷車を引け! 俺が護衛する!」

 エヴァンはまだ生きている男にくっついたままの鳥を剣で切り飛ばし、彼らの先頭に立つ。
 そしてひたすらに走る。生きて帰らねば、これまでの全てが無駄になる。それは誰もが思っていたことだろう。

 次第に足音が遠くなっていって、盟主の領域から離れていくことが実感できる。植物も疎になってきて、視界も良好なものに変わってきた。

 魔物たちの姿も見られなくなってきて、男たちは安堵の息を吐いた。それはこれまでの経緯を考えれば仕方がないことだったのかもしれない。

 盟主の領域の境界が見えてくると、救いを求めるように、男たちは我先にと駆けていった。

 が、木陰から一頭の獣が姿を現す。それは足音から、向かってくるのを待っていたのかもしれない。

 四本足の獣が、先頭の男に鋭い牙を立て、喉元に食らい付いた。鎖帷子などあっさりと突き破り、柔らかな喉の肉を裂き、血を噴き出させていく。

 男たちはそれまでの恐怖からか、狼狽えるだけだった。

「剣を抜け! 構えろ!」

 怒声にも似た声を聞き、反射的に抜剣、そして敵を見据える。よく見れば、敵の動きは大したものではないことに気が付くと、距離を詰め、一度に切り掛かる。

 その獣は肉から口を放すのが惜しかったのか、中々離れようとはしなかった。それゆえに男たちは、その食われつつある遺骸を避けるように剣を繰り出した。

 一度、二度、三度と血飛沫が上がると、獣は弾かれるように飛び退く。そのときには、既にセラフィナが射程内にそれを捕らえていた。

 彼女は軽く槍を振り下ろす。それは獣の頭部をしかと打ち付ける。地面にめり込むまで押さえつけたとき、獣は既に動かぬ骸となっていた。

 先ほど食われた男はもはや呼吸もままならなくなっており、死を待つばかりである。彼は竜の子の死骸を持ってきていたため、息を引き取るのを確認すると、エヴァンはその袋を持ち上げた。

「ここまで来たんだから、都市にでも持ち帰って埋葬してやろう。この竜を売り払えば、そのくらいの額は簡単に手に入るだろう」

 それには皆が従った。

 盟主の領域を出ると、それからは急ぐこともなく、ゆっくりと南西の都市クピスティまで歩いていく。帰りは来たときよりも口数が少なかった。

 その中で告げられた言葉は、男たちによる「助かった」という、エヴァンに向けられたものだ。形式的にはともかく、すでにこの場を取り仕切っているものは彼だったのであろう。

(彼らにも、生きて帰れば、それを待ち望んでいる者がいたのだろうか)

 とエヴァンは柄にもないことを考えて、それから、

(俺にはそんな立場や考えは似合わない。報酬が増えてよかったとでも思っているのが似合いだろう)

 と自嘲する。男たちの疲れ切った顔を見てから、エヴァンは声を張り上げた。

「さあさあ、もう都市が見えてきたぞ。たんまりと報酬がもらえる予定になっている。酒も浴びるように飲めるだろうよ」

 暗い雰囲気の中に、少しばかり明るさがやってくる。男たちは顔を上げた。
 それからエヴァンはまた、やっぱり柄にもない、と思うのだった。

 向こうに見えてきた市壁は、いかなる魔物の進行をも防ぐ人々の希望。安寧の地なのだろう。今はその気持ちも、少しばかり共有してもいいと、エヴァンは思った。
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