優勝を決め祐未夫人(右)から祝福のキスを受ける琴奨菊(左) =東京・江東区 (撮影・中井誠)【拡大】
欲はみえない。ただただ、前へ足を出す。右、左、右…。一直線で相手を土俵際まで寄り立てた琴奨菊が、こらえる豪栄道を右から強烈な突き落とし。重く閉じられていた歴史の扉を、3秒7の速攻でこじ開けた。
「わけがわからない。最後の最後まで自分を信じてやってきた」
千秋楽。国内出身力士10年ぶりの優勝がかかる土俵も、一途だった。頭から火の出るようなぶちかまし。豪栄道の左腕を右から抱え、前へ出ながら左差し。そして体を密着させ、軽くがぶって寄って出た。「ずっとやることをやった結果が、白星につながった」。感激の涙はない。全うした充実感だけが、漂った。
初日からの自身最多を更新する12連勝を飾った夜。時計の針は、日付をかえて13日目の未明になっていた。午前零時55分。父・菊次一典さん(60)の携帯電話にメールが入る。息子の琴奨菊からだった。
「もうドキドキ。それを通り越して不気味…」
親だから吐露できる正直な気持ち。連勝街道を突き進んでいながら、自らを疑い、かきむしられるような不安で胸中は揺れていたのだ。その日、対戦した豊ノ島には取ったりで敗れて初黒星を喫してしまう。この10年間、千秋楽まで優勝を争った国内出身力士はのべ7人。だが、心に巣くう恐怖感に打ち勝つことは容易ではなかった。