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さすらい様、

 投稿者:ひかり  投稿日:2016年 1月25日(月)12時31分35秒
  私は、さすらい様を強く祈ります。
治るように。
 

幸福な掲示板

 投稿者:ひかり  投稿日:2016年 1月25日(月)12時24分17秒
  嘘・共産党員の陰謀説・池田先生のせいにする等々、組織幹部のやることは、まことに愚かで後先を考えず、現場学会員からの信用をますます失うばかりに見える。

しかし、こんなやり方に、何時までも疑問を持たないのか?何も声をあげないのか愚痴すらも?幹部など辞めたくならないのか?私は不思議でならない。

コップの中で何を窮々と、疑問を持ち発言する学会員を問題視して、コップの外に出そう、使い勝手のよい組織にしようと画策するのか。
何だこれ?と呆れるばかりだ。

現在の組織をあえていえば、頭が空っぽなんじゃないかと疑うほどのイエスマンで構成される、わけが判らない幹部集団になってしまった。
本部・圏・県・総県・方面と、このラインは今や存在する意味があるのかと思うほど空虚だ。

現場の声を聞こうとしないから、堂々と政治的錯誤も犯してしまった。

そして、その無責任にしでかした後始末を、よせばいいのに正当化しようとして、佐藤優らの怪しげな学会擁護論を持ち出して意図的にカバー、一般会員の不満に対しては、大丈夫学会は正しいと幹部集団にバリアーを張るかのようである。

学会中枢執行部の諸君、もう、真実を偽り隠蔽するのはやめたまえ。

自分の頭で考えられるようになるには、執行部の諸君に迫害していただくのが一番である。
本当だ。
賢くなれる。
宿坊の掲示板の論客は無敵である。
見方をかえれば、執行部の諸君の振る舞いが、育てた場所といえるかもしれない。
宿坊の掲示板は、学会正義を考える場所として現在唯一、なにものにも代えがたい。
 

コピー「あの日あの時」

 投稿者:寛永通宝  投稿日:2016年 1月25日(月)12時21分11秒
  あの日あの時」5/池田先生と信越

会長勇退



 1979年(昭和54年)8月20日。碓氷(うすい)峠にさしかかる信越本線・横川駅に特急列車がすべり込んできた。

 小雨が降りしきる駅に名誉会長が降り立ったのは午後8時31分。初訪問となる長野研修道場へ向かった。

 乳白色の霧が濃く立ちこめ、街灯の明かりが、ぼうっとにじんでいる。

 出迎えた位高(いだか)勉に、開口一番。

「私の声が創価学会の声だよ。私の声が鳴り響いている限り、創価学会は大丈夫だ」

 誰もが勇気百倍だった。4ヶ月前、第三代会長勇退の報に接してからの暗い霧が吹き飛んだ。


【聖教新聞 2006-10-20付】
 

除名された本部職員のブログを読んで

 投稿者:シビック  投稿日:2016年 1月25日(月)12時13分17秒
  除名された若手本部職員のブログや「地区で村八分になってしまった」という書き込みを見ると、どうしてもう少しうまくできないのかなと正直思ってしまいます。
特に本部職員のブログを読んで思い浮かんだのは、機動戦士ガンダム、シャア・アズナブルの「坊やだからさ」のセリフです。
本気で創価学会を変えたいと思っているのなら、自分が会長になって変えてみせるぐらいの気迫が必要ではないでしょうか?
であるならば、学会を除名処分になっている場合じゃないと思います。
あえて権力という言葉を使わせてもらうと、本気で部員さんを守りたいと思うのであれば、自分自身が部員さんを守れる権力を身につけるべきではなかったのか?
目の前の部員さんを守るために必要ならば地区部長になれば良い、地区部長で守れないならば支部長になれば良い、支部長でも守れないのであれば本部長、区長になれば良いんじゃないでしょうか?
そして創価学会の全ての会員を守りたいのであれば会長になるしかない。
本気になって命懸けで戦えば、会長ぐらいには成れるんじゃないですかね。
皆さんの言葉を借りれば、「実力も実績もない原田さんが会長になれるんですから」
というのが感想です。
昔、聞いたことがある話で真偽は不明ですが、共産党員が創価学会を牛耳りたいために党員を創価学会に入会させ、かなりの幹部まで上がったとか。
本気の人間は、ここまでやるんですよね。
皆さんの同志の中には、本気で会長を目指そうという方は、いらっしゃらないのですか?
 

【続続々】選択1月号より(11.17クーデター)

 投稿者:通行します  投稿日:2016年 1月25日(月)11時32分58秒
編集済
  選択1月号より、11.17クーデターの内容をお届けします!
(最終回)

正木は会員の高齢化、組織の弱体化が進んでいることから、本来の宗教活動に回帰し、国政選挙への関与を薄めるべきだと考えていた。
具体的には衆議院小選挙区から撤退、比例区に特化し、自民党との選挙協力を見直すべきと主張。

谷川は当面、自民党との選挙協力を維持した方が議席数を維持できる。また、影響力を行使できるとして見直しに反対したという。
そして自民党と一体となり自らの権力基盤を確保した。

その結果、学会と公明党は従来から主張してきた、認めていない集団的自衛権の行使を、根本からひっくり返して認めざるをえなくなった。

今夏の参議院での集票に注目が集まるが、集団的自衛権の行使容認により、実働部隊の婦人部にも影響が出始めている。
今、学会は組織の引き締めに躍起になっているという。

~11.17クーデターの真相について、おわり~

【関連記事】
http://6027.teacup.com/situation/bbs/36774
http://6027.teacup.com/situation/bbs/36679
http://6027.teacup.com/situation/bbs/36497
http://6027.teacup.com/situation/bbs/36856

京都瓦版7号(2016.1.8)
http://6027.teacup.com/situation/bbs/36444
 

浦島の太郎さんへ

 投稿者:さすらい  投稿日:2016年 1月25日(月)11時00分36秒
   解っていただけてボクも晴れやかな気持ちになりました。感謝します。不思議なことに歩くこともできず、腕も手も使えないのに、右の人差し指のみが動くのです。その指一本でメールを書いています。手紙は心許した同志の一人が、時々来ては口述筆記して投函してくれています。電話もその時に手助けしてもらって掛けています。
 こんな情況にあっても、地元組織の人間は誰一人、訪ねて来ません。学会の現状を憂い、指摘したことで「破和合僧」との烙印を押されたが故です。この振る舞いの何処に池田先生の哲学と思想と振る舞いとがあると言うのでしょうか!?口では「一人立つ」などと立派なことを言いながら、目の前で苦闘し続ける同志を斬り捨てて置いて、口にできる言葉ではないはずです。「一人立つとは、目の前の一人に寄り添う」ことのはずです。だから、各自の居場所と相手に取って最適な方法(自分に取ってではなく)で先生の思想、哲学、振る舞いとを色心に顕現して真正の池田門下として、嵐が荒れ狂う山頂に覚悟を決めて登り、戦いましょう!!
 

学会CM

 投稿者:一言児  投稿日:2016年 1月25日(月)10時43分36秒
    酷寒の昨夜TV見てたら、アジアアフリカ系の子どもたちが楽しげに駆け回る画像があった。終わりにその下欄「創価学会」と写り仰天。発展途上国の支援を表現のスポンサーだった。まるで国連?。
 その後はJTのCM「吸う人も吸わない人もともに暮らす社会を、マナーが大切に」続いて不快感が重なる。
 ともに、何気なく善良な画面で、ウチの折伏教団「学会」を目くらましにする手段には納得出来ない、金余りなら財務を止めたいね。
 

さすらいさま

 投稿者:浦島の太郎  投稿日:2016年 1月25日(月)10時34分24秒
  さすらいさまのお考えをお聞きいたしまして、よくわかりました。
ありがとうございました。これからもともに先生のご健康とご長寿を御祈念いたしてまいりましょう。気持ちが晴れやかになりました。厳しい寒い毎日ですが、お風邪などひかれませぬよう、ご自愛くださいませ。
 

心懐恋慕

 投稿者:さすらい  投稿日:2016年 1月25日(月)09時48分7秒
  〈ネットだからもちろんさすらいさんの言ってることが事実か確認は無理ではある〉のは当然のことです。それは、ここに投稿している全ての人に言えることです。でも、本当なのか嘘なのかがフト判る時がありませんか?仰しゃるように「一念三千」の妙故でしょうね。
 ボクも暴走しがちなので常々、気を付けていますが、誤解されることが多々あって反省の日々です。「末端会員」という表現などもそうですね。自らのアタマで考えることなく、上からの指示に唯々諾々と随う学会員を指しています。ボク自身が正真正銘の末端会員でもあるので戒めてはいますがね。真正の池田門下である「末端会員」のことは「第一線で奮闘し続ける会員」と呼んでいます。
 ボクは昭和53年2月19日立川文化会館で挙行された信越男幹に出席させていただきました。『新・人間革命』の「奮迅」の章には書かれていませんが、会合の最後に先生は「大楠公」の曲をピアノで弾いてくださいました。当時の最高幹部の一人が「この曲を弾いた意味が解るか!早く生い立て!との思いが籠ったものなんだぞ!!」と叫んだことが忘れられません。ホイットマンの詩が引かれたことは有名な事実ですが、会合前に代表に対して「平地順風なれども 山頂は常に嵐なり」との色紙が贈られました。時代状況は皆さん知っているはずですから、この詩の意味するところは解るはずです。しかし、当時のボクたちは理解が浅かったのです。
 そして、今尚、先生は「山頂で」不甲斐い弟子たちを守りながら戦っていらっしゃるのです。身体不自由なボクにできることは僅かなことでしかないかも知れませんが、今こそ、54年に弟子の不甲斐無さで齎した裏切りを繰り返してはならないと生命の底から痛感しています。各自の居場所で、それぞれの戦い方で「山頂」に登り、師弟共戦をしましょう!!
 

【五義の教を知る 第二章 相対論の応用展開】20/30

 投稿者:大仏のグリグリのとこ  投稿日:2016年 1月25日(月)09時45分36秒
編集済
  創価学会こそが法華経に説かれた「地涌の菩薩」の出現であり「牧口先生・戸田先生」という
仏法指導者が地涌の先達であると日蓮正宗の貫首が公式に認めているのです。

堀日亨(ほりにちこう)が編纂した「富士宗学要集・法難編」の“昭和の項目”として、
創価学会が受けた戦時中の弾圧を入れて、宗史の法難として正式に位置づけています。

一九五八年(昭和三十三年)四月二日、戦後の庶民に生きる希望と哲学を教えた戸田先生は、
自身の一切の願業を成就して五十八歳の尊い生涯を終えました。

あらためて「三時の弘教」「五箇の五百歳」という仏法流転の視点から見ていけば、

大聖人滅後からの五百年間は「化法(法体)の広宣流布」だったのではないでしょうか。

日興門流はさまざまな危機的状況に直面しながらというよりも
滅亡の危機にさらされて来たからこそ、日蓮教学を整理してまとめる必要があった。

そして日興は御書の収集に奔走し、それを基礎として今度は“像法の天台”のように、
日蓮教学の大学匠(日寛)が出現し「法体(末法の経典)」の完成と、滅後に派生した邪義を砕く「法義書(六巻抄)」の完成があった――。

それらのことがあって、次ぎの五百年の歴史は日蓮教団から在家教団(創価学会)が登場し

「化儀の広宣流布」を成し遂げる時代を迎える――。

そう考えると

“日蓮―日興―日寛―創価三代の会長”という系譜は必然の流れだったと思えてならない。

しかし、いよいよ「化儀(社会)の広宣流布」の進展とともに、次ぎの相対が浮き彫りになってくるのです。

それが第七の「創価学会・日蓮正宗」相対です。

戸田先生亡き後、池田先生が三十二歳という若さで創価学会第三代会長に就任します。

就任当時の学会世帯数は百数十万世帯――。

そこからわずか十年で、池田先生は七百五十万世帯という日本最大の創価学会に発展させました。

池田先生は恩師の遺志を継いで、さらに徹底して日蓮正宗の外護に力を注ぎます。


・・・つづく
 

【五義の教を知る 第二章 相対論の応用展開】19/30

 投稿者:大仏のグリグリのとこ  投稿日:2016年 1月25日(月)09時44分31秒
編集済
  この時代、全体として宗門と学会という僧俗がまとまれたのは、
戦後の日蓮正宗の貫首たちが創価学会の出現に仏法上の意義を感じていたことと、
創価学会が万事をさしおいて荒廃した宗門の外護に尽くし抜いたからだと思います。

第六十五世貫主であった日淳(にちじゅん)は、
一九五六年(昭和三十一年)元旦に発表した“開宗七百四年を迎えて”の中で

「将来の歴史家は、立宗七百年以前は宗門の護持の時代とし、以後を流通広布の時代と定義するであろうと思われます」

と述べています。

戸田先生が第二代会長に就任し、創価学会内に青年部をはじめとする組織が整備されて
広宣流布へ本格的な折伏が始まったのが一九五一年(昭和二十六年)――。

その翌年は不思議にも、日蓮大聖人の立宗である一二五三年(建長五年)から七百年目にあたっています。

日淳はこれまでの七百年間を、宗門が一閻浮提総与の大御本尊を「護持」してきた時代であり、
それ以降は創価学会による「流通広布の時代」と考えていました。

数々の謗法や不祥事を重ねながらも、大御本尊をかろうじて「護持」してきた宗門の役割りは終わって、
創価学会による広宣流布の時代がきたことを正しく認識していたのです。

さらに日淳は、一九五八年(昭和三十三年)五月三日の第十八回総会の席上、創価学会の仏法上の意義について

「法華経の霊山会において上行を上首として四大士があとに続き、そのあとに六万恒河沙の大士の方々が霊山会に集まって、
必ず末法に妙法蓮華経を弘通いたしますという誓いをされたのでございます。

その方々が今ここに呼び出されたのが創価学会であろうと思います。
すなわち妙法蓮華経の五字七字を七十五万として地上に呼び出したのが会長先生だと思います」

と述べました。
 

【五義の教を知る 第二章 相対論の応用展開】18/30

 投稿者:大仏のグリグリのとこ  投稿日:2016年 1月25日(月)09時43分46秒
  戸田先生は自ら折伏や座談会の第一線で戦い、広布の活動を推進していきます。

一九四七年(昭和二十二年)から第六十四世貫主になった日昇(にっしょう)は、戸田先生の求めに応じて
「大法弘通慈折広宣流布大願成就」の脇書きをしたためた広宣流布のための常住御本尊を創価学会に授与しています。

しかしこの時代は、宗門も創価学会も、まだまだ弱小教団で、世間的に見ても
「日蓮門流全般」の最大勢力は五老僧の流れを汲む「日朗」門流系の日蓮宗がその地位を誇っていました。

その代表格である身延山久遠寺やその他の日蓮門流は、釈尊を根本の“仏”と主張し、
大聖人を“日蓮大菩薩”などとして釈尊の下に位置付けるのに対して、

日興門流は「日蓮大聖人」こそが末法という時代の根源的「御本仏」だと見ます。

やがて五老僧門流各派は「南無妙法蓮華経」の題目は唱えても、釈迦像とともに鬼子母神や稲荷を拝み、
加持祈祷や荒行を売りものにするなど、日蓮教学とは大きくかけ離れた信仰になっていました。

先ほども述べましたが、五老僧の一人である「日朗」自身が日蓮教学を理解していないのに、
日朗を中心とする門流の弟子たちが日蓮教学を理解できるはずがありません。

それにも関わらず、日蓮宗の代表格である身延山久遠寺は日蓮教学の正統性を主張して一歩も譲りませんでした。

その邪義と化した日蓮宗と真っ向から法論対決し、日寛の出現以来、

濁流に流されていた宗門を再び日蓮教学の「正統継承者」という清流にもどした出来事が、
戸田先生の指揮のもとで行われた一九五五年(昭和三十年)三月の「小樽問答」なのです。

この時の学会側の司会者は、後の第三代会長・池田先生です。
身延山久遠寺はこの小樽問答で創価学会に「完全敗北」しています。

これによって、第六の相対である「五(五老僧)・一(日興)」の相対に、完全決着の終止符が打たれたのです。
 

【五義の教を知る 第二章 相対論の応用展開】17/30

 投稿者:大仏のグリグリのとこ  投稿日:2016年 1月25日(月)09時42分53秒
  一九四一年(昭和十六年)十二月八日、日本は米英に宣戦布告し、太平洋戦争が勃発します。

大石寺の時の貫首は「日恭(にっきょう)」です。

軍国化した政府は、国家神道の下に宗教統制する目的で「治安維持法」が改定され、
神宮の尊厳を冒涜することが刑罰の対象となり、宗教弾圧の口実とされました。

国家権力は日蓮正宗に対しても大聖人の御書のなかに、天皇や神に対する不敬があるとして削除を求めてきました。
この時、国家権力の弾圧におびえた日蓮正宗は、御書の関連箇所を削除することで国家権力と神道に屈服し、日蓮教学の正義を捨てたのです。

当時の日本には約十六万の宗教団体がありましたが、
その大半は軍部の台頭とともに積極的に戦争協力への道を選び、あるいは弾圧を恐れて声をひそめました。

宗教者としての正義を貫いた教団は数えるほどしかなく、
しかも最高指導者が逮捕されたところは、創価教育学会を入れても数教団です。

そして最高指導者として最後まで軍国主義に対抗し、信念を曲げずに殉教したのは、

創価教育学会会長・牧口常三郎先生ただ一人だったのです。
初代会長の獄死という「殉教」を通して、創価学会は日蓮仏法の正統として、その法脈を継承しました。

法門や御本尊を護持しながらも、広宣流布への精神を忘れていた日蓮正宗を、在家信徒である創価学会が
「宗祖・日蓮大聖人」の精神に立ち返らせようとしたのです。

日蓮教学の正統を継承する門流とはいえ、江戸幕府の寺請制度に組み込まれ、
何が正義かもわからなくなっていた日蓮正宗に、在家教団である創価学会が

「封印」されていた日蓮教学に猛烈な勢いで肉薄し、

七百年来だれも本気で考えなかった「世界広宣流布」を口にして、折伏を開始したことに、
日蓮正宗僧侶の面目を潰されたと感じ、侮辱心と警戒心をあおられた者がいたとしても不思議ではないと思います。

戦後、生きて獄門を出た戸田先生が牧口先生に代わって創価教育学会の名称を「創価学会」と改め、宗教革命に立ち上がりました。
 

【五義の教を知る 第二章 相対論の応用展開】16/30

 投稿者:大仏のグリグリのとこ  投稿日:2016年 1月25日(月)09時42分13秒
  さらにその二年後の明治九年二月、

「大石寺・北山本門寺・京都要法寺・富士妙蓮寺・小泉久遠寺・保田妙本寺・西山本門寺・伊豆実成寺」の八山が
「勝劣派」より分離して「日蓮宗興門派」と名乗り、八山の代表が一年交代で管長を務めることになりました。

つまり、大石寺は要法寺や北山の代表などの「謗法の管長」の支配下にあったのです。

大石寺の第五十五世日布・第五十六世日応が管長になった期間もありましたが、他山の誤りを破折したことはありません。
その後、興門派は「本門宗」と改宗しています。

しかし同じ日興門流といっても、八山はそれぞれ歴史や教義が異なるために紛争が絶えませんでした。

そのため大石寺は、独立することを主張して、一九〇〇(明治三十三)年九月に分離独立が認可され、「日蓮宗富士派」と名乗ります。

さらにその後、日蓮の正統が派号を名乗るのはおかしいと、
一九一二(明治四十五・大正元)年六月より、「日蓮正宗」と公称するようになるのです。

大石寺は明治以降、大聖人の正統の教団としての誇りも正義も忘れて、長い間、
他の日蓮宗各派と合同し謗法の宗派の一員として、かろうじて生き延びてきたのにすぎないのです。

明治三十七年の調査によれば、当時の「富士派」の実勢は、
寺院が八十七、住職が四十七人、檀信徒が約五万八千人という「弱小教団」にすぎませんでした。

昭和に入り、世の中が戦争に向かっていく時流のなかで、日本は軍国主義に傾倒していきます。

この時に登場したのが、創価教育学会初代会長「牧口先生」と、第二代会長「戸田先生」です。
 

シビックさんへ

 投稿者:太ちゃん  投稿日:2016年 1月25日(月)09時15分55秒
  http://6027.teacup.com/situation/bbs/37220

ありゃ?なんとまぁ
この掲示板に集うのは久遠からの縁なんでしょうか
不思議な縁を感じましたよ

>「母が心にある人は人生を間違わない」

なるほどなぁ。
これも道理ですね(さすが池田先生というかf^^;)。

http://www.geocities.jp/bosatu2015/

 

そういうことでしたか

 投稿者:太ちゃん  投稿日:2016年 1月25日(月)08時55分52秒
  http://6027.teacup.com/situation/bbs/37237
投稿者:さすらい   投稿日:2016年 1月25日(月)08時17分49秒

そういう事情だったのですね。
実をいうと、申し訳なかったけど僕も「違和感」を感じていたんです。
返信しようか迷ったあげく、様子をみることにしたんです(僕は「暴走」が多いのを自覚してるから笑)。

ネットだからもちろんさすらいさんの言ってることが事実か確認は無理ではあるけれど。
『一念三千』というか、そういう状況なら『ごく自然な心理・望むこと』として判断できるんじゃないかと感じました。

みんな幸福いっぱいの笑顔の学会がいい、そう願うのはあまりにも当然のことですもんね(^^)
今後ともよろしくね(^^)/

http://www.geocities.jp/bosatu2015/

 

感性様へ

 投稿者:蓮香  投稿日:2016年 1月25日(月)08時46分35秒
  写真の中で私がはっきり誰かわかる人は北条さんの右隣は山崎尚見氏と左側の正面で笑ってる青木亨氏です。二人ともあったことがあるので間違いないです。

溝口さんは長きにわたって大白蓮華の編集長?をされていた宮本忠憲さんの妹さんと結婚されたと聞いたことはありますが、それ以上の情報は知りません。
 

今週のことば

 投稿者:どうしょうてん  投稿日:2016年 1月25日(月)08時21分16秒
  我らは平和の種を蒔く
 人類史の開拓者なり。
 「一」は「万」の母。
 192カ国・地域の友と
 誇り高く対話の道を!
 

浦島の太郎さんへ

 投稿者:さすらい  投稿日:2016年 1月25日(月)08時17分49秒
   この投稿の一つ前のものにも書きましたが、〈先生を無視しろ忘れろという非情な言葉ともとれますよ。先生のご健康を心配するのは当然じゃないですか。無視できませんね。 私は先生のご健康を第一に願っています〉と取られるのは心外です。ボクはそんなことを言っているのではありません。では、あなたは先生の健康のために何をしているのですか?と言うようになるのは喧嘩を買うことになるので止めますが、ボクにできることは何かをギリギリの情況の中で祈り続けています。残念ながら、身体を動かすことが叶わない状態なので、学会の現状を打破しようとの叫びを電話、手紙、メールで心根の綺麗な同志たちに送り続ける日々です。そして、池田先生の健康長寿のためならば、ボクの寿命を先生に差し上げたいのです。御本尊様、どうかこの願いを叶えてくださいとの題目を上げ続ける日々を激痛の中で送っています。
 誤解が解けたならば幸いです。でも、解ってもらえなくても、戦う心は微塵も揺るがないとことを宣言しておきます。
 

感性さんへ

 投稿者:さすらい  投稿日:2016年 1月25日(月)08時05分47秒
  「物言わぬは腹ふくるるわざなり」には同感です。しかし、ここでいくら言っていても状況は変わらないと考えます。信濃町に跋扈する宗教貴族官僚と現場のカルト脳の中間幹部と末端学会員に言うことです。ボクは既に実行していて、地区では村八分、信濃町には足を踏み入れることさえ叶わない現状です。一人でも良いから、真正の同志を糾合して邪悪と戦う以外に池田先生に御応えすることはできません。
 曾て、当時の最高幹部の一人から直接、聴いた話です。正木さんの話したことと繋がることです。
 「全国を駆け巡って激励行脚をしていて、多数の男子部員と握手をした。その時に指を骨折してしまったことがある。そのことを先生に報告すると『やっと、おまえも一人前になったな』と仰しゃった。初めて先生の生命の中に入れていただけた、との嬉しさで痛みなど吹っ飛んでしまったよ」。
 高村さんの講演録には、現当二世に亘り、ボクたちが現場で為すべきことが全て書いてあります。読んでみて欲しいと切望します。
 

先生のご健康

 投稿者:浦島の太郎  投稿日:2016年 1月25日(月)08時03分48秒
  さすらいさまの
>池田先生の健康状態云々の論議は、もう止めませんか<
のお言葉には私には違和感を感じます。
先生がご健康でいらっしゃるのならば安心できます。もう何年も前からお姿を見れない状況で、弟子が心配するのは当然ではありませんか。ご病気であられたら執行部もご病状を正確に伝えていただくべきでしょう。
>先生の健康状態云々の< というお言葉は、先生を無視しろ忘れろという非情な言葉ともとれますよ。先生のご健康を心配するのは当然じゃないですか。無視できませんね。
私は先生のご健康を第一に願っています。
 

さすらい様、獅子の子様

 投稿者:丈夫の心メール  投稿日:2016年 1月25日(月)07時22分47秒
  貴重な師匠の広布後継のための指導、ありがとうございます。

日々、好きな学会歌を口ずさんで戦ってまいります。
 

画像④拡大

 投稿者:感性  投稿日:2016年 1月25日(月)06時38分59秒
編集済
  画像をクリックすれば拡大することに気づきました。
http://userimg.teacup.com/userimg/6027.teacup.com/situation/img/bbs/0036877.jpg

一番右の拍手男は溝口氏とは全然違いますね。
もしかしたら一番左の比較的若い笑顔男が溝口氏ですかね?

私が同氏や真ん中の笑顔氏にこだわる理由は板の前文(・・・54年問題総括の場)が事実とすれば、
実質上溝口氏一人に責任をなすりつけあとはそ知らぬ顔でその後の出世街道があった可能性を
模索しているからです。
例えば戦後画壇は実質、藤田嗣治氏一人に戦時中の美術界による戦争高揚の責任を押し付けました。
藤田氏は離日しました。
溝口氏はもしかすると学会の藤田嗣治なのでしょうか?

むろん真ん中の笑顔氏(北条氏の右)にこだわる理由は溝口氏とは逆の理由です。

画像   投稿者:感性   投稿日:2016年 1月24日(日)16時27分43秒
http://6027.teacup.com/situation/bbs/37194
 

豪雪と地震に注意を!!

 投稿者:谷川の住人  投稿日:2016年 1月25日(月)05時07分40秒
編集済
  どうも、オカシナ気象状況、自然災害が続きます。反板流に言えば『そんなの、関係ネィ、金有れば何でも出来る。貧乏人は家に居ろ、配達員は死んでも聖教新聞配達してこい!』となるのでしょうが・・・

極悪の創価学会本部職員の皆様方、こういう時こそ、酒呑んで無駄口たたかずに、朝3時から起きて、現場山間部やら聖教新聞配達困難地域へ全員総立ちで行くと、『聖教新聞はやっぱり先生のお手紙だ』信仰が深まるのですが、何でも現場任せで知らないフリしていたら、仮面を剥がされます♪───O(≧∇≦)O────♪
 

さすらい様、師子の子様

 投稿者:永遠の希望  投稿日:2016年 1月25日(月)01時46分31秒
  ありがとうございます

大変に感動また先生の心に触れ嬉しいかったです

 

ふと

 投稿者:師子の子  投稿日:2016年 1月25日(月)01時34分0秒
  普段はROMっています、師子の子と申します。
ふと思うところあり、数年前に正木さんがとある男子部の会合で話された内容を書き起こしてみました。

流れとは全く関係なく投下します。
本当に何となくなのですが、今こそ大事な気がして…。
なお、語尾など多少の編集は入っています。


----- ここから -----

皆さんが、これからも信心を続けていき、生涯戦っていくにおいて、「今、何をなすべきか」ということを考える上で最も重要なことは、「今、いかなる時であるか」、それを知ることから始まる。

私が勝手に言っているのではなく、先生が常に仰っていることであり、大聖人が御書の中で示してくださっている最高の原理である。

自分の思いつきで指揮をとるなどということは、組織を私物化しているということであって、何の意味もないどころか、害悪であり、マイナスのことでしかない。

自分のやっていることが、本当に先生の意にかなったことであるかどうか。
先生が、今この時をどう捉えていらっしゃるか。それを考えることから始まる。


私が先生から受けた厳しい御指導。
全国男子部長に就任した際に、先生にご挨拶したいとお願いをした。
そして、男子部の新三役で先生に会っていただいた。

先生は、いきなり
「『広宣流布の為に自分はこれをやりました』、と言えるものがあったら言ってみろ!」
と、3人に言われた。
そんなことを先生に言えるわけがないので、黙っていた。

すると先生は、「言ってみろと言ってんだ!」と強い調子で言われた。
しかし、それでも黙っていた。

先生は、怒鳴りつけるような声で
「そんな人間が、私の前に立っている資格はない!
 立ち去れ! 汚らわしい!」
とまで言われて、私たちは厳しくお叱りを受けた。

厳愛の御指導と受け止め、それから必死で頑張った。

しばらく経って、先生が少人数の懇談に呼んでくださった折り
「お前なんか、出来上がった組織に乗っかって、ただ遊んでいるだけだ」
と、また厳しく言われた。

当時、全国を飛び回っていて、気力体力の限界だという戦いをしていた。
週末には、紅の歌の指揮を5回とって、1時間の話を5会場で合計5時間するような戦いをしていた。
これでダメなら、もう死ぬしかないのかというぐらいの思いだった。

それからも常に考え続けた。

青年部長になった際に、また会っていただいた。
先生は、私を叱ったことを覚えてくださっていて
「お前を厳しく叱ったな。意味が分かったか?」
と言われました。

私は正直に
「あれから考え続けましたが、本当の意味で分かったかどうか、自分にも定かではありません」
と答えた。

先生は、そのことには答えられずに
「私は、19歳で戸田先生にお会いした瞬間から、『この方を護るのは自分以外にはいない』、そう思って戸田先生に仕えてきた。
 上には幹部がいっぱいいたよ。大幹部なんかいっぱいいた。
 私は男子部の班長でもなかったよ。
 入会したばっかりの、無名の一人の青年だよ。
 だけども、戸田先生を御護りするのは私しかいない。
 その決意で戦ってきた。
 その自覚がお前にあるか、と聞いたんだ。
 お前なんか、ただ、男子部長としてやるべきことをやってるだけじゃないか。
 そういうのは戦いとは言わないんだよ。
 師匠を護る。それが本当の戦いなんだ」
こう、先生は教えてくださった。

本当に目の覚めるような思いでした。
もちろん日常の活動に一生懸命取り組むということは、大変重要だし尊いことだし、大事なことなんだけれども、その次元で終わっているものは遊びなんだ、と先生は仰っている。

その責任感というものを教えられたのだ、と私は思います。


最終的にみんなに読んでいただきたいのは、人間革命の「師弟の道と師弟不二の道は違う」というところです。
(人間革命 第10巻)

そこで先生が仰っているのは、師の言葉をただ教条的に組織に当てはめて事足れりとするか、師の意図の根源に迫っていく、その根源の意図を共有しようとするか、そこに単なる師弟の道と師弟不二の道の違いがある、ということ。

本当の師弟(不二)の道とは師の意図の根源を共有することであって、ただ先生の言葉を組織に当てはめて、「先生がこう言っている。だから戦おう」、こんな無責任な、なんの悩みもいらない、テープレコーダー回しとけばいい。そんなことなら。

そこに、根源の意図に迫ろうという思索の何もないような軽薄な話で終わるのか、「先生の言葉を自分はこう捉えた。だから自分はこう戦おうと思う。先生の意図はここにあると、自分自身は決意を定めた。だから、こう戦おう」と語れるのか、先生を利用し、先生の言葉を利用し、自分自身は何の苦労も無く組織に押しつけて事足れりとするのか、それは天地雲泥の違いがある。こう思います。

どうか皆さんも、単なる師弟の道と師弟不二の道は違うということを、人に向かって言うということではなく、今も私自身自身、常に自分に問い続けているつもりです。是非、皆さんも、そのことを自分自身に問いかけながら戦って頂きたいな、と思います。
 

画像③

 投稿者:感性  投稿日:2016年 1月25日(月)01時17分26秒
編集済
  >投稿者:PL    投稿日:2016年 1月25日(月)00時59分3秒

ありがとうございます。となると溝口さんは
http://6027.teacup.com/situation/bbs/36877
の一番右の拍手男ですかね?なんか違うかな?

板の前文「宿坊の掲示板 (巧妙に結託、師匠である池田先生を追放した最高幹部、54年問題総括の場)」から
すればあの写真にはっきり写っている人々で北条元会長と原島元教学部長以外の各人のお名前とか
その後の動向とか引き続き知りたいところです。

特に北条氏の右の笑顔は誰でしょうか?

画像②   投稿者:感性   投稿日:2016年 1月24日(日)20時03分41秒
http://6027.teacup.com/situation/bbs/37207
 

智慧

 投稿者:革命こそ蘇生  投稿日:2016年 1月25日(月)01時13分34秒
  意識を向けて、それを起こさせる。
智慧って、そんな感じじゃないかな?
例えば、ロマンチックなデートの終わりに
正面に立ってそっと目を閉じる。
意識を向けてキスを誘う。
好きな人と楽しいひと時を過ごすため
恋愛は、否が応でも智慧を使う。
信心は恋愛のようにやるんだ。
久遠元初の輝く智慧の身を自らの意識としていくことなんだ。
師匠は、皆が大成長する事に意識を向けている。
そういう智慧で世界を覆っているんだ。
師匠の智慧によって突き動かされ
師匠の望むものが出来上がったなら
それは師匠の智慧の現われではないか。
ありがたい師匠なんだ。
我見で見るからありがたさが分からないんだ。
その目にしているもの全てを師匠の智慧であると見るのが智慧なんだ。
愚痴なんか出るはずが無い。
一切に感謝できる。
先生はどこまでも純真な一学会員の味方である。
 

.

 投稿者:PL  投稿日:2016年 1月25日(月)00時59分3秒
  .
 

【重要】「教学部レポートとは」(英訳あり)

 投稿者:信濃町の人びと  投稿日:2016年 1月25日(月)00時17分57秒
  2013年11月の「大誓堂建立」を前に、最高幹部の一部によって無謀な「教義変更」と、会則ならぬ「会憲(即ち会の憲法)の制定」が画策されていた。

「教学部レポート」とは、この画策を阻止するために抵抗し、その間違いを糾弾するまでの経緯を記録した文書である。そこには出来事の日時や発言の内容が克明に記されており、極めて冷静でしかも正義感と誠意に溢れている。 一部の最高幹部による「教義変更」の計画とは 「大誓堂建立」を期して、弘安二年の大御本尊と完全決別し、本部常住の板本尊(64世日昇書写)を新たな「大御本尊」と意義づけようしたものだ。

そのために、弘安二年の板本尊を否定し、また日昇本尊を「大御本尊」と位置づけるための教学的論拠を教学部に作らせようとしたのである。しかし、教学部としては、そのような重要な教義的問題を拙速に推し進めることは、会内に混乱を引き起こすと同時に、三代会長のこれまでの歴史をも否定することになりかねないとして、強く抵抗したのである。

大石寺板本尊の問題はいずれ乗り越えねばならない問題との認識は教学部も持っていたのであるが、短時間で安易に進めることの危険性、特に日昇本尊を弘安二年の板本尊の代替えにしようとの安直な発想では教義的整合性は構築できないとの極めて冷静な判断から、強行しようとする最高幹部に抗したのである。(歴代書写の御本尊は戒壇本尊を書写しているという前提があり、どちらか一方を採るという論理は成り立たないのは当然である) しかし、最高幹部たちは、道理をもって抵抗する教学部に対し、「先生のご意思である」などと虚構まで構えて教学部に圧力を掛けたのであるが、それが全くの作り話であったことが教学部の確認によって判明するのである。

もう一つの問題は、「日蓮世界宗」の旗揚げと「会憲の制定」である。 この一部最高幹部たちは、SGIの上に上部組織を作り、そのTOPを日本の会長が兼任することで世界SGIをも一部の人間の絶対権力下に置くための「憲法」の制定を進めていた。 先生をも利用して独断専行で推し進められたこれらの計画は、結局、教学部やSGI各国理事長の強い抵抗により頓挫し、とりあえず2013.11.18は事なきを得たのであったが、その後、その教学部は更迭され、加えて教学部を支持した一部幹部も更迭され、計画は本年に持ち越されているのである。 表面上は単なる教義的問題であるが、実際には谷川事務総長の次期会長就任と密接に関わっており、また先生滅後の絶対権力体制の構築と繋がっているのである。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
(英文)

What is the KYOGAKU-BU REPORT ("Study Department Report")?

Before the completion of Daiseido (Hall of Great Vow for Kosen-rufu) in November 2013, some of the Soka Gakkai's powerful executive leaders were working behind the scenes -- to imprudently change the teachings and to enact the new Soka Gakkai Charter and its Rules & Regulations.

The KYOGAKU-BU REPORT is the document that has recorded in detail how the Study Department opposed to stop their schemes and tried to denounce their mistakes. The writer of this Report has described the accurate dates and content of their speeches. It was written with composure, showing a full of a sense of justice and sincerity.

Schemes to Change Teachings Planned by Some Powerful Executive Leaders:
Upon completion of Daiseido they intended to totally depart from the Dai-Gohonzon that was inscribed in 1279 and that is located at the Nichiren Shoshu head temple. They tried to signify the wooden Gohonzon of the Soka Gakkai Headquarters (which was transcribed by Nichiren Shoshu's 64th High Priest Nissho) to replace it as the Dai-Gohonzon. In order to do so, they needed to firstly reject the position of the Dai-Gohonzon. They tried to make use of the Study Department to build up the grounds of the teachings to place the Nissho Gohonzon as the Dai-Gohonzon. However, the Study Department strongly opposed to proceed the hasty change of such an important teaching issue within a short period of time. The careless change may give rise to great confusion within the organization, at the same time, it will cause to contradict the history of the Three Founding Presidents.

The Study Department was fully aware that the Dai-Gohonzon issue should be solved and overcome in the future, but the risk to carelessly proceed the matter within a short period of time was too great to take. They also calmly judged that they could not construct the new teachings with an inconsistent idea to replace the Nissho Gohonzon as the Dai-Gohonzon. It was one of the reasons they opposed the executive leaders when they tried to enforce adoption of their idea. (There is a premise that all the Gohonzons are the transcription of the Dai-Gohonzon. When you consider it logically, It does not make any sense to choose the transcription "copy" and to deny the Dai-Gohonzon "original").

However, the top executive leaders applied great pressure on the Study Department who had been opposing them with reasons. They finally told them that "this is the will of President Ikeda" to enforce the change. Later, the Study Department discovered it was nothing but a false, make-up story.

There was another issue -- it was the start of a newly created organization, the "Nichiren World School Soka Gakkai" and to enact its Charter and its Rules and Regulations. Some of the top executive leaders planned to make the new organization which would come on top of the SGI's. They were proceeding to enact the "Charter" to control all the SGI's of the world under an absolute power of the top executive leaders by placing the president of the Soka Gakkai as the top (president) of this organization.

The plan to act on their own authority, even using the name of SGI President Ikeda, was brought to a standstill due to a strong resistance from the Study Department and some of the SGI general directors. So, they could not accomplish their plan for the November 18, 2013 Daiseido project. Thereafter, key leaders of the Study Department who were involved in this matter and some of the Soka Gakkai leaders who have supported the Study Department were reshuffled and ousted. Their plan had to be carried over to this year.

On the surface it seems to be the issue of the teachings; however, it deeply involves for Mr. Tanigawa, Chief Vice President, to take office as the next president of the Soka Gakkai. At the same time, it is strongly connected with the absolute power structure they intend to establish when and after SGI President Ikeda passes away.

 

言論封圧のための除名・査問の創価学会

 投稿者:谷川の住人  投稿日:2016年 1月24日(日)23時44分30秒
  サイレント・アピールする元職員・元学会員は、創価学会とは全く関係無い部外者であり、無視・スルーしてくたばるのを待つスタンスが、今の極悪の創価学会本部です。共感・行動を起こす者にも、査問・除名通知をする事になります。では、どうして顕現しないか?
顕現していても、分からないから、と言うよりも知ろうとしないからです。
組織(特に現場)の歪みがわからない最高幹部みたいな奴です。毎日、家庭訪問(指導激励ではありませんよ、様子伺いであり、勤行指導です)して雑談していればわかります。私は、選挙の戦いは、あくまでも折伏・弘教というスタンスを変えていませんので、会合参加やら結集の指示はスルーしています。特に夜の会合は高齢者が多い我が地区では無理させません。
聖教新聞のマンガのはなさんの様な世界が現場なのですが、ここに傲慢・不勉強な幹部が入ってくると、『自分が派遣先の地区を盛り上げた』実績狙いでストーカーの様に動き周り、皆に迷惑掛けて去っていくわけですが、この時にも不満封圧の種を蒔いていきました。
まあ、とにかく上から下まで極悪は、その筋の人脈に縁する者で、端から見ている私は、何が楽しくて、あんな奴と付き合っているのか分からないと苦言を呈したくなります。
 

「慈悲と哲理」

 投稿者:草創期の者  投稿日:2016年 1月24日(日)23時39分35秒
  陽報 様

返信ありがとうございました。

そうですね。
おもしろい比較です。
しかし、私が言っているのは先にも書いたように「言葉」の世界の事です。
お互いの因果に関わる深いレベルでの話しです。
相手の生き方に触れる、そして、生命と生命との深い交流、そこにはやはり真摯で正直な態度が必須ではないでしょうか。
と、私は思います。

又、さすらい様の投稿でリンクされていた高村忠成さんという方の講義の中で
「思い返せば、仏教もキリスト教もイスラム教も全て、釈迦やキリストやマホ メットが書いたものは何もない。彼らが書いた経典というのは当時はないので す。釈迦もキリストもマホメットもしゃべったことなんです。
それを弟子が聞 いて、後世に伝え、書き残し、やがてそれが仏教経典、聖書、あるいはコーラ ンとなっていったのです。これを仏教では「如是我聞」というわけです。」
というところがあります。
ここに、「弟子が聞いて、後世に伝え、書き残し、」とありますが、この弟子たちも仏や神や神の使者が説いていた事を書き残した訳ですが、自分達が書くときにその仏や神や神の使者の名前をその書の筆者として
直接使ったわけではありません。その辺のわきまえは厳格です。
そして仏法では「如是我聞」-我、是くの如く、聞きき、と成る訳ですが、これも弟子としての立場を明らかにした上で「説法を聞いた事」としてあきらかな立場を取っています。

もうひとつ、これはとても大切な事なので書かせて下さい。
私が何故、この件にこだわるのかということです。
その前に私は正宗の信者ではないですから、その辺はくれぐれも誤解を招かない様にお願いします。

例えば法主が書写した正宗の御本尊は、御本尊の体は大聖人直筆の御本尊のコピーでも、それを書写したのは大聖人自身ではないので、大聖人の花押(判)までは書写してはいけない事になっています。
その代わりに大聖人の代理で書かせていただいたという責任所在の意味で、それを書写した自分の名前と花押を記しています。

それに対して例えばこれからの学会においては信心の心さえ同じであれば誰が御本尊を書写してもいいという今の立場の延長戦上で大聖人直筆の御本尊を書写し、大聖人の花押(判)までも書写するという事もありえる
ということになります。
なぜなら、大聖人も「私の名前(花押も含む)をどんどん使って御本尊を書写しなさい、あなたの名前は表記しなくていいです」となる理屈がすでにできあがっているからです。
人によってはそれでもいいと言う人も大勢いるでしょう。
しかしこれでは御本尊が乱立し、どんなに信心がない人が書いても、その見分けもつきません。
私自身の考えでは、御本尊は人法一箇であり、人としての面は当然大聖人の生命ですから、もし大聖人の花押も書写するとしたら、よっぽど謙虚で真剣なそれなりの正当な組織にならないといけないでしょう。
又場合によっては、既存の真筆の御本尊をそのままコピーする場合でも、正当な信心でなければいけないのはとうぜんです。

などと考えていました。
これはあくまで私の憂慮です。

私を受け入れてくれた管理人様と皆様にお礼を申し上げます。
草創期の頃は組織内部にもまだ言論の自由がありました。まだ守りの立場には入ってなかったからでしょう。

最近の組織では、ここ20年ほどから、このように先生に対しての組織の運営上や指導上、又は教義の解釈などについて意見や疑問を述べると、反逆者扱いされるようになりました。
それでも声をあげ続けていると自己脱会(真実は除名)においこまれます。
組織が先生のものになってしまったからです。先生への意見、(例えば、選挙活動の仕方、財務の条件、新聞啓蒙の非常識さ、等々)は許されません。
最近の執行部は過去の先生の指導はきりすてようとしていますが、先生中心は同じです。

執行部は組織の規模と財源を守る事が優先で会員やその信心の深化については無関心です。
ですからほとんどのそういう草創期の人達は自己防御の為に無関心を装うか組織に妥協するか、残念ながら長い間には何十万という方々が脱会していきました。
心ある皆さんにはどうか賢明な信心でこの今の組織も自分の宿業の一部だと捉えて、又執行部の幹部達も救っていこうとの深い慈悲で戦っていただきたいと思っています。
私も命が続く限り頑張っていきたいと思っています。

組織改革のカギは「慈悲と哲理」です。
 

らしき人達

 投稿者:陽報  投稿日:2016年 1月24日(日)22時59分9秒
  この板に秋谷さんに対する批判的な意見が書き込まれると必ずらしき人からの投稿がある

そして、らしき人はどうも職員らしい

先生が批判されても何の反論しない職員
秋谷さんのことになると動く

師匠は誰ですか?

この板は先生を永遠の師と定め、先生の精神を基準とするべきであるというのが大前提

それを踏まえ、現執行部に対して、先生の精神、御指導と違うではないか!と指摘し、是正、善導を目指す人の集まりと思う

自由な論議の場とはいえ、大前提が違う人は違う板にどうぞ!
 

同盟題目

 投稿者:信濃町の人びと  投稿日:2016年 1月24日(日)22時47分37秒
  23時から開始です。よろしくお願いします。

池田先生のご健康を祈っていきましょう。
 

太ちゃんさん

 投稿者:シビック  投稿日:2016年 1月24日(日)22時37分57秒
  ホントに偶然なんですが私の母も心臓病でした。
小さい頃から体が弱く、中学生の頃に一度心肺停止したそうですが、家族の題目で蘇生したという体験を持っていました。
しかし、70歳過ぎまで生きましたから、信心は凄いですね。
先生一筋の母でした。
「母が心にある人は人生を間違わない」という趣旨の御指導があったと記憶しています。
共々に母の思い出を忘れたくないですね。
 

何これ②

 投稿者:ひかり  投稿日:2016年 1月24日(日)22時09分32秒
  先般の投稿を読んでくださった方はご理解いただけると思いますが、我が地域は、1年以上圏幹部以上には完全放置、悪業の被害を隠蔽された地域です。

なので、突然の号令と、参加予定者を名前で報告との
指示に、驚愕なのでありました。
まったく、どこまで常識はずれな馬鹿げた組織なのでしょうか!
 

仕事の教え方

 投稿者:太ちゃん  投稿日:2016年 1月24日(日)22時02分24秒
編集済
  ところで、しばらく前より、池田先生本人が直接書いた文面ではないものではないものがある、という点について話題がちょくちょく出ていますよね。

池田先生の「先見の明」が鋭いのは周知してると思います。
陣頭指揮時代からすでに「他の人も自分と同じ力量を持たせる」のが目的だったのでは?

それが本などでは「文章」という点で『同じ力量を持たせる』ということだったように感じるのです。
『自分で書いても同様だ』と先生が認められたから『池田大作』の名でいい、そういう判断だったんじゃないかと感じるのです。

『池田大作』の名で出すのですから、出す前に先生は原稿のチェックぐらいはやってたんじゃないですか?
知らないところで自分の名前で出ていた、というのもちょっと考えにくいでしょう。
少なくとも陣頭指揮時代のものは『追認』にはなるでしょうね。

さらにいうと、「読み手」への配慮も当然に先生はしていたでしょう。
配慮もせず『池田大作』の名を使わせた、とはちょっと考えにくいのはないでしょうか。

というか、これは『仕事の教え方』として基本的なものの部類ではないでしょうか。


追伸;
「他の人も自分と同じ力量を持たせる」のは、別に「文章」に限ったことではないでしょう。
『役職』についても同じことです。
原田をはじめ、側近でやってきていて、それで現在の学会の衰退ぶり。
それも先生が陣頭指揮から降りてまだ10年と経ってない。
申し訳ないけど、ここまで『ヘタクソな指揮』というのは、戸田先生・池田先生の元で『いったい何を学んできたのだ?』と言われても仕方の無い惨状です。
ここまでの『ヘタクソぶり』というのは、そもそも真面目にやる気がないレベルですよ。

そんな中で教学部レポートや遠藤文書が出てきてるわけです。
いずれも『ヘタクソぶり』の原因を垣間見るにはごく自然な内容に感じるわけです。

シビックさんには、おそらくすぐに必要になるものではないだろうことはわかります。
こうして掲示板に来ることになったのは、お母様の導きかもしれないし、御本尊様の計らいかもしれないですね。
何の用意も予防もなく、いきなり関わるとキケンだからなんです。
自然の成り行きとしてこうなってるのは、シビックさんが真面目な心境で取り組んでる証拠でしょうね。

『将来に関わることになるから、それに備えて準備しておいてね』

そういうことではないでしょうか。

http://www.geocities.jp/bosatu2015/

 

モラトリアムは、極悪に通じる執行猶予感覚!

 投稿者:谷川の住人  投稿日:2016年 1月24日(日)21時52分2秒
  反板のように、一方的伝聞は信じない、でもあの元職員のブログには沈黙。あいつらは、除名された外部だから関係無いと命令されているから!
つまり、除名完結された者の言論は外部意見で関係無い、今だ除名されていない者に、散々意見・行動させて除名すれば、これまた便利に即除名出来るという作戦です。♪───O(≧∇≦)O────♪
 

さすらい様

 投稿者:陽光メール  投稿日:2016年 1月24日(日)21時36分0秒
 
長文の講演内容「私が感動した池田哲学─その深さと温かなまなざし─高村 忠成」を読まさせて
いただきました。池田先生の思いやり等、池田先生の心を感じました。とても素晴らしい内容で
読んで、心温まる思いでした。ありがとうございました。
 

何これ

 投稿者:ひかり  投稿日:2016年 1月24日(日)21時32分55秒
  選挙のための支部活を大結集でやるように本部幹部が号令。
参加者を名前で報告とるようにいわれた地区幹部のみなさん、何だ何だ?名前で報告?どう言うことだ?
支部の会合をなぜ名前で報告?
壮年部中心に反発。
行かねえかな、やる気なくした、とのこと。
 

「物言わぬは・・・」

 投稿者:感性  投稿日:2016年 1月24日(日)21時26分45秒
  >(無題)   投稿者:さすらい   投稿日:2016年 1月24日(日)19時42分33秒

名誉会長の健康状態を心配する声はその多くが自然発生なものと思われます。
多くの方々の真心からの関心事ではないでしょうか。
「物言わぬは腹ふくるるわざなり」です。
 

シビックさんへ

 投稿者:太ちゃん  投稿日:2016年 1月24日(日)21時25分22秒
編集済
  そうでしたか。
実は、僕も母をすでに亡くしています。

母は口下手だし、お世辞にも生き方は上手ではなかったけど、だからこそ僕を育てるのに何倍も苦労したと感じるんです。
かえって生き方が下手だからこそ愛情がよく伝わりやすい、というのもあるんでしょうね。

母が信仰していたのは、信仰の何をみていたのかな?というのもあるんですよね。
母は、あまり真面目に信心してない人にさえ「成仏の相」と言わせたんです。
かつての宗門によるC作戦で、宗門側についた親戚が亡くなった時の相と見比べてそう感じたそうです。

母は生まれつきの心臓病で、それで育てたんですからまさしく「命がけの愛情」だったのがよくわかるんです。
それがあるから、シビックさんへこうして優しく接することができるんだと感じるんですよ。

ところで、上層部の悪事の影響を受けにくいのは、ひょっとしたらお母様が護っているのかもね。
まぁでも、今はほとんど影響なくとも、浸透するように、徐々に悪影響を受けていかざるえない状況です。
こうして掲示板に来てるのは、ひょっとしたらシビックさんを護るために、お母様が導いたのかもね。

素敵で偉大なお母様ですね。

http://www.geocities.jp/bosatu2015/

 

(無題)

 投稿者:中央派  投稿日:2016年 1月24日(日)21時14分28秒
  宜野湾決まったようですね  

情報非開示

 投稿者:感性  投稿日:2016年 1月24日(日)21時06分39秒
編集済
  >本日も、聖教新聞に『日蓮世界宗創価学会』についての記事が掲載されておりませんでした。   投稿者:谷川の住人   投稿日:2016年 1月24日(日)20時27分50秒

事実なら私も「宗教的観点からの是非は自分には不可知」から原田=博正=谷川等およびそれに付和雷同する本部批判に転じます。
ただ各発言情報は一方的な伝聞であり、また除名のいきさつについても除名された側やその支援者からの
提示しかありません。
ちなみに富士宮事件については真偽を確認しようと地元会館に問い合わせたところ見事しらを
切られました。
http://6027.teacup.com/situation/bbs/31902
http://6027.teacup.com/situation/bbs/33141
富士宮事件での情報非開示は象徴的なことだと思います。組織的な不祥事はもちろんのこと除名や失言などのネガティブな事象の扱いについては氷山の一角ではないでしょうか。

情報非開示や隠し事が多すぎるという点では私も明確に本部を批判したいと思います。
 

今日の聖教からも先生を感じます。

 投稿者:虹と創価家族  投稿日:2016年 1月24日(日)20時39分7秒
編集済
  ■四季の励まし

現代の底流には、「民衆の時代」へ向かう確かな潮流がある。
しかし一方で、人間を手段化し、人間性を踏みにじる濁流もまた激しくなっている。
だからこそ、一人の「屹立した人間」を創ることが、岐路の時代にあって一切の根幹となる。

~~~~~~~~~~~~

聖教新聞から先生を感じます。

いつも思索しているのは、「永遠の師匠」を確立するにはどうしたら良いかという事です。


>先生は、永遠に広宣流布の指揮をとる  投稿者:信濃町の人びと  投稿日:2014年10月 1日(水)22時03分20秒

70歳まで …… 新しき人間主義の哲理を確立
80歳まで …… 世界広布の基盤完成なる哉
このあとは、妙法に説く不老不死のままに、永遠に広宣流布の指揮をとることを決意する。<
http://6027.teacup.com/situation/bbs/11366


先生のご病気の話になると、心が揺れ動いたり、色々と考えてしまうのが本音です。
しかし既に先生は、永遠の広宣流布の指揮をとられているのです。

病状を心配するのは当然ですが、「病状により広宣流布の指揮が取れない」などと、自分の経験や世法的な考えで判断してはいけないと思っています。

もし病状に左右されるなら、自身の中に「永遠の師匠」が確立できていないからです。

そのためにも、自分も含め学会員一人ひとりの心の中に、「永遠の師匠」を確立しなければならないと思い、思索と対話を重ねています。


 
 

本日も、聖教新聞に『日蓮世界宗創価学会』についての記事が掲載されておりませんでした。

 投稿者:谷川の住人  投稿日:2016年 1月24日(日)20時27分50秒
  常に本題が工作員によってブレないための、このように毎日書き込みする事が、大切です。
一学会員を共産党員と侮辱して、会則規定にもよらず、即除名する原田会長は極悪であり、これを認める本部職員全員も極悪であると私は認定しています。
よって、これらの者は、いかなる理由があるにせよ、学会から駆逐・追放する対象です。
先生の指導の通り、言論戦で叩く対象です。
以上
 

退転者の眷属が集まる反板を宣伝してどうするんだかな

 投稿者:太ちゃん  投稿日:2016年 1月24日(日)20時04分25秒
編集済
  投稿者:超級110    投稿日:2016年 1月24日(日)19時40分24秒

↑こういう感じで真面目な学会員を騙して利用する『大ばか者』がいるゆえ気をつけてください。
ぶっちゃけて言ってしまうけど、こいつはおそらく学会本部の『ネット対策チーム室』の職員ですよ。
仕事内容は「悪事の隠蔽工作」です。

こうしてシビックさんへ見せるかの如く宣伝してるのは『騙して利用する目的』です。
全部でなくとも過去ログをみてきたのなら、撹乱を意図してるとしか思えないコメントも見たでしょうけれど。

本部の隠蔽工作に利用されないようお気をつけを。

http://www.geocities.jp/bosatu2015/

 

画像②

 投稿者:感性  投稿日:2016年 1月24日(日)20時03分41秒
  さて
溝口男子部長は職員として統監など地味な職務に頑張っておられたのを名誉会長が
光を当てて男子部長にまでなったと仄聞したことがあります。男子部長になってからは
宗門との折衝においては学会の窓口的な立場であったとも聞いています。
ただし私はお顔を存じ上げていません。第一次宗門問題では一番の表にいたと思われる
彼はあの画像にいるのでしょうかね?

また男子部長退任後はどういう生き様だったのでしょうかね?

画像   投稿者:感性   投稿日:2016年 1月24日(日)16時27分43秒
http://6027.teacup.com/situation/bbs/37194
 

原田批判=博正批判

 投稿者:感性  投稿日:2016年 1月24日(日)19時58分53秒
編集済
  >中枢の中   投稿者:信濃町の人びと   投稿日:2016年 1月24日(日)16時40分31秒

おっしゃること了解しました。
私のような一般会員は表面しか知る術がありませんが、表面こそが何よりの事実でもあります。
現時点での私の私見は原田批判=博正批判です。

むろん批判の是非は現時点でもわかりません。将来の伝え聞く現証で判別できるのかも
しれませんね。いずれにせよ上層部の各思惑がベールに包まれている、否、毀誉褒貶的な
各思惑があること自体が健全なことではないと思います。
 

草創期の者様

 投稿者:陽報  投稿日:2016年 1月24日(日)19時50分48秒
  それではあなたは例えば宮崎駿のアニメは全部宮崎駿が書いていなければおかしい


森ハナエの服は森ハナエがデザインもパタンも裁断、縫製も全部やっていないとおかしいということになると思います

デザイナーの世界は師匠の名前で弟子が作成することよくあります

師弟の世界はよくあることです

ノーベル賞をとる研究もアイデアは先生
実験するのは弟子です

アイデアを考えることが一番難しいのです

 

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