互助会とか言われるけど好きな人がブログ更新したら嬉しいしブクマしちゃうしともするとブログの何を好いているのかって内容だけではなくブログを書いている「人となり」が好きだから読んでいるっていうのも充分にブログを読む理由として成り立つと思うよ。
— ポンコつっこ (@ponkotukko) 2016, 1月 23
所謂互助会なんかの言及なんだけど、おそらく人によって互助会の定義が違うと思う。私が言いたいのは好きな人が書くブログなら「読みました!」って記録を残したいよねって話。それをするのにはてぶはちょうど良かった。あとでまとめて読めるし、Twitterと連携させれば拡散もできる。好きなことを広めて色々な人に知ってもらいたいというのは昔々の大昔から人間に備わった当たり前の欲求だ。例えば誰かの経験や心情をブログで読む、自分と同じ気持ちの人がいて嬉しい、自分と異なる考えの人がいるという発見、ブログを通して人を知る。それが私がブログを読む一番の理由だ。
その理由は共通のものだと思っていたけど、最近はブログの立ち位置が変わりつつあるのだろうか。ブログはお金を得る為のツールとして使われるようになった。所謂アフィリエイトですけど、私はアフィリエイトを批判したいわけではない。ただアフィリエイトで儲けるためにはアクセス数を稼がなければいけない。そうなると自分という商材だけでは足りないのだろう、それこそ瀬戸内寂聴や明石家さんまみたいな破天荒な個性や特異な経験でもないと大衆の関心を引くことは困難だ。そして瀬戸内寂聴や明石家さんまでもない人間が選んだのはある種の炎上商法だったりしっきーさんの言う自己啓発だったりする。そういうブログがたくさん出てくるようになった。そんなブログ達を読んで思うのは「なんかどのブログも大して変わらないな」という虚無感だった。みんな自分の個性より儲けるためのスタイルを重視しているみたいで、読んでも読んでも筆者の顔が全然見えない。それは他人の心に触れることを楽しみにしていた読者としてはとても寂しいことだった。
自分の考えを書いたことで意図せず炎上したことは私にもある、多分そういう人は少なくない。そんなことを繰り返しながら書く人は書くことに磨きをかけていくのだろうけどもはや炎上すらお金を得る為の方法でしかないのだろうかという疑念すらある。
「みんな、何のためにブログを書いてるの?」
この問いは他者に問うことで自分への問いにもなり得る。私はなぜブログを書いているのか、やはり私は誰かに私の心を知ってほしいのだと思う。そして私の心を読んで、貴方がどんな心になったのか知りたいのだ。きっとそこには相容れない思いがあったりすることもわかっているのだけど、それでもひとりで寂しい夜を過ごすよりはブログやTwitterを通して普段触れ合わないような人と交流することが好きだ。そう考えると私のブログというのは手紙のようなものなのかもしれない。私は「私」を方法としてブログを書いている。そういう書きかたが一番心地よいと思うから。
自分の正直な気持ちを書くことが制限されるなら、私はアフィリエイトは使わないし、今まで使わなくて良かったと思う。心があるブログが好きで、これからもたくさん読んで、書いていきたくて、でもそれが時代の流れにそぐわないものなのであれば淘汰されることも致し方ないのかもしれないと、少し諦めかけてしまっているんだ。