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一般論として

 投稿者:お花畑太郎  投稿日:2016年 1月24日(日)14時13分58秒
編集済
  理解出来ない人がいるので書きます。
池田先生の健康状態を論議するつもりはありません。
まず、この前提を理解してください。

認知症の発症には原因がいくつかあります。
よく知られるアルツハイマー型の場合、認知症が進み
末期は意思表示が出来なくなる状態になります。

代表的な例でもう1つ有名なのが脳血管障害による認知症です。
この場合は、脳梗塞などの疾病が原因となります。
脳の一部がダメージを受けるのでダメージを受けた脳の部分に関連する身体機能に障害がでます。

簡単に言えば、身体機能の一部が機能しなくなることにより
出来なくなることが発生します。(例えば、右足がうまく動かずに歩けない、右手が使えないなど)

もちろん出来ることもあり、出来なくなることはリハビリにより機能回復を目指します。まれにぼぼ完全に機能が戻ることもありますが、大方は代替機能を使い、生活ができるよう最低限の機能回復を目指します。

脳血管障害による認知症の場合、中等度以降も意思能力は維持されていきます。しかし、まだら模様と言いましてよい時、悪い時がはっきりしています。

両者は同じで認知症ですが発症から経過に特徴があり
お写真や今までの先生の上記からわかるのは、脳血管障害による認知症だと言うことです。状態が良い時に遠出をされてのリハビリだと推測されるからです。

認知症の進行を防ぐ為に、昔の記憶を呼び起こしていく。
その為に、昔使っていた物、触れた物、良かった思い出に少しずつ触れていくのもリハビリの1つとしてありうる手段です。
この場合も、状態が悪い時は負担になりますので時期を見ながらになるはずです。

また、認知症を発症し症状が進みますと、高度な判断を要するものや、頭を酷使する作業は一般的に出来なくなります。
普通に考えれば、メッセージの作成や原稿の執筆を全ては出来ないでしょう。なんらかの方針を示すくらいが一般的に可能な範囲だと推測されます。

他にも先生のご健康状態を類推できる情報はありますが
そもそも健康状態を論議するつもりはありませんので、一般論から見れば当方の言っていることが理にかなっていることがご理解いただけるはずです。

専門知識をお持ちのかたや、介護経験のある方にお聞きすれば容易にわかる話なんですが。
 

シビック様

 投稿者:たんぽぽ  投稿日:2016年 1月24日(日)14時13分14秒
  横から申し訳ありません。
ひとつだけ質問させて下さい。
この板を敵も見ているという意識が必要とありましたが、シビック様の想定する敵とはどのような人物なのでしょうか?
それによって捉え方も違ってくるのかしらと思いまして…
 

早とちりでしたか

 投稿者:シビック  投稿日:2016年 1月24日(日)13時37分31秒
  下記の蓮香さん等の書き込みから、先生は既に判断能力がないと考えている人がいると思ったのですが、私の考え過ぎでしたか?
「投稿日:2016年 1月22日(金)18時27分0秒
ここまではっきりいわれても分からない人はわからないんですよ。
というよりも、先生だけは特別と思いたいんでしょうね。
わがやの親も脳梗塞をおこして要介護4の認定受けてるので
先生の状態は写真を見ただけで察しがついてましたけど。
いつまで執行部は先生のお名前を利用して会員を欺くつもりなんでしょうか?」
要介護4っていうのは、判断能力あるんですか?
また、お花畑太郎さんの「各地に行くのはリハビリや認知機能の低下を防ぐため」等の書き込みからも判断能力欠如を想像しました。
あるいは、メッセージが創作されているという書き込みから、先生が関与できない状態だという前提で話されているものとおもいました。
数年前に作曲家のゴーストライターが取り沙汰されましたが、先生がゴーストライターを承認しているとは、思いたくないですからね。
直接、書かないまでも口答で伝えていると思いたい。
であるならば、原田会長直弟子という言葉にも先生の意志があると考えるしかないというのが私のスタンスです。
先生が判断能力がない状態だと思いたくない。先生がゴーストライターを承認すると思いたくない。
先生を貶めず、今の状況を捉えるには、先生が執筆されていると言われている全ての記事に先生が関与していると捉えることが私のコアの部分です。
あと、ここは誰でも読める掲示板ですから敵も見ている感覚が少しは必要だと思います。
掲示板では、要介護、外部との直接対話では違うというのは、ダブルスタンダードと突っ込まれる可能性があります。
最後に掲示板の過去ログの見方とかわからないです。
親切な太ちゃんさん宜しくお願い致します。
 

わが友に贈る

 投稿者:どうしょうてん  投稿日:2016年 1月24日(日)12時10分10秒
   正義の人は強い!
 笑顔の人は負けない!
 何があろうとも
 不屈の楽観主義で
 波浪を乗り越え進め!
 

遅ればせながら

 投稿者:蓮香  投稿日:2016年 1月24日(日)12時07分32秒
編集済
  シビック様へ

お花畑太郎様のご意見に同意するという思いで書いたコメントがこんな話になっていたなんてびっくりしました。皆さまがとても丁寧にお答えくださってるので私が登場することもないかなと思いましたが質問があったのでシビック様の満足いくお答えではないかもしれませんが出てきました。

先生のご病状についてここで話すのと外部の人に話すのは同じなわけないですよ。
それでは弟子として師匠を守ることにはならないでしょ。末端であっても師匠を御守りする思いは負けませんよ。

執行部に対しての不信感からかいたことです。
師弟不二アーカイブの遠藤文書、教学部メモ等を読まれましたか、今の創価の状況を知ることが
できますよ。元3人の学会本部職員のブログも読まれてみてください。
 

かつて判断能力がないに拘った人物が1人いましたなー

 投稿者:遠山のカネさん  投稿日:2016年 1月24日(日)12時06分30秒
編集済
  判断能力がない???
これ誰か言ってましたか???
興味深くロムしていますが。

かつても、誰も直接的に言っていない
【先生に判断能力がない】
のフレーズに拘り、掲示板全体の印象操作を行って、貶めた人物が1人だけいましたなあ。

シビックさんは同一人物なんではないかなあ~?

>>
   まして判断能力がないとの話までくると、師敵対の4人組にやりたい放題に乗っ取られてるだけの話ではなく、新聞紙上のメッセージも大ウソ、池田ファミリーまで会員を欺いた行為をした協力者として、高い代償を背負うことになると思いますよ。


 先生に判断能力がないというなら、私がこの場所で物申す立場ではありません。独立した教団として改宗したと思っている私と教義解釈の話をしたって価値的なものが生まれるとは思いませんし、たかが発表するタイミングだけの解釈以前の問題で分裂するほどの話でもないでしょう。

<<
 

寛容な対話 議論を心がけたい。

 投稿者:獅子の子  投稿日:2016年 1月24日(日)12時04分39秒
  シビック様の意見は私もわかります。確かに先生がもし狂ってしまったとしたら?現在の先生の容態は罰だろうか?等々 色んな角度から思索しましたので学会員さんと言えども見る角度も受け取り方も違います。ましてやこの情報社会ですからそう言う考えに一時的に至ったとしても自然な流れだと思います。一方向からでは無く色んな方向角度からも見てその上で現在の学会の姿 組織のあり方等を見るとどうしても執行部に何か問題が生じていると言う考えになります。先生の事も今までの御指導や命懸けで指揮を取られて来た事等を考えますとやはり先生に嘘偽りはないのではと言う結論に至りました。私の場合はです。例えシビック様が意図的に質問していたとしても考える側の私達はそれをきっかけに又違う角度から見た場合を一緒になって考え何故先生が間違っていないかを丁寧に優しく説き聞かせてあげるべきではないでしょうか?以前に何度も議論されてるとは思いますが今はシビック様と言う1人の方が疑問に思い聞いているのでその方に対しての返答と過去に議論した内容とでは相手に通ずる部分が又異なるのでは?とも思います。意図的であろうと無かろうと例え先生への批判であろうと真摯に受け止めその方に対しての真心の対話が大切なのではないでしょうか?と私は思います。
板に投稿する方全てが板の内容を把握しているとは限りませんので色んな意味で寛容な対話 議論を心がけたいですね。
この板は先生が弟子に託された事が前提での議論対話の場と私は思っています。なので先生ならどうされるだろうか?この様な場合先生ならどう対話されるだろうか?と考えます。きっと真心の対話をなされるんではないでしょうか。1人1人を抱き抱えるような思いで先生なら接するんじゃないでしょうか。未熟者な弟子ではありますがその様に思います。
素朴な疑問があっても良い批判があっても良い全ては弟子の姿を持って師匠の偉大さ素晴らしさを示す事が出来るのではないでしょうか。これも又色んな意見がある中の1つとして捉えて頂けたらと思いますm(__)m

 

SaySaySayさんへ

 投稿者:大仏のグリグリのとこ  投稿日:2016年 1月24日(日)11時46分6秒
  ----------------
大百2015年4月号94ページ下段(聖教1/29・30教義変更に関する教学部補足解説)での、「日寛教学の一大秘法、六大秘法という用語は、今後用いない」とした理由で、

「日寛上人の教学には、日蓮大聖人の正義を明らかにする“普遍性のある部分”と、要法寺の法主が続き、疲弊した宗派を護るという要請に応えて、“唯一正統性を強調”する“時代的な制約のある部分”があるので、今後はこの両者を立て分けていく必要がある」

としていることについてです。
---------------

この部分については後半に触れています。もう少しお待ちください !
 

ありゃ?逆のパターンでしたか

 投稿者:太ちゃん  投稿日:2016年 1月24日(日)11時25分31秒
編集済
  うっかり逆のパターンもあるのが頭から抜けてましたf^^;
なるほどなぁ

福運があると上層部の悪影響を受けない、というのもどうやら事実のようです。
この数年は役職と力量の「アンバランス」が起きてる様子です。
明らかにもっと上の役職の力量を持っているのに「なぜ??」という場面に度々出くわすんですよ。

これはたぶん、本人の福運で「あえてウエに行かない」よう、御本尊様の計らいで護られてしまうケースとみるしかないようなんです。
「ウエ」に行くほど上層部からの悪影響を受けることになるからですね。

シビックさん?
この状態というのは、いわゆる『親の福運で護られる』というのと同じことなんです。
ネットゆえ親の福運からなのかシビックさん自身からの福運からなのかはわからないけれど、いずれにせよ結果的に御本尊様の計らいで護られてるのは確かでしょうね。

ひとついいですか?
シビックさん、そういう疑問がもし事実と仮定するなら、池田先生はこの掲示板の存在をどのように思ってるのでしょうね?
池田先生ほどのお人ならば、こんなに放置してないでとっくに何らかの対応をしてるんじゃないですかね?

しかも、どうやらネットの対応をしてる中心者は元全国男子部長の弓らしいのだよね(掲示板に何度も弓の情報が出てます)。
『ネット対策チーム室』というのが学会本部にあるそうで、これについては「ネット対策チームの対策」さんが詳しいかもだけど。
他の人からもかなり近い情報が出てるんですよ。
それについて否定されてるものは皆無に近いです。
本部内では『汚れ』と呼ばれてるようだし、おそらくは本部では弓がいるのを周知されてるのだろうね。

弓のあのハレンチ騒動。
池田先生より矢野の追求を命じられ、逆襲されたできごとがそのハレンチ騒動のようですよ。
あんな「失態」をやらかしてるというのに、池田先生は弓にネットの対応を命じるでしょうか?
まして掲示板ではすでに一年半ほどテーマが続いてます。

掲示板では、子供騙しに近い明瞭な妨害と判断できるものが頻繁に起こってきています。
妨害のやり口はどうみても全く正当性に欠けるものですよ。
現実的に時間がなさすぎだから、全部でなくとも過去ログを直接ご覧になってみては?
過去ログの見方はわかります?

http://www.geocities.jp/bosatu2015/

 

グリグリ様お教え下さい

 投稿者:SaySaySay  投稿日:2016年 1月24日(日)11時20分53秒
  グリグリさん、いつもありがとうございます。
今後の連載で書いて下さるのか、分かりませんが、予定外であれば、教えて頂きたいことがあります。

大百2015年4月号94ページ下段(聖教1/29・30教義変更に関する教学部補足解説)での、「日寛教学の一大秘法、六大秘法という用語は、今後用いない」とした理由で、

「日寛上人の教学には、日蓮大聖人の正義を明らかにする“普遍性のある部分”と、要法寺の法主が続き、疲弊した宗派を護るという要請に応えて、“唯一正統性を強調”する“時代的な制約のある部分”があるので、今後はこの両者を立て分けていく必要がある」

としていることについてです。

この“唯一正統性を強調”している部分には、何か問題があるのでしょうか? 奴らは何を悪いといっているのでしょうか?

この部分は、日寛上人が、日蓮仏法を都合よく解釈していたり、強引に論理を捻じ曲げたりしているのであれば、確かに問題で、奴ら現在の教学部の言い分は理解できます。そうであれば、池田先生も同じ判断をされたかも知れない、と私は思い、奴らが、池田先生了承で教義変更したということにも説得力が出てきます。

しかし、そうでないのなら、日寛教学はただ“唯一正統”を訴えているだけで、全て“普遍性のある部分”であり、“時代的な制約のある部分”なんか無いのではないでしょうか?
即ち、ここにも奴らの陰謀が現れていると思うのです。邪教化の証拠のように思うのです。
池田先生の創価学会では、日蓮仏法の“正当性”を大切にしていて、それを正しく受け継いで実践しているかどうかを問題にしていますよね。
その“正統性”を宗門は失い、学会だけがその“正統性”を貫いて来た。ところがそれを“時代的な制約のある部分”があるとして、手放してしまえば、学会の方が邪教化しますと言っているようなものですよね。

重ねてアキヤ系創価学会の邪教化論証するのに、この点は有効であると思います。だから、もしご存知でしたらお教え下さい。

この“唯一正統性を強調”している部分には、何か問題があるのでしょうか? 奴らは何を悪いといっているのでしょうか?
 

【五義の教を知る 第二章 相対論の応用展開】15/30

 投稿者:大仏のグリグリのとこ  投稿日:2016年 1月24日(日)09時25分41秒
  池田先生は“六巻抄講義の序”で

「日寛上人の六巻抄は、日蓮大聖人の正法正義を、化儀の広宣流布の未来に
流れ通わしめんがため全魂をこめて著された破邪顕正の書であり

・・・未来永劫にわたる源遠長流の教学の大基盤であると信ずる。
・・・戸田前会長も、常々『教学は日寛上人の時代に帰れ』と述べられていた。

・・・もはや、一宗門の六巻抄にあらずして、万人の六巻抄となりつつあることを銘記されたい。
・・・本講義が、さらに広大な教学の潮流となって、二十一世紀の生命の世紀を開いていくことを願ってやまない」

(六巻抄講義 聖教新聞社刊)と述べられ、日寛の六巻抄を最大に宣揚しました。

ともあれ、日寛の指導によって、
大石寺はかつてないほど盛んに宗学が起こり、多くの人材が育っていきました。

しかし、江戸時代から明治時代に変わり、時代の推移のなかで明治政府は
「僧侶の肉食・妻帯・畜髪は勝手たるべき事」との明文を記したいわゆる「太政官布告」を発令し、

これによって宗教界の堕落が始まります。

当然、大石寺僧侶もその例外ではなく、またもや僧侶の堕落と、法脈を継ぐ貫首の座をめぐる紛争が
たびたび起きていて、せっかく法滅状態の大石寺を復興させた日寛の努力も虚しく、再び大石寺は退廃していきます。

その後、明治政府は仏教各宗派を、
「天台・真言・浄土・禅・真宗・日蓮・時宗」の七宗に各一管長の制度にすると定めました。

日蓮宗は「一致派」と「勝劣派」の二派に統合され、一八七四(明治七)年五月、大石寺は
勝劣派(興門派・妙満寺派・本成寺派・八品派・本隆寺派が合流)に加わり、

なんと日寛が破折している邪義の寺々と合同したのです。


・・・つづく
 

【五義の教を知る 第二章 相対論の応用展開】14/30

 投稿者:大仏のグリグリのとこ  投稿日:2016年 1月24日(日)09時24分56秒
編集済
  日寛が“六巻抄”などで批判的に取り上げた

一致派の身延派に属する「日朝(にっちょう)」「日暁(にっきょう)」、
六条門流の「日澄(にっちょう)」、
不受不施派(ふじゅふせは)の「日遵(にちじゅん)」「日講(にっこう)」、
勝劣派では八品派の「日忠(にっちゅう)」、
富士門流では京都要法寺の「日辰(にっしん)」「日賙(にっしゅう)」

など、日蓮宗各派の論師の著作が日蓮門下に流通している状況をみて、

大石寺門流の「三大秘法義」を護るためには、
大石寺独自の教義を理論的に体系付け、褒め讃える必要性を感じていたからだと思います。

だからこそ三大秘法義を理論化し、対外的論議に絶え得る「門流教学」を構築したのです。
この時代の日蓮仏教界にみられる宗派横断的な教学書の流通が、日寛に「唯授一人法門」の理論化をうながしたといえます。

とくに要法寺の邪義を破るために「末法相応抄(六巻抄)」を著し、
要法寺日辰(にっしん)の主張をとりあげて、上巻の冒頭では法華経二十八品を読誦することの誤りを指摘し、
下巻の冒頭では仏像を造立して本尊とすることの誤りを厳しく打ち破っています。

要法寺出身の歴代貫首(大石寺法主)によって持ち込まれた「大石寺教学の邪義」を、
日寛が完全に打ち破ったことによって、日興門流・富士大石寺は浄化され、蘇生することができたといえます。

日寛教学は、大聖人滅後、約四百年の間に発生した日蓮宗各派の邪義をことごとく打ち破り、
富士門流に伝わる日蓮日興の正義を内外に向かって宣揚した「破邪顕正」の教学です。

日寛は六巻抄を弟子に授けた時に

「この書、六巻の師子王があれば、国中の諸宗諸門の狐兎(こと ※輩の意)が、
一党となって当山を襲ってきても、少しも驚き恐れることはないから秘蔵しておきなさい」

と述べたことは有名です。また日寛は

「この中に大事なことを示したのは、法をして久住させるためである」(三重秘伝抄)、
「これを著したのは広宣流布のためである」(依義判文抄)

と述べ、日蓮大聖人の正法を弘通して、人々を救うための教学であり、
広宣流布をするための教学であることを強調しています。

さらにその著作の中で、大聖人を“末法の御本仏”と仰ぎ、
一閻浮提総与の本尊を根本として信仰すべきことを明らかにして「信・行・学」のあり方を明確に指し示しています。
 

【五義の教を知る 第二章 相対論の応用展開】13/30

 投稿者:大仏のグリグリのとこ  投稿日:2016年 1月24日(日)09時24分7秒
  室町後期から江戸初期にかけて、日蓮教団もさまざまな門流に分派し、
大きく分けて「勝劣派」「一致派」など、それぞれの学派が教義論争に明け暮れ、

日寛の時代になると「身延派」「富士派」「八品派」などの学派が“日蓮教学”の法門をまとめた論文や法義書を著し、
大石寺貫主のなかにも邪義(釈尊の仏像本尊)を唱える者が現れました。

そもそも日興が身延を離山し、富士に来たのは身延の地頭が釈尊の仏像を本尊としたことにあります。

そして日興は地頭を強く批判し、大聖人が図顕した曼荼羅本尊のみが信仰の根本であると主張しています。

釈尊の仏像を本尊とすることは、日蓮日興に背く大謗法なのです。
まさに日興が危惧していた「仏法に相違して己義を構える」貫主が出現したのです。

しかし当時の宗門には、おかしいと批判する声はあがっても「用いてはならない謗法だ」と
貫主を強く呵責する信心のある者はいなかったのです。

大聖人滅後、四百年を過ぎたころの大石寺はまさに法滅状態そのものでした。

こうした時代背景の中で、日寛も日蓮教学の研究に励み、後に大石寺の学頭に招かれ、
門流独自の立場から御書講義を行うなかで二十六世の法を継いでいます。

日寛は日蓮宗各派の教学振興の気運が高まるなかで自らも大石寺教学の確立を目指し、
そこから門流秘伝の「三大秘法義」を理論的に体系化する必然性を感じていたのだろうと思います。

しかし、それ以外にも自門流の秘伝を公開した諸事情がありました。

それは日蓮宗各派の教学論議で大石寺の教義からみれば、絶対に妥協できない邪論が横行するようになっていたからです。
 

【五義の教を知る 第二章 相対論の応用展開】12/30

 投稿者:大仏のグリグリのとこ  投稿日:2016年 1月24日(日)09時23分24秒
  日寛が登場したのは、大聖人滅後、四百三十七年が経った江戸時代です。

この時代は徳川幕府によって、キリスト教信仰を禁止し、
民衆を支配するために寺請制度(檀家制度)が実施されていた時代です。

人々は必ずどこかの寺院に所属しなければならず、寺に人別(戸籍)が登録されていました。
そして寺院が発行する証文がなければ就職も旅行もできず、民衆は寺に隷属せざるを得なくなり、

住職の権限は絶大となっていたのです。

たとえ檀家総代であっても寺へ行くべき日に参詣しないと、
戸籍を抹消して自宗の檀家ではないと幕府に届けよ、とさえ定められていたといいます。

要するに、檀家制度は「寺院が権力の出先機関」になったということです。
寺院そのものが権力化し、僧侶は民衆の支配者となった――。

まさに民衆のために権力者と戦い抜いた大聖人の精神と対極にあったのが、この「檀家制度」といえます。

さらに幕府は「自賛毀他」といって、自宗をほめて他宗をけなすことを禁じ、
法論を禁止したため、どの宗派も布教ができなくなりました。

僧侶は寺に所属する檀徒が死亡すると、その死相を見届け檀那に間違いない(キリスト教でない)ことを
確認してから戒名を授け引導を渡すことが義務付けられていました。

そのため葬儀に僧侶を呼ばなければならなかったのです。
僧侶を呼ばなければ、キリシタンの疑いをかけられ、極刑に処される恐れすらあったのです。

葬儀や法要など、化儀のほとんどは江戸時代に確立されており、
檀家の墓・過去帳・位牌・仏壇などもそれ以降に一般化しています。

しかしその一方では、徳川幕府の宗教政策によって自由な布教が制限されたかわりに、
日蓮宗各派で教学研究が盛んとなっていきます。
 

【五義の教を知る 第二章 相対論の応用展開】11/30

 投稿者:大仏のグリグリのとこ  投稿日:2016年 1月24日(日)09時22分38秒
  話をもどします。

遺誡置文を著した直後の同年二月七日、師弟不二の道を貫いた日興は八十八歳(米寿)の尊い生涯を終えました。

日興が亡くなった同じ年の五月二十二日、鎌倉の北条氏が新田義貞軍に滅ぼされ鎌倉幕府が滅亡し、
後醍醐天皇が京に入って朝廷に権力が戻ります。

それを好機と見た日目は、日興亡き後、日目が師(日興)の跡を継ぎますが、
朝廷を諫暁して広宣流布を実現せんと天皇への申状をしたため、同年十一月のはじめに弟子の日尊・日郷を供にして自ら京へ向かいます。

その途上、日目は雪と寒さと疲れのため、美濃国垂井(岐阜県不破群垂井町)で病に倒れ、
十一月十五日、死身弘法の尊い生涯を閉じるのです。

日目・七十四歳の時でした。

日目が亡くなった直後、日興門流では「第四世」の継承の問題をめぐって激しい対立が起こり分裂していきます。

そして日興門流の弟子たちは、先師(日興)が五老僧との攻防戦のなかで築き上げた日蓮教学を厳護するどころか、
研鑽を怠り理解できずに保身と私利私欲に溺れて、日興門流も五老僧の門流と同じく濁流に流されていきました。

しかし“第五の種脱相対”を正しく伝え、日蓮教学の正統性を主張した継承者を“五・一相対”すれば、

それは「日興上人」ただ一人です。

そしてそれを内外に証明し、決定打を打った“人物”が、日興門流の末弟であった「大石寺日寛」と、

在家教団であった創価学会「初代会長牧口先生・第二第会長戸田先生」なのです。

これが第六(五・一)の相対です。

なぜそういえるのか――今度はそれを見ていきたいと思います。
 

見込みない人々さんへ

 投稿者:大仏のグリグリのとこ  投稿日:2016年 1月24日(日)09時13分37秒
  ----------
章安大師の釈等を引用し、摩訶止観第五で天台が説いた一念三千の法門は天竺の論師も説かなかった「一重立ち入った」法門である、との大聖人の認識を示されている部分と私は認識しています。「一重立ち入った」は大聖人の御認識であり、文底独一本門に一歩近づいた法門となる、ということで、「大聖人が一重立ち入った」のではないと思うのですが、私の読み方が間違っているでしょうか?お時間あるときにご教示いただけると嬉しいです。m(__)m
----------

とのこと。

この件については、今の連載終了後に述べさせていただきます。

今はただ一言だけ

「私の読み方が間違って」というよりも解釈の違いだと思います。

グリグリ講義の次下も合わせて読み、思索してください。

この部分の講義は、天台と大聖人の相違について「五義と十如是」のテーマのもとに考察を進めているところです。

「摩訶止観の第五の巻の一念三千は今一重立ち入たる法門ぞかし」という一文は、非常に意味深長な言葉だと思います。
 

大丈夫です安心して長生きしてください

 投稿者:くらさい@お久しぶりモード  投稿日:2016年 1月24日(日)09時13分12秒
  人間はナニをなすにしても体力が要りますよネ
ましてや巨大なソシキを指揮するにしても人を叱るにしてもホメるにしても
そしてそのぶん心労も大きくなるのはアタリまえ

すでに弟子に託されたソシキ運営
先生の年齢やご病気を考えたらいちいち報告するかナー
自分に同じ年齢で同じ病気されている親やおじいちゃんがいたら話ます?
ソシキのこと先生のことをホント思っている人なら
「大丈夫です安心して長生きしてください」って思うヒトもいるのでは?

いまのソシキの腐敗に先生が手を打たないことに
「先生は既に判断能力がないと考えている方」とカイシャクするの
ある意味現実離れした考えだと思うんですよネ!
 

ワオゥー ! 何かすごくにぎやかですね !

 投稿者:大仏のグリグリのとこ  投稿日:2016年 1月24日(日)09時11分3秒
  鬼さん、日常漫荼羅の写真ありがとうございました。

鬼さんの鋭いご指摘、ごもっとも !

ああ~ まるで剣豪の修行の如き教学研鑽の息吹を感じる・・・グリ汗

あ、ただ単にグリグリが知らなかっただけですけどね ! ワラ

ということで、訂正削除します。

---------------------------

訂正前の文

富木常忍は師匠に直接、御書や要文の保管管理を任じられ、富木常忍は生涯をかけてその責務を全うしました。

富木常忍は後に「日常」と名乗り、自邸の持仏堂を法華寺として自ら貫首となって本尊を書写しています。
常忍は一二九九(正安元)年、法華寺を太田乗明の子「日高」に付して八十四歳で死去します【が、

これより三十四年も長く生きた日興と日目の説中を見ても

「常忍は本師の正義を曲げ、日興・日目に背きおわんぬ」とは記されていません】

現在、富木常忍関係へ与えた数多くの真筆の御書が現存していることは、彼の功績によるものです。

--------------------------

訂正後の文

富木常忍は師匠に直接、御書や要文の保管管理を任じられ、富木常忍は生涯をかけてその責務を全うしました。

富木常忍は後に「日常」と名乗り、自邸の持仏堂を法華寺として自ら貫首となって本尊を書写しています。
常忍は一二九九(正安元)年、法華寺を太田乗明の子「日高」に付して八十四歳で死去します。

現在、富木常忍関係へ与えた数多くの真筆の御書が現存していることは、彼の功績によるものです。


※【】の部分は間違えました。よって削除します。
 

概観

 投稿者:ひかり  投稿日:2016年 1月24日(日)09時08分1秒
  学会で現執行部に同調しないものの排除が行われるのは、一方では自民党主要議員の日本会議化と、歩調が同質である可能性がある。
つまり、一つの方向への集団化。
戦前の日本社会と似ており危険であることは言うまでもないが。
自分の頭で考えないで、体制の空気に支配されることをよしとし、声をあげることをしないと、また惨劇が繰り返される。
学会も、三代会長が命懸けで造り守った平和の道を、このまま某党を無理に支えて矛盾を押し通すならば、日本社会の悪業に同調、結局今までの苦労は水の泡だ。
 

申し訳ありませんでした

 投稿者:シビック  投稿日:2016年 1月24日(日)08時39分3秒
  ご心配をお掛けしてしまって申し訳ありませんでした。
また、お気遣い感謝致します。
でも心配しないでください。
私は、師匠不信も組織不信も起こしておりません。
私の所属している組織は、皆さんが書かれているような組織と比べたら本当に恵まれていると思います。除名なんてまったく聞かないですよ。時折、引っ越し先を教えてくれない行方不明で統監を落とすぐらいですかね。
私が書かせていただいた「先生云々」の記述は、そういう捉え方もされる可能性があるんじゃないですかという警鐘と受け止めていただければと思います。
感性さんがおっしゃっているように様々なスタンスの方が自由に書き込まれているということですね。
先生の随筆に感動している方もいれば、メッセージを創作だと捉えている方もいる。
いろいろなスタンスがごちゃ混ぜになりながらもバランスを保っているという感じでしょうか。
そのあたりがうまく消化できずに違和感を感じているのかも知れません。
ひとつ聞きたい事があります。特に、先生は既に判断能力がないと考えている方にお伺いしたい。
日顕宗の輩と対峙した際に「池田は、脳梗塞を起こして死にかけてるそうじゃないか。人間革命もゴーストライターが書いてるんだろ」と言われた時に「その通りです。よくご存知ですね」と答えるのでしょうか?
最後に、悪汁プシャーさんの「私の師匠を攻撃するなら、私は断じて許す気はありません」というフレーズ大好きです。
私もその気迫で敵とやりあってきましたので。
 

シビック 様

 投稿者:螺髪メール  投稿日:2016年 1月24日(日)05時50分29秒
   シビックさま。焦って結論を出す必要はありませんよ。皆さんがおっしゃるように、人は皆、いろんな経歴があるわけですから分かり合えることなど最終的にないのです。妻・子でもそうですよ。自分自身が判断するよりないのです。
 微に入り細に入りの「悪汁ブシャー」のご意見に全面的に賛同します。これほどの「知見」を見せる人が、いまあなたの周囲にいるでしょうか。口幅ったい言い方になってしまってはいけませんが、「知見」というのは仏の三身のうちの「報身」つまり「智慧」です。私の経験から言っても、「智慧」を磨く以外に「知見」を拡げる方法はないのです。「智慧」そのものが「仏」なのです。
 あなたがこの「板」に来たのも、何らかの疑問があったからでしょう。ただ単に興味本位かもしれませんが。膨大な情報量におそらく消化不良になってしまうでしょう。多様な見識、経験、そして知見。単なる悪口サイトが多い今のSNSの中でいい意味で異質なものです。私自身が着目したのも(掲示板よりも師弟不二アーカイブのほうが先でしたから)そこでした。
 疑問は疑問でいいのではないでしょうか。無理に安易な結論を出す必要はありません。ただ、考えてください。それが、あなた自身の人生そのものです。その参考が悪汁ブシャーさんらの助言です。

 

誓願成就へ

 投稿者:革命こそ蘇生  投稿日:2016年 1月24日(日)03時26分15秒
  世界は良くも悪くもパワーバランスで成り立っていると思います。
正義であるならば声をあげるはずだ、即座に真実を語るはずだ、
そんなのは背負っていない者の短絡的思考、野次馬根性。

弟子であるならば師匠から授かった智慧をフル稼働させて
現状を打開していくのである。

時に暖かく、時に面白おかしく風刺を効かせて、
ここぞという時には怒涛の勢いを持って。

仏眼法眼から逃れられるものなどいない。

在在諸仏土 常与師倶生 の晴れ舞台を
今日も勝ち行け、明日も舞い行け。
 

弟子が師匠を選ぶ

 投稿者:悪汁ブシャー  投稿日:2016年 1月24日(日)03時04分54秒
  虹と創価家族さん
遅くなりました。
ごめんなさい。

呼びかけありがとうございます。
いつも、勇気を頂いてます!
感謝・感謝!


シビックさん
はじめまして。

>ホント、タブー不要ですよね

私もそう思いますよ。ましてこれからの時代はそうあるべきと思います。

第1次宗門問題の時、皆が言っていたこと。
先生と会員の間に幹部が入っていて、真実がわからなかった・・・

とか。

いつの時代も自分の足で立って、自分で考えることは大事だと思います。
雰囲気や空気が一番危険ですね。まして、信仰ともなれば尚更です。

しかし、自立して、変だと思った方がコチラで声を挙げてくださってるんだと思います。

>各人で大前提の部分が違うというのは理解しました。
>池田先生は判断能力がすでに無いと考えられている蓮香さんなどから回答が無かったのが残念ですが。
>この掲示板を読んで感じるのは、触れてはいけない部分に踏み込まないということです。

そうでしょうか?コチラの皆さんは相当踏み込んでますよ。
ヘタすりゃ訴えられるような内容まで~あんなことやこんなこと・・・

>「奥様や息子さんがどいう意思を持っているのか」などです。
>皆さんの発言を突き詰めていけば、当然、奥様たちがどう考えているのかにいきつくと思うのですが、
>何故か「原田会長が悪である」で終わっています。

私個人の考えになりますが、誤解を恐れずに言うなら、あんまり関係ないのでは。
むしろ、ご高齢の師匠や誰かその意思を受ける近しい方に何かしてもらおうとか
考えておりません。

師子は伴侶を求めずで、今求められているのは、私たち、先生の薫陶を受けさせて頂いた
一人ひとりの弟子が、今、どうあるかが問われているのではないのかと思います。
自立しているからこそ気がつく危機的状況だと思います。

昨日23日付けの新人間革命の後半部分を今一度よく読んでみてはいかがでしょうか
少なくとも私は刺さりました。

>例えば「時の貫主たりといえども云云」の御金言を原田会長に当てはめて論を進めていますが、
>何故、池田先生をこの御金言に当てはめようとしないのか?
>永遠の師匠だからですか?
>でも永遠の師匠って決めたのは誰ですか?
>原田会長でしたっけ?

私が決めた師匠だからです。だから文句ありません。
先生も人間です。しかし、私の師匠ですから。

師匠は弟子を選べません、師匠を選ぶのは弟子です。
その上で、先生は本質的には、これまで己義を構えたことはないでしょう。

むしろ、創価三代の歴史は、本来、人間のためにある仏法を
権力者や僧侶といった権威から、民衆の手に取り戻してくださった歴史ではないでしょうか。

そう見るならば、グリグリさんが講義してくださっている内容は非常に今、
大切なものだと思います。

特に、現在、投稿してくださっている五重相対からの展開は宗教批判の原理ですので
われわれも散々、正しい宗教とはを説明するにあたって三証やら五重相対を
出して対話してきました。

そうした観点から見れば、三代会長が700年かけてついてきた色んな汚い、
余計な垢をおとして、大聖人の仏法の本質に迫ってくださったのではないでしょうか。
対比を進化させるなら、宗門と学会比べて教義の逸脱だと騒ぐ学会員はいないでしょう。

教義解釈だって深化させるならば誰も文句言いません。

ところが、新しい会則やら、御観念文はそれを退化させた。
あれ、謗法じゃね?
試しに身延や八品あたりのホームページ見てみると同じこと書いてあるかも~
法華経の肝心がどうのこうの・・・・考え方そっくりですよきっと。

法華経の智慧からは想像もつかない教学的退化です!

南無妙法蓮華経は単なる法ではなく、仏身です!仏様であり、大聖人です。
私はそう教えてもらいましたから、御本尊様に毎朝ご飯やお水をご供養してきました。

ではなぜ現会長、執行部を責めるのか。54年に拘るのか。
教学部レポートや遠藤文書。憲法九条、安保に関する先生の過去の記事や対談。
そうした文証があって、単に感情や願望で執行部を責めているわけではない。
師匠を蔑ろにしている!
悪いものは悪いと言って何が悪い?
おかしいものをおかしいと言って何が悪い?
何のために先生が難と戦って我々を護り、育ててくださったのか?
すべては我々の為ではないですか。

むしろコチラの皆さんは誰一人として先生のことを悪く言う人はいない。
良い事じゃないですか。

ではなぜ、それを信濃町あたりの人間がちょっかい出してくるのか、多くの人を処分するのか
不思議でならない。
そのほうが忘恩の弟子でしょ。
私たち、社会で汗している人間には保身にしか映らないのです。

百歩譲って、株式会社ならわかります。しかし、私たち会員は信仰者であります。
各々の信仰に要領や沈黙を求めてはいけません。
一番の罪は最前線の地区の地区部長や婦人部長に報告やら、地区で起こった問題やら何やらで
ハッタリやウソつかせる。隠蔽させる。信仰者にウソをつかせるのは罪です!

>皆さんの話を聞いていて思い出したことがあります。
>平成2年に宗門問題が勃発した直後、次のような発言をする方がいました。
>「日顕上人が狂うはずがない。きっと取り巻きの坊主連中が変なことをしているのだ」と。
>この期待は、見事にはずれてしまったわけですが...

教学部レポートが会則変更の後に出てきてたらそう捉える人もいたと思いますが
会則変更前に出てきた教学部レポートの内容が
オブラートに包んで、中身は着々とその通りに進んでるから
声を皆さん上げている。

怪文書で片付けようとしてたら遠藤文書が出てきてダメ押しです。
やっぱり、文証って大事です。
今一度、シビックさんも教学部レポートと遠藤文書、近年の会則変更記事を
時系列にして確認をしてください。

決して感情論ではありません。

>仮に安保法案や大御本尊問題が誤りだとして話を進めると、
>「池田先生が狂うはずがない。きっと原田会長などの取り巻き連中が変なこ
>とをしているのだ」と考えることに似ているように思います。

>何故、池田先生そのものが安保法案や大御本尊問題を進めているとの考えに至らないのか?
>過去に平和を訴えていたとしても、ご乱心を起こし、安保法案を後押しするという考えには至らないのだろうか?
>日興遺戒置文は、日興上人自らが高齢でおかしな発言をしたら、自らも捨て置けという思いで遺されたのではないでしょうか。
>どうぞ私を代弁者だと思って、思索されてみてください。

失礼。
なんか、忘恩の保身職員の願望に・・・いやその代弁に聞こえます・・・
ついつい、色んな妨害が入りますので。
間違っていたらごめんなさい。

そのご本人が先日の随筆で日興遺誡置文を引用してましたよ。
先生ご自身が捨て置けと仰るのですか?
むしろ、先生が残してくださった、時間や指導は沢山ありますし、
否、皆の生命に永遠に残ります。

三世永遠を一時の一断面で切り取って考えると気持ちはわかりますが
何のために先生は沢山の指導を残してくださったのかを考えるべきだと思います。
それを大切にしてこそ永遠たらしめることができるのではないのでしょうか。


>あと「私が池田先生の立場になったらどうするか」というのは、考えたこともないので今は思い>浮かばないです。申し訳ありません。

そう考えても、先生の御境涯のお話ですから、自分には到底理解が及ばないところかと思います。
しかし、常にそれを意識することは非常に大事なことだと思います。
頑張ってください。

しかし、私の師匠を攻撃するなら、私は断じて許す気はありません。
 

これだと結果的に退転をそそのかしてることになるのでは?

 投稿者:太ちゃん  投稿日:2016年 1月24日(日)02時11分28秒
編集済
  『価値』を感じてなければ詳しく学ぶ意欲も湧かないものでしょう。

僕はすでに10年ほどの内得信仰で、特にこの掲示板に来る前の数年は学会アンチの方とばかりの交流をしていたのですよ。
というか、いまにして思えば、その「数年」はすでに悪玉最高幹部によって、ネット上にいる学会員さんも感化されていたのが今ならよくわかるんです。
だから『本能的に避けた』といったところですが。

僕は幸いにして、過去に掲示板でコメントしたように、池田先生の計らいを受けたことがあるから。
それで今では個人とはいえ継続して信仰ができてるわけだけども。
今はすでにこういう時期だし、シビックさんはそうした出来事ともおそらく縁がなかったのでしょう。
シビックさんのいう「池田先生」についてのイメージは、おそらくは地元幹部へのイメージ・印象そのものでしょうね。

シビックさんの言動は、組織不信を発端としたものに判断できるのではないでしょうか。
学会アンチへ向かっている典型的ケースに感じられてなりません。
具体的になにを信じる基準にしたらいいのか、というところからの疑心暗鬼に感じられるのです。
原因はそこにあるから、その疑心暗鬼はシビックさん自身のなかで『基準』が明確になれば、自然に落ち着くところになるのではないでしょうか。

池田先生へ不信を持つ『組織不信の人』は多いですよ?
「組織不信」に陥るその原因を作ってるのはダレなのか、それはこの掲示板にいるなら容易に察しがつくと思いますが。

信仰は確かに自己責任とはいえ、『基準』がわかるまでは組織に依存しなければならない部分があるのはみなさん経験してきているんじゃないかと。
その組織に依存できない状況を実感し、その不満・疑心暗鬼を、やっとここで述べてるのなら。

池田先生なら、まずは信仰を実感して、ご自分の実体験から納得できるよう配慮するのでは?
『基準』が明確になれば、池田先生がなぜ『師匠』なのかも自然と理解できる範囲のはずです。

それゆえ、僕自身は『方便』として、最初から『池田先生』を言わない方法を用いることがあります。
が、池田先生を『師匠』として取り組んでいる僕の話に納得しているなら、遅かれ早かれ自分で「気づく」ことがわかってるからそうする場合もありますけどね。
不思議なことに、池田先生の名を出さなくとも、先生の話の内容のみならアッサリと納得することが案外と多いんです。
こういう事実からしても、突き詰めると『54年』に池田先生を裏切った連中がおかしなことをしてきている様子が伺えるんです。この数年は特に。それが地域幹部さんへ影響してる様子も。
僕自身はかなり早い段階でその影響を受け、組織では信仰がわからず結果的に内得信仰、という流れになってるのがいまなら「意味」として振り返ることができるんです。
僕とシビックさんとでは、時期が早かったか遅かったかの違いでしょうね。

本来であれば、内得信仰の僕ではなく、最高幹部、または地元幹部さんなどが話すべきことだもん。
とりあえず事実は周囲に話せる人がいない、ということでしょうね。
僕自身実感してることだけど、組織で維持するにも最低限の福運が必要なんです。
それがなければ、良くて内得信仰、悪ければ退転です。

いずれにせよ、シビックさんは疑心暗鬼で何を基準に信じたらいいかという『孤独』が文面に出てるのが伺えるんです。
感性さんも心情的にやや近い状況にあるから、それで感性さんも反応したのでしょうね。
今回僕は感性さんへ返信しなかったけど。

余談ながら。
シビックさんの文面から感じることだけど。
リアルの状況をリアリティーに聞けば、おそらくは今すぐ真面目に信仰しないと手遅れになる状況にあるように感じられてならないのです。
それはハタからはそう見えても、本人にその自覚が難しい段階、というのでしょうか。

それであるから、ここで突っぱねると退転・反逆する公算が高いですよ?
僕のように意固地に内得信仰なんて稀ですから。
敵のつもりでもない人までわざわざ敵に増やすこともないでしょ。

http://www.geocities.jp/bosatu2015/

 

当板は画一板にあらず(再掲)

 投稿者:感性  投稿日:2016年 1月24日(日)01時19分32秒
  当板は画一板にあらず   投稿者:感性   投稿日:2015年12月21日(月)02時09分57秒
http://6027.teacup.com/situation/bbs/35592
 

次郎三郎様に賛成です

 投稿者:陽報  投稿日:2016年 1月24日(日)01時02分48秒
  次郎三郎様に賛成です

うらら様
お久しぶりです

ジョーカー様
おっしゃる通りです

シビック様
意図的に先生を貶めようとしているのか?
それとも、意図的に執行部を擁護しているのか?
それとも素朴な疑問なのか?

分かりませんが、この板は池田先生は永遠の師匠であると言うことが大前提です

そこが納得できないようでしたら、そこから先ず勉強して下さい

 

あまりにも、あまりな。

 投稿者:ひかり  投稿日:2016年 1月24日(日)00時39分52秒
  あまり。
この大臣が、数年前の某番組で、一般人の女性の代表の質問に真摯に答えず、鼻で笑ったのを見逃さなかった。

あまり。
この大臣の、その時の小馬鹿にした態度を思いだして、彼が側近ではこの内閣はそれなりなんだろうな、と考えた。

あまり。
頭がサイヅチというか、大きいのは確かだが、あまり関係ないか。

あまり。
立派なことを言っているのを見ても、あの時の小馬鹿にした態度で、こちらは割り引いて評価してしまう。

だから、金銭疑惑が取り沙汰されて、嵌められたなんて言ってるが、馬鹿なことを言うでない、国民を小馬鹿にした罰だ、いい気味だと、つい思ってしまう。
 

感性様、

 投稿者:ひかり  投稿日:2016年 1月24日(日)00時04分38秒
  同意です。
首相の器ではない証明を自らしている愚かしさ。
驚きませんね。地金が出ても。
こんな人間に振り回されて、情けない政党に堕ちた
彼等は、今後どんな軌道を行くのやら。
 

根底に流れるもの

 投稿者:ジョーカー  投稿日:2016年 1月23日(土)23時59分21秒
  いかなる理由(健康上の問題だったとしても)があろうと、人徳があり、皆から慕われている人が、重要なポジションから外れたり、就くべき立場に就けないこと自体が問題であると考えます。なぜならば、広宣流布は、御本尊の仕事だからです。故に創価学会においては、私情を交えた人事は許されない。したがって派閥も必要はなく、公平であらねばならない。これがすべての前提です。

学会活動してきた経験上、組織悪に染まらない、所謂「まともな人」が冷遇されている組織は、発展しないことを肌身で感じます。そういった福運のない組織では、賢人は去っていきます。立正安国論にも、仁王経の文をあげられ、「若し王の福尽きん時は一切の聖人皆為に捨て去らん」(P19)とあります。例え健康問題であったとしても、聡明な人が去っていくということは甚深無量の意味があります。

今回の理事長人事に関して言えば、まともな組織であれば、前理事長よりも若い人が新理事長に就任すべきであったのではないでしょうか。それが逆に一回り年齢が上の人が就任するとは、青年学会どころか老人学会である。何の新鮮さもなく、士気の向上にもつながらない。この一点をみても「なんだそれ?」なのです。

54年においては、池田先生を会長の座から引きずりおろしました。自覚していようとしていなかろうと、多くの職員がそれに加担しました。実に恐ろしいことです。仁王経の続きに、「若し一切の聖人去らん時は七難必ず起らん」とあります。即ち、聡明な人を排除し、蔑にしていくと、その人は去り、七難が起きると。しかも必ず起きると書かれている。近年では、不当な処分や除名等が横行しているようですが、そのようなことをしていたら、創価学会の中に七難が巻き起こるということです。

聡明な人が去ること自体が福運のない組織の証拠である。健康問題であろうと、引っ越しであろうと、何だかの理由で去っていきます。これを「仕方がない」と捉えているようでは話にならない。根底に流れているものを見ていかなくてはならない。創価学会総体としては、池田先生を会長から引きずりおろしたという、54年体質が根深く浸透している。それは昔の問題ではなく、今も続いている。だからこそ、54年と向き合っていかなくてはならない。54年を、過去のものにしよう、忘れさせようとする人間が出てきたら、その人は地獄の使いです。

聡明でまともな人が、然るべき立場に就いてこそ、宇宙のリズムに合致していると言えます。そうでなければ広宣流布はできようはずがない。エゴイズムの人事は不幸を生む。どこまでいっても信心とは、御本尊を中心としていかなければならない。そうでなければ途端に、エゴイズムに陥るからだ。エゴと戦い続けることが仏であり、信心なのです。

 

(無題)

 投稿者:うらら  投稿日:2016年 1月23日(土)23時35分46秒
編集済
  清濁併せ持ってはいけない問題だから、牧口先生は神札を受けずに殉教の道を歩まれました。
善人なのか悪人なのか、それは知りませんが、
同意の問題を看過しているのはどちらにしろ原田会長であることには違いありません。

追記します。
それを責めもせず、師の乱心?の可能性をほのめかすとは。
牧口先生や戸田先生の時代にも居たという、
愚かな自己保身の弟子たちと共通するものを感じます。
 

返信です

 投稿者:太ちゃん  投稿日:2016年 1月23日(土)23時16分46秒
編集済
  ●何故、池田先生そのものが安保法案や大御本尊問題を進めているとの考えに至らないのか?
●過去に平和を訴えていたとしても、ご乱心を起こし、安保法案を後押しするという考えには至らないのだろうか?


今の組織事情ではこういう疑心暗鬼はむしろ自然なことかも、とも感じました。
こういう話はリアル組織では言いにくいことでしょうね。
そうなると、ネットでぐらいしか言えなくなるのも仕方ないことかも。

僕は内得信仰で、組織から直接に情報が入る状況にはないのだけど。
『縁』というのは不思議なものだなぁと。
リアル知人繋がりだけど、ぜんぜん違う角度からいきなり池田先生の容態を垣間見る情報が入ったのだけどね。
2012年正月辺りのことだけど。
当然だけど、当時に先生が具体的にどこにいたのかも聞いている(明かせば話した人に迷惑がかかる可能性から明かせないけどね)。
まぁでも年齢的に一般でも「よくある容態」と判断できる内容ですよ。
僕側の情報は過去に一度だけコメントしてるのでURLのみ出しておきますね。
http://6027.teacup.com/situation/bbs/21789


それで、シビックさんは「功徳の日常」になれてます?

僕の知識の範囲は極端に狭いけれど。
シビックさんにちょうどよい池田先生の話がありますので紹介しますね。

『私を信じられなくとも御本尊様は信じてください』

これは、池田先生を信じられなかった人へ向けての池田先生の若き日のできごとからです。
とはいえ、たぶんだけどシビックさんは組織不信から指導者不信、それが信心不信へ、という流れになっているのではないですか?

別に責めてるわけじゃないから気楽に話してね(^^)

http://www.geocities.jp/bosatu2015/

 

私も次郎三郎様に同意。

 投稿者:うらら  投稿日:2016年 1月23日(土)23時05分21秒
  どうして奥様が、とかいう話になるんでしょうか?
池田先生のこれまで安全保障に対する見解をシビックさんは何もご存じないのでしょうか?
池田先生がこれまでの信念を覆されたとおっしゃりたいのでしょうか?
具体的な意見をお願いします。
 

同根

 投稿者:感性  投稿日:2016年 1月23日(土)23時03分58秒
  気に入らない人物への刷り込みの権化は日本会議系総理ですね。
http://lite-ra.com/2016/01/post-1888.html

それにしても怒りっぽい総理です。
気に入らない話題やタブーに触れたらもっともらしく理由をつけて怒り出す幹部や会員も
この愚宰相と同根だと思います。


さしずめ   投稿者:感性   投稿日:2016年 1月20日(水)15時41分18秒
http://6027.teacup.com/situation/bbs/36995
 

同盟題目23時開始します

 投稿者:信濃町の人びと  投稿日:2016年 1月23日(土)22時55分38秒
  間も無く同盟題目を開始します。
任意参加です。よろしくお願いします。

いろいろな意見があってよいと思いますが、お互いの主張に耳を傾けないと議論になりません。
相手が何を言いたいのか確認をしないと感情論になりかねませんね。気をつけましょう。
 

感性様

 投稿者:次郎三郎  投稿日:2016年 1月23日(土)22時51分49秒
  ご忠告ありがとうございます。

頭ごなしではありません。きちんと読まずに一方的に決めつけてないでほしいということです。

安保についても大御本尊についても
池田先生の意思に反している。何度も議論されている。

先生が容認されているなら、その根拠を何も示せないは何故かを考えるべきでだと言っているのです。

シビック様の論は意図的な感じがします。

 

次郎三郎様 等

 投稿者:感性  投稿日:2016年 1月23日(土)22時45分15秒
  素朴な疑問への頭ごなしからの物言いも
どこかの幹部と同じになってしまいますよ。


 

シビック様

 投稿者:次郎三郎  投稿日:2016年 1月23日(土)22時40分13秒
  シビックさんのタブー不要なその通りだが、池田先生の安保容認はありえないでしょう。

容認したならば執行部が明確な文証を出すはずです。

今の今まで、全く出ていない状況をどうように理解するのですか?

厳しい言い方ですが論理のすり替えはやめてほしい。
単に池田先生を批判中傷したいの?
それとも掲示板を貶めたい?

決めつけてないで最初から議論を読まれてはどうか?


また、大御本尊の決別についても遠藤文書、教学部レポートに明確にあるように、容認はされていない。
その後、先生の承認なしに会則変更していることは
明確になっている。
もう議論済みを蒸し返す意図はどこにあるのか。

最初から全部読んでから出直しなさい。

 

本日も聖教新聞に『日蓮世界宗創価学会』についての記事がございませんでした。

 投稿者:谷川の住人  投稿日:2016年 1月23日(土)22時37分47秒
  のんびり屋の聖教新聞にしては、今回の授賞記事は、迅速でした。何かありましたか?責任役員会の後の明日の紙面に重大な発表があることを期待しています。私は原田会長が悪人とは言っていません。不知恩は極悪だと言う事です。恩は先生ばかりでなく、会員に対しても、周りの全てに対してもです。  

ホント、タブー不要ですよね

 投稿者:シビック  投稿日:2016年 1月23日(土)22時22分11秒
  各人で大前提の部分が違うというのは理解しました。
池田先生は判断能力がすでに無いと考えられている蓮香さんなどから回答が無かったのが残念ですが。
この掲示板を読んで感じるのは、触れてはいけない部分に踏み込まないということです。
「奥様や息子さんがどいう意思を持っているのか」などです。
皆さんの発言を突き詰めていけば、当然、奥様たちがどう考えているのかにいきつくと思うのですが、何故か「原田会長が悪である」で終わっています。
例えば「時の貫主たりといえども云云」の御金言を原田会長に当てはめて論を進めていますが、何故、池田先生をこの御金言に当てはめようとしないのか?
永遠の師匠だからですか?
でも永遠の師匠って決めたのは誰ですか?
原田会長でしたっけ?
皆さんの話を聞いていて思い出したことがあります。
平成2年に宗門問題が勃発した直後、次のような発言をする方がいました。
「日顕上人が狂うはずがない。きっと取り巻きの坊主連中が変なことをしているのだ」と。
この期待は、見事にはずれてしまったわけですが...
仮に安保法案や大御本尊問題が誤りだとして話を進めると、「池田先生が狂うはずがない。きっと原田会長などの取り巻き連中が変なことをしているのだ」と考えることに似ているように思います。
何故、池田先生そのものが安保法案や大御本尊問題を進めているとの考えに至らないのか?
過去に平和を訴えていたとしても、ご乱心を起こし、安保法案を後押しするという考えには至らないのだろうか?
日興遺戒置文は、日興上人自らが高齢でおかしな発言をしたら、自らも捨て置けという思いで遺されたのではないでしょうか。
どうぞ私を代弁者だと思って、思索されてみてください。
あと「私が池田先生の立場になったらどうするか」というのは、考えたこともないので今は思い浮かばないです。申し訳ありません。
 

グリグリさん

 投稿者:見込みない人々  投稿日:2016年 1月23日(土)22時17分38秒
  観心本尊抄 講義ありがとうございます。
再掲とは言え、これくらいの分量で毎日少しづつ読むと思索と気付きの助けになります。
本当に有難うございます。

本日読んでて質問があります。
全体の論旨に関わらないところとは思うのですがちょっと気になりました。

<引用スタート>
ここは非常に重要なところです。
まず「摩訶止観の第五の巻の一念三千は今一重立ち入たる法門ぞかし」という一文ですが、
大聖人はどこからどこへ立ち入ったのでしょうか。

天台の説いた一念三千は「観心本尊抄」で詳細に言及していますが、
三大部のうち「法華文句」「法華玄義」では説かれず「摩訶止観」十巻の半ば、第五の巻でやっと明言したのです。

ということは、一念三千が天台思想の究極に位置する法門だということでしょう。
しかも天台は、そこからさらなる一念三千の展開や、活用も示すことはしませんでした。

言ってみれば、到達点として示したにすぎません。
しかし、この一念三千は、国土世間を取り込んでいることからもわかるように、広く社会へ開く契機を含んでいます。

もちろん天台は、それを社会に開くことはありませんでした。
それを社会に開いたのは、日蓮大聖人です。

つまり「一重立ち入った」のは、
天台の地平から大聖人の領域へ一歩立ち入ったということではないでしょうか。
<引用エンド>
http://6027.teacup.com/situation/bbs/18199

章安大師の釈等を引用し、摩訶止観第五で天台が説いた一念三千の法門は天竺の論師も説かなかった「一重立ち入った」法門である、との大聖人の認識を示されている部分と私は認識しています。「一重立ち入った」は大聖人の御認識であり、文底独一本門に一歩近づいた法門となる、ということで、「大聖人が一重立ち入った」のではないと思うのですが、私の読み方が間違っているでしょうか?お時間あるときにご教示いただけると嬉しいです。m(__)m
 

一時中断

 投稿者:まなこ  投稿日:2016年 1月23日(土)21時59分20秒
  現在、再掲中の「観心本尊抄の指導原理について」ですが、グリグリさんが連載開始したので、混乱を避けるため、一時中断して改めて後日投稿致します。  

掲示板の状況が見えにくい方へ

 投稿者:太ちゃん  投稿日:2016年 1月23日(土)21時43分46秒
編集済
  このコメントに管理人さんの過去のコメントを読みやすく、管理人さんのコメントの検索結果URLを出しておきます。

http://search.yahoo.co.jp/search?_adv_prop=web&x=op&ei=UTF-8&fr=yssn&fr2=op&submit=%E6%A4%9C%E7%B4%A2&va=&va_vt=any&vp=%EF%BC%9A%E7%AE%A1%E7%90%86%E4%BA%BA+%E6%8A%95%E7%A8%BF%E6%97%A5%EF%BC%9A&vp_vt=any&vo=&vo_vt=any&ve=&ve_vt=any&vd=all&vst=http%3A%2F%2F6027.teacup.com%2Fsituation%2Fbbs%2F&vs=http%3A%2F%2F6027.teacup.com%2Fsituation%2Fbbs%2F&vf=all&vc=&fl=0

管理人さんの過去のコメント検索結果URL


また、一連の話題の発端となる一番最初のコメントは
http://6027.teacup.com/situation/bbs/8262
教義変更と権力闘争の噂?  投稿者:信濃町の人びと  投稿日:2014年 7月25日(金)21時54分22秒

です。すでにコメント数は多いですが。
掲示板よりリンクされている「師弟不二アーカイブ」さんのところにて、うまくまとめられています。
こちらと併用しながら掲示板を読んでいくのをお勧めします。

ピンポイントで情報が欲しい場合には検索がいいでしょうから、その部分の補強で地涌の菩薩HPをどうぞ。

http://www.geocities.jp/bosatu2015/

 

タブーは不要

 投稿者:感性  投稿日:2016年 1月23日(土)20時56分5秒
  自由な論議が望まれますね。
それがなければどこかの幹部と同じになってしまいます。
掲示板にタブーは不要でしょう。

反実仮想でない場合   投稿者:感性   投稿日:2015年10月16日(金)00時22分32秒
http://6027.teacup.com/situation/bbs/33229
 

グリグリはんに宿題やで~

 投稿者:京都乃鬼  投稿日:2016年 1月23日(土)20時52分54秒
  (グリグリはんの意見)
「常忍は一二九九(正安元)年、法華寺を太田乗明の子「日高」に付して八十四歳で死去しますが、
これより三十四年も長く生きた日興と日目の説中を見ても『常忍は本師の正義を曲げ、日興・日目に背きおわんぬ』とは記されていません。」


グリグリはんの、この論でいくとやな、
ワシがアップした日常はんが書いたご本尊も含めて、
当時、いろんな人が「勝手にご本尊」を書いても、
それだけで、

「師匠の打ち立てた『事の一念三千の法門』を守り、弘めることが最も肝心であり『人法一箇の御本尊根本』(中略)こそが日興の根本精神だということです。

そしてそのことを理解していなかったのが五老僧です。」

とは言い切れへんのとチャウか?


よー、考えや(鬼笑)
 

ちょっとまった!

 投稿者:太ちゃん  投稿日:2016年 1月23日(土)20時38分38秒
編集済
  シビックさんの言動を、この板に疑心暗鬼になってる方の代弁者としてみて話されてみては?

本人の思惑を勘ぐりたくなる気持ちもわからないでもないけれど、とりあえずは「まともに答える」というプロセスを入れた上で、こちらの思いを述べてもよろしいのでは?

と、言いだしっぺの僕がまず話すべきか。

シビックさん?

もし、あなたが池田先生の「立場」として、です。
『後継』にしっかり引き継げるように、具体的にどのようなことが「いま」の時期に必要と思われますでしょうか?

http://www.geocities.jp/bosatu2015/

 

正義の走者はん

 投稿者:京都乃鬼  投稿日:2016年 1月23日(土)20時25分0秒
  ワシ、今、居酒屋で呑んでるんで、よう読まへんかったんやけど、「正義の走者」はんが、グリグリはんに指摘した「日常上人が書いた本尊」やった。

正義の走者はん、すんまへんどした。


グリグリはんは、この本尊を知らんかったんやな。

ま、知らんコトは、誰にでもある。
でもな、こうして、恥かいて、教学ちゅーもんが身に入るちゅーもんや。

気にせんでエエで。

ワシも、よう間違えるし~

 

(無題)

 投稿者:一無冠  投稿日:2016年 1月23日(土)20時16分33秒
  「直弟子」といえば、今日の聖教新聞4面の2月度「御書講義」の参考の背景に、西山殿の一家は、大聖人の直弟子・日興上人とゆかりの深い一家であり・・・と記載されています。ついつい「直弟子」に反応してしまいます。  

グリグリさんに賛成 今とかぶるね。

 投稿者:次郎三郎  投稿日:2016年 1月23日(土)20時15分19秒
  >結局、五老僧は信心がなく、仏法の理解が浅く難を逃れて保身をはかり、
広宣流布を願わず正義の人に嫉妬して誹謗し、師匠の法門を破ったのです。<

結局、4人組は信心がなく、仏法の理解が浅く難を逃れて保身をはかり、
正義の人に嫉妬して誹謗し、師匠の法門を破ったのです。

4人組に同調する反板も同じ仲間なのです!
 

グリグリはん

 投稿者:京都乃鬼  投稿日:2016年 1月23日(土)19時52分17秒
  お久やのぅ!

なんか、また、エエ講義してくれてるみたいやのぅ。

ケツモチするで。

あんさんが言うてた富木常人が書いた本尊コレやろ?

2つあったわ。

その息子の日高上人が書いた本尊もあるで。
今回、邪魔臭いし、写メしてへんけどな。
 

シビック様

 投稿者:永遠の希望  投稿日:2016年 1月23日(土)18時33分37秒
  この板の記事のどこを見て、先生、奥様、息子さんが会員を欺いていると判断されたのでしょうか?

この板の皆さんの投稿は執行部が先生の権威を利用している!という投稿が大半

先生がどれほど会員を大事に思って下さっているか!

先生、奥様、お子様
会員を騙したことなど1度もありません!

へんな結論を誘導するのは辞めてください!

この板を正視しているならば
弟子の時代だから弟子に任せて下さっているという話であることくらい理解できるでしょう!

弟子に任せて下さっているから、皆頑張っているのです

 

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