らんちゃあ・でっど   犠牲者のオストヴァルト  喫茶店「憩」の客は大体、彼の事をマスターと呼ぶ。  少し通いつめると、それが穴谷さん、に変わる。  如何にもという風貌。撫で付けた髪と整った口ひげから四十代にも見られがちだが、彼はまだ三十。  少しの事情と、生来の気質。それが彼をこの店に縛り付けていた。  ふと、客の居なくなった店内を見回して思う。  縛るというのは、別に悪い意味ではないなと。  首元まできっちりとボタンを締めたシャツは所作を正してくれる。  コーヒーのシミなんてついては事だ。  襟元とタイは首筋を。背筋までピンと伸ばしてくれる。  羽織ったベストは胸を張れと言い、撫で付けた髪は目を開かせてくれる。  口髭は口元を覆い隠すのでなく。口髭の乱れぬように開き方を示してくれる。  今しも、客が来るぞ。  その心構えで、すこし曇ったグラスを優しく磨く。 「ヤスラギオ。おはゲ」  彼の事を安良木尾、という不自然な苗字で呼ぶ客は少ない。  ドアベルも鳴らさず、不意に現れたのは、淡いベージュの病院着だった。  注文は、と問う代わりに水を注いだグラスをそっと差し出す。  彼は客の時間を何よりも大切にしていた。  日差しの影のようにゆっくりと店内をめぐる。  話の合間にふっ、と客が視線を逸らす時、穏やかな店内の中にその影を見つけられるように。  ボイラーの熱で温まる店内に触れて、グラスが汗を掻く。氷がかちりと鈴のように鳴る。  それぞれの速さの時間に敬意を払うのだ。 「たまごサンド」  グラスが音を立てるよりも早く、軽食を注文されるのは中々ない。  ここひと月のオススメはクラブサンド。もちろん、そんな野暮は言わずに粛々と。  滴をまとったプチトマトのヘタを取りながら、彼は考える。  知っている客だろうか。  病院を抜けだしたような格好の常連客なら忘れようもないはずだ。 「にしても最近やたら寒くない?」  軽食の乗ったたまごサンドを置くと、そんな声を掛けてくる。  静かに首肯して返すと、彼女は分厚い本をパラパラとめくった。 「でもここは温かい」  辞書並みのそれを片手で持ち上げながら、たまごサンドを一口。 「熱膨張って知ってるか?」  再び問いかけてくるのに、どう返そうか少し悩む。 「つまりさ、温かいものは基本的に広がるワケ」  カウンターの上にぽたりと落ちたグラスの水滴を、指で押しつぶしていく。 「大きくなる、押しのける、同じ空気でも比熱が変わる、比重が変わる」  指をあげると、カウンターに透明な円が残った。 「同じ透明でもレンズになる。音も視線も逸れて、外の人間には判らなくなる」  ばし。  分厚い本を閉じて、彼女が言った。 「くっきりした真夏の影も好きだけど。あんたはやっぱり春が似合うよ」  ドアベルが鳴る。  客の歓迎はドアベルに任せて、軽く黙礼だけ済ませてから、カウンターに視線を戻した。  プレートにふたつのプチトマトだけが転がっている。  グラスを何処へやったかと、後ろの棚を振り向けば、グラスはあれどもカップは足りず。 「という訳でこれが。これが!」  湯気の立つカップを持ち上げて、見慣れた病院着が叫んでいた。 「熱力学のほころびだッ! 冬でも冷えないすごいやつ!」 「ばりばりさいきょうなんばーわーん……!」  コタツの向かいに潜り込んだ幽霊が目を輝かせて言った。 「えっ、そのコーヒーどうしたの」  どうしたのっていうか、いきなり出て来て何言ってんの、だった。  ウチには幽霊が住んでいる。その関係でなんか変な人が来る。入ってくる。飛び出ても来る。  いまが飛び出てきた所である。  ハゲとか言ってくる。アパートに住むのも楽ではないらしい。 「買った」 「ウチにそんなカップあったっけ?」 「買ったッ! まるごとッ! 完璧にッ……!」 「千円で?」 「客引きで」  アルバイトとかするらしい。  呼び込みかな? 客寄せパンダかな? 「私はミカンをリリースし、場に食卓塩を召喚します」  幽霊があきらかに危険なことを始めようとしている。 「でんじろう先生の時間じゃないんだって。このコーヒーはもしかすると良い道具になるんだ」 「湯たんぽに入れるとか?」 「それが可能なら世界とか滅ぶわ。マックスウェルは死んでコペンハーゲンが介錯する」  滅ぶらしい。 「こういうのはさ、微妙なバランスで成り立ってるわけ」 「まあ」  と、病院着からカップを取り上げて言う。 「ホットのコーヒーが冷えたら台無しだからね」  ブラックが飲め無さそうだと思って有難く頂くことにした。 「おいハゲ! このハゲ!」 「おい、デュエルしろよ」  病院着と幽霊が騒ぎ始める。  温かいコーヒーの味は、変わらずおいしい。 15/09/01(火)03:22:50 No.12141401 del ■安良木尾穴谷(やすらぎお あなたに)■ 30歳 男 喫茶店「憩」のマスター。 名前は偽名で本名は両親と役場の職員しか知らない。 カッチリとしたオールバックに整った口髭が特徴。 雰囲気を大事にする主義で自身の外見や店の作りは一般的な喫茶店のイメージを再現している。 そういう雰囲気を好むファンも多いが最大のウリは喫茶店らしくコーヒー。 彼の淹れるコーヒーは何時間経っても決して冷めない。 淹れ方に秘密があるらしいが詳しくは企業秘密で役場の職員も知らない。 実際の理由は彼が熱を操作する超能力者だからで淹れ方自体はごく普通。 何時間も冷めないというが冷めないのはカップに入ってる間だけ。 飲んだりこぼしたりしたら普通に温度が下がる。 冷めないコーヒーは評判が良いが客の回転率も下げてしまい結果経営は結構ギリギリに。 幸い超能力のおかげでガス代はほとんどかからないが今後この問題をどうするか悩んでいる。 15/03/27(金)23:31:12 No.11616026 del ■設定■ 明石家涼日(あかしやすずひ) 頭の中がちょっとおかしな女の子 ボサボサな茶髪にイッた眼をしている 黄色い病院の一室で何事かをぶつぶつ言っている 金曜の夜になると消えたり増えたりするが 医者は何故か気にしない 16/01/09(土)09:51:28 No.12575004 del ■設定■ いれぶん 幽霊の少女 アパートに憑いてるが夢はコタツの精霊の 主にやる気がない感じで脅かしてからみかんなどを盗っていく たまにさよなら人類を熱唱する(シャレではない) 11時にコタツの電気コードで絞殺されたのが原因だが本人は覚えていない 11時に比較的やる気が出るのでいれぶんと名乗っている