宿まで行くと、クロードが出迎えてきた。
こちらに気づくと大きく手を振って駆けてくる。
その最中、ミリィの変化に気づいたのか、嬉しそうに笑った。
「よかったですね!」
そう言ってクロードは、ワシとミリィの繋いだ手を両手で包んだ。
にっこりと笑い、白い歯を見せてくるクロードは中々もってイケメンである。
おっと今は鎧を着ていないから、それは少し失礼か。
「あぁ、心配をかけたな。クロード」
「……ごめん、クロード」
「いいんですよっ!ミリィさんが元気になってくれたなら!」
ぶんぶんとうれしそうに上下し、ミリィが少し困ったような顔で笑う。
「そ、そう言えばレディアはどうしたの?」
ミリィは照れくさくなったのか、話題を変えたようだ。
「レディアさんは宿の契約の話をつけてくれています。こういうのは慣れているそうなので」
そういえばベルタの街で、ワシらに宿を紹介してくれたのはレディアだったか。
おかげで大したことはせずに、長期で宿を利用できた。
今回も甘えるとするか。
考えていると宿のドアが開き、レディアが顔を出す。噂をすればなんとやら、だ。
「おっ、ゼフっちにミリィちゃん。……その調子だと仲直り、出来たみたいね」
口に手を当てて、ニヤニヤ笑うレディア。
二人とも気の効いている事だ。
だがそれに助けられたのも事実。
「ありがとう」
二人に礼を言うと、複雑そうな顔で笑っている。
ふいに。
きゅるるるる、と隣から力の抜けるような音が聞こえてきた。
横を見ると、ミリィが赤い顔で俯いている。
「と、とりあえず宿は取れたし、ゴハン食べに行かない?宿のゴハン、急すぎて私たちの分は間に合わないらしいからさ」
「で、ですね!行きましょう、ミリィさん!」
「……うん」
赤い顔のミリィを引き連れ、ワシらはまた大通りに戻ったのであった。
「そういえばさ、宿の人に聞いたけど首都への馬車は10日おきにしか出てないみたいよ?」
「次はいつだ?」
「ん~6日後かな?」
結構先だな。
アードライは馬車でどこかへ行っていたが、まぁあいつは金持ちだからな。
手段などいくらでもあるのだろう。
別にテレポートがあるし馬車を使わず行っても構わないのだが、そこまで無理をしても仕方がない。
馬車で首都へ行くには数日かかり、テレポートで行っても野宿が必要となる。
ワシの記憶によればイズの近辺もダンジョンはあった筈だ。
ここでも修行は可能だし、次の馬車まではこの街にいればいいか。
「首都の近くの港町なら、おいしいものも食べられますしね」
「クロちゃんて結構食べるのに太らないよねぇ~」
「そ、育ち盛りなので……」
レディアがクロードの背中から覆いかぶさり、後ろから胸を揉みしだいている。
そう言われれば、確かに成長しているような気がするな。
クロードの方を見ていると、ミリィがワシの手を強く握り、じろりと睨みつけてきた。
繁華街にたどり着くと時はすでに夕暮れ、辺りの店からはいい匂いが漂ってくる。
久しぶりに陸での食事だ。
シンプルな魚料理も嫌いではないが、やはり手の込んだ料理は陸ではなければな。
特にイズの港町は世界中から様々な食材の集う街、色々と旨いものも食えるであろう。
ミリィでなくとも腹が鳴るというものだ。
歩きながら物色していると、一際大きな白い壁の店が見えた。
見ると店の回りには長蛇の列が出来ている。
「うわぁ~すごいですねこれは……」
「すごい人気ねぇ。こんな行列、ベルタの街じゃ考えられないなぁ」
「二時間待ちって書いてあるけど……」
「他の店を探そうか」
確かに相応に美味いのかもしれないが、食事の為に何時間も並ぶなど非効率的だ。
少なくともワシには無理だな。
踵を返し、他の店を探そうとすると立ち止まったクロードの胸にぽすんと弾かれる。
「クロード?」
クロードの目は、裏路地の方へ向けられていた。
視線の先を追うと、暗い道にごそごそと動く小さな影が見える。
子供、しかもあれは……。
「獣人族、か」
獣人とはこの北の大陸に多く住む、半人半獣の種族である。
獣の耳や尻尾を持つことになった人々で、その変化は肉体だけでなく精神にまで及び、普通の人間に比べ精神がやや不安定だ。
興奮すると、まるで獣のように衝動的に動くことが多い。
しかし戦闘能力や索敵能力に優れ、人間と共に魔物と戦うこともある、基本友好種族である。
特徴的なのはその瞳、普段は青色であるが、感情が高ぶると赤色に変わってしまうのだ。
獣人の発生は、大地の呪いにより人間が姿を変えられた、というのが風説である。
大地には魔力が溢れており、其処彼処にたまった魔力を外へ噴き出すポイントがある。
これがダンジョンと呼ばれ、噴き出した魔力が付近の岩や水、動植物を媒体として魔物となるのだが、太古の昔、人間が魔力が大量に噴き出すポイントに長く住み続けた結果、獣人の子供が産まれるようになったとか。
そういった背景がある獣人たちは、荒事に慣れている冒険者はともかく、町の人々には受け入れられ辛い傾向にある。
子供のうちは特に大変であろう。
目の前の獣人族の子供らは、捨てる料理を貰おうとしているのか、各々鍋を抱えている。
クロードはそんな彼らを、悲しそうな目で見ている。
ギリギリの生活をしていた、昔の自分を重ねているのだろうか。
「おいクロード……」
「そ、そんなわけないじゃないですか!あっはは……」
まだ何も言ってないだろうが。乾いた笑いを浮かべるクロード。
「ね、君たち。これ食べる?」
クロードの方を見ていると、ミリィが子供たちの輪に入っていった。
いつの間に買っていたのか、その手にはいくつかの菓子が抱えられていた。
あれはいつもミリィがおやつ代わりに食べている奴だな。
あんなことをしても何も変わらんと言うのに……。
はぁ、とため息をつくと、後ろからレディアの楽しそうな笑い声が聞こえた。
「二人とも優しいねぇ~」
「甘いだけだ。あんなものは自己満足にすぎないよ」
「あっはは、でもゼフっち笑ってるよ?」
む、気づかなかったが顔が緩んでいたのか。
ぽりぽりと頭をかくと、両手を頭の後ろで組んだレディアがいたずらっぽく笑う。
今までならあんな非効率的な事は、無駄と切って捨てていただろうが、彼女たちと一緒にいて、ワシも少し変わったのかもしれない。
ため息を一つつき、ミリィに群がる子供たちに一歩踏み出す。
「おいお前たち」
声をかけるが、子供たちはミリィから貰った菓子を一心不乱に貪っている。
……こいつら。
「それだけでは足りぬだろう、もっと美味いものを食わせてやるからついてこい」
ワシが言い終わらぬうちに、子供たちはこちらを振り向き、野獣のような眼光を光らせた。
…………こいつら。
なんとも現金な事である。
ぞろぞろと獣人族の子供たちを連れ歩き、あまり流行ってなさそうな店に入った。
道すがら、好奇と侮蔑の目で見られるが気にしない。
怪訝な目で注文を取りに来る店員に、メニューの端から端まで頼んでおいた。
そんなことだから客が少ないのだぞ。
がつがつと貪るように食べる子供たちを見ながら、焼いた鶏肉を口に頬張る。
む、味は悪くない。
パリパリとよく焼けた皮を噛んでいると、少年が一人ワシに視線を向けてくる。
歳はワシより少し下といったところか。
ついてくる時も、皆を率いている感じだった。
恐らくこいつがリーダー格だろう。子供ながら中々気の強そうな顔で、目つきも鋭い。
そういえばこの子供たちボロの服を着ているがきちんと洗ってはいるようで、そこまで臭いもない。
じっとワシの目を値踏みするように見ているかと思えば、白い牙を見せ、人懐っこく笑いかけてきた。
「にいちゃん、飯おごってくれてさんきゅーな!」
「礼を言うのならミリィに言え。ここはあいつの奢りだからな」
「ごほっ!」
そう言ってミリィを指さすと、驚いてしまったのか口に入れていたモノを飲み込んでむせた。
けほけほと、咳き込むミリィの背中をレディアが撫でている。
「大丈夫ですか?ミリィさん」
「えほっけほっ……ゼフぅ……」
「冗談だ」
むせるミリィを見て、くっくっと笑った。
その様子を見た少年は、ワシの事を肘で小突いてくる。
「いや~しかし兄ちゃんうらやましね~このこの~」
「……言っておくがいくら煽てても奢るのは今回だけだからな。そもそもお前ら、帰る家があるのだろうが」
じろりと少年を睨み付ける。
「いやーははは……ばれてた?」
「服もきちんと洗濯しているし、子供の浮浪者にしては肌の色つやもいい。それなりの生活をしている証拠だ」
ミリィとレディアは気づいてなかったのか、驚いたような顔をしている。
「ボクは保護者の方にそういった行為を強要されてるのかと思いましたが」
勘ぐりすぎだろうクロード。
その発想は想定してなかった。
若干引きつつミリィと顔を見合わせていると、少年は立ち上がり、クロードを睨み付けた。
「シル姉はそんなことしねえよ!」
怒声を上げる少年に、ワシも皆も驚く。
少年の目は怒りに赤く染まり、白い牙がちらりと見えた。
赤い瞳、これが獣人の気性の荒さという奴か。
暴れる前に眠らせた方がいいか?そんなことを考えていると、少年は手で顔面を覆った。
「……っと……わりぃな」
軽く謝ったあと、目を瞑り、深呼吸を何度か繰り返す。
ぶつぶつと何かを唱えているようだ。
高ぶる気持ちを自力で押さえているのだろうか。
待つことしばし、息を整えた少年はゆっくりと目を開いた。
先ほどまで赤く染まっていた瞳は青く澄んでいる。
落ち着いた少年に、クロードはすまなさそうにぺこりと頭を下げた。
「……すみませんでした。そういうつもりではなかったのですが無神経でした」
「あぁいいよ、俺たちカッとなりやすくてな。危うく飯奢ってくれた恩人に襲いかかるところだったぜ」
心配そうなクロードに、安心しろとばかりに笑う少年。
子供たちも一安心といった感じである。
「聞いた以上に面倒な気性のようだな。獣人というのは」
「あーまぁね。だからシル姉には人様に迷惑かけるなって言われてるんだ。んな事より飯食おうぜ!飯!」
「あぁん!それ私のお肉なのにっ!」
「……ワシの奢りなのだが」
たまにはこんな大人数での食事も悪くない。
とはいえ子供たちは凄まじい食欲で、ワシらが食べる分は殆どなかった。
特にミリィは子供たちの素早さに負けっぱなしである。
追加で何か頼んだ方がいいかもしれない。そんなことを考えていると、少年の頭から生えた耳がピクリと動いた。
「やべ……シル姉だ。逃げるぞおめーら!」
リーダー格の少年がそう言うと、子供たちは蜘蛛の子を散らすように開いた窓から飛び出していった。
よくわからんが保護者だろうか。
獣人族は人間より感覚が鋭い。恐らく物音か何かで感じ取ったのだろう。
一瞬にしていままで賑やか立ったテーブルは静かになり、ワシらが呆然としていると、子供たちが出ていった窓がばたんと開いた。
「さんきゅーな!また会おうぜ!」
少年がワシに挨拶し、また窓がばたんと閉じたのであった。
皆と顔を見合わせていると、今度は飯屋の正面ドアが開いた。
見るとそこには青い神官服着た一人の少女。
薄い桃色の髪を腰まで伸ばし、長い睫毛と押さえた胸を上下させながら荒げた息を整えている。
俯いていた顔を上げると、その黒い瞳がワシを捉えたのであった。
