ごく普通で、地味な大学生の僕は他の大学の人とはおろか、自分が通う大学でも友達作りには興味がありませんでした。
それがブログを始めてからたくさんの人に出会って、人と話す面白さを再認識して、記事を書くことにも、ブロガーさんとお話することにものめり込んでいきました。
今では日々のなんともないことをしている時でも、ブログのことが常に頭にあって、この体験は記事にできるかな、なんて考えるようになりました。
とても刺激的で楽しい毎日だけど、たまにとても落ち込むことがあります。
けれど幸いなことに、この感覚は成長に不可欠な成長痛のようなものなんです。
飲み会での会話内容すらレベルが高い
先日、都内でブロガーの方々とお酒を飲んできました。
僕は地元の居酒屋で気の知れた高校の同級生たちとたまに飲むくらいなので、ブロガーの方々とお酒を飲むのは本当に楽しみでした。
普段、友達と飲むときの会話内容は将来の話を少しして、残りの大半は服の話だったり、可愛い女の子の話でもちきりの、いたって普通の大学生といった感じ。
そんな僕にとって先日の飲み会での会話内容はとにかくレベルが高かった。
正直、よくわからない横文字が多々登場したのでそれを理解するのに必死であまり酔っていなかったと思います。
今後の活動について話しているときも、それぞれのビジョンがめちゃめちゃ明確で、その一つ一つに筋の通った理由がある。
僕が地元の居酒屋で友達と将来の話をするときなんて「どうしよっかねー」を連発しているだけなのに。
帰りの電車でこんなことを呟いたけれど、その翌日は終始落ち込んでいました。
いやーレベルの高い飲み会だった。 俺も負けねえええ!!!
— いわた@おしゃれブロガー (@iwata09_com) 2016, 1月 21
私以外私じゃないの
翌日は予定が一つあったけど、落ち込んでいてそれどころじゃなかったのでずっと家にいました。
悔しいからもっと頑張らなきゃ、とすぐにパソコンを開いてブログを書くなりできればいいけど、昨日のダメージは予想以上に大きかった。
買ったばかりのkindleを片手に読書をしていたらあっと言う間に日が落ちて、仕事を終えた母親が帰ってきました。
母親とは普段、アホなことしか話さない。今日はそんな気分じゃなかったけど、何故か勝手に口が開いていたんです。
「昨日会った人達が俺とはレベルが違い過ぎて、将来のビジョンも明確で、楽しかったけどすごく落ち込んだ」
僕はこういったことを誰かに相談できるタイプではないので、悩みはあまり口にしません。
その相手がいつも陽気な母親だったので、正直ロクな答えは期待していなかった、けれど。
「その人たちの全てがあんたより上で完璧な訳じゃなくて、あんたの方が優れた能力を持ってる部分だってあるはずだよ。その人たちを目指したって同じ人になれる訳じゃないんだから、自分は自分でいいんだよ。私以外私じゃないの~」
その曲って、そういう意味だったんだ。
僕は部屋に戻って、数回しか聞いたことのなかったその曲をYouTubeで再生しました。
勝てる土俵で勝負をする
これまで僕は頭の良い大学へ通う人を見るたびに、中学生の頃に勉強をしなかったことを後悔してきました。
けれど過去を悔やんでいても仕方がないので、今では学歴コンプレックスをバネに戦っています。
けれどその土俵で勝負を挑んでも頂点に立てないことはわかっているから、僕は何か別の部分でその人たちに勝たなければならない。
そうやって僕は自分が勝てる場所を模索し続けた結果、少し変わった道を選んだのかもしれない。
真っ向勝負を挑んでも勝てないなら、何をするにしても人とは違っていたい。
例えばバンドを組んでライブに出るとき、僕は歌の上手さや顔のかっこよさで他のバンドに勝てる気がしませんでした。
だから僕はその土俵では戦わない。その人たちに勝ちに行くために、出場バンドの中で
唯一白塗りをして、100人近くの前で歌ったこともありました。
これは逃げているんじゃなくて、自分が勝てる土俵で勝負をすることを考えた結果です。
そして去年読んだ為末大さんの「諦める力」という本に、「自分が勝てる土俵を見極めることが大切」とあり、僕が目指していたのはまさにこれだと強く感じました。
この写真は2年くらい前のものですが、僕はまさにそれを意識していました。
そしてこの頃から「変わってるね」だとか「変人じゃん」と言われることが楽しくなってきたんです。
実際、僕はこの土俵で戦うのなら誰にも負けないし、そもそも変わってるって褒め言葉だと感じるようになった。
変わってると言われるってことは、その人が今までに見たことも聞いたこともなかった新しいなにかを提供できたってこと。
その人の辞書に新しい何かを刻み込んだ。それってすごく光栄なことです。
だから僕はこれからも変人と呼ばれて生きていきたい。僕が優秀な大学に通う頭の良い人達にも勝てる土俵はここだ。
悩みは成長痛のようなもの
常に悩んで落ち込んでますね。でもそれは「成長痛」みたいなもので、 落ち込めば落ち込むほど、後で回復したときに強くなると思っています。
引用:今日から人生を変えるためのエンジンになる本
はあちゅうさんの「今日から人生を変えるためのエンジンになる本」にもあるこの言葉を思い出して僕は少し嬉しくなりました。
なんだかすごく落ち込んでいたけれど、自分が成長するためには不安や悩みが付き物なんだと思うと、今の僕って成長痛で痛がってるだけなんだ。
むしろ落ち込んだり悔しさを感じることができて喜ぶべきなのかもしれない。
今までの僕は悩んだ末に戦意喪失することが多かったけど、はあちゅうさんのこのフレーズは僕を確実に変えました。
自分よりレベルの高い人達に会う
僕は自分の成長には「人質作戦」が最も手っ取り早いと思っています。
この記事はビジネステロリストとして10代の頃から1億円を稼いでいた原田翔太さんの「不純な動機ではじめよう」という本に影響を受けて書きました。
自分よりすごい人達がいるコミュニティの中に身を突っ込む訳ですが、そこでやる気に燃えることもあれば、落ち込むことも多々あります。
けれどそれこそが成長に欠かせないプロセスだから、僕はこれからもそういった中にガンガン身を突っ込んでいくし、レベルの高い飲み会にも参加する。
仲のいい友達と一緒にいる時間は気が休まるし必要なんだけど、居心地がいいからってそこにとどまっているだけじゃ成長はできません。
悔しいし、焦るし、怖い。 でもその環境に身を置いてこそ、最速で成長できる。
— いわた@おしゃれブロガー (@iwata09_com) 2016, 1月 17
レベルの差を痛感してとても悔しいから、もっとそういった経験をして成長痛になろう。
それが回復したときには更に強くなった僕になる。この繰り返しで成長を続けたい。
頂点に立つ人間の意識
・憧れの人そのものになろうとしない
・自分が勝てる土俵で勝負をする
・不安や悩みは成長に不可欠な成長痛
・自分よりレベルの高い人達の中に飛び込む
憧れの人は絶対に見つけるべきだけど、その人そのものを目指していてはつまらないんじゃないかな。
その人のすごいと思った部分をどんどん真似して吸収したら、それをそのまま吐き出すんじゃなくて、自分というフィルターを通すことが大切。
オリジナリティがないんじゃまるで二番煎じになってしまう。
他とは一線を画すスタイルを貫くゲスの極み乙女も、自分が勝てる土俵で勝負をしてきた為末大さんも、不安や悩みは成長痛と前向きに捉えてきたはあちゅうさんも、人質作戦で自分よりレベルの高い人達の中に飛び込んだ原田翔太さんも、それぞれの世界で成功して頂点に立っている。
これらが絶対におさえておきたい頂点に立つ人たちの意識。これ無しに成長はあり得ない。