―構造改革という名の下に「雇用の流動性を増やしましょう」とか「規制を緩和しましょう」という、ファクラーさんの意見と同じようなことは自民党も安倍首相も言っている。でも、実際にやっていることは既得権益者に利益を誘導するような形でしかない、と。
ファクラー 例えば、今みたいに非正規雇用を大量に作るんじゃなくて、正規雇用と非正規雇用の中間くらいで、今の非正規雇用よりもう少し高い給料でいろんな保証をつけるといったような形が必要だと思います。そもそも、日本の非正規雇用はアメリカから見てもヒドイ! とにかく給料が低すぎます。給料が低いと、消費の主体である中間層が育たないので内需が拡大しない。中間層を育てるためにはどういう雇用形態が必要なのか、何を保障すべきなのかを話し合うことが必要なのに、そんな建設的な社会議論さえありません。
―中間層をしっかり育てないと、長期的な国の展望、国力の維持はできないですよね。
ファクラー それはアメリカも同じです。ちゃんと働いているのに(自分たちを)中流と感じられない人たちがイライラしてきて、大統領選で共和党のドナルド・トランプを支持してしまう。日本でいえばネット右翼と同じで、どこかで怒りたい、誰かのせいにしたい。それらは根本的には経済政策が問題なのだと思います。
―中流層から富を奪って下流に叩き落とし、その結果、不満を持った人たちが彼らの「支持者」になる…。皮肉な話ですが、権力側にすればオイシイですね。
ファクラー そうやって「被害者」が保守に走るというのはアメリカもヨーロッパも同じです。ただし、危険な面もあります。昨年末、日本と韓国が慰安婦問題で合意した後、在特会が安倍首相に退陣を求めるデモを行ないました。彼らは「強い支持者」ではないんです。昨日までは支持していたけど、すぐに怒りの対象に変わることもある。
―安倍首相は憲法改正について、これまではあまり表に出さずに選挙を戦ってきましたが、今回の参院選ではこれを前面に押し立てて、選挙戦の主な論点としてくるのでしょうか?
ファクラー 集団的自衛権や特定秘密保護法など、2012年に安倍さんが首相になってから目標に掲げたものをチェックしていくと、最後の一番大きい目的しか残っていないんですよ。ただし、憲法改正は世論調査を見るとそれほどの支持がない。安倍首相はそれを理解しているから静かにしていた。実際、憲法改正の手続きを定めた96条を変えるのですら党内にも反対があったし、公明党もダメだった。基本的に今も同じ状態ですが、既にほとんどの目的を達成した安倍首相は今回、自分の身を捨てるつもりでやるのかな…と。
彼にとって偉大な祖父である岸信介は、首相の座を捨ててまで今の日米安保体制を作った。だから自分もおじいさんと同じように身を捨ててでも日本のためになることをしたいというイメージがあるのでしょう。
でも、本当にそれを選挙の焦点にできるかはわからない。高村さんも反対だし、自民党には護憲派もいます。今までは支持率が高いから、みんな黙って安倍首相を支えてきたけれど、この先、経済もそんなに明るい見通しはないわけだし、憲法改正を争点にした時、同じようについてくるかどうか…。
―これまでは安倍首相についていけば安泰だったけど、議員たちは参院選の結果次第では「ポスト安倍」を考えた立ち回りもしなくてはいけないかも?
ファクラー ただ、自民党の若い人たちと話すと「2020年までは安倍レジームが続くから東京オリンピックまでは待ちましょう。オリンピックが終わったら経済も下がるだろうし、そこで新しい人たちの出番…」という話をよく聞きますが、私にはオリンピックだけで経済が支えられるともアベノミクスがこの先4年間も続くとも思えない。
特に中国経済の先行きが不安です。日本と中国との関係は非常に複雑ですね。政治的にはよくないけど、経済的にはすごく近い。それが難しいところで、当然、中国の経済成長が終われば、日本も大きな打撃を受けることになる。