レミュエル・ガリヴァーはこう言った。
「旅には驚きがつきもの。意外性がなければSFではない」と。


余談であるが、何を隠そう、原作者にファンレターを送った事がある。
もう何年前になるだろうか。前世紀のことであったのは間違いない。

その頃、『超鉄大帝テスラ』なるマンガが、とある雑誌に連載されていた。
作画が大野安之で、原作がこの大塚英志
月刊誌であったので、毎月毎月ヤキモキしながら読んでいた。

そして、若気の至りか、つい両作者に手紙を出すという暴挙に出た。

人生面白くない時期だったので、暗い小説ばかり好み、やる方ない憤懣を魯迅を読んで晴らそうとしていた頃だった。この行動にもその側面があらわれている。

どんなことを書いたか憶えてないが、作品の簡単な感想に、登場人物(エジソンとテスラ以外はほとんど戦前の満洲がらみ)と実在のキャラクターとの相違を添えて、得意顔で書いていたんではないかと思う。やれ、北一輝はどうの、なぜ頭山満はでないのかというような。というのも、返事にそんなことが書いてあったからだ。恥ずかしい限りだ。

忘れた頃になって大野先生からは返事があった。ファンレターにちゃんと返事をするなんて良い人だ。今でもこの手紙は取ってある。冗談で「何かくれ」と書いたら、雑誌の発行社からテレカが送られてきた。ますます良い人だ。

大塚氏は、というと、お忙しかったんだろう。もちろん返事はなかった。

実は『JAPAN』とはそんな因縁があった。
もっとも、初めは大塚氏の作品とは知らなかったが。

存在を知ったのは「SFマンガの歴史」みたいな本を本屋で立ち読みした時だった。90年代の項に「昭和天皇のクローンが出てくるマンガ」としてクローズアップされていたのだ。天皇を「話題沸騰」的に扱うマンガが『日本人と天皇』以外にもあるのかと思い、瞬間的に心が沸き立ったが、実行に移す前に冷めてしまった。

ふと、友人に話したら、遠い地でなんなくみつかり、売ってもらった。
微かにでも読みたいのに、自分でろくに探しもしなかった本は珍しい。

内容は、というと、「天皇のクローン」というワードと、「日本消滅」というテーマ以外は取り立てて言うこともない。大風呂敷おっぴろげながら、尻切れトンボなのも他の作品と一緒。いかにも大塚マンガらしい。
ほかの内容はこれでもご覧あれかし。世の中物好きもいるもんだ。

見るべき点かどうかはわからないが、あれもこれも大塚氏の好みばかりが書かれている。例えば、

「K・ヒラオカ」。これは三島の本名「平岡公威」から。

「Y・タケヒサ」。これは「竹久夢二」からだろう。作中では「日子坐宮稀人」「マレヒト」と名乗っている。因みに、このマンガで一番キャラが経っているのは彼。主人公カップルは性格が破綻している上に、キャラが薄い。

「タルコフスカヤ兄妹」。おそらく、映画監督タルコフスキーではなかろうか。作品中に登場する「ストーカー」(多分発音はトーの所を強める)の監督だった。ストルガツキー兄弟が原作の作品。

あとは、「ワニサブロー」やら「イシハラカンジ」やら大塚作品の常連さんの名前が連なる。どれもこれも作者が好きな物だ。

満洲・戦前を舞台にした作品は『北神伝綺』『木島日記』があるし、
テーマである日本消滅は前述の『超鉄大帝テスラ』も同じ。

どの作品読んでも毎回やたらと、「主人公たちより少し年上」、「子供がいて(または「いた」)」で、「美人だけど世の中に怨みがある」というような女の人が出てきて、酷い目にあっている。今回で言うと、「マザー・シキブ」。タルコフスカヤの妹の方である。「テスラ」で言うと、「リラダン卿」がこれに相当する。

ストーリーの展開に於いて、必然といえば必然であり、必要なのかもしれないが、もしかしたら、ただ単に作者が好きなシチュエーションなのかもしれない。

どんなことが作用してか、そういう人物を見ると、谷崎が、佐藤春夫に譲らないやら譲るやらと騒いだ千代子さんを思い出す。単に、鬱屈した同時期に読んだからだけかもしれないが。ファンレターにそういうことを書いた方が返事が来たかもしれない。

辛い環境に順応し、反抗しない。そして、抗わないことに快楽を感じるというのが、マゾヒストの一側面だとすると、日本消滅というのは、その手の人には嬉しいことではないだろうか。沼正三は日本の敗戦によって性的な興奮を得たと言っていたが、『JAPAN』を読んでそういうように感じる人が、広い世の中にはきっといるだろう。


分断されし日本を舞台に、日本人論を一部示す『あ・じゃぱん!』には、遠く及ばず。結局とても読みたかった「天皇のクローン」も終盤の終盤にちょっと出てきただけで、ストーリーにもさして絡んでこない。作品は未完。カタルシスは未消化。寂寞だけが残った。