店内の皆の注目の中、神官服の少女がゆっくりと目を見開く。
そして店の惨状を目にした少女の顔は、赤から青に変わっていった。
彼女があの少年の言っていたシル姉とやらだろうか。
真っ青になり、冷や汗をたらたらと流しているかと思うと、店主に向かって大きく頭を下げた。
「申し訳ありませんでしたっ!」
勢いよく下げられた頭を見て店主は一瞬きょとんとしている。
「あの子たちがまた迷惑をかけてしまったみたいで……その……」
謝りながらも上目使いで店主を見るシルシュ。
それを見た店主は一瞬戸惑っていたが、何か思いついたのかにやりと笑う。
「……シルシュさんよぉ、困るなぁガキ共の世話はちゃんと見てくれねえとさぁ~」
「すみませんっ!すみませんっ!」
ペコペコと謝るシルシュに気をよくしたのか、店主は更に口角を吊り上げ、彼女に一歩近づいた。
「すみませんで済んだら派遣魔導師はいらねぇんだよなぁ……」
「うぅ……ではどうすれば……?」
「俺はシルシュさんの誠意を見せてほしいんだよ。誠意を」
「せ、誠意……ですか?」
困惑するシルシュに手を伸ばし、その肩に大きな手で掴んだ。
シルシュが苦笑いを浮かべ、顔を引きつらせている。
「その辺にしておけよ」
ワシの声と共に、店主の顔上に火の玉が浮かぶ。
レッドボールを念じたのだ。
「ま……魔導士……!」
「子供たちは何も悪い事はしていない。あんたが店主に謝る必要はないさ」
シルシュはきょとんとしたような顔で、ばつの悪そうな店主とワシらを交互に見ている。
つかつかと店主の前まで歩き、食事代を支払う。
「あの……?」
「ワシらが誘って奢ってやったのだ。大層恐れられているようだな。シル姉とやら」
くっくっとシルシュに笑いかけると、やっと事情が呑み込めたのかその顔が羞恥に染まっていく。
「すみませんっ!すみませんっ!」
今度はワシの方にペコペコと頭を下げてくるシルシュ。
こう、きちんとした服装の女にここまで下手に出られると、さっきの店主ではないが確かに苛めたくなってくるな。
そんなことを考えていると、後ろから三人のちくちくとした視線を感じる。
嗜虐心を抑えつつ、シルシュに気にするなと手を振った。
「あの子らが繁華街で腹を空かせていたから奢ってやったのだよ。ただのおせっかいだ。気にすることはない」
「そ、そうなのでしたか。ありがとうございました」
またもぺこりと頭を下げるシルシュ。
気にすることはないと言っているのだがな。
レディアがシルシュに近づき、その肩をポンポンと叩く。
「まぁまぁ、ゼフっちもいいって言ってるし、気にしなくていいよん」
「そうはいきません!何かお礼を!私に出来る事なら何でも言ってください!……お金はないですけど……」
「ほう……なんでもと言ったね?」
「ダメですよ、レディアさんてば……」
きらりと目を光らせるレディアを捕まえ、シルシュから引きはがすクロード。
ナイスフォローである。
「お礼ですか……ん~ではこの港町を案内してもらう、とかどうです?首都への馬車が来るまで結構あるし、それまでここに留まる事になりそうでしょうから」
首都への経由点であるこの港町は、様々な人や物が集まる。
ワシも前世で来たことはあるが、その時は一人だったので移動手段はほぼテレポートであった。
何か現地の人でしか知りえぬ、珍しいモノもあるかもしれないしな。
クロードの言葉を聞き、シルシュは顔を綻ばせる。
「それならお安い御用ですともっ!」
そう言ってシルシュは、ぽんと胸を叩いた。
強く叩きすぎたのか、けほんと一つ咳き込む仕草に少し吹き出してしまう。
何だ、あの少年が随分恐れているからどんなものかと思ったが、感じのよい少女ではないか。
謝りすぎなのがたまに傷だが。
ミリィもくすくすと笑っている。
「ねぇゼフっち、とりあえず出ない?」
「そうですね。みんなの視線がちょっと気になりますし」
二人とも店内の人たちの視線が気になるようだ。
大して客も居ないのだからあまり気にしなくていいと思うのだがな。
まぁここに留まる理由もない。
「待ちな」
外へ出ようとすると、店主がワシらを呼び止めてきた。
後ろを向くと、一枚の紙をワシの前に突きだす。
「金が足りねぇぜ」
少々足りなかったようである。
その分の金を出すと、またもシルシュがワシに謝ってきたのであった。
先ほどの店を出て、まだ満腹していないミリィが近くの軽食屋で食事の続きをしようと言いだした。
適当に注文を終えると、シルシュが軽い会釈と共に自己紹介をする。
「申し遅れました。私、シルシュ=オンスロートと申します」
シルシュの自己紹介に、ワシらも応える。
「ワシはゼフという」
「私、ミリィ=レイアードですっ!よろしくね、シルシュ」
「ボクはクロードです」
「私はレディアでいいよん」
「よろしくお願いいたします、皆さん」
皆が自己紹介を終えると、シルシュはまたぺこりと頭を下げた。
クロードとレディアも会釈をし。ミリィが慌ててそれに続く。
丁寧なのはいいが少し堅苦しいな。
「私は街の外れの教会でシスターをやっております。あの子らはウチで面倒を見ているのですが……どうにもやんちゃでして」
困ったような顔で申し訳なさそうに笑うシルシュの顔はどこか母親のようで、ナナミの街にいる母さんを思い出した。
店員が運んできた料理に手を伸ばしつつ、コップに口をつけるシルシュに訪ねる。
「ところでシルシュ、あの子らを追わなくてもいいのか?」
「いえ、それよりまずあなた方にお礼をしなければ……ご迷惑をおかけしましたし」
「ん~でももう暗くなり始めてるし、もぐもぐ……街の案内だっけ?明日でもいいんじゃない?」
「レディアさん、行儀悪いですよ。もう……」
食事を口に含んだまま喋るレディアに、クロードが注意をしている。
それを見てくすくすと笑うシルシュ。
「皆さまは冒険者の方ですか?」
「あぁ、東の大陸から来た。今日着いたばかりなのだ」
「それでは泊まるところなどは……あ、よろしけばウチの教会にでもっ!」
シルシュは身を乗り出して、嬉しそうな顔で両手を胸の前で合わせている。
「宿は取ってきたから大丈夫だよん」
「そうですか……」
レディアの返事に、あからさまにしょんぼりするシルシュ。
そこまで子供たちに飯を奢ったことを気にしているのだろうか。
律儀なことだ。
「シルシュ、そんなに気にする事はないぞ」
「いえっそういうわけには……!」
「……てかさ、食べないの?」
ミリィの突っ込みにぴくりと反応するシルシュ。
そういえばさっきから水しか飲んでない。
「いえ、私は何も頼んでないですし!それにお腹も空いてないですしっ!」
シルシュは両手をぱたぱたと振っているが、その目はワシの持つ骨付き肉に釘付けだ。
「食べるか?」
そう言って骨付き肉をシルシュに差し出すと、その白い喉がこくりと鳴った。
腹を空かせた子供たちの面倒を見ているのだ。
自分も相応に腹を空かせているのだろう。
「いえっ!お金も払っていないですし、そのような施しを受けるわけには……むぐっ!?」
シルシュが口を開けた瞬間、その小さな口に太い骨付き肉を突き入れた。
薄紅色の唇を肉汁が伝っていく。
驚きに目を丸くしていたシルシュは、肉を食べるのが余程久しぶりなのか、その顔をとろけさせている。
「美味いだろう?」
意地悪そうに問うと、もごもごと何とも言えぬ表情で応えるシルシュ。
口にの中が一杯で何を言ってるのかわからないが、その顔を見れば何を言いたいかは、分かる。
ワシの差し出した肉を一心不乱でしゃぶるシルシュはすぐにそれを食べ尽くしてしまった。
口を開け。名残惜しそうに糸を引かせながらきれいに骨だけになったそれを離す。
「ふはぁ……」
うっとりとため息をつくシルシュに、皆も若干引いている。
余程腹が減っていたのか、差し出されるまま肉を頬張るシルシュなのであった。
「見苦しい所を見せてしまって申し訳ありませんでした……」
結局シルシュだけで注文の半分を食べることになり、申し訳なさそうな顔でまたペコペコとワシらに頭を下げている。
「いいっていいって!その分明日、よろしくね♪」
「はいっ!それはもう!粉骨砕身、最高の町案内をさせていただきますっ!」
「町外れの教会ってさ、あっちに見えるアレ?」
レディアが指さした方を見ると、確かに町の外れに寂れた教会が見えた。
その庭では小さな影が動いている。
遠くてよく見えないが、恐らくは子供たちであろう。
シルシュは子供たちが戻っていたことで安心したのか、胸をなで下ろしている。
「……シルシュ、今日はこの辺で構わないだろう。明日またよろしく頼む」
「はいっ!……では失礼します」
「あぁ」
シルシュはぺこりと大きく頭を下げ、凄まじい勢いで教会に駆けて行った。
その様子を苦笑しながら見送っていると、途中で石畳の道に躓き、顔面からずっこけた。
ミリィがそれを見て、ぷっと吹き出す。
「おもしろい人ね、ゼフ」
「そうだな、シルシュの道案内、少し不安ではあるが」
「ボクは違う意味で不安なのですが……」
「あっはは!もうここまで来たら気にしない方が楽だよ、クロちゃん♪」
クロードが諦めたような顔でため息をつき、レディアがそれを後ろから抱きすくめていた。