読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

くらむせかい

精神虚弱なぼっちヒキニート

幸せですか。

day mental

遠くに、元同僚の姿を見つけました。
見つけよう、などという意識は少しもないのに、不思議な事に、
気が付くと、雑多な視界の中、その人にピントが合っていました。

これまでにも、何度か、見かけている人です。
だから、なのか、自分にしてみれば、唐突な衝撃のはずなのに、
そこまでの動揺には至りませんでした。
ただその姿を、
ぼんやりと、見つめていました。

颯爽と、自転車を漕ぐその人は、
少し顔色が浅黒くなっていて、でも、
とても穏やかな表情をしていました。
相変わらず、たくさんの仕事を抱えているようで、くらむ のすぐ側を、
瞬く間に駆け抜けて行きました。


視界から、その人は、いなくなりました。


枯葉が、道路に横たわり、
次々と車輪に轢かれてゆきます。
その先には、昔通ったケーキ屋さんがあるはずです。
小さな橋があって、
流れの無い川の中には、
暗い水の奥で、赤い鯉が、生きています。


タバコの匂いがしました。
交通整理の旗が優しく揺れます。
学生が、渡り廊下を歩くのが見えて、
同時にチャイムが鳴りました。
みんな、遅刻なんじゃない?

 

ふいに、

幸せ、だろうか、と、

そんな、思いが、過りました。

 

自分は、ただの一人、でしかなく、
自分がいなくても世界が回ることはよく分かっています。
代わりはいくらでもいて、あるいは代わりさえいなくても、
問題はなかったのかもしれません。


それでも、

未だに、そんなふうに、思ってしまう。


自分の脱落した世界に、
残っているみんなは、今すれ違ったその人は、

幸せに、生きられているのだろうか、と。


きっと、
幸せ、なんだと、思います。


分かっている、でも、やっぱり、
案じてしまう。
自分が、弱いからかもしれません。
みんなはそれほど、弱くは、ないだろうに、
自分のように簡単に、壊れたりは、しないだろうに。


断ち切るように、顔を上げました。


冬は、空の青が、薄いです。
灰の濃い雲が、行った事のない北の山に、
かかろうとしていました。

また、寒く、なりそうです。

 

小さな橋から、下を覗くと、
種類の違う渡り鳥が二羽、川面に揺れていました。

今しか会えないその鳥の名を、
くらむ は知りません。
その鳥たちも、
くらむ の名など、知らないでしょう。


くらむ の名を、知らないのです。

 


自転車の、チェーンが空回る残響が、
耳に残っています。

 

幸せですか。

 

 

 

くらむ