2011年設立のベンチャー企業trippiece(トリッピース)が、2016年に入り新たな動きを見せようとしている。
同社の名が知られるきっかけとなった旅のSNS『trippiece』は、ユーザーがオリジナルな旅行プランを企画し、そのプランに共感した人たちと一緒に旅をすることで体験をシェアし合うというもの。CEOの石田言行氏ら創業メンバーが描いたビジョンは多くの旅好きの心をつかみ、23万人がユーザーとして参加、これまでに何千件もの「シェアトリップ」を実現してきた。
しかし、順調にユーザー数を伸ばし、JTBなど大手企業との事業提携にも成功する一方で、収益拡大には苦戦。ユーザーが作成した企画を旅行会社がツアー化し、実現することで手数料を得るビジネスモデルは成長の踊り場に差し掛かっていた。
そこで次の一手として構想を練ってきたのが、2014年6月にリリースしたオウンドメディア『RETRIP(リトリップ)』のサービス化である。
旅とおでかけ情報のキュレーションメディア『RETRIP』
便宜上「オウンドメディア」と書いたが、現在のRETRIPを一言で形容するのは難しい。
海外旅行についてのコンテンツマーケティングを行う目的で始めたこのメディアは、「旅」と「おでかけ」情報のキュレーションメディアに進化することで、今ではtrippieceを上回る月間1400万以上のユニークユーザーを獲得している(同社調べ)。
「この領域のキュレーションメディアでは国内最大級」(同社広報)というその勢いは、例えば【大阪】【ハワイ】【ラーメン】などのGoogle検索キーワード順位で、主要な旅行サイトやグルメサイトより上位表示されるほどだ。
また、外部からまとめ記事を投稿するキュレーターを募り、記事閲覧数に応じて広告収入の一部を還元するインセンティブプログラムを導入したことで、CGMとしての顔も持ち合わせるようになった。承認制にもかかわらず、キュレーターの人数は個人・法人を合わせてすでに4桁を越えているという。
記事の投稿主にとって、RETRIPは自ら情報発信することで観光客の増加や地域活性化のきっかけを作れる場であり、報酬を得ることもできるプラットフォーム的な場所になっているのだ。
今後はこの特徴を強化・発展させて、旅行会社や地方自治体、飲食事業者などとも連携を深めながら、ユーザーと観光地、ユーザーと地域をつなぐハブとして生まれ変わる予定だ。
この「ハブ構想」の実現に向けて、すでに社内のエンジニアチームはスマホアプリやバックエンドの開発を進めている。事業責任を担っているのは、同社取締役で25歳のRETRIPプロデューサー田中勝基氏だ。3年半前、デザイナーとしてtrippieceに入社した彼は、リリースから約1年半の間にどんな打ち手を採ってきたのか。その仕事ぶりに迫る。
モチベーションは「スケールすること」への渇望
trippiece取締役で、RETRIPプロデューサーの田中勝基氏
実は入社時に田中氏の肩書きがデザイナーだったのは、形式だけのことだった。
父親は経営者で、起業と倒産、復活のすべてを経験した猛者。その影響もあってか、自身も学生時代からアントレプレナーを目指すようになる。
実際、19歳の時には地元・北海道で不動産や通信商材を扱う会社を興してもいる。そこから上京→trippiece入社に至った理由は、親戚が海外でやっていたWebサービスの急成長を知り、インターネットのすごさを改めて実感したから。自身の事業もIT領域へのシフトを試みたものの、失敗。その後上京を決意し、住み込みで働けそうなWebベンチャーを探した結果、CEOの石田氏と意気投合してtrippieceに入社したのだ。
寝袋を持ってオフィスに押しかけ、その後は昼夜を問わず働く毎日。モチベーションは「スケールすること」への渇望だ。Webの世界は、打ち手さえ正しければ一気にサービスを拡大できる。田中氏は、次第にデザイナーの範疇に収まらない幅広い業務をこなすようになっていた。
そうして任されたのが、RETRIPの運営。急成長の秘密を聞くと、「ユーザー、キュレーター、広告主の3者が求めていることをやってきただけです」と答える。
「小手先でPVを伸ばす方法もないわけではないですが、それではユーザーやブランドが定着しませんし、成長面でも中長期視点で見ると遠回りになるだけ。trippieceの持つさまざまな資産を有効活用すれば『旅とおでかけ情報』の領域でNo.1になれるとずっと思っていましたから、実際にNo.1になるまで、やれることを全部やるしかないと」
採ってきた施策は、例えばこんな内容だ。SNSや各種メディアへの記事配信を増やしてユーザーとの接触機会を最大化すること。効率的に検索流入を増やすためのサイト内部設計を行うこと。キュレーターと投稿記事数を増やすために、専用のCMSをスクラッチ開発すること。スケールするために必要なことすべてを一気に考え抜き、それらを「ただ順番どおり実行してきた」と言う。
CGMが直面しがちな画像の不正利用問題に対しても、独自CMSに著作権フリーの画像やクリエイティブ・コモンズ対応のものを選びやすくする機能を搭載するなどして、仕組みを整備してきた。
無論、田中氏がすべての運用や機能開発を1人で行ってきたわけではない。資金や人材が潤沢にあるわけではないベンチャーならではの環境下、経験の乏しいスタッフを即戦力化する仕組みづくりも並行しながら、戦略の実行力を高めてきた。
自身もフロントエンドのコードを書きながら、外部提携をスムーズに進めるためのAPI開発や、スマホユーザーの利便性を高めるアプリ開発など、エンジニアと理解の齟齬なく仕事を進めるための仕様は画面1枚に至るまですべて作る。
実行に移す上で足りない知識は、その都度調べ、自分で試しながら覚えてきた。「人に何かを説明するのが苦手で……」と言う通り、戦略や成果を大仰に語ることもない。でもその柔軟さこそが、固定概念にとらわれないという点で彼の強みなのだと感じさせる。
地方再生や地域活性化の一助に。Webに閉じないビジネスを作りたい
今の興味は、次第にリアルな世界やチームにも向かいつつあるという
RETRIPが1000万ユーザーの大台を越えた時も「それほど感慨はなかった」と明かす田中氏。ならば彼の見ているゴールはどこにあるのか。
一つは特定領域でNo.1のプロダクトを生み出し、「ドーンと規模が取れるビジネスに発展させる」こと。No.1になれる領域でNo.1になれなかったら、次の展開もない。そう考えているから、今はまだ「最初の通過点にもたどり着いていない」と言う。
そしてもう一つは、Webテクノロジーの力を使って今以上にリアルな世界を盛り上げることだ。
地方出身の田中氏にとって、シャッター商店街や客足の減り続ける観光地が抱える苦悩は他人ごとではない。だからこそ、RETRIPを「観光とおでかけのハブ」に進化させることで、地方再生や地域活性化に一役買うことができればと考えている。
「前に、鹿児島の百合ヶ浜に住む方から『RETRIPを見て来たという観光客が増えた』と言われたことがあったんですけど、たぶん、RETRIPをやっていて一番うれしかった瞬間はあの時でした。PVが増えることより、例えば友だちがLIINEグループでRETRIPの記事をシェアしながら休日のプランを話しているのを目にする方が、よっぽどうれしいですね」
今後のハブ構想で目指すのは、まさにこういう瞬間をもっと増やすことだ。情報を起点に旅券・イベントのチケッティングや物品購買がシームレスにつながり、ユーザーの観光体験、おでかけ体験をアップデートしていく――。そのために必要なことも、田中氏はその都度学んでいくだろう。
「最近は、チームじゃなきゃできないことをやりたいという思いも強くなってきました。RETRIPは今、社内のエンジニアと編集部だけでなく、外部のキュレーターや仲間も含めた“ゆるいつながり”が一つのチームになっている状況です。この輪をもっと大きくしながら、早く次の通過点にたどり着けたらいいなと思っています」
スケールすることへの渇望は、まだまだ尽きないようだ。
取材・文・撮影/伊藤健吾(編集部)