シャクシャクシャクと包丁を研ぐ音が、店内の一角で心地よく響く。壁一面の棚にキラリと光るのは、三徳包丁やペティナイフなど約60種千点以上の包丁だ。和包丁を見ているとスタッフが教えてくれた。「1本の包丁には、鍛冶(かじ)や刃付けといった4人以上の職人が携わっているんですよ」
東京・浅草と上野の間で、約800メートルにわたってキッチン用品店などが並ぶ「かっぱ橋道具街通り」。その中で、白い窓枠に茶色ののれんがひときわ洗練された店構えが、1908年創業の料理道具屋「釜浅商店」だ。
浅草で釜を中心に販売していたことから、名づけられた。包丁のほかに、南部鉄器や鉄の打ち出しフライパンなど、約千種の料理道具を扱う。コンセプトは、料理道具ならぬ「良理道具」。「良い道具には良い理(ことわり)がある」とは、4代目店主・熊澤大介さん(42)の信条だ。洋包丁なら、肉の繊維を断ち切るため、曲線を描きながら先へ鋭くとがる。「これをやらせたら右に出るものはない。そういうスペシャリストな道具は理にかなった形をしていて、長く使うほどなじんでいくんです」と熊澤さん。毎年スタッフと全国の職人のもとへ訪れ、作る姿を見学する。
そんな商品をより伝えやすくしたいとリブランディングを図り、ホームページや店構えを一新したのは5年前のこと。スカイツリーの影響もあり、東東京エリアがメディアに取り上げられ始めたころだ。外国のガイドブックにかっぱ橋道具街ものり、外国人観光客が増えた。
「切れ味がいい」「種類が豊富」と、日本の包丁は日本食ブームの欧米から人気が高い。包丁を販売する店は通り沿いにいくつもあるのに、外国人客はこの店を目指して、続々と入ってくる。泊まっているホテルのシェフに聞いた、自国にいる日本人料理人に勧められた、と人に紹介されて来る人がほとんどだ。スタッフは、フランス語や英語で「手にとってみてください」と声をかけ、野菜料理が多いなら刃が薄いタイプ、肉料理なら骨や筋もさばけるもの、など家での料理事情に適した1本を一緒に探す。そして道具の特徴や手入れ方法だけでなく、どんな職人がどんな風に作ったか、包丁の背景も伝える。「その積み重ねが信頼に結びついたかな」と熊澤さん。今、1日の売り上げの8割が外国人の日もある。
ある日、熊澤さんはフランスで日本の包丁を使っていたというフランス人料理人に会った。でも今は使っていない、と言う。切れなくなったから、と。「研がなかったら、切れなくなるのは当たり前。でも外国人はただ切れればいいという人が多くて、研ぐという概念がなかったんです」。フランスで日本の包丁が人気でも、正しい手入れが伝わっていないことで、使い捨てにされるのは悔しかった。「繊細な包丁を扱っているからこそ、日本食はすばらしいんだと、きちんと伝えたくて」。2014年、パリで単独では初の展示会をした。研ぎ教室を開くと、毎日職場の仲間を連れてくる料理人もいたという。5月からは、パリで継続的に催事をしていく予定だ。
平日の昼過ぎ、小さなフロアは人が通るのもやっと。フランスから訪れた女性2人が、洋包丁3本を購入し、「この後、どこか観光スポット知らない?」とスタッフに話しかけていた。浅草やスカイツリーがあるから、ついでに店に寄るのではない。自分だけの一生ものの道具との出会いを求めて、国内外の「料理好き」がここまでやってくる。
(文・写真 塩見圭)
場所名:釜浅商店
住所:東京都台東区松が谷2-24-1
アクセス:つくばエクスプレス浅草駅か銀座線田原町駅から徒歩約8分
電話:03・3841・9357(包丁フロア)
ホームページ:http://www.kama-asa.co.jp/
メモ:営業時間は、午前9時半~午後5時半(日祝は10時から)。年末年始を除き無休。英語でのホームページもあり、海外発送可。包丁やフライパンなどへ銘入れのサービス(無料)、釜浅商店で購入した包丁の研ぎのサービス(有料)も。2014年、神奈川県の湘南T-SITEにインショップをオープン。「包丁研ぎ教室」などワークショップも開く。
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