激しい痛みを訴える末期がんの男性です。
家族に別れを告げたあと鎮静剤で眠った男性。
3日後、息を引き取りました。
痛みを取り除くため薬で眠ったまま最期を迎える終末期鎮静。
今、在宅で広がっています。
しかし、残された家族の中には葛藤を抱える人もいます。
本人が希望する鎮静に同意したことを悔やんでいるのです。
家族に向き合う医師たちもまた判断の難しさを感じています。
在宅の末期がん患者と家族そして医師。
終末期鎮静を巡る選択を見つめました。
こんばんは。
「クローズアップ現代」です。
末期のがん患者に鎮静剤を使い眠らせることで苦痛を取り除く終末期鎮静。
持続的な深い鎮静とも呼ばれています。
この終末期鎮静鎮静剤を使ったあと多くのケースで水分や栄養の補給といった延命措置が行われません。
数日から1週間ほどで亡くなることから安楽死との区別ができないのではないかという指摘もあります。
このため、日本緩和医療学会が11年前に作成したのがこちらのガイドラインです。
終末期鎮静を行う要件として耐え難い苦痛があることなどを定めました。
ただ、このガイドライン今、国が推進している在宅での療養を念頭に作られていません。
去年、大阪大学が行った調査では在宅で亡くなったがん患者の7人に1人が終末期鎮静を受けていたという結果も出ています。
しかし、詳細な実態はまだ分かっていないのが実情です。
病院などの施設と違い自宅で24時間、患者の苦しみと向き合い続ける家族たち。
終末期鎮静には、そうした家族の負担を軽減する側面もあり在宅の現場では、選択は本当に正しかったのかという葛藤も生まれています。
まずは、終末期鎮静がどのように行われているのかある家族のケースをご覧いただきます。
自宅で療養していた末期がん患者の義隆さんです。
去年2月、私たちは本人や家族の同意を得て取材を始めました。
最期は家で過ごしたいと退院しましたが激しい痛みに苦しんでいました。
毎日の痛みの強さを10段階で示した記録です。
一日中、耐え難い痛みを訴えた日もありました。
妻の昭子さんです。
懸命に看病しましたができることは限られていたといいます。
義隆さんの主治医新城拓也さんです。
がんは、腰の近くの骨に転移していました。
モルヒネを使うなどさまざまな治療を行いましたが痛みは取り除けませんでした。
妻の昭子さんは、なんとか痛みを取ることができないか尋ねました。
新城さんが説明したのは終末期鎮静でした。
痛みを感じないよう鎮静剤で眠らせそのまま最期を迎える方法です。
新城さんはガイドラインに沿って終末期鎮静の検討を始めました。
体力の低下などから余命は1週間未満と診断しました。
その3日後、家族から、すぐ来てほしいと連絡が入りました。
すでに4時間以上激しい痛みが続いていました。
新城さんはなんとか痛みを取り除こうと別の薬を使いましたが効果はありませんでした。
もはや手だてはないと考えた新城さん。
義隆さんに、終末期鎮静を望むかどうか尋ねました。
鎮静については以前、説明していました。
義隆さんは鎮静を希望し家族も同意しました。
鎮静の準備が始まりました。
義隆さんが、家族とことばを交わせる最期の時間です。
鎮静剤の投与が始まりました。
鎮静を始めて3日後。
1時24分ですね。
義隆さんは息を引き取りました。
スタジオには、医師で日本在宅ホスピス協会会長の小笠原文雄さん、そして取材に当たった、池田記者です。
まず小笠原さん、医師も悩み抜いたうえでのこの選択、どうご覧になりましたか?
テレビ見てて、本当につらいですよね。
だから、ドクターも相当悩んだんだと思うんですけれども、確かに家に帰ってくると、皆さん、笑顔で暮らされる方が非常に多いんですが、中にはどうしても、痛みが取りにくいといいますかね、取れない患者さんもないわけじゃないんです。
そういうときに、奥様たちも、やっぱりもうしょうがないよね、眠っていただこうかと、ご本人も、もう眠りたいということであれば、まあしかたがないのかなという気もしないわけではないんですよね。
本当にお気の毒というか、つらかったなと思うんですけどね。
小笠原さんご自身は、その終末期鎮静はされたことはあるんですか?
私も若かりしころといいますかね、40代のころに、1人だけ、実は終末期鎮静、これをさせていただいたことがあるんです。
そのときにやっぱりものすごく胸が痛くて、こういうことだけはしたくないと思って、ちょっといろいろ勉強したりしまして、それからまあ、合計で1000人ほどの方のおみとりまで、最期まで支えさせていただいたんですけれども、結局は1人だけ終末期鎮静をさせていただいただけで、その後は一度もなかったんですよね。
一方で、今在宅の現場ではこのように終末期鎮静の選択が行われている。
その背景に、私、家族の存在というのがあるように感じたんですが、いかがですか?
われわれは患者さんにエネルギーの5割ぐらいを、そしてご家族の方にも5割ぐらいのね、要するに、患者さんだけでなくて、家族が疲れなさると、患者さんも疲れた家族の顔を見たくないもんですから、どんどん痛みも悪くなってしまいますので、どうしてもよくない負の連鎖が始まってっちゃいますから、患者さんとご家族と、両方きちんとケアをしないといけないところはなかなか両方ケアするのは大変なこともあるものですから、難しい点もあるのかなと思いますよね。
そういうことから終末期鎮静が選択されてしまう?
そうですね。
ケアをするためには看護師さんとか、多職種で、みんなで大勢の方でケアをしないとうまくいかないことが多いもんですから、最終的には、終末期鎮静にまでなってしまうケースもあるんだなあという、そういう感じがしてます。
池田さんは、取材をしていて、在宅を支える医療関係者から、どんな声を聞いていますか?
医療従事者のなかには、迷いを抱えている人が少なくないことが課題だと感じました。
去年、NHKと日本在宅ホスピス協会などがアンケートを行いまして、その結果、在宅の医師の4割が、過去5年間に終末期鎮静を行ったことがあると回答しました。
そのうちの2割は、積極的安楽死とあまり変わらないことを感じることがあると回答しました。
中には、限られた関係者で鎮静の判断をしなくてはならないという在宅ならではの課題を指摘する声もありました。
安楽死とは違うということですか?
そうですね。
積極的安楽死は、日本では違法行為となります。
医師が患者に死に至る薬を投与して、患者の命を終わらせるというものです。
一方で終末期鎮静は鎮静薬を投与して、患者を眠らせて、苦痛を取り除くといったもので、多くの医療従事者は区別して考えています。
ただ薬を投与したあと、患者が命を終えるという側面を見ると、両者はよく似ていまして、これまで議論が続いてきました。
このあとはどうしようと?
日本緩和医療学会は、終末期鎮静を行う際の要件をより厳しくしようと検討しています。
しかしそもそもガイドラインは、多くの医療従事者が判断に関わることができる、病院や施設での使用を前提としたもので在宅での使用を念頭に作られたものではありません。
今後は在宅でも、例えば複数の医師が判断に関わることができる仕組みを作るなど、検討を進めなくてはならないと感じました。
ここまで在宅ならではの終末期鎮静の課題というのを見てきたんですが、こうした課題が、家族や医師たちにどんな葛藤をもたらしているのか、今度はご覧いただきます。
去年7月39歳で亡くなった尚子さんです。
終末期鎮静を強く希望していました。
その選択に同意した妹の絵己さん。
今も自分を責め続けています。
子宮けいがんの末期で治る見込みはないと言われ自宅で療養することになった尚子さん。
病床で思いをつづっていました。
「痛くて痛くて逃げたくなります」。
全身を襲う激しい痛み。
尚子さんは、さらに別の苦痛も抱えていました。
一緒に暮らす1人息子に自分が苦しむ姿を見せたくなかったのです。
絵己さんたち家族は尚子さんに一日でも長く生きてほしいと思い終末期鎮静に反対していました。
しかしあるとき、尚子さんはメッセージを送ってきました。
「えみは私にとって家族の中で一番頼りがいがあって心から信頼してる」。
鎮静に同意してほしいと求めてきたのです。
その2週間後、尚子さんは食べることができなくなり急速に衰弱しました。
激しい痛みに耐えながら絵己さんに訴えました。
鎮静を始めて1週間後尚子さんは亡くなりました。
姉の思いを受け入れた選択は正しかったのか。
絵己さんは問い続けています。
こんにちは、お邪魔します。
どうぞ。
医師の間にも葛藤が生じています。
在宅医の齋木実さんです。
3年前、齋木さんはある患者に鎮静を行いました。
市川良平さん。
末期の肝臓がんで認知症も患っていました。
良平さんには強い痛みから来るせん妄という症状が現れていました。
意識が混濁し、苦しい表情で大声を出したり、暴れたりすることもあったといいます。
妻のシツエさんです。
みずからも持病を抱えていましたが地域に十分な介護サービスもなかったため、夜間は1人で良平さんの世話をしていました。
当時、医師の齋木さんは良平さんの余命が2、3週間だと診断し、終末期鎮静の検討を始めていました。
シツエさんの体力も限界だと感じていたといいます。
シツエさんは鎮静に同意しましたが良平さんの明確な意思は確認できませんでした。
こうした場合、ガイドラインでは本人の以前の考え方から推測できることが必要だとしています。
良平さんはかつて、家で穏やかに死にたいと話していたといいます。
そのことばから、齋木さんは本人も望んでいると判断。
鎮静を行ったのです。
今、齋木さんの心は揺れています。
ガイドラインの要件は慎重に判断したものの家族の境遇にも配慮してしまったのではないか。
答えはまだ出ていません。
命と向き合えば向き合うほど、はっきりした答えが出ない中、決断を迫られる、本当に難しいですね。
難しいんですよ。
特にね、命の大切さ、目には見えない生かされている命、それをどう最期まで人間として、価値あるものとして支えていくかってことについて、これやっぱりご家族も、それからわれわれ医療者も、みんな悩んでるのはいつも、現状はそうだと思いますよね。
特に今回のように、鎮静をかけてしまって、そしてお別れしてしまった場合、後悔される方も、やっぱりあってもしかたがないのかなと思うんですが、でも、やってしまった以上は、いつまでも後悔してると、旅立たれた人も悲しまれると思うから、自分できちんと踏ん切りをつけて、次の一歩をまた進んでいただきたいなと思うんです。
こういう選択をする一方で、小笠原さんは患者、そして家族とどう向き合っているのか、ちょっとこちらをご覧ください。
この患者さんは?
この患者さん、すいがんで、がんの末期で、いろんな所に転移もしたりして、夜寝られなくなって、昼夜逆転してしまったりね、いろんなことが、ちょっとせん妄らしきことをお話されたり、ご家族もちょっと疲れてしまって、夜も寝られなくなってしまって、もうだめって感じになっちゃったんですよね。
そのときにうちの先生方が、そろそろ鎮静かけたほうがいいんじゃないのって、終末期の鎮静をかけたほうがいいんじゃないのという話を、ちょっとご家族とされたものですから、あっ、ちょっと待ってくださいね、僕、ちょっとご家族と本当に話してきますって言って、往診させていただいて、そして、とりあえずは夜寝られないからご主人がお疲れなさるんだから、ご本人に夜だけ、まずぐっすり寝てもらいましょうよと。
そうすればあす目が覚めれば、ひょっとしたら痛みも、苦しみも和らいでるかもしれないよって言って、そしていったんです。
そしてこれ今、音楽がかかってますね。
そしたら、ちょっとこれ触っても全然意識がなかったのに、サブちゃんの音楽を聴いたら、目がぱっちり開いて、動きだしちゃって。
好きな演歌を聴いたら?
そうです。
われわれの価値よりも、サブちゃんの価値のほうがよっぽど高かった、歌がよかったんですね。
家では不思議なことが起こるんですよ。
体の痛みとともに、心の痛みを取る。
そうです。
痛みはやっぱりね、心の痛み、これが大事なんです。
心っていうか、精神的な痛み。
いわゆる在宅ホスピス緩和ケアというのを提供してるんですが、ホスピスというのは命、生き方、死に方、みとりの哲学、考え方です。
そして緩和ケアの緩和は苦しみを和らげること、ケアとは生きる力、希望が出ること、だから、心のケアをするだけで、かなり痛みの感じ方が変わってくる、苦しみの感じ方が変わってくる。
そうすると終末期鎮静という選択をしなくてもよくなる場合がある?
よくなる場合があるんですよね。
特に夜ぐっすり寝ることによって、悪循環を断つ。
ここが非常に大きいのかなと思ってます。
そうすると終末期鎮静というのは、選択しなくてもいいものになっていったほうがいいということですか?
もちろん、やっぱり最期の最期には遺言をおっしゃるかどうか分かんないにしても、うなずいたりですね、いろんな意思表示ができたり、にこっと笑われたり、そして亡くなられると、遺族の方もよかったと思われるじゃないですか。
そういうことを感じながら、最期まで生かされている命を生き切っていただきたい。
完全に寝てしまうと、やはり社会死といいますかね、心の死もなってしまうので、そのあたりもあとから悔いが残るという、そういう方もおみえになることがあるもんですから、できることならそうしてあげたいなと思います。
小笠原さんご自身、このあと在宅が進む中で、この終末期鎮静、どうなっていったらいいと思いますか?
これはやっぱりまず、ドクターとか看護師のスキルをアップすること。
もう一つは、ご家族が最後はどうしたらいいか、終末期鎮静をやってもらっていいのかどうかを決める、そういうことだと思います。
2016/01/20(水) 03:12〜03:38
NHK総合1・神戸
クローズアップ現代「“最期のとき”をどう決める〜“終末期鎮静”めぐる葛藤〜」[字][再]
末期がん患者の痛みを鎮静剤で緩和し最期を迎える“終末期鎮静”が在宅で静かに広がっている。眠ったままの穏やかな死とはどういうものか。新たなみとりのあり方を考える。
詳細情報
番組内容
【ゲスト】日本在宅ホスピス協会会長…小笠原文雄,NHK報道局遊軍プロジェクト記者…池田誠一,【キャスター】高井正智
出演者
【ゲスト】日本在宅ホスピス協会会長…小笠原文雄,NHK報道局遊軍プロジェクト記者…池田誠一,【キャスター】高井正智
ジャンル :
ニュース/報道 – 特集・ドキュメント
ドキュメンタリー/教養 – 社会・時事
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