(義太夫)・「この世のなごり」・「夜もなごり」・「死に」
(徳兵衛)お初!大丈夫か?
(お初)はい。
・「たとふれば」・「あだしが原の道の霜」・「弱る心を引直し」・「取直しても猶顫い」・「突くとはすれど切先は」・「彼方へ外れ此方へ反れ」・「二三度閃く劍の刃」・「『あっ』」・「誰が告ぐるとは」・「曾根崎の」
(門左衛門)
長かった…
ここまで長い道行やったで…
(義太夫)
大当たりや。
傑作浄瑠璃「曾根崎心中」の誕生やで。
近松っつぁん
義太夫さん。
長らく待たせてすまなんだ
なんの。
お釣りが来るわい
ほなお手当弾んでや
聞き流すのかい
近松っつぁん。
あんたは人形浄瑠璃の救いの神さんや
いや救うたんはわしやあれへん。
わしや…あれへん…
あっそこの坊ちゃん。
どうぞお母さん連れてどうぞどうぞどうぞ。
ご覧下さい。
旦那様…。
あか〜ん…
みんな!醤油来たで。
運んでや〜。
(一同)へい!あっご苦労さんどす。
平野屋さんのご贔屓のおかげをもちまして今年も幕を開ける事がでけました。
竹本座一同ますます精進致します事を…。
ああもう堅い挨拶はええさかいさあ飲みなはれ。
ほな遠慮のう…。
(喜助)どうぞどうぞ。
喜助は早速見てきたそうやな。
(喜助)へい!私はもう浄瑠璃に目がおまへんさかい初日に幕が開くなり帳簿つけもほっぽりだしてパ〜ッと…。
ほっぽりだしたらあかんがな。
(一同)ハハハ…!しかし出来はいまひとつでございました。
ば…番頭さんまたそないな戯れを…。
正直一筋60年ここでうそは申せません。
ももも…申さんかい!ここはうそを…
それは金主としては聞き捨てなりまへんな。
不入りの訳は何だす?さあそれですわ。
何であんたが答えんねん
何ちゅうたかて筋がおもろい事おまへん。
言いたい放題かい
何や地味でねえ。
正月早々にやる浄瑠璃やおまへんで。
おい…!
すんません。
近頃筆が乗らんと近松がこない申しまして。
え〜っ!?
いや〜私もどないしたもんかと思てますねんけど…。
わしのせい?皆わしのせい?
(忠右衛門)そんな事あらへん。
近松さんは西鶴さん芭蕉さんに勝るとも劣らん物書きや。
ん…?西鶴…?芭蕉…?井原西鶴と松尾芭蕉の事?
楽しみにしてまっせ。
よかったな近松っつぁん。
平野屋さんが心の広いお方で。
何で…!…何でわしだけ近松って呼ぶんでっか?井原西鶴の事は西鶴。
松尾芭蕉の事は芭蕉。
みんな親しげで名で呼ぶくせして何でわしだけ近松って呼ぶんでっか?何で名字で呼ぶんでっか?そこ!?しょうもない事気にしてんとさっさと傑作書きなはれ!へ〜い。
・「嘆き疲れた宴の帰り」
・「これで浄瑠璃も終わりかなとつぶやいて」
どうも近松門左衛門です。
浄瑠璃作者として名を残し教科書にも載ってるあの近松です。
「大河ドラマ」でナレーションさせてもろた事もあるあの近松です。
…が今歩いております元禄16年正月のわしそないな事知る由もございません。
ただのスランプ中の初老のシナリオライターです
ただいま帰りました。
包んでくれはりましたんで母上どうぞ召し上がって下さい。
情けない。
町人の食べ残しを恵んでもらうほど母は落ちぶれてはおりません。
またそないな事言うて。
結局最後にはいっつも食べなはるやおまへんか。
ええさかいすっと食べておくんなはれ。
今朝も麦飯と漬物だけでしたやろ。
信盛。
はい。
母はが食べたい。
いきなり何です?ぷりぷりと脂が乗ったが食べたいのじゃ。
いきなり言うてもありまっかいな。
食べたいのじゃ。
食べたいのじゃ。
無理です。
食べたいのじゃ!む…む…無理です。
この親不孝者が。
ええ〜…。
これ信盛。
ここにお座りなさい。
お前は唐土の王祥という御仁の逸話を知らぬのか?存じております。
存じておりますけれども…。
(喜里)寒い寒い冬の日王祥の母が魚を食べたいと言うた。
王祥は母のために川へ向かった。
されど川は氷に覆われ魚の姿は見えなんだ。
悲しみのあまり王祥は着ているものを脱ぎ川の上に伏した。
すると氷が解けて魚が飛び出したではありませんか。
王祥はこれを持ち帰り母に食べさせたという事じゃ。
なんとあっぱれな親孝行と思わぬか?…思います。
それに引き換えお前は…。
やっぱり引き換えますか。
情けない。
20年前のあの時何としてもお前を止めるのじゃった。
またその話でっか。
武士の身分を捨てふるさと越前を捨て人形浄瑠璃の作者になるなどと世まい言申して。
世まい言て…。
母上。
こないして当り狂言かて書きましたんやで。
大した手当も得られず暮らしに困窮し。
あげくは妻にあきれられ捨てられやもめに戻る始末。
お前はこの母に親孝行しようと思わんのか?親孝行て…。
70の母親が50の息子捕まえて…。
黙らっしゃい!
うちの母親が親孝行親孝行言うのには訳があります。
時の将軍は犬公方でおなじみの綱吉はん。
このお方は犬も好きなら孝行者もお好きで孝行者を表彰して何やったら褒美も出すと言いださはったもんやさかい世は空前の孝行ブーム。
うそかほんまか知らんけど孝行者にあやかれる孝行糖なる飴が飛ぶように売れとります
・「孝行糖孝行糖孝行糖の本来は」
せんならんなあ親孝行
そう。
親不孝せんならん。
親不孝…ん?何や今えらい違和感が…
(万吉)・「それ不孝糖不孝糖」・「おやおやおやおや親不孝の不孝糖」・「親を泣かせてやろうとて」・「拵え始めの不孝糖」
え〜!何やそれ…
な…何や?それ!何やねん?そのふ…ふ…ふ…不孝糖て。
あっバレましたか。
さりげなく紛れ込んでましてんけどな。
どこがさりげないねん。
異彩を放ち過ぎやで。
これはね親不孝したい者がなめる不孝糖いいまんねん。
あんたなあ。
このご時世にそないなもん売り歩いてたら奉行所へしょっぴかれるで。
親孝行の何がそない偉いんでっか?そこをはっきりしてもらわん事にはわいとて引き下がれまへんで。
けったいなやつに関わってもうたな〜。
ほな一つ有名な孝行者の話をしたろ。
おっ!聞いたろ。
唐土に王祥という男がおった。
友達でっか?何でやねん。
その王祥の母親が寒い寒い冬の日に魚が食べたいと言うた。
…で王祥は川へ行くと一面の氷。
悲しみに暮れ着てるもんを脱いで氷の上に腹ばいになった。
するとどうでしょう。
なんと氷が解けて魚が跳ねた。
王祥はこれを持ち帰って母親に食べさせたという。
…偉いがな。
そらあんまりまともな人間のする事やおまへんで。
いらんちゃちゃ入れな。
…でその魚どうやって食うたんでっか?やかましなあ。
おおかた洗いにでもして食たんやろ。
孝行者がさばいたんでんな?そや。
三枚におろして。
そや。
きれいにうろこも取って。
ああそや。
素っ裸でがたがた震えもってようやっとさばいた洗いを器に盛りつけたそばからばばあが奪うようにしてガツガツ…。
孝行者やのうて山姥に捕らえられた哀れな旅人ちゃいまっか?何が言いたいねん?何が!?やっぱりうさんくさい。
売るんやったら不孝糖に限る。
そない売りたかったらなあ新地行け!新地?親不孝しとうてもでけへん連中がうろうろしとるわ。
そらええ事聞いた。
おおきにありがとさん!よっしゃ!
(九平次)油屋を営んでおります黒田屋九平次と申します。
お見知り置き頂きますれば幸甚にございます。
まあ飲みなはれ。
恐れ入ります。
評判聞いてまっせ。
やり手やそうでんな。
とんでもない。
油ちゅう目の付けどころが偉い。
なあ?
(喜助)へえ。
油が出回って夜が明るうなったおかげでこれまで日に2へんやった飯が3べん食えます。
そないなしょうもない事言うてんのやあらへん。
へえ?夜が明るなったら夜通し仕事がでける。
皆がますます働いて大坂がますます栄える。
結構なこっちゃ。
恐れ入ります。
若旦さん。
わてちょっと湯あみがしたいわ。
ほな私も一緒に。
ハハハ…。
あきまへん。
ええやあれへんか。
徳兵衛!…親父。
おのれ今朝から見かけん思たらこないなとこで…。
(忠右衛門)この親不孝者が!・「おやおやおやおや親不孝の不孝糖」・「親を泣かせてやろうとて」・「拵え始めの不孝糖」・「おいしいで売ったろか」・「一回食うたらやめられへん」・「それ不孝糖不孝糖」・「おやおやおやおや親不孝の不孝糖」あかん。
どんどん客足落ちてる。
今日なんか客より舞台の上の人形の方が数が多かったわい。
閑古鳥も哀れんで鳴かんと飛び去ったちゅう噂やな。
フフフ…。
いちびってる場合やあれへん。
早よ新作書いてや。
…なあ。
そないにあかなんだか?あ…?わしの書いた筋そないにひとっつもええとこあれへんかったんか?そないな事あれへん。
ほなどこがよかった?そないな事ごちゃごちゃ言わいでもあんたがええ筋書いてきたらわしはええ語りで応えるがな。
(義太夫)浄瑠璃作者として売り出し中の近松門左衛門。
その前に現れたる一人の男。
「われは京は…」。
「歌舞伎は役者のためのもの。
我先にと目立ちたがる役者に芝居の筋をねじ曲げられとうござりませぬ」。
藤十郎が答えて言う事は。
「役者の勝手にはさせませぬ。
何となれば近松先生の書く筋はこの国の宝宝ゆえにござります」。
そして結局いまだ一文字も書けへんわしは昼間っから元禄のキャバクラで現実逃避してる次第
しかし戦の世が終わって100年武家の次男にこれっちゅうてする事はない。
慰みに始めた浄瑠璃書きやったがたちまち恐ろしいほどの才能が開花してな。
(お袖)勝手に言うとけ。
やがて竹本座を旗揚げした義太夫がわしの前に現れてこう言うた。
「近松っつぁん。
わしのために浄瑠璃の筋書いてくれへんか」。
(一同)あら〜!それで生まれたんが「出世景清」や。
(一同)はあ〜!これの前と後では浄瑠璃の有り様が違うとまで言われた傑作や。
(一同)へえ〜!しかしわしはそれに満足する事なく更なる筋作りにいそしんだ。
するとそんなわしの才能に吸い寄せられる者がまたしても現れた。
誰やと思う?さあ分かりまへんな。
当ててみい。
そない意地悪せんと。
う〜ん?誰が意地悪や?知りたかったらお願いしてみい。
「せ〜んせおせえて」ちゅうて。
はい。
せ〜んせおせえて。
フフフ。
それはな…うわ〜っ!おせえてえな。
ななな…何や!えっ…?おなごどこ行った?お呼びがかかって出ていきましたで。
ええ〜。
そんであんた何者やねん?へえ。
万吉いいます。
いやいや…名前やのうて。
いつの間に…。
あっ!あ…。
あん時の不孝糖売り!やっと気ぃ付きましたなあ。
何や?生業替えたんか?さあそこですわ。
いや〜えらいもんでんな。
旦那の読みがピタッと当たりよった。
ここらへ不孝糖売りに来たらそらもう飛ぶように売れましてな。
何やこの男。
何を長々と語ってんねん。
不孝糖売った客に誘われて店上がってどんちゃんして勘定押しつけられて逃げられたっちゅうだけの話やないかい
ハッハハ〜!さっぱりわやでっせ。
ヘヘヘ…。
いや〜もうなんぼ払え言われたかてない袖は振れんさかいここへ居残って働いてるっちゅうあんばいですわ。
長いあんばいやったな〜。
話せば長い事ながら。
フフフ。
そや…こいつ関わったらあかんやつやった。
お帰りやす。
毎度おおきに。
(いびき)
(お玉)近松先生お帰りでっか?そろそろ払てもらわんとたっぷりたまってまっせ。
もうすぐ手当の後金が入るさかいもうちょっとだけ待ってんか。
その言い訳は聞き飽きました。
早よ払いなはれ。
(九平次)これで足りますか?黒田屋さん。
あ…へえ。
足りるどころかたっぷりとお釣りが出ますわ。
ではその釣り銭で酒を頂きましょう。
あの…。
おおきに。
おつきあい頂けませんか?近松門左衛門先生。
近々お訪ねしようと考えておりましたが今日ここでお会いできますとは…。
きっと何かのご縁でしょう。
あの…油屋さんが何でまたわしを…?名高い近松先生の事は前々より聞き及んでおりました。
さあどうぞ。
(銀助)おいでやす。
あ…すんまへん。
せんだって竹本座にも参りました。
そらお恥ずかしい。
地味でおもろのうて正月早々かけるもんやあれへんと思われましたやろ。
とんでもない。
実に見事な運びと感じ入りました。
え…。
実は私この大坂で油のみならずさまざまに商いを広げてゆきたいと思っていましてね。
新しい小屋を作るつもりでいるのですよ。
人形浄瑠璃のでっか?いえ。
歌舞伎です。
歌舞伎…。
ああ…この話は内密にお願い致します。
へえ。
承知しました。
近松先生。
無礼を承知で申します。
私の作る歌舞伎小屋の座付きとなって頂けませんか?えっ!あんたそない思うか?はい!ほんまにそない思てくれるか?ほんまに。
いえ。
まことそう存じます。
わしが一時歌舞伎を書いとったんは藤十郎はんの誘いがあったさかいや。
何があっても筋を曲げんと見事な芝居で応えてくれた。
が…。
藤十郎はんの具合が悪うなって思うように舞台に立てんようになりわしは歌舞伎を書く道理を失うた。
それで一旦は自分から離れた竹本座に戻る事になったんやが…。
えっ?今更…。
書いても書いてもおもろいもんにならん。
おかげで実入りも悪うなって老いた母親にも苦労かけっ放しや。
僭越ながらこれだけははっきりと申しましょう。
先生のお書きになるものにははるかに高い値打ちがございます。
それが証しにこの九平次先生が座付きになる事を承知して下さりますれば…。
今の5倍の手当をお約束致します。
ご…5倍!?お返事は今すぐでなくとも結構。
ここの主人を通していつでも私を呼び出して下さい。
では。
あ…。
あ…。
うさんくさい男でんな。
お前が言うなお前が!あれなんぞ裏がありまっせ。
間違いおまへん。
そうか?そうは見えなんだが。
そない見えたら裏やおまへんがな。
裏があるさかいそない見えまへんねん。
何や分かるような分からんような…。
あんたもあんたや。
ちょっと持ち上げられたらすぐその気になってからに。
何がその気や。
先生先生言われて5倍の値打ちとか言われてふらふら〜っとなっとったやおまへんか。
…で何でっか?歌舞伎に戻る気でっか?近松門左衛門たる者金でたやすう転ばんわい。
ほな何で転びまんねん?えっ…。
そら…あの…やりがいとかかな。
え〜っ?何ちゅうても竹本座には義理があるわい。
あんたのこっちゃ歌舞伎に戻ったところでろくなもん書けまへんわ。
何でお前にそないな事言われんならんねん!かといってにんじょうぎょうるりも書けやしまへんで。
人形浄瑠璃や!何で書けへんて決めつけんねん。
今日書けなんだもんが明日書ける道理がおまっかいな。
そないなもん分からんやないか。
それが分かりまんねんて。
おんなじとこ毎日堂々巡ってるお人は明日も変わらしまへんねん。
い…居残りしてるやつがな偉そうにぬかすな。
もうな物書きなんてやめなはれ。
何やと?やめてわいと一緒に不孝糖売りまひょいな。
あほか!それこそ親不孝の極みや。
したらよろしいねん親不孝。
不孝者のくせして親孝行しようちゅう了見がそもそも厚かましい。
大体お前な何をさりげなく入り込んできて酒飲んでんねん!出ていけ!不孝糖売り手伝うてえな。
手伝わへんちゅうねん。
離せ!手伝うてくれな離さへん。
ああ〜!!?買うてこい!そしたら不孝糖でも何でも売ったるわい!ほんまでんな?おおきに!え〜…松…松のねきの門の…。
近松門左衛門!ついに打ち切りや。
さよか…。
そういう訳やさかい後金はなしや。
え〜っ!当たり前やろ。
興行の半分で打ち切りになったんや。
手当の払いも半分で打ち切りや。
そないな殺生な…。
意地悪言わんと払てえな。
気に入らなんだら客の入る筋書いたらええがな。
頼む!このとおりや!ほんまに苦しいんや!あんたなあ…。
うん?小屋の表に偉そうに作者近松門左衛門て掲げてんねやろ。
打ち切りになるようなもん書いといて銭は一人前払てくれて恥ずかしい事ないのんか!?そら…恥ずかしいわい。
恥ずかしいのこらえて頭下げとんのやないかい。
…え?わしかてな…わしかて…ええ浄瑠璃書いてあんたにも平野屋はんにも機嫌ようなってもらいたい思てんねん!
(すすり泣き)ちょっと…近松っつぁん。
お客にもワ〜ッと喜んでもろてぎょうさん銭もろて母親に着物の一枚も買うてやりたい思てんねん!けど…わしかて書けん時もあんねん。
まあ泣かいでもええがなな…ええ大人が…。
書けっちゅうんやったらもうちょっと褒めてくれたかてええやろ!ええ〜…。
もう知らん!もう〜知らん!あんなやつに義理立てしたわしがあほやったわい!それで…よい返事は頂けるのでしょうか?せんだっても申しましたとおり歌舞伎は役者の見せ場が第一筋は二の次と思われてる節があります。
けどそれではええもんは出来ません。
藤十郎はんに代わって座元の黒田屋さんが筋は守ると約束してもらえまへんやろか?無論です。
では…。
いまひとつ。
何でしょう?5倍については心変わりはおまへんな?ございません。
では…。
へえ。
よろしゅうお頼申します。
これで私も安堵致しました。
さあ先生。
あ…おおきに。
先生は確か越前のご出身でしたね?へえ。
まあ…。
別にこれといって取り柄のないとこですけど。
何をおっしゃいます。
先生のような優れた浄瑠璃作者が現れたのですから土地柄がよいに違いありませんよ。
ハハハ…。
これや義太夫!お前に足りんのはこれや〜!
しかし武家の出でありながらなぜまた物書きを?いや〜成り行きみたいなもんですわ。
武家の次男坊みたいなもん太平の世では何の役にも立ちまへんさかい。
(門左衛門の父)稽古が足りん!今日は飯抜きじゃ。
仕置き部屋で反省しておれ!
(すすり泣き)
(物音)うん?ねえ。
腹がすいた。
「では私が握り飯を作りましょう」。
「さあ出来た。
召し上がれ」。
かたじけない。
お前も食うか?「ありがたき幸せ」。
さあ…。
あかん。
やっぱりあかん。
…先生?黒田屋さん。
すんまへん。
こたびの話なかった事にして下さい。
へっ?わしやっぱり人形浄瑠璃捨てられまへん。
堪忍しとくれやす。
お待ち下さい。
えっ…ええっ…。
え〜っ!
勝手な事をされては困りますよ。
黙って聞いていれば何です?あなた…。
武士をやめて浄瑠璃書きとなり…やがて甘言に誘われると今度は歌舞伎屋となり…。
ちやほやと持ち上げてくれた男が消えるとまた浄瑠璃に戻り…。
5倍の手当をちらつかせるとほいほいと乗ってきながらまた前言を翻す。
あなた!ひっ…。
何がしたいんです?
言い返せん…。
おっしゃるとおりや…
ええ?どういうつもりなんです?
おっしゃるとおりや…
こっちは田舎侍あがりのくされ戯作者の繰り言につきあうほど暇じゃないんですよ!私の商いはね…あなたの道楽とは違うんだ。
あなたは私の大いなる計略のほんの手始めなんですよ。
こんなところで手間取らせないで下さいよ!け…計略…?先生。
竹本座を去りうちに来てくれますね?ねえ?は…は…は…。
(戸が開く音)ああおったおった!ハッハハ!買うてきましたで!
え〜っ!
アッハハハ!
今?この間で?
しかしえらい目に遭うた。
いや〜あれから買いに市場に行きましてんけどな「こないな時期にそないなもん売ってるか!」ちゅうて門前払いですわ。
当たり前や
けどわいかて意地や。
あっちの漁場こっちの港探しま。
ほしたらどや。
「思う念力岩をも通す」ちゅうやっちゃ!大きな桶に飼うてるちゅう奇特な人がいましてな!ほんで聞いたら「まあ売ってやらん事もないが一つ困った事ある」。
「何や?」。
「桶に氷が張ってが取り出せん」。
こない言いまんねん。
ま…まさか…
そこでわい思い出しましたがなあの孝行者の話。
早速着とるもん脱いで裸で氷温めた。
そしたら思たより氷が薄うて頭からバッシャン!はまりましたがな。
このとおりびしょびしょでんがな。
ハハハ…!いや〜孝行者か何か知らんけどやっぱりまともな人間のする事やおまへんで。
お前やから!まともやあれへんのはお前やから!
何なんだお前は!?出てけ!今大事な話をしてるんだ。
油屋はん。
残念やったな。
わいの勝ちや。
勝ち…?約束したんや。
この…近くの松のねきの門の…。
近松門左衛門!その何ちゃら衛門がな買うてきたらわいと一緒に不孝糖売るっちゅうてな。
不孝糖…?そやさかいあんたは諦めなはれ。
借りまっせ。
今さばきますさかいな油屋はんも食うとくなはれ。
ヘヘヘ…。
はあ〜よいしょ。
あれ?食いまへんのんか?
助かった…?
うっ…。
情けない…。
あ…?ええ年してこないな怖い思いしてあげくあほに助けられるとは…。
ほんま情けない。
(すすり泣き)もうわしは迷わん。
銭にならんでも親不孝する事になってもわしは…人形浄瑠璃を書く!傑作を世に送り出して近松門左衛門の名を残すんや!昆布じめでよろしか?聞いてへんのかい!
(吉兵衛)あっ黒田屋さん。
お早いお帰りで。
また寄らせてもらいますよ。
(吉兵衛)へえ。
う〜ん!おいしいわあ!ほんまでっか?おかあはん!
(喜里)うん。
何でお前がおんねん!うん?明日から不孝糖売りまんねやろ?そら…売らへんかな…。
えっ!そら約束が違う。
何です?不孝糖とは。
不孝者にあやかりたい者がなめる飴でんねん。
まあ信盛が売れば効き目はあらたかね。
なんちゅう事言いまんねん。
信盛。
万吉殿に迷惑かけてはいけませんよ。
そやさかい売らへんちゅうてますのや。
売りましょうな!ち…ええ…ち…ええと…。
名を忘れな!ちかえもん!縮めな!
ん…?ちかえもん…?
わしの事かいらしいニックネームで呼んだ?
この不孝糖売り万吉との出会いがやがて浄瑠璃作者近松門左衛門を生まれ変わらせる事になる事をこの時のわしは知る由もなかったのである。
…ってな陳腐な言い回しはわしのプライドが許さんのである
2016/01/19(火) 14:05〜14:48
NHK総合1・神戸
木曜時代劇 ちかえもん(1)[新]<全8回>「近松優柔不断極」[解][字][再]
妻に逃げられ、母喜里(富司純子)にあきれられ、ちびちび酒を飲み現実逃避する超スランプの中年作家近松門左衛門(松尾スズキ)の前に謎の渡世人万吉(青木崇高)が現れる
詳細情報
番組内容
元禄16年5月、大坂道頓堀で人形浄瑠璃『曾根崎心中』が空前の大ヒット。だが、その半年前、作者近松門左衛門(松尾スズキ)は超スランプ状態だった。座主の竹本義太夫(北村有起哉)から当たりの筋を書けと怒られ、母喜里(富司純子)からはあきれられ、年増遊女・お袖(優香)相手にちびちびと酒を飲む近松の前に、謎の渡世人万吉(青木崇高)が現れる。天使か悪魔か?ばかか天才か?万吉と出会った近松は次々と災難に襲われる
出演者
【出演】青木崇高,優香,小池徹平,早見あかり,北村有起哉,高岡早紀,山崎銀之丞,岸部一徳,富司純子,松尾スズキ
原作・脚本
【作】藤本有紀
ジャンル :
ドラマ – 時代劇
ドラマ – 国内ドラマ
映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
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