7日の講演会の会場を提供してくださった
善住寺さんにお邪魔してきました。
善住寺さんは、沢山の方が水子供養に訪れる場所なんです。
スピーカーとしての始まりの場所。
【あげまん道を語る山村沙織】を受け入れて、認めてくださった善住寺のみなさま。
私を呼んでくださった善住寺さん。
この場所に、
赤ちゃんとして生まれて来ないと決めて、私のお腹に宿った子どもたちを託したいと思ったんです。
私、流産を4回、人工中絶を3回経験しています。
人工中絶の度に供養をしてもらっていたけれど、
再度、善住寺さんに供養して頂きました。
3回の人工中絶。
1回目は、あまりのショックで他人事のような気持ちが大きかった。
しばらくは、悲しいとかの感情すら湧かなかったから。
2回目は、彼に対して
「お前が死ね!お前も死ね!」って言った。
「お前は無傷でいいな」
「お前は痛くないからいいな」って言った。
朝か夜かわからないぐらい泣いた。
供養に行って倒れ込んで泣いた。
絶対に許さないし忘れないと思った。
1年近く、ことあるごとに責めたし、泣いた。
恨んだし憎んだ。
3回目、
私、最低。
人として最低。
死ねばいい、私が。
お前も死ねよ!
お前、マジ消えろ!
今すぐ消えろ!
って言った。
私、本当に本当に最低だと思った。
しばらく、妊婦さんも赤ちゃんも見たくなくて、引きこもった。
鬱になった。
さすがに、3回はきつかったし辛かった。
本当に辛かったよ。
思い出せない辛さ。
最初の子どもが生まれてたら、今は何歳かな?って、何年間も思ってた。
今ふと計算したら、18歳になる年。
これね、何歳かな?って、考える必要が無いってわかってから、
凄く楽になったの。
現実に、生まれてないから。
何回悔やんでも、生まれてないもん。
私が救われたのは、毎回ちゃんと言いたいことを言えたこと。
言い切ったこと。
罪悪感も恨みも憎しみも、長く長く握ってたけど、
手放せたから。
人工中絶した赤ちゃんに執着することで、私をずーっと縛っていた。
罪悪感を持つことで、中絶した赤ちゃんへの罪が軽くなると思っていたし、
それが楽だったから。
今はね、罪悪感も憎しみも恨みもないよ。
生まれて来ないと決めてたってわかったし、
ふたりの娘を出産出来たから。
子どもが欲しいと願っていた時に、長女が来てくれたから。
迷いがなかったから、長女の妊娠がわかった時。
人工中絶した3回の妊娠は、産みたい気持ちに迷いがあったし、私が弱かったの。
彼ばかりを責めたけど、産まない選択をしたのは私。
どんなメッセージを伝えたくて、私のお腹に宿ってくれたのかは、はっきりわからないんだけど、
今の私になる為には、この経験が必要だったことは、間違いない確実な事実。
大事な経験。
「ママは幸せだよ」
「ありがとう」
これが一番伝えたかった。
伝えたから、もう終わり。
見守ってね。とか、思わないの。
私が私の人生を楽しむこと。
幸せにしかならない私でいること。
私と約束したことを守るだけだから。
忘れることはないけれど、
託せたから、託せる場所に導いてもらったから、
完全に手放しました。
違う場所で供養してもらっていたことが、
心のどこかでずっと気になっていたから、
ものすごくスッキリしたの。
人工中絶。
「最低」だと何回言われたか。
最低だと思ったよ。
人間のすることじゃないと思ったよ。
散々苦しんだよ。
だけどね、
今、私、幸せなの。
最低だと言われることをしても幸せなの。
絶対に幸せに生きると決めて、幸せになったの。
許したから。
過去を全部許したから。
誰も悪くないよ。
私を含め誰も責めないって、幸せだよ。