イランビジネスを制するには?
1月20日 20時47分
中東イランというと、皆さん、どのようなイメージをお持ちですか?
最近ですと、サウジアラビアの大使館の襲撃、核開発疑惑、アメリカから「悪の枢軸」とまで呼ばれた、悪いイメージを持たれる方も少なくないと思います。しかし、古くは奈良時代にイラン産のガラス工芸品が古代シルクロードを通って伝来し、奈良県の正倉院に収められるなど、日本とイランの間には長い交流の歴史があります。
過去およそ10年に及ぶイランの核開発問題を理由にした経済制裁は、1月16日に解除されました。今、世界各国の政府・企業はイランを新しいビジネスの場と捉え始めて準備を進めています。
日本にとってイランビジネスはどのような利点があるのか、政府はどう後押ししようとしているのか、カイロやドバイに駐在経験がある経済部の澤畑剛記者と、政治部・外務省担当の栗原岳史記者が解説します。
封印解かれた巨大市場
イランの名産品と聞いて思い浮かぶのは何でしょうか。ペルシャじゅうたんは高級品として知られています。一品一品職人が手作業で織り、色合いが美しいのが特徴です。高いものですと数百万円するものもあります。
また、おつまみとして食べるピスタチオはイランが世界最大級の産地です。
しかし、今、世界から注目されているのは、長い間、経済制裁によって封印されてきた巨大経済そのものです。人口は8000万人と中東最大、若年人口も多く、教育水準も高いことから、今後の成長に期待が集まっているのです。
世界4位の埋蔵量がある石油資源
日本には、どんなビジネスチャンスが生まれるのでしょうか。
まず注目されるのが、なんといってもエネルギーです。イランは世界第4位の埋蔵量を誇る石油資源、世界第1位の天然ガス資源があります。日本企業でも油井を掘る権利「権益」が獲得できるチャンスがあるとみられています。
イランは経済再建の切り札として、およそ50の油田とガス田権益を外国に開放する方針を打ち出し、現在、日本やヨーロッパ各国の資源開発企業との間で水面下の交渉が行われています。日本側はイランの油田権益を獲得して開発し、そこから石油を輸入し、安定供給につなげたい考えです。
苦い経験とけん土重来
しかし、日本はイランで過去に苦い経験があります。2004年、当時の「国際石油開発」=現在の「国際石油開発帝石」が、政府の全面的な後押しのもと、イランの中東最大級のアザデガン油田の全体の権益の75%を獲得しました。しかし、その後、イランを敵視するアメリカから権益の割合を引き下げるよう圧力をかけられました。当時、日本政府内にはこうしたアメリカの姿勢に強く反発する意見もありましたが、2006年には10%に、最終的に2010年にはすべてを手放す譲歩を迫られました。
当時の経緯を知るある関係者は、アメリカ政府の厳しい雰囲気をこう語っていました。「日本がアザデガンの権益を75%から10%に引き下げたときに、日本側は『僅か10%にまで引き下げた』と思ったが、アメリカ側は『まだ10%も保有しているのか!』という厳しい姿勢だった。あまりのギャップに驚いた」という話です。
影響力のあるアメリカは、今なおイランを敵視する保守派の勢力が根強く、今後も各国によるイラン石油開発に対して、横やりを入れるおそれも否定できません。
しかし、資源に乏しい日本が巨大油田の権益を世界の巨大資源会社などと横並びで獲得できるチャンスというのは、めったにありません。5年前、ある石油会社の幹部は「世界で残された手つかずの石油権益は3か所しかない。イラン、リビア、ベネズエラ、どこも政情が不安定でリスクが高い国だ。このうちリビアは激しい内戦、イランは経済制裁とアメリカが敵視しており、どう考えても無理だ。残るベネズエラに可能性がある」と話していました。5年が過ぎ、「どう考えても無理な」イランに突如スポットライトが当たっているのです。
インフラ受注のチャンス
今回の制裁解除で、イラン側は、海外の金融機関などで凍結されていた約500億ドル(約6兆円)の資産を運用することができるようになりました。こうしたなか、多くの日本企業が熱い視線を送るのが、インフラ工事の受注と輸出の拡大です。
長年の制裁で、イラン国内の製油所や発電所、空港などさまざまなインフラ施設が老朽化しています。加えて、イラン政府は、高速鉄道の建設計画や航空機の大量発注する計画も打ち出しています。これを受けて日本の総合商社や重工メーカーは、去年から相次いで現地入りし、活発に商談を進めており、成果が期待されます。
ライバルはヨーロッパ各国 守りの中国
日本の手ごわいライバルとなるのは、地理的に近いイラン市場を自分たちの裏庭だと位置づけるヨーロッパ各国です。
ドイツやフランスは去年から、日本よりも早く閣僚級の経済ミッションを派遣しています。ドイツの自動車メーカー「ダイムラー」は制裁が解除された2日後の1月18日、イランでの現地生産の覚書を締結したと発表しました。
一方、イラン市場で「守りの立場」となっているのは、意外にも中国です。中国は経済制裁下でも進出を続けて、イラン市場を席けんしました。ところがここ数年は、地元のイラン人の間で「中国製品は安いが質はよくない」という評判が広がっており、制裁解除後は逆風にさらされるのではないかとみられています。
政府も側面支援
政府も、イランの数少ない「伝統的な友好国」という立場も生かしながら、日本企業によるイラン再進出を後押ししています。政府は、イランに対して行っていた日本の独自の経済制裁を解除するとともに、インフラ投資に欠かせない中長期の貿易保険の新規引き受けを再開する方針です。
政府は制裁解除を見越して、日本企業の投資環境の整備を行うための投資協定を巡る交渉を始めていて、その政府間交渉は異例のスピードで進みました。早くても半年近くはかかると言われる事務レベルの交渉を1か月余りという短期間で終え、去年10月、岸田外務大臣がイランを訪問して、ザリーフ外相との間で協定を結ぶことで合意。その後の条文の調整作業も実質、去年の年末までに終わり、2月にも協定の署名を行う方向で調整が進められています。
外務省の交渉関係者は、調整が異例の速さで進んだ秘けつについて、「イラン側が日本側の案をほぼ丸飲みした結果だ。イラン政府の日本政府や日本企業に対する高い信頼と期待があってこそだ」と明かしています。
課題は金融機関の決済
果たして、日本のイラン再進出はスムーズにいくのでしょうか。
課題になるのは「金融」だというのが、関係者の一致した見方です。世界の貿易で決済として使われるドルを人質にとるのはアメリカの常とう手段です。多くの制裁は解除されましたが、テロ支援や人権侵害といった別の制裁は残ります。日本の大手金融機関は、万が一アメリカ側から今後も残る制裁に違反していると指摘された場合、多額の課徴金が科せられたり、最悪の場合、ドル決済ができなくなるというリスクが指摘されているのです。
また、ここにきて、イスラム教スンニ派の大国サウジアラビアとシーア派のイランとの外交関係が緊迫していることも気がかりです。両国は長年、中東地域の覇権を争っており、外務省内では、「イランや、イランとの関係強化を進める国々に対するけん制だ」という見方が大勢です。
政府としては、欧米諸国に比べて「中立的なプレーヤー」という独自の立場で中東各国との信頼関係を築いてきたという強みを維持し、イランとサウジアラビアの一方に肩入れしているような印象を持たれることは避けたいというのが本音のようです。
リスクとどう向き合うか
多くの懸念材料も見え隠れするイランビジネス。これまでリスクのある市場に対しては尻込みして、ライバル企業より1歩、2歩と出遅れがちなのが日本企業の弱点でした。しかし、少子高齢化、国内市場の縮小に直面する日本が成長の糧を海外に求めようとすれば、一定のリスクを取ることが必要になると思います。
もちろん、政情がまだ不安定な国ですから一企業だけではそのリスクは背負いきれません。その際、重要なのは政府と企業の緊密な連携です。官民の総合力こそが、各国とのしれつな争奪戦を勝ち抜くカギとなります。そして、日本がイランと経済関係を強化することは目先の経済的利益にとどまらず、イランが再び急進的な政治姿勢に戻らないための、いわばいかりのような役目を果たし、中東地域の安定にも役立つものだと信じています。