有馬
「今日は財政難の解決策についてお伝えします。
我が家の家計も大変です、とそんな声も聞こえてきそうなんですが、今日(19日)は国や自治体の話です。
今年(2016年)オリンピックが開催されるブラジル、多額の財政赤字を抱えるギリシャなど、各国で財政問題は深刻です。
日本も無縁ではありませんよね。
この解決策になるのではと注目される取り組みがあるんです。」
藤田
「先進国イギリスで始まった、民間の資金を活用した新たな仕組みです。」
2016年1月19日(火)
貧困や医療費など社会的課題の克服と行政コストの削減を同時に目指す「ソーシャル・インパクト・ボンド(SIB)」という新たな取り組みが、イギリスで行われている。必要な資金を、税金ではなく民間の投資でまかない、事業に効果が出た場合、政府が投資家にリターン、成功報酬を支払う。サービスによって見込まれる財政支出を、投資家にリターンするというユニークな試みだ。イギリスでは、投資家が事業の改善を求めることで成果が上がる事例も出ている。日本でも実証実験が始まったSIBの取り組み。その最前線を伝える。
出演:相澤祐子(報道局記者)
特集の内容をテキストと画像でチェックできます
有馬
「今日は財政難の解決策についてお伝えします。
我が家の家計も大変です、とそんな声も聞こえてきそうなんですが、今日(19日)は国や自治体の話です。
今年(2016年)オリンピックが開催されるブラジル、多額の財政赤字を抱えるギリシャなど、各国で財政問題は深刻です。
日本も無縁ではありませんよね。
この解決策になるのではと注目される取り組みがあるんです。」
藤田
「先進国イギリスで始まった、民間の資金を活用した新たな仕組みです。」
財政の緊縮政策が続くイギリス。
課題となっているのが、各地で目立つ、学校に行かず、就職もしない若者たちです。
こうした若者はイギリス全体でおよそ100万人。
生活保護費などで今後、財政負担の増加が懸念されています。
こうした中、日本の高校にあたる学校で民間団体による、ある試みが進められています。
不登校になりがちな若者たちを対象に、協調性や自信をつけさせる就労支援です。
この日は、イギリスで就職試験にも使われているという課題に取り組みました。
グループで、新聞紙とテープだけで重い缶を乗せられる橋を作るという、協調性やリーダーシップを身につける授業です。
この授業には、国の税金は一切使われていません。
運営資金は民間の投資を活用する新たな仕組み、「SIB=社会的貢献投資」でまかなわれています。
民間団体チームリーダー ニール・マッカスキルさん
「SIBによって、就労教育を提供できるようになりました。
大きな成果につながると期待しています。」
そのSIBの仕組みです。
今回の例でいうと、若者が学校に行かず働かないことで、今後10年間で、生活保護などで280億ポンド、日本円にして5兆円以上の税金が必要になると見られています。
そこで、若者の就労支援など公共的なサービスを、財政難の国に代わって民間の企業や団体が行います。
さらに、必要な資金は、民間の投資家から集めます。
なぜ投資家から資金を集められるのか。
この事業によって働く若者が増えれば、5兆円以上かかるはずだった生活保護などの支出が減ります。
その減った支出の中から、投資家に「成功報酬」としてリターンを支払うのです。
国は、リターンを支払ったとしても、支出全体の削減が図れます。
この仕組みでは、投資家も厳しく事業の成果をチェックします。
投資ファンドの担当者、アンドリュー・レヴィットさん。
同じ投資でも、社会に貢献できる投資先として、リバプールの若者支援プログラムに27億円を投資しています。
今回の事業で投資家が得られるリターンの一覧です。
例えば、授業態度が改善すれば、就職につながるとして、1人あたり最大700ポンド、12万円余り。
さらに生徒が取った資格の内容に応じて、リターンが細かく設定されています。
こうしたリターンは、若者が就職した場合に見込まれる、生活保護費などの削減額や、納税額の増加などを根拠に国が算出しています。
投資ファンド担当者 アンドリュー・レヴィットさん
「投資家がリターンを得るためには、事業を行う団体が社会的な成果を出せるか、そのための能力と経験があるかを見極めることが重要です。」
投資家は、リターンを得るために事業に改善も求めます。
この就労支援でも、対象年齢を18歳から14歳にまで広げました。
当初、就職する若者が思うように増えなかったため、早い段階から若者たちの意識を高めることにしたのです。
民間団体チームリーダー ニール・マッカスキルさん
「メンタルを強くするために、何が必要?」
生徒
「挑戦すること。」
生徒
「自信を持つこと。」
見直しの結果、授業態度が改善した若者などの割合は、以前の6割から9割に伸びました。
まだ確定していませんが、投資家には予想を上回る利益が見込まれています。
投資ファンド担当者 アンドリュー・レヴィットさん
「事業を正しい方向へ導き、成果をあげるのが投資家の役目です。
改善が必要ならば話し合い、より良い方法を見つけ出します。」
SIBを推進する首相府です。
民間の投資を増やすために、一昨年(2014年)からSIBで得た利益にかかる所得税を最大30%減税しています。
首相府 SIB担当 キエロン・ボイルさん
「政府は財源が限られている中で、効率的な政策を求められている。
投資を投資家たちに呼びかけ、SIB市場の拡大を支援していくことが重要です。」
藤田
「ここからは、今回取材した相澤記者に話を聞きます。」
有馬
「民間の力で公共サービスを補いましょうということなんですが、これまでにも空港のビルとか、高速道路のインターチェンジとか、企業に委ねて運営させるというのはありましたよね。
それとは何が違うんでしょうか?」
相澤祐子記者(報道局遊軍プロジェクト)
「SIBは施設ではなくて、いわば目に見えない公共的な『サービス』を民間の投資でまかなおうという点で大きく違っているんですね。
イギリスでは2010年にこのSIBを初めて導入してから国が主導して、事業を行っていまして、ご覧いただいたように、若者の就労支援とか、さらに再犯防止やホームレス支援など、現在32の事業で行われています。」
有馬
「32もあるということなんですが、これ以外に例えばどんなものがあるんですか?」
相澤記者
「例えば、貧困など困難を抱えた家庭の支援だとか、あとは児童養護の分野などでも行われています。」
有馬
「社会福祉として必ず手を差し伸べないといけないところだけども、特定の人たちの分野ということになるんでしょうか?」
相澤記者
「そうですね、年金とか医療といった分野については多くの人が関わりますから、そういったサービスと比べると対象になる人たちが限られた数になりますので、財政難、財政に余裕がないときはどうしても後回しになってしまいがちな分野だと思うんですね。
ただ、対策をすれば一定の効果は出てくると思いますので、まずは民間の投資という形でその事業を行ってみて、その効果があれば削減できる支出の中から投資家にリターンを支払おうというものなんです。」
有馬
「税金ではなかなかストレートに手が届かないところを、民間の力でいち早く、後回しにすることなくやっていこうと、こういうことなんですね。」
相澤記者
「そうです。
実施してみると、SIBは投資家がリターンを求めて効果を重視するために、事業が効率的になるというメリットがあるとされているんです。
例えばイギリスでは、SIBで刑務所を出た人たちの再犯防止のプログラムがあったんですが、予想以上に効果が高かったため、ノウハウだけを引き継いで税金を投じて、国全体で行うことにしたと、こういうプログラムもあるということなんです。」
有馬
「違和感もまだあるんですけど、先ほどのVTRを見ていると、『授業態度』とか『授業出席回数』とか、細かく見ているんだなというのはわかったんですが、これ、民間の『投資』ですよね。
投資ですからリターンが上がらないといけない。
そうすると、サービスもコストのかねあいでその質が低下してしまう、そんなおそれはないんですか?」
相澤記者
「そのとおりです。
『投資』ですから、投資家が損をする可能性はもちろんありますし、サービスへの懸念もあるんです。
例えば、同じイギリスのホームレスを減らす事業では、就職して自立できる人を増やすという一方で、外国人に対しては帰国を促すという、ちょっと行き過ぎではないかと思われるような手段もとられているということなんです。
ですから事業の進め方や、成果をどう定めるかも重要になってきていまして、国や投資家、事業を実施する団体、それとは別の第三者が仕組み作りに関与することが大切だといわれています。
今回、その1人に話を聞いてきました。」
SIB関係団体 担当者
「“成果”は客観的に評価され、ねじ曲げられないようにすることが大切。
関係者に対して適切な枠組みを提示できる、中立的な存在がとても重要になってくる。」
藤田
「日本も、国や自治体の財政の状況は厳しいですが、この仕組みは日本にも参考になりそうですよね。」
相澤記者
「日本でも政府が骨太の方針にSIBの活用というのを盛り込んでいます。
今年度(平成27年度)、福岡県などで認知症の予防事業などが実証実験として行われているんです。
ただ今後、本格的に導入する場合は、どの事業がふさわしいのか慎重な見極めが必要になってくると思います。
また、海外の事例もいくつもありますから、十分に踏まえた仕組み作りが求められます。
そうした点にメドがつけば、民間の資金を活用するこの取り組みは、有望な選択肢の1つになるのではと思います。」