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<寄稿>慰安婦合意…他者への寛容性と自省があってこそ |
日本大学総合科学研究所 准教授 金惠京
「本当に良かった」。そうした声が私の周りにあふれたのが今回の「慰安婦」合意であった。韓国に生まれ、学生時代に日本の文化に憧れを持ち、韓日を行き来しているうちに、気がつけば人生の半分を日本で過ごしていた私にとって、両国の最も大きな懸案事項であった従軍慰安婦問題に解決の道筋が示されたことは、大きな安堵感をもたらした。
そして、韓日関係がこじれる中で、韓国人であるという事実だけで私が苦しまざるを得なかったことを知っている周囲の皆にとっても、今回の合意は大きなものであった。それは、韓日両国への関わりが深い在日韓国人の方々にも、御理解いただける状況であろう。
対話通じて前進
私は李明博前大統領の独島上陸以降に話題となった問題(安重根の位置づけ、世界遺産登録問題、安倍談話など)を軸に、韓日関係の推移をまとめた評論集『柔らかな海峡‐日本・韓国 和解への道』を年末に刊行した。その本では、自らの経験や研究を踏まえて、韓日の今後の在り方について書き記している。私同様に関連する問題に対して意見を求められることの多い在日韓国人の方、特に韓日両国の関係改善を望む方には、きっとお役に立てる本となっている。
そして、同書の冒頭では、このところの日本において、隣国に対する悪意を臆面もなく披歴するメディアや、相手国が怒ることが容易に予想される行動をとる政治家が珍しくないことを指摘し、かつて自分が惹かれた日本の寛容性が低下していると嘆いた。
しかし、今回の合意で見られたのは、他者への寛容性と自省を踏まえた両首脳の姿勢であった。私はそこに、両国の前進と本来の姿を見た。そこで、今回の決断が生まれた背景と意義を改めて捉え直しておきたい。
私は前掲書にて、慰安婦問題の解決に際しては「両国が『自らの希望と限界を明示すること』、および『国内の調整を行うこと』という2点を実行しなければ、これまでと同じ事態が繰り返されてしまう」(99ページ)と述べた。それを踏まえて、今回の合意を振り返ることとする。
まず、「希望と限界の明示」であるが、日本と韓国は従軍慰安婦に関する自らの立場や法的正当性をこれまで主張し続けてきたものの、相手との妥協点を探るという視点は存在しなかった。しかし、対話を通じて、双方が妥協点を探り合うのが外交である。その意味で、2015年11月に3年半ぶりに行われた韓日首脳会談から続く対話を望む流れの中で、韓日双方がこれまで拒絶してきた内容が合意に多く含まれたことは大変示唆的であった。
友好と和解こそ
また「国内の調整」については、偏狭なナショナリズムを主張する支持層の捉え方が重要となる。確かに、国の愛し方が独善的過ぎる組織の行動は目立ち、両首脳は彼らからの支持を実際よりも大きく捉えてきた。
しかし、その結果、市民の過半数が望んでいる友好や和解を推進する施策は遠ざけられてしまったのである。そうした反省を踏まえ、今回の合意では最初に結論を提示し、その後の反発を見越して、国内世論の調整を行うことが決定された。つまり、冷静で、確固とした政治判断がなされたのである。
今回の合意では、対話の重要性が再確認され、両首脳による政治的決断が行われた。それにより、韓日両国の本来の姿や要望が相手国に見えることとなった。こうした姿勢はアジアの未来にとって重要な方針を示すものとなる。戦前の日本が従軍慰安婦を集めた国や地域は韓国だけでなく、東アジアや東南アジア、そしてオランダ人にも広がる。その中には関係が改善した国もあるが、被害女性や当時国の思いは晴れていないことも多く、今後の適切な対応が必要となるであろう。
そうした場合に、今回の合意が与える示唆は大きい。単に自らの意思を伝えるのではなく、対話や決断によって事態は大きく前進することが明らかになったためである。
韓日関係が悪化したこの数年間、多くの在日コリアンの皆さん、そして私も心無い声にさらされることが少なくなかった。しかし、そうした中でも日本に暮らし生きていくのは、私たち一人ひとりに使命感や夢、人の縁、避けられない運命、生まれ育った場所への愛着などがあるためである。そうであるならば、日本がそうした感情を素直に表し、我々の本当の思いを受け止める場所であってほしいとの思いは尽きない。
今回の合意が示した教訓が、従軍慰安婦問題に止まらず、様々な相互理解の推進に活用されるならば、日本に暮らす韓国人一人ひとりにとって、より大きな前進となるに違いない。
(2016.1.15 民団新聞) |
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