人と自分との線引きが出来るようになってくると、誰かと比べて劣等感で死にたい、みたいな気持も薄れてきますが「私の世界観を世間に認めさせてやるんだ」って滾るような気持ちも薄れるのだなと最近感じます。
別に必死に世間にアプローチしなくても、今のままでも認めてくれる人はいるし、自分で自分を認めてればいいから。っていう感情って、創り手にとって、結構な打撃なのだと。
承認欲求で創ったものを不純だとか、じゃあ誰かに認めてもらえなかった時、自分一人じゃ立ってられなくなるよね、とか、
あれこれ悩んだ時期もありましたし、今でも悩んでいる途中ではあるんですが、
劣等感で押しつぶされそうな時は、認めてもらえるなら何百枚でも描いてやるよ。って気概があったよなぁと思うと、あのパワーがもう一度わけばいいのに、なんて、ないものねだり、もしもボックスねだりになってしまう。
人間っていうのは、つねに何かしら悩みたがるものなんだなと最近特に感じます。
悩みがなくなったら、その時こそ、心が死んじゃう時なのかもしれない。と私の狭い尺度がわめいている。
うちでも一回ご紹介させていただいた。私が大好きで、更新を楽しみにしている雪町子さんの小説なのですが
これ読んでると、足りないものがあると足りない分生み出そうって思えるから人生って輝くんだとも思えるし、
一見なんでもそつなく出来る「黒猫の鈴」を持ってるように見える人はそれはそれで、苦しいし、でもそれがその人の足りない場所で、美しいところなんだって、読んでいて自然に頭に入ってくるとこが好きだー。
んで、全然関係ないですが。。
@mmsk404 続き→[アンケート]
— mmsk (@mmsk404) 2016, 1月 19
いまこういうアンケを取ってる中で、黒タイツ派と黒ストッキング派の戦いになっております。黒タイツ派はリプで堂々と宣言してくるタイプの方が多いのに反して、黒ストッキング派は、黙々と投票に参加して票を伸ばしてる感じで、むっつりなのかなと(誉めています)
ささやかですが、アンケの参加者にお礼を。。
皆さま、ありがとうございます。私はどっちも好物で、切り返しで色が濃くなってるとこと、足先むにむにさせてるショットが描けたらいいやーレベルのぬるいフェチなので、タイツとストッキングは全然違う!という価値観をお持ちのゴツいフェチを抱えてる方々の意見などは、大変勉強になります。キャラデザの参考にします。
▼この記事を描いた人▼