「夫は物のように扱われ、死んでいった」という日本人の妻の嘆きに、何と答えればいいのだろう。

 2010年、強制送還中の機内で、当時45歳のガーナ人男性が急死した。両手は結束バンドで縛られ、タオルで猿ぐつわをされた状態だった。

 この事件をめぐり、一昨日、東京高裁で判決があった。高裁は国の対応に問題があったとした一審判決を取り消し、遺族側に逆転敗訴を言い渡した。

 判決は、男性が「世界で100例程度しか症例のない極めてまれな」心臓の腫瘍(しゅよう)による不整脈で亡くなったと認定した。

 男性の両手足に手錠をかけ、入管職員が7人がかりで機内に運びこむ▽タオルで猿ぐつわをする▽手錠を外し、用意していた結束バンドで手首を腰と結ぶ――。判決は、機内外でのこうした制圧行為は、死因とは直接関係がないとした。

 法務省の内規では、原則として、手錠と捕縄しか認めていない。足に手錠をかけることは、事件後、法務省が改めて禁じる通達を出している。

 だが判決は、決まったもの以外の道具を「一切用いてはならないわけではない」とし、足への手錠も「違法ということはできない」と認めた。法務省より後退した感が否めない。

 確かに、国外退去を命じられた人が機内で暴れたりすれば、一般客に迷惑がかかる。自殺防止の必要もある。結束バンドには、手錠よりも目立たぬようにという意味もあった。

 だが法務省は、高裁判決によって、退去強制手続きのあり方にフリーハンドが与えられたと解釈すべきではない。むしろ男性の死亡を、硬直した入管行政のあり方を見直すきっかけにすべきだ。

 ことは、身体の自由を制限するという人権上の問題である。行政の裁量の幅はできるだけ小さいことが望ましい。

 外部の目にさらされることが少ない入管行政のあり方も改める必要がある。運用の適切さを担保するため、有識者からなる入国者収容所等視察委員会に、送還の現場を見学させることを日弁連が提案している。真剣に検討してもらいたい。

 在留期限を超えていても、その他には問題を起こしたわけではなく、日本の社会に根付いている外国人は少なくない。死亡した男性も日本人女性と20年以上、家庭を築いていた。

 どの国籍であれ、多様な理由で日本に生活の基盤をもつ人びとと、できる限り共生できる寛容な社会をつくりたい。