中国 “6%台成長”時代の経済は
1月19日 16時13分
中国の市場は新年早々、株価の急落と通貨・人民元安という二重の衝撃が走り、世界の金融市場にも動揺が広がっています。その動揺の源は「中国経済の不透明さ」です。減速が鮮明な中国経済で、いったい何が起きているのか? そして中国の次の一手は? 中国総局の井村丈思記者が解説します。
25年ぶりの7%割れ
「6.9%」
中国が発表した去年の経済成長率は、25年ぶりの低さでした。中国政府の目標は7%程度で「中高速の成長という目標とは一致している」(中国国家統計局局長)としています。
ただ実情は、去年だけで5度も政策金利を引き下げ、10月以降は自動車を対象にした減税などの販売刺激策を急きょ打ち出すなど、政策を総動員してようやくこの水準ですので、決して楽観できる数字とは言えません。
不動産在庫と深刻な生産過剰
景気が減速した最大の要因は、投資の不振、特に不動産投資の冷え込みです。この1年、私が取材で訪れた地方の都市でも、中心部のマンションなのに夜は真っ暗(西安市、去年5月)、工事現場に5台あるクレーン車のうち稼働は1台のみ(瀋陽市、去年8月)など、不動産市況の低迷ぶりを示す現場を数多く見てきました。
中国では、金融危機のあとの巨額の景気刺激策で、地方が競うように不動産開発が行われたつけが回り、今、大量の売れ残りを抱えています。その結果、去年の不動産開発投資の伸びは、前年比で1%、この1年で10ポイント近く縮みました。
不動産投資の冷え込みは、建築需要を見込んで生産能力を拡大した鉄鋼などの過剰在庫を招いています。「鋼材が白菜より安い」とか「石炭が小豆より安い」とやゆされるほど、値崩れが深刻です。中国の鉄鋼業界は業績が急速に悪化していて、去年10月時点では101社のうち半数近い48社が赤字に陥ったという統計もあります。
頼みの消費も曇り空?
一方、政府が今後の経済成長の柱として期待を寄せる個人消費は、中間層の拡大を背景に足元では堅調に見えます。特にインターネットを通じた小売売上高は、去年、日本円で68兆円と、前の年を30%以上上回る急速な伸びを見せています。
ただ、頼みの個人消費でも気になるデータがあります。中国の中央銀行が将来の収入の見通しを市民に聞いたアンケート調査の結果が、このところ悪化しているのです。「消費者が先行きに不安を持ち始めて、財布のひもが固くなり始めている」と分析する専門家もいます。
6%台が“新常態”
景気の減速が鮮明になった中国経済ですが、中国の指導部は「2020年までに、国民の平均収入を10年前から倍増させる」という目標を、いわば公約にしています。そのために習近平国家主席は「今後5年間の成長率は、年平均6.5%が最低ライン」という認識を示しています。
ただ、今後5年間の成長の在り方について、外国メディアの取材に応じた中国共産党系のアナリストは、「来年を底とするV字型の成長になる」と説明しました。この発言によれば、ことしと来年は、去年よりさらに減速する可能性が高いということになります。
景気減速は“不可避”の試練
「これ以上減速して、中国経済は大丈夫なのか?」と心配する人も多いと思います。ただ、中国にとって、もう一段の景気減速が避けられない理由があります。それは「構造改革」です。ことしの経済運営について中国政府は先月、痛みを伴う構造改革を進めることを、柱の1つとして打ち出しました。
改革の対象は企業、とりわけ国有企業です。中国の企業部門は過去の行き過ぎた設備投資などの結果、今、日本円で1800兆円近い借金を抱えていると言われています。日本がバブル崩壊後の長引く景気低迷から抜け出したときのように、この設備と借金の重荷を解消しなければ、このままずるずると景気が減速してしまい、将来の成長が見通せないというのです。
身を切る覚悟の改革
李克強首相は1月4日に山西省を視察した際、「壮士断腕」という表現を使って、国有企業のリストラを断行する決意を強調しました。このことばは、昔、毒蛇に腕をかまれた人が毒が全身に回らないようにするため、みずから腕を切り落としたという故事が由来です。中国経済にとって赤字を垂れ流す国有企業はもはや「毒」であり、放っておけば中国経済全体が毒に犯され、成長が止まってしまうという危機感があるのです。手遅れになる前に、企業の合併や、場合によっては倒産をさせてでも処理をするというわけです。
中国では、こうした死に体の企業を「ゾンビ企業」と名付け、国営メディアが連日、改革の必要性を訴えるキャンペーンを行っています。
ただ、国有企業は地方の幹部とつながっていますし、雇用の受け皿にもなっていますので、政府の思惑どおりに改革を進められるかどうかは予断を許しません。また、政府の号令どおり改革が順調に進んでいけば、短期的には、経済の成長や雇用にとってはマイナスの影響が避けられません。
政府は、改革を進めるにあたっては景気に十分に配慮し、財政出動を強化して痛みを和らげるとしていますが、中国の景気はしばらくは減速方向の力が強い状態が続くことになります。
中国経済はまだら模様
では、日本は中国経済とどう向き合えばよいのでしょうか。
景気減速の影響で輸出と輸入が落ち込んでいる中国へは、日本からの投資額も前年割れが続いていますが、中国経済の規模の大きさを無視することはできません。減速とはいえ、去年1年間に新たに増えた経済規模の大きさは、例えれば、東南アジアの国々が2つ、3つ新しく生まれたほどの大きなインパクトがあります。
さらに、中国経済を見るうえで重要なのは、地域や業種によって成長の度合いに大きな差が出てきている点です。中国の去年の成長率は6.9%ですが、直轄市や省別に見てみると、2%台から10%を超える伸びを示す地域までさまざまです(去年1ー9月の成長率は、最低が遼寧省の2.7%、最高が重慶市の11%)。
首都北京に近い河北省にある日系の産業用ロボットのメーカーでは、去年の売り上げは前年比でおよそ20%減少しましたが、話を聞くと「不動産関連や国有企業向けは30%減少だが、介護向けなどはむしろ伸びている」(日系メーカー社長)と言います。堅調な中国企業も多く、今月だけでも、大手の不動産会社がアメリカの映画会社を日本円で4000億円余りで買収することや、大手家電メーカーが100年以上の歴史があるアメリカのGE=ゼネラル・エレクトリックの家電部門を6300億円余りで買収することを相次いで発表し、事業の多角化や規模拡大を目指す動きを強めています。
現地で取材していると、「中国経済は・・・」とひとくくりで伝えることが日に日に難しくなってきていて、中国に駐在する日系企業の関係者はよく「まだら模様」と表現します。「景気減速」と「爆買い」が今の中国経済を象徴するキーワードとして定着したようにも見えますが、高度成長から安定成長へと経済の在り方が大きく変わる転換点であるだけに、政府の政策や統計を冷静に分析し、今後の伸びしろを見極めていくことが必要な時期に来ています。