自分が大学時代にやったことといえば、中途半端な学びとお金の浪費と浪費するためのアルバイトぐらいだったんじゃないかなと思う。実家を出て、仕送りだけでは浪費のしようがないと気づいてから、1回生の5月、早々にアルバイトを始めた。
初めて働いたアルバイト先は、京都の学生アルバイトのコミュニティから紹介してもらった、小さな家族経営の居酒屋兼定食屋だった。定食も食べられるけどお酒もあるし、お酒のアテも出す。1階は普通にお客さんを通すフロアで、2階より上は宴会場になっていた。私も1階で普通にフロアとして働くときと、宴会のお世話をするときとあった。
とにかく大きな声でいらっしゃいませ、ありがとうございましたって言ってね、と、面倒を見てくれたオーナー(本人も板前さんをやってた)の奥さんに言われた。まだ地元のなまりも抜けていないので恥ずかしかったけれど、必死であいさつだけはした。オーダーを通し忘れたり、うまくビールを注げなかったり、食器を割ったり、定番の失敗は最初の一か月で全部やった。落ち込んだ。
しばらく働いて、少しずつどう動けば効率がいいかわかるようになってきた。いつも来るお客さんが来たときは「この人はお冷じゃなくてあったかいお茶を出す」とか「この人はこの席に案内する」とか、覚えている情報を引き出すことができるようになってきた。メニューをオススメしたり、お客さんと話す余裕が出てきた。「笑顔がいいね」と褒めてもらったとき、無駄ににやにやしながら帰った。街中でお店によく来るお客さんに声をかけてもらったこともあった。「また行くわね」と言ってもらえて、嬉しかった。
1回生の10月くらいまで続けたけれど、お客さんに手をつかまれて、そこに口をつけられたとき「うまくかわせないあなたが悪い」と言われ、ぷっつんときて「今出してるシフト分働いたら辞めます」と言ってしまった。まかないまで食べさせてもらって、シフトもだいぶ融通をきかせてもらったのに、申し訳ないという気持ちにもなったけれど、やっぱり辞めた。
そのあと、1回生の12月に今のアルバイト先の面接を受けた。販売のアルバイト。学生のアルバイトにしては給与がよかった。面接に行ったとき、開口一番「うちは忙しいよ」と、にっこり笑いながら言われた。やってしまった、と思ったけれど、引っ込みがつかずに「頑張ります」と言った。しばらくして、採用の電話をもらって、1回生と2回生の間の2月に働き始めた。
確かに忙しかった。はっきりとした繁忙期があって、まだ商品知識も対した接客のスキルも言葉遣いも学んでいないうちに繁忙期に突入して、毎日何が何だかわからずに働いた。毎日終電で帰った。自分が全く店舗の役に立っていないことは理解していたけれど、誰も私に面と向かって使えないとは言わなかった。それがまたなんとなく辛くて、自信がなくなった。
繁忙期が落ち着いたころ、落ち着いていろいろと仕事を教わる機会に恵まれた。広い売り場のどこに何があるのか、困ったとき誰に何を聞けば解決するのか、どういう言葉遣いや対応がお客さんに受け入れられやすいのか、その逆は? とにかく毎日メモをとった。大きな金額の買い物に、店員として関わることもあった。失敗できないと思うと焦って、お客さんに聞かなければならないことを聞き忘れたり、ものすごく対応に時間がかかってしまったりした。失敗したとき、お客さんにお叱りを受けるのは私ではなくて、私を採用してくれた優しい、お父さんみたいな社員さんだったり、大好きでお姉さんみたいに慕っている先輩だったりした。本当に申し訳なくて、見ていられなくて、ストックに入ってちょっとだけ泣いた。すみませんと謝ったら、頑張ろうね、と返された。頑張らねばと思った。
少しずつ頑張り続けて、いつの間にか先輩より後輩の方が多くなっていた。私を採用してくれた社員さんは、遠くの店舗へうつっていった。俺が採用したんだから、お店に貢献してね、できるから頑張ってね、と言われたのを覚えてる。後輩はみんなかわいくて、叱るなんてできなくて困った。失敗してすみませんと謝られたとき、私がしてもらったように、頑張ろうね、と返した。
今も失敗することはあるけれど、少なくとも入ってきたときの失敗ばかりの自分よりは、成長したんじゃないかと感じる。「嫌な予感」を察知する能力が少し長けて、事前に回避できるトラブルが増えた。こうしたらいいんじゃないかな、と思ったことが功を奏したり、お客さんの「ありがとう」がいっぱい集まったり、そういう満足感を得る機会が増えたように感じる。
今働いているアルバイト先で、前働いていた居酒屋で学んだことが活きた経験が何度もある。それも印象的だった。お客さんに笑顔で接すること、声のトーン、はきはきとあいさつする、そういうことはどこへ行っても大事なんだと思った。「嫌だ」と思って辞めたけれど、学んだことはたくさんあった。それが再確認できて本当によかった。
卒業したら、アルバイトを辞める。「退職する日取りは決まってる?」と、店長に尋ねられて、ああそうか、私辞めなきゃなんだ、と気づいた。
後輩に「こみねさん、辞めちゃうんですか」と聞かれた。「日取りは決まってないけど、近々辞めるよ」と返すと、「今、さみしさ感じてます」と言われた。なんだそれと思った。笑ってしまった。でもその後輩の顔が結構真面目だったので、本当にそう思ってくれているなら嬉しいなと思った。
私がアルバイトとして得たものは色々ある。賃金として得たお金はもちろんだけれど、あいさつが大事とか、はきはき話すとか、電話のとり方とか、そういう細々したこと全部そうだ。私がアルバイトをしたことで、ふたつのお店にどんな影響があったのか、私にはわからないけれど、「さみしい」と言われたとき、嬉しかった。ここにいなくなることがさみしいと言われたら、私はここにいてよかったんだなと感じる。社交辞令でもいいけど、社交辞令じゃないといい。後輩には何も教えられなかったけれど、だめな先輩でも2年がんばれたよということが、ちょっと気楽に働くための力になってくれればいいなと思う。
アルバイトをしなくてすむならそれでいい、と、実家を出てすぐは思っていたけれど、今はそう思わない。アルバイトをしてよかったなと思う。つらい思いもよかったなと思う。