こんなふうに利用されるから知覧は世界記憶遺産になれない
このページは mod.go.jp 即ち防衛省・自衛隊の公式サイトにあり、かつ、陸自の幹部候補生学校の公式ページである。幹部候補生学校では、毎年、知覧の特攻平和会館で研修を行っているという。
この研修を続けている理由は、「特攻隊員の自己犠牲を伴う献身の精神は、「質実剛健にして清廉高潔」たる校風に酷似した気風で涵養されたであろう事に鑑み」たのだそうだ。
このページによれば、特攻隊と特攻隊員を評して曰く、
「散華された特攻勇士の魂魄の息吹」とか、
「大儀に殉ずる潔さと強さと勇気」とか、
「私欲や汚れがなく、清らかで気高いもの」とか
「崇高なもの、至誠至純なもの、美しく気高いもの」なのだという。
特攻隊員を理想化し、「武人」の鑑として学べというわけである。
このような、悲劇の中の美談という扱いこそ、歴史の平板化と戯画化の最たるものであり、単純な英雄譚の中に歴史を回収する愚挙なのだが、知覧の特攻平和会館は、まさにその格好の素材として利用されているのである。
実際には、特攻隊員の遺書や他の証言などには、「武人」とはほど遠い苦悩し逡巡する特攻隊員の姿や、戦争や指導者への批判が書かれているものもある。特攻隊員が志願制とは自発性とはほど遠い事実上の強制だったという話もあるし、そもそも当時の若い世代に「自分たちはどうせ死ぬものだ」という意識が充満していたことを伺わせる証言はもっとたくさんある。特攻平和会館に残されている遺書や写真などは、その全体状況の表層のごく一部を切り取ったものに過ぎない。
さらに問題なのは、このヒロイズムと「武人」精神とを強調する幹部候補生学校の姿勢からは、この戦争と特攻作戦への反省が一切見られないことである。軍の将来を担う幹部の養成学校が、特攻作戦の愚挙が兵に何を強いたのか、それが社会にどのような圧力を生んだのかを一切顧みることなく、自爆突撃の命令に従順だった兵らを「気高いもの」と美化し、その「大義に殉ずる潔さと強さと勇気」を称揚するだけだとすれば、そのような教育を受けた幹部らが部下をどのように扱うようになるか、社会に何を要求するようになるかは、火を見るよりも明らかであろう。
おまけに、陸自の幹部候補生学校では、当時の戦争を「大東亜戦争」だと称しているらしい。自衛隊が、自らを大日本帝国と旧日本軍とを受け継ぐものだと認識していることの証拠であろう。
知覧研修の「基本的な考え方」に上がっている「正しい歴史認識をもつこと」という節から引いてみる。
現在の学校の歴史教育は、史実、特に大東亜戦争に至った経緯や戦後の占領政策等を故意に削除するか、正しく伝えていない面が多く、隣国に過度に配慮した自虐的史観に覆われているため、多くの若者達が日本民族の伝統や文化に誇りを持ち難い状況を呈している。従って、日本人の伝統的美徳や倫理観が継承されずに腐朽し、愛国心すら希薄になってきているが、そうした影響を受けた若者達が、幹部候補生学校に入校していることは現実として認識しなければならない。残念なことであるが、義務教育等では、平和教育という名のもとで、或いは一部のメディアや評論家達が、沖縄戦等での特攻作戦、散華された英霊や生き残った特攻隊員を誹謗中傷する言動や報道がいまだになされ、こうした影響を受け疑問を抱く候補生が少なからずいることを承知しておかなければならないし、また、本研修間にそうした質問が投げ掛けられることを予期しなければならない。この種質問に対して、論理的で公正な説明がなされなくてはならないが、そのためには、知覧研修担当者は、当時の世界情勢及び知覧を含む特攻作戦に関する文献・資料を熟読して正しい歴史認識を持つ必要がある。また、回答に当たっては、憂国の至情に燃えて散華された特攻勇士が、平和な日本再建への先駆けとなったという事実は強調されるべきであり、彼等は、同じ武人として我々の大先輩に当たるとの矜持を候補生に扶植する着意が重要である。典型的な右翼的歴史修正主義の塊であるが、これが自衛隊の公式サイトに掲載されている、幹部候補生学校の公式見解なのである。
自衛隊から田母神氏などの絶望的な人材が次々と排出(誤記ではない)されるのは、実にその制度的・組織的必然によるものであって、決して彼らはたまたま出現した外れ値のようなものではないということなのであろう。
そして、知覧の遺書群がこのようなものに好都合な存在であり続ける限り、それは決して世界史的な意義を持つものにはなりえないし、その歴史的価値を評価されることもないであろう。単なるお涙頂戴式「愛国」プロパガンダのネタとして消化されるのみである。
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