軽井沢で起きた格安スキーツアーバス転落事故だが、当初、あまりに痛ましい事故のため、私は報道を見ないようにしており、この事故についてほとんど知らなかった。
だが、ネットで被害者やその遺族が叩かれているのをたまたま知り、驚くと同時に、日本の格差社会に渦巻く不満はここまで来ているのかと背筋が寒くなった。
叩かれていると思われる点
- ある被害者カップルが、「東京で生まれ育つ」「一流大学入学・留学」「一流企業内定」「家族が大企業一族」という恵まれた境遇であること(マスコミが『完璧なカップル』と煽ったため)
- 被害者遺族が「格安でも満足できる旅行を提供してほしい」と発言したこと
2番目はもちろん、「格安でも最低限の安全を保障してほしい」という意味であろう。
そもそも、何より大事な家族を失った直後に、理路整然としたコメントができる人がどのくらいいるのだろうか。
だが、見る人にとっては、運転手が65歳非正規労働者で、かつ被害者遺族が裕福な家柄であるというギャップから、まるで『上級国民』が非正規を搾取して「格安でも満足を求めている」ように映ったらしい。
そして、運転手ばかりが同情され、あげくのはてに「車内で裕福な学生との格差に失望した運転手が、秋葉原通り魔事件のようなテロを起こした」などと無茶苦茶なことを言う人までいる。
ここ数年、明らかに世の中の流れが変わってきている。
数年前なら、運転手がここまで同情されることはなかった。「こうした境遇に堕ちたのは自己責任」という声が、かなりの割合で見られたと思う。
つまりは、それだけこの運転手に共感する層、つまり貧しくなった層が多いということのように思える。
ここではまず、この運転手が受けたであろう、異常な激安ツアーのしわ寄せによる搾取について整理したい。
キースツアーとイーエスピーが犯した違法
この格安スキーバスツアーは、旅行会社「キースツアー」が企画した。
キースツアーのホームページでは、今回と同種のバスツアーが「1泊3日10,900円」で掲載されていた。宿泊費(車中泊)・リフト券・往復バス代・スキーレンタル代が全部込みでこの値段である。
少し考えると、「明らかにおかしい」と疑問に思うほどの安さである。
このツアーを、バス運行会社「イーエスピー」が19万円で請け負った。
この金額は、過剰な価格競争を起こさないように、法が定めた下限の27万円を大幅に下回り、違法である。
法定下限を下回る値段は、キースツアーが提示した。
今年は暖冬で雪も降らず、思いきり安くしないと、人も集まらなかったのだろう。
イーエスピーが、違法かつ激安の価格でもこの仕事を受けざるを得なかった事情は、下のイーエスピー社屋(プレハブ)を見れば、何となく分かるだろう。
【悲報】バス事故で亡くなった学生の内定先と運転手の勤務先に格差。 田端勇登さん(22) 日本政策投資銀行本店(大手町) 小室結さん(21) 三井不動産本社(日本橋) 運転手が働いてたイーエスピー pic.twitter.com/pqZBPvirMW
— ナマズん(雪) (@NAMAZUrx) 2016, 1月 16
イーエスピーは、2015年2月の監査で、運転手に定期健康診断や適正診断を受けさせなかったことが発覚。
事故の2日前に、一部車両の使用停止を命じられる行政処分を受けていた。
違法な安値の、運転手へのしわ寄せ
旅行会社が激安ツアーを企画し、違法な安値でバス会社が請け負う。
儲けが少ない分、バス会社が削るのは、人件費と安全のための経費(運転手の定期健康診断代など)である。
人件費をかけないと経験と技術のある運転士は集まらないため、人手不足に陥る。
そのため、多少問題があっても、安く使える運転士を雇うことになる。
運転していた、土屋広運転手については、以下のように報道されている。
- ツアー繁忙期要員として、2015年12月に、契約社員として採用された
- 前職は、都内のバス運行会社に5年間在籍し、週2~3回、小型バスで冠婚葬祭会場の送迎運転をしていた
- 採用面接時に、大型バスの運転が得意ではないと話していた
- イーエスピーは、過去の運転歴を確認せず、一般道を走らないよう指示していた
- 今回が4回目のツアー運転だった
- 報酬は往復で2万5000円(3日拘束)
運転手、経験不足か=ツアー4回目、教育怠る−転落事故のバス会社・国交省
土屋運転士は65歳だった。
普通なら会社を退職する年齢で、経験の少ない大型バスを、これまた経験の少ない夜勤で、運転することになった。
土地勘もなく街灯もない真っ暗な一般道を、高齢にもかかわらず夜を徹して走る勤務にもかかわらず、3日拘束で25,000円、つまり1日8,000円程度しかもらえない。
これなら、時給900円のコンビニで9時間働いた方が、よほどマシではないか。
これが搾取でなくて何であろうか。
さらに、高速バス運転手の仮眠室は、このようになっている。
長距離バスの『控え運転手用仮眠スペース』がやべぇ(・_・) pic.twitter.com/cPQemHbQqi
— ナマズん(蛇) (@NAMAZUrx) 2016, 1月 16
コラ画像かと思ったら、本当らしい。
これでは、高齢の身体には辛いだろう。
貧困・格差社会がもたらす怨嗟
土屋運転手は、イーエスピーによると遺族が分からず、遺体を引き渡せていないという。
土屋運転手も、間違いなく格安バスツアーの被害者なのに、哀しんで葬ってくれる身内もいない。本当に悲しいことである。
このスキーバスツアー事故は、高齢の非正規雇用労働者の搾取が、若く未来があり恵まれた境遇の被害者の前途を絶つ一因になったかもしれないという、いわば格差社会の逆転縮図を感じられる事件のため、社会に不満を持つ者が被害者を叩いているのかもしれない。
だが、被害者を批判するのはおかしい。
まだ20代前半で、自分の身に何が起こったかもおそらく分からないまま、苦しんで死ぬことになったのだ。さぞ苦しかったであろう。さぞ無念だったであろう。その恐怖や絶望を思うと、せめて今後は安らかに眠れるよう祈る以外、どんな気持ちも湧かない。
もし、被害者を批判するほど社会に不満を持っているなら、その怒りは、貧困や格差社会を生じた原因に向かうべきだ。
日本では、ストライキなどほとんどない。政治家を表立って批判して運動を起こすこともほとんどない。
だが、そろそろ行動を起こすべきではないのか。
格差社会に渦巻く怨嗟を物言えぬ被害者にぶつけるよりも、何かできることはないのか。
私も、自分ができることはないか、考えていきたい。
こちらもおすすめ