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【5】
フィルマ・トルメイア。
濃い赤紫色の髪を肩まで伸ばし、髪と同色の瞳をもつハイロード。
今はその瞳は閉じられており、その色を見ることはできない。
長命種ゆえか、それとも結晶が何か特殊な効果でも持っているのか。500年という月日がたっているにもかかわらず、シンの覚えている姿と何ら変わったところがない。
シュニーに匹敵する胸元と腰回りを覆う黒と紫で彩られた魔術鎧も、かつてと同じ輝きを保っていた。
「これは……界の雫の、結晶?」
驚愕の表情を浮かべて、シンはフィルマを捕らえている結晶を見ていた。ゲームでは一般的な魔力結晶かと思っていたのだが、【鑑定】してみればそれが古代級の材料でもある界の雫というアイテムだとわかったのだ。
「シャレにならない魔力が噴き出たところにいあわせたってところか?」
大きさによっては、研磨してそのまま武器にすることすらある素材だ。それに閉じ込められたとあっては、さすがにフィルマであっても脱出はできなかったのだろう。
本人に変化がないことと、フィルマの持っていたイクスヴェインが本来の持ち主を認識していなかったのは、界の雫の持つ魔力によってフィルマ自身に強力な封印がされたような状態になっていたからではないかとシンは推測した。
「知り合いか?」
「ええ、連絡が取れなくなっていた仲間です」
シュニーの発言を聞いて問うてきたケーニッヒに、シンはうなずきを返す。
この状態では連絡のとりようがないだろう。
「ねぇシンさん。瘴魔って最近になって動き始めたんだよね」
「そうらしい。動けなかったのか、動かなかったのかは判断がつかないけどな」
シュニーから聞いていた情報をもとに、シンはミルトの疑問に答えた。
「これと何か関係してると思う?」
ミルトはフィルマが封じられた結晶を指して言う。ミルトはミルトで、結晶から何かを感じているようだ。
「……可能性はあると思う。瘴気もそうだが、これだけ大きな結晶が地脈の上に乗ってるんだ。いろいろと影響がありそうじゃないか?」
「そうだね。地脈関連で界の雫が手に入るクエストってなかったはずだし」
界の雫ができるのは魔力がたまる場所だ。地脈のような力が流れる場所では発生しない。
「地脈で瘴気関連って言えば、こことは別の場所で似たようなことはあったけどな」
シンはユズハとあった神社のことを思い出す。今シンにわかるのは、瘴魔には地脈をどうにかしようとする何らかの理由があるということくらいだ。
「(くぅ、あの石の下からおっきな力をかんじる。でもあの石きもちわるい)」
地脈関係だけあって、ユズハは結晶とその下に封じられた力を敏感に感じ取っているようだ。結晶がどういうものかわかっていないらしく、貴重なアイテムが石扱いだった。
よくない気配を感じているようで、好奇心旺盛なユズハらしくなくシンの肩の上から動こうとはしない。
「さて、どうするか」
「ねぇシン、何なのこれ……」
シンがこれからのことを考えていたところで、ティエラがよってくる。
「界の雫っていう、特殊なアイテムだ。こんな大きさのものは、初めて見るが……どうした?」
信じられないものを見たという表情を浮かべているティエラにシンは結晶がどういうものか簡単に説明するが、それを聞いたティエラの表情は晴れない。
「これに込められた魔力が、汚染されてるのよ。うぅ……なんで、こんな……」
様子がおかしいことをいぶかしんだシンの質問に答えたティエラが、右手で口元を押さえて座り込む。
空いている左腕で自分の体を抱き、その身を震わせながら幾筋もの涙を流していた。
「なっ、おいティエラ! どうしたんだ!?」
ティエラの突然の号泣に、何か精神系の魔術でもうけたのかとシンはステータスを確認する。しかし、そこには何の異常もなく、シンにはなぜティエラが泣き出したのかわからなかった。
「ティエラ、しっかりしなさい。それに耳を傾けてはいけません」
ティエラの異変を察知して走ってきたシュニーが静かな、それでいてはっきりと耳に届く声で語りかけた。シュニーは両手でティエラの顔を自分の方へと向けさせ、真正面から目を合わせる。
「師匠、こんな、こんなのって……」
「何を感じました?」
「悲鳴が、聞こえたんです。やめてくれって、助けてくれって。あと、それを聞いて笑っている誰かの声も」
体を強張らせながら、ティエラは言葉を紡ぐ。
尋常ではない様子に、シュバイドやケーニッヒも周囲の捜索をやめてティエラの言葉を聞いていた。
「シ……ユキ、これはどういうことなんだ?」
「おそらく、ここで殺された者たちの声を聞いているのでしょう」
ティエラを落ち着かせながら耳を澄ませていたシュニーが言う。
五感以外の感覚が鋭いエルフは、元の世界で言うところの霊感も強いらしい。
「ティエラの個人の事情ですのであまり詳しくは言えませんが、少々感覚が他のエルフよりも鋭いんです。私はこの手の感覚はあまり鋭くはないのですが、それでも何かがささやいているように聞こえます。これは、相当な数の人が殺されているとみていいでしょう」
眉根をよせて、シュニーはティエラの背を撫でている。
「向こうの部屋は充満しているようでしたが、こちらは結晶に集約されているように感じます。先ほど書き変えた魔術陣に、こちらへ力を流すものが組み込まれていたのはそのためでしょう」
「なるほどな。確かにこの結晶がなにかおかしいのは俺でもわかる。ユズハのいう地脈に影響を与えるための基点になってるのかもな」
シュニーやユズハの話を聞くと、それだけで結晶の放つ輝きが不吉なものに見えてくる。
「安易に触れない方がよいか?」
「そうだな。近づいてみるとよくわかる。この瘴気はやばい」
シュニーにティエラを任せて結晶に近づいていたシンが、シュバイドの言葉にうなずく。本来の結晶なら瘴気の影響などほぼ受けないが、高い濃度なら話は別ということなのだろう。
「地脈を汚染してるなら瘴気が関わってるだろうし、浄化しておくべきか?」
シンが思い出すのは、ミルトと戦ったときその体を覆っていた靄だ。今ならわかる、あれは瘴気の一種だったと。
「くぅ! やっちゃえ!」
「おねがい……こんなの、ひどすぎる……」
ユズハが毛を逆立てながら吠え、ティエラが涙を流しながら懇願する。
「すみませんケーニッヒさん。ハーミィさんを救出しに来ておいて自分の仲間を優先するようで申しわけないんですが、これの処理を先にさせてくれませんか」
「……いや、気にする必要はない。存分にやってくれ。自分の為にこれを見逃したとあっては、助かったところであの方は決して自分を許そうとしないだろう」
反対されるかもしれないと思いながらも、シンはケーニッヒに提案する。シンの考えに反して、ケーニッヒはさほど間をおかずに提案を受け入れた。
「いいんですか? 瘴魔に気づかれるかもしれませんよ」
「その時は、その時だ。私はハーミィ様の護衛だが、同時に騎士だ。より多くの人々を守る義務がある。特別な感覚を持たない私でもこの結晶から放たれる異様な気配は感じられる。これほどのものを使って行うことが、良いことのわけがない。大を守るため小を切り捨てることも……必要だ」
ハーミィ1人のために、災害の基点になるようなものは放置できない。割り切ったように話すケーニッヒだったが、シンには無理をしているようにしか見えなかった。
「わかりました。では、始めます」
ケーニッヒに向かって小さくうなずき、シンは結晶に対して神術系スキル【ハイキュア】を発動させる。ミルトに使った【キュア】の上位版で複数の状態異常を一度に回復できるスキルだ。
シンの右手から放たれる光に押されて、ミルトの時と同様に瘴気が薄くなっていく。
「さすがにミルトの時とは濃さが違うか、なら!」
片手では時間がかかり過ぎると判断したシンは、ハイキュアを発動していた右手をそのままに空いていた左手を結晶に向けてかざし、同じく神術系スキル【浄化】を発動させた。
地下という閉鎖空間を満たすように、2つの神術スキルの光が強く輝く。それを受けた瘴気は抵抗するように不気味に胎動した。
抵抗が増したように感じたシンは、両手にこめる魔力を増やしていく。シンの魔力で強化されたことで、両手から放たれる光の強さが増す。
時間にしておよそ5分。ついに限界がきたのか、結晶にまとわりついていた瘴気は、空中に溶けるようにその姿を消した。
瘴気の影響を脱した結晶が本来の輝きを放ち始めると、一行はほっと息を吐いた。
「瘴気は、消えたよな」
「うん、大丈夫よ。もう誰も苦しんでいないわ」
「くぅ、おやすみ」
確かめるようにつぶやいたシンの言葉に、ティエラとユズハが答える。
結晶を汚染していた瘴気は、完全に消えたようだ。
「ん?」
結晶を見ていたシンが、声を上げる。
瘴気が消えてからわずかな時間をおいて、結晶の表面を淡い赤色の光が覆い始めたのだ。
「……なにかまずったか?」
「大丈夫よ。結晶を覆ってる光だけど、あれは中に閉じ込められている人の魔力の光だから」
焦るシンに、近くまで来ていたティエラが断言する。
高濃度の魔力はときに光って見える、そうティエラは続けた。
「おそらく、長い時間中にいたことで、フィルマの魔力に馴染んでいるのだと思います。瘴気がなくなったので、見えやすくなったのでしょう」
ティエラの説明を補足するようにシュニーが言った。エルフは魔力を感知する能力も高いので、2人はすぐにわかったようだ。
冷静になってみると、シンにもおぼろげながらフィルマの魔力を感じることができた。
「シンさんが何かやると、時々こういうことあるよね。すぐに気づかないあたり、自分のサポートキャラが利用されて内心けっこう怒ってるでしょ」
「そりゃな」
「この世界じゃNPCも立派な人だからね。大切にしてたキャラ、いやこの場合は人かな。それを利用されて怒るのは、当然だと思うよ」
元プレイヤー同士だからこそわかるのだろう。ミルトは小さくうなずきながら「それがシンさんだよね~」と機嫌良くつぶやいた。
「まったくお前は」
頭を冷やしながらシンは溜め息をついた。さすがにこうも鈍いと、精神的余裕が足りないというのがよくわかる。
「仲間に手を出されて、何も感じないなどありえません」
「いや、それでも迂闊だったよ。せめてもう少し調べるなり確認するなりするべきだった。すまん」
だめだなとシンは思う。自覚しているならそれに見合う行動をしなければならないのだ。
「くぅ!? きた!!」
「うおっ!? どうした!?」
一安心していたところでユズハがシンの肩の上で突如叫んだ。
シンが驚いているのも気にせず、一直線に結晶に向かう。
「く~~、くぅっ!!」
結晶と地面が触れているところまできたユズハが一鳴きすると、地下から金と銀の混じった光がユズハの体を取り囲んだ。
光はユズハの体を覆うようにまとわりつき、ほんの数秒でユズハに吸収されるように消えていった。
「ユズハ? 今のは……」
「くぅ! ユズハ、ぱわーあっぷ!!」
ピシッとお座りポーズで鳴くユズハ。よく見れば、体が一回り大きくなり尻尾が3本から6本に増えている。
どうやら、力の一部を取り戻したようだ。
「地脈を歪めていたものがなくなったから、力が復活したのか?」
「だいたいそんなかんじ!」
賢さはあまり変わっていないらしい。
「なら、ユズハのパワーアップついでにフィルマを解放するか」
ご機嫌なユズハの横に立ち、シンは生産職共通スキル【創錬】を発動する。
生産職ならどの職でも必ず習得できる、界の雫を加工するための専用スキルだ。
「少しだけ待っててくれ」
そう告げて、シンは結晶に触れた。スキルの発動と同時にシンの手を覆う形で展開していた虹色の光が、結晶を染めていく。
ある程度結晶が染まったところで、シンは染まった部分を掴む。高硬度の結晶に、粘土でも扱っているような速度でずぶずぶと指が沈んでいく。
シンは力を入れて引っ張ると、キンッという澄んだ音をたてて結晶が割れた。
「シンさんがやってるのを見てると、界の雫が柔らかいように見えるね」
「実際は古代級の武器でも……ってなんだ?」
割れた結晶をアイテムカードに変えようとしたシンが声を上げる。
結晶が突如空中に浮かび上がり、それに呼応するようにフィルマを閉じ込めている結晶も浮かびだしたのだ。
「くぅ?」
目の前で浮かび上がった結晶に、ユズハが首をかしげていた。危険は感じていないようで、逃げ出そうとはしない。
数分としないうちに結晶は輝きを強め、流体のようにほどけて5つの光る球体になった。閉じ込められていたフィルマも、影響を受けているのか銀と赤の混じった光に覆われて空中に浮かんでいる。
見たことのない現象にシンは警戒を強めるが、危機感は感じない。
時折感じていた、説明できない謎の感覚も沈黙を保ったままだ。
「なんだ?」
5つの塊の内、1つがフィルマの体に吸い込まれる。さらに残り4つのうち3つが、それぞれシュニー、シュバイド、ティエラに向けて移動した。
「!?」
止まることなく向かってくる球体に、3人は武器を構える。さらにティエラの前にはカゲロウが立つ。
「な!?」
「むっ!!」
「グルッ!」
「くっ!」
勢いを減じない球体に対して手に持つ武器を振るう3人だが、予想に反して光は武器をすり抜け3人の体へ吸い込まれた。ティエラに至っては、球体がカゲロウの体を通過している。
光が吸い込まれた直後、シュニー、シュバイド、ティエラの体が発光する。
シュニーからは銀と青、シュバイドからは銀と黒、ティエラからは銀と緑と黄の混ざった光が放たれ、数秒で消えた。
「3人とも大丈夫か――っとぉ!?」
光が収まる前に駆け寄ろうとしたシンだったが、一足先に宙に浮いていたフィルマの光が収まり落下してきたので慌てて方向転換。フィルマを受け止め、シュニーたちに視線を向ける。
「……これは」
「うむ」
「えっと」
3人は驚いてはいたが、苦しんでいる様子はない。
「どうなったんだ? 大丈夫なのか?」
「はい、体に不調はありません。何といいますか、ステータスが上がりました」
「我もだ。全体的にステータスが底上げされている」
「えっと、たぶん、私も」
「なに?」
ステータスの上昇などといわれてシンも驚く。THE NEW GATEでは、レベルアップをのぞけば転生するかステータスアップ系のアイテムを使わなければステータスは上昇しない。称号の効果でも上がるが、基礎値を上げる方法は多くないのだ
界の雫も、あくまでアイテムの一種でしかない。
「となると、同じ状態のフィルマもか」
「そうでしょうね。他にはとくに変化はありません。フィルマの様子はどうですか?」
3人ともステータス上昇以外の変化はないらしい。
シュニーがシンに抱かれたままのフィルマの容体を聞くと、それに反応したかのようにフィルマが小さく呻いてから目を開けた。
髪と同じ濃い赤紫色の瞳いっぱいに、シンの顔が広がっている。
「…………主? え? あれ? なんで?」
寝ぼけたようにぼんやりとシンの顔を見ていたフィルマ。少しの間をおいてシンを認識したのだろう。呆けた状態から一気に覚醒したようで、シンに抱かれたままキョロキョロとあたりに視線を巡らせる。
「あ! シュニー! ちょっと状況説明して!!」
シュニーを見つけて説明を求めるフィルマ。
シンに抱かれたままなのは混乱が収まっていない証拠だ。
「とりあえず、立てるか?」
「えっと、大丈夫だと思う」
しおらしいフィルマの様子に、シンは違和感を覚える。シンの設定したフィルマの性格は、あけっぴろげであまり遠慮のないものなのだ。
「ってそうじゃなくて! 説明!」
我に返ったようにフィルマは声を上げる。
こんなフィルマは珍しいと、シンは頭の片隅で考えていた。
◇
「なるほど、状況は理解したわ」
囚われているハーミィを救出に来たことを簡単に説明すると、フィルマはとりあえず納得したとうなずいた。口頭での説明と合わせて、心話での説明も行っている。
あくまで簡潔にしか説明していないので、詳しくは後でということにした。
「なら、あたしも手伝うわ。せっかく目覚められたんだし、不調もないから早速戦線復帰よ」
当然とばかりにフィルマは宣言する。体調について確認したが、とくに変化はないという。
やはりというべきか、ステータスは上がっていた。
誰にも吸収されなかった球体は、結晶に戻ったのでシンがアイテムカード化して回収してある。
「そうと決まったらシン、あれ出して、あれ」
「はいよ」
シンは懐から出すようにアイテムボックスから1枚のカードを取り出して、フィルマに手渡す。
フィルマがそれを具現化すると、刀身が2メルはある深紅の大剣が出現した。刀身は両刃、中心は深紅で外に向かうにつれて色が薄くなり、刃の部分は銀色だ。刃の付け根には四角すいの形をした濁りのない煌めく宝玉がはめられ、そこから細い幾何学模様が剣全体に広がっていた。剣幅は15セメルほどで、リオンのムスペリムのようなタイプの剣幅の広い大剣と比べるとかなり細く見える。
それがフィルマのメインウェポン、古代級上位の大剣【紅月】だ。
「やっぱりこれが一番手に馴染むわ……んー? なんだか前よりパワーアップしてない?」
「まあいない間にいろいろな。そのあたりは後で説明する」
「オッケー。じゃあそのハーミィちゃんってのをちゃちゃっと助けちゃいましょ」
やはりというべきか。フィルマも今回のやり口は気に入らなかったようで、パーティ復帰早々やる気全開だ。
「……つまり、戦力が増えたということでいいのだろうか?」
予想外なことがありすぎて思考停止していたようで、ケーニッヒがつぶやいたのはそんな一言だった。フィルマがシュニーと言ったことには反応していないので、聞こえていないか認識できていなかったのだろう。
「あまり難しく考えない方がいいと思います。予想外に時間を使ってしまいましたし、理由とかは後回しにしましょう」
「そう、だな。考えるべきはハーミィ様の救出だ」
歩き出したシンに、かぶりを振ってケーニッヒも続いた。
「おーいミルト! 早く来ないと置いていくぞ!」
「はーい! すぐ行く!」
結晶のあった場所にしゃがんでいたミルトは、シンの呼びかけにこたえてすぐに合流した。
「どうかしたのか?」
「地脈の上に界の雫ができた原因がないかなと思ったんだよ。といっても、僕は分析って苦手だからよくわかんなかったけど」
ミルトは生粋の戦闘職。分析系のスキルはほとんどとっていないらしい。
「確かに不自然ではあるよな」
「どこからか持ってきたということか?」
「それが一番納得できる方法ですね」
フィルマを封印していた界の雫の結晶は、自然に発生した魔力でなければ生成されない。たとえ瘴魔であろうと、シンたちハイヒューマンであろうと人工的に界の雫を生成することはできないのだ。瘴魔たちは床の術式で結晶に瘴気を浸透させ、結晶の内包する魔力を利用しているにすぎない。
シンには素材を生成する生成機があるが、それでもフィルマを閉じ込めていたような巨大な結晶は作り出せないだろう。
「たまたま見つけたから利用した、ってとこですかね。結局、基点に置くくらいしかできなかったみたいですけど」
界の雫は最高レベルの鍛冶師や錬金術師でなければ手を加えることもできないくらいの強度がある。フィルマを隷属の首輪で操らずに結晶の中に残したままだったのが、瘴魔でも手を出せなかった何よりの証拠だ。
サポートキャラクターのナンバーはそのままゲーム時に作製された順番を表している。フィルマのナンバーは2。作製された時期がシュニーとほぼ同時期だけあって、そのステータスはわずかではあるがジラートをも超えている。
もし操れるなら、これほどの戦力はそうはいない。
「ま、それについては本人たちに聞くとしましょう。どちらにしろ会わずには済ませられない気がしますし」
それは何の補助もない純粋な勘だったが、シンはそれが外れる気はしなかった。
◆
シンたちがハーミィ救出に動き出していたころ。ハーミィは洞窟内の部屋に捕らえられていた。
部屋の警護にはアダラがつれてきたヴィルヘルムと、頂の派閥内でも手錬の兵2人があてられている。
感情の抜けおちた表情で立つヴィルヘルムに、明確な意識はない。周囲の状況を把握してはいても、自分で何かを考えるような思考は不可能だった。今はただ、許可なく近づく相手を攻撃するだけの人形に近い。
「……なんで、こんな」
「あなたが聖女だからですよ」
そんなヴィルヘルムを見て、力なくつぶやいたハーミィ。その言葉に答えたのは、ヴィルヘルムの隣に立つスコルアスだった。
「あなたは」
「ああ、申し遅れました。私はスコルアス。お会いできて光栄です」
慇懃な態度でスコルアスが自己紹介をする。向けられる笑顔に底知れぬ何かを感じ、ハーミィは背筋が寒くなった。
「ここは、どこなのです」
自室で休んでいたはずが、気がつけばこの部屋にいた。調度品は揃っていて、休む分には何の問題もない。だが、同時にひどい寒気を感じる部屋だった。
ブルクと配下筆頭のエイラインが倒され、他の協力者たちも次々に捕まったことで安心しきっていた。こんな状態になるなど、想像していなかったのだ。
「申し上げたところで意味はないでしょう。お見せしたいものがあります。ついてきていただきますよ」
そう言うと、スコルアスは懐から黒い首輪を取り出した。
本来の色より黒さを増している首輪は、ハーミィの記憶に焼き付いている。
「それはっ!!」
「よくご存知ですよね? どうやって以前の首輪をはずしたのか知りませんが、今度の首輪は少々特別です。よくお似合いになると思いますよ」
抵抗など感じないという動きで、スコルアスはハーミィに首輪を装着した。
「ぅ、ぁ……」
首輪がつけられた瞬間、ハーミィの全身から力が抜ける。抵抗していた体は動きを止め、自分の意思が伝わらない。
「では、こちらへ」
「くっ」
満足そうにうなずくスコルアスの招きに逆らえない。ハーミィの意思に関係なく、体はスコルアスの後をついて歩いていく。自由になるのは口くらいだった。
警護を命じられているからか、ヴィルヘルムと兵士は無言で2人の後をついていく。
10分ほど歩き、ひらけた場所に出たところでスコルアスは歩くのをやめた。
「さあ、私の前へ」
ハーミィが前に出ると視界の端に何かが光っているのが見えた。観覧席のようになっている場所に立っているようで、視界の下には巨大な魔術陣とその中にいる人々の姿がある。光っているのは床に描かれた魔術陣だった。
魔術陣の端にいる人物は外に出ようとしているようだが、魔術陣を囲むように展開されている結界がそれを阻んでいた。
「なにを、して」
「あなたの為にお膳立てを」
状況が理解できないハーミィに、スコルアスは下を見続けさせる。
そして、1分と経たないうちに変化が起こった。中にいる人が突如光り出し、消え出したのだ。
人々の叫びが部屋の中に響き渡り、ハーミィの耳朶を打つ。
「な!?」
「美しいでしょう。人の命が消える瞬間の光は。それを彩る絶叫もまた、実に心地いい」
愉悦の表情で言うスコルアス。本気でそう思っていなければ出せない声音だった。
「なんてことを! あなたは命を一体何だと思っているのですか!!」
「ふふ、勝手に増える肥しでしょう。瘴気を生む土壌でもいいですね。知っていますか? この世で最も瘴気を発生させる生き物は人なのですよ」
ハーミィの怒りの籠った声すら心地よさ気に聞いていたスコルアスは、やれやれとでも言いたげに答えた。
そして、ハーミィの頭を掴むと突き出すように人々に顔を向けさせた。
「ぐっ!」
「ほら、しっかり見てください。今下にいる彼らは、あなたのために用意させたんですから」
「ぇ……?」
笑顔を絶やさず、スコルアスは右手でハーミィの頭を掴んだまま、左手で今なお続く絶叫のもとを指し示す。
「折角聖女様をお招きするのですから、おもてなしをしないわけにはいかないでしょう?」
笑顔の裏にあるのは、明確な悪意だ。
「今、あなたの目の前で苦しんでいる人々は、あなたがいたから苦しんでいるんですよ」
「なにを、言って……」
「あなたがいなければ、ここに来なければ、彼らは苦しまずにすんだということですよ」
ハーミィの耳元で、スコルアスが囁いた。それに呼応するように、ハーミィの首に着いた首輪が鈍い光を放ち始める。
「あなたがいたから」
「わたしが、いたから……」
スコルアスの言葉が、ハーミィの意識に刷り込まれていく。
「彼らは苦しんでいる」
「あのひとたちは、くるしんでいる……」
ドロリとした汚泥のような感情が、無防備なハーミィの心に流れ込む。
「あなたのせいで」
「わ、たしの、せい……」
瘴魔の囁きは、人の精神を惑わせる。その効果は首輪の補助を受けてより一層効果を発揮していた。
「聖女になって、誰かを救えると思ったのですか? 人々の役に立てると思ったのですか? 目の前の彼らを、苦しんでいる彼らを見ているだけのあなたに、何かできると、本気で思ってしまったのですか?」
「わた、わたし、は……だれかの、や、くに、たちた――――」
「何もできていないではありませんか。操られ、さらわれ、ただ助けがくるのを待つだけのあなた。あなたを助けるために、いったいどれほどの人が犠牲になったのでしょうね」
「ぁ……」
スコルアスが一言発するたびに、ハーミィの心が悲鳴を上げた。
自分を助けるために傷ついた者たちがいる、苦しんだ者たちがいる。それを事実としてはっきりと自覚しているハーミィには、スコルアスの言葉を否定することができない。
「ほら、彼らもあなたに怒っていますよ」
それは現状をどうにもできないことへの絶望の叫びだったが、スコルアスの囁きと首輪の効果を受けたハーミィには自分を恨み、罵倒する叫びに聞こえていた。
「わたしは、こんな、つもりじゃ……」
「無自覚とは、いやはや聖女様には恐れ入りますね」
あきれ果てたとでも言うように、スコルアスは大仰な仕草で額に手を当てる。
その仕草さえ、今のハーミィには自分を責めているように感じられた。
「もう……やめて」
「何を言うのです。彼らはあなたのために死ぬのですよ。見届けるのがあなたの責務でしょう」
「違う、わたしは、こんなこと望んでいない!」
「あなたが望むと望まざるとにかかわらず、関わった者たちが苦しんでいることに変わりはないでしょう?」
「っ……」
スコルアスの言葉に、ハーミィは反論できない。
必死に言葉をつむごうとしても、形になる前に霧散してしまう。
「周りを苦しめるために、一時の救いをもたらす。それがあなたという存在なのですよ」
「ぁ……ぁぁ……」
スコルアスの言葉にハーミィの視界が揺れた。
首輪と瘴気の影響で思考は千路に乱れ、目の前の人々に対する罪悪感と自分への嫌悪感が膨れ上がっていく。
ハーミィの中にあったぬぐい切れずにいた思いが、絶望とともにその強さを増していった。
「おや、これは思っていたよりも効果がありましたね。いや実に重畳」
呻きながら蹲るハーミィは、自らを見下ろしながらつぶやくスコルアスに気づかない。
自責と絶望に押しつぶされ、その心は深い闇に沈んでいった。
◇
「…………」
ハーミィがスコルアスの悪意にさらされて、周囲に反応を返さなくなってもヴィルヘルムは身動き一つせず立っていた。
目を開いていても、そこには明確な意思が宿っていない。
精巧な作りの人形といわれても、否定できないほど生気というものがなかった。
やがて生贄となった人々の悲鳴が消え、俯いたまま動かないハーミィの警護を命じられても、ただじっと立ち続けるだけだ。
――――……ッ!!
(……うるせぇ)
だが、それは見た目だけの話。
――――……っ!?
(だまれよ)
ヴィルヘルムの意識は心の奥の、さらに深い場所にあった。
眠りに落ちる寸前のようなまどろみの中で、どこからか聞こえてくる何かに、気だるげな反応を返している。
(ねみぃ)
意識は完全に落ちる一歩寸前。聞こえてくる何かがなければ、そのまま二度と目覚めない眠りに落ちていくだろう。
周囲を覆うのは、一寸先すら見えない深い闇。すべてを飲み込む、粘つくような黒に染まっていた。
――――っ! ッ!?
(くそ、なんだぁ?)
気にしなければいい。そう思う反面、その何かが聞こえるたびにヴィルヘルムの精神が揺さぶられる。
沈もうとするヴィルヘルムの意識を必死につなぎ止めようとする、明確な意思がそこにはあった。
暗闇の中に垂らされた一本の糸のように、最後の一線を超えないようにヴィルヘルムをつなぎ止めている。
聞こえる何かに促されるように、ヴィルヘルムは霞がかった意識のまま思考を開始した。
(あ゛ー……オレは、おれは? ……だれだ?)
緩慢な思考で初めに考えたのは、自分の名前。自己を表す記号。名称。
だが、出てこない。
まるで何かに邪魔されているように、意識が霞みそうになる。
(なんだ。おれは、なんだ?)
先の見えない闇の中で、ヴィルヘルムは身じろぎする。腕も足も、思い通りに動かない。
腕一本動かすだけでも、泥の中を進んでいるようなぬかるんだ抵抗感と大量の重りを載せられたような負荷がかかる。
――――っ!!
(くそっ、きこえねぇ)
何か、大事なことを聞き逃している。そんな気がしてならなかった。
(うごきづれぇ、なんだ、こりゃぁ)
思い通りにならないことに対して、ヴィルヘルムの中でイラつきが高まる。
名も知らぬ誰かにいいように扱われているような不快感。胸のうちに生まれた感情が、ヴィルヘルムの反抗心をかきたてる。
それに伴い、朦朧としていた意識が徐々にではあるが鮮明さを増していった。
――――……て
(まだだ、まだ足りねぇ)
ヴィルヘルムは闇の中でもがくように、あいまいな感覚の抜けない体に活を入れる。
本来意識だけの状態で体など認識できるはずはないのだが、まるでそうあるべきだとでも言うように闇の中には一糸纏わぬヴィルヘルムの姿があった。
自分の体でそうするように目を開くと、視界の先はほとんど闇一色。せいぜい1メル先が見えるかといったところだ。しかし、そこには確かに自分という存在があることをヴィルヘルムは認識していた。
何かを握っている感覚に視界を下げれば、右手に禍々しい姿へと変貌を遂げた相棒の姿がある。
「なんだこりゃ?」
声に出してヴィルヘルムは言う。
シンに鍛えなおされた愛槍は白銀に輝く聖槍ベイノートだったはずだ。だというのに、右手に握られているのは濃い紫色のオーラを纏った漆黒の槍。表面には意味のわからない幾何学模様が描かれ、その上を血のような赤色が染めている。
「獄槍、ヴァキラ?」
なぜか槍の名前が脳裏に浮かぶ。ヴィルヘルムには見覚えも聞き覚えもない名前だ。
――――……ぇて
「……まだ聞こえやがる」
耳元に届く音が、誰かの声だということは判別できる。ただ、何を言っているのかわからない。
「ちっ、はっきりしねぇな!」
イラついた声で、ヴィルヘルムは吐き捨てた。
どれだけ耳を済ませても、声は後一歩のところで掻き消える。
そして、声が消えるたびに、聞かなければという焦りのような感情が競りあがってくるのだ。
声のする方向は一定ではなく、どこから聞こえてくるのかまるで法則性がない。動くに動けず、焦燥感だけが増していく。
「気分がわりぃ。つうかここはどこだ」
胸の内に沸く感情を押し殺し、ヴィルヘルムは冷静になるよう努めた。理解の及ばない状況で焦って動けば、決まってよくないことが起こる。そういったことを考えられるまでに、曖昧だった意識は回復しつつあった。
「武器はある。場所は不明。そもそも、俺はここに来る前何をしていた?」
自らが置かれた状態を確認しながら、ヴィルヘルムは記憶を探る。
しかし、過去の記憶を呼び覚まそうとしても何も出てこない。かろうじて思い出せたのは、モンスターと戦っている自分の姿だ。アンデッドモンスターを倒して回り、何かを感じて林に入り、そこで何かに出会った。
そこからの記憶は曖昧だ。何か、光のようなものを見た気がした。
「断片的過ぎるな。しかもまだ名前が思い出せねェ。どうなってやがんだ」
わずかとはいえ、誰かと会うまでの戦いの記憶は鮮明だ。だが、肝心の自分自身のことが思い出せない。
「……ん?」
そんなヴィルヘルムの右手に、振動が伝わる。
右手を持ち上げてみると、ヴァキラがわずかに震えていた。纏っている濃い紫色のオーラの一部が焼けるように赤熱し、時折火花のように弾けている。
「なんだ、こりゃあ……」
ヴィルヘルムはかすれた声を出す。ヴァキラを握る右腕が自身の知るものとは違ったからだ。
腕は鱗におおわれ、爪は鋭くなっている。まるでドラグニルのようだった。
「いや、まて、違うぞ。俺は……ロードのはずだ」
『それは正しくもあり、間違いでもあるな』
「ッ!! だれだ!!」
自身のつぶやきに答えが返ってくるとは思っていなかったヴィルヘルムは、瞬時に声のした方向へとヴァキラを向けた。
『よう、俺』
「……?」
気軽に声をかけてきたのは、ドラグニルと思しき男だった。
『おいおいわからねぇのか? まあこうして対話することなんて本来はないだろうからな。いやほんとすげぇわ。ハイヒューマンのてがけた武器ってのは、人の想いってやつをくんでくれるのかね』
眉をひそめたヴィルヘルムに、男は話しかけ続ける。
ハイヒューマンのくだりで、ヴィルヘルムの脳裏に1人の男の姿が浮かんだ。
「質問に答えろ」
『言っただろう? 俺って。つまりは、まあなんだ、もう1人の自分って言えば分かるか? ああ、二重人格とかそういうわけじゃない。俺は本来力そのもの、この姿はお前が持っているもう1つの力をもとにしてるからだ。ハイヒューマンの技と、槍に込められたガキどもの祈りのおかげだな』
「何を言ってやがる」
『今は形が変わっちまってるが、ベイノートってのは人の希望や祈りが込められて初めて作成できる。お前が以前使ってたヴェノムには、あほみたいに純粋な祈りが込められたんだよ。よくまあこんなに集まったもんだと思うぜ』
「祈りだぁ……?」
饒舌に話す男。ガキども、祈り、ベイノート。そんな単語が出てくるたびに、ヴィルヘルムの脳裏には自身の関わった人々の記憶が蘇っていく。
『その面でよくまあガキどもが怖がらないもんだ』
「あ゛あ゛? 突然何言ってやがる」
『そうやって粗野に見せるのは、自分に注目を集めるための演技。いや、半分は素か。そうやって肝心なものから周囲の視線をそらす。わざわざ自分に悪評を集める。たまにしか孤児院にいかないのも、そのせいだな』
「孤児、院? ぐっ!?」
『思い出せ。忘れてはいないだろう? あそこは、お前が初めて人になれた場所だ』
孤児院という言葉に反応して、ヴィルヘルムの中で数多の記憶がフラッシュバックする。
「づぅ……ああ、くそ――――――――思い出した」
頭を抱えていたヴィルヘルムが視線を男に戻す。まるでその言葉が最後の鍵だったかのように、記憶は完全に元に戻っていた。
『そいつはよかった。ここにはあまり長居できねぇからな』
「どういう意味だ」
『俺の後ろを見てみろ』
訝しげな表情を浮かべつつも、ヴィルヘルムは男の背後に視線をずらす。そこには周囲の闇よりなお暗い穴のようなものが存在した。
男に視線を向けていたはずだが、ヴィルヘルムには今まで認識できていなかった。
『説明しなくても、見ただけで理解できるだろ? ここに落ちたら、お前は帰ってこれない』
「だろうな」
『長居するのも危険なんだがな。ちなみにお前落ちかけてたからな。そこは槍に感謝しろよ。それにこめられてた祈りがお前を繋ぎとめてたんだからな』
「繋ぎとめる、か。で? お前は俺を目覚めさせる役割でも持ってたのか?」
『いや、俺の担当はお前に力の使い方を教えることだ。せっかくの完成種だってのに、半分も使いこなせてないからな。だから、変身前の瘴魔なんぞにやられるんだ』
やれやれと男は肩をすくめる。
「まだ扱えてねぇ部分があるのか?」
『使えてんのはいいとこ3割ってとこだな。本来種族ボーナスは2つだってのに、完成種は3つか4つ持ってやがる。おまえのはとりわけ強力だ。だが、そのせいで本来持ってる能力すら満足に使えてねぇのさ。お前の魔眼の、周囲の魔力を集めて身体能力を上げる能力も効率がてんでなってない』
雑すぎると、男は言った。
ヴィルヘルムも知らない知識を、当たり前とでも言うように男はしゃべる。
「なぜお前がそれを知ってるのか気になるが、今はいい。もう1人の俺だってんなら教えろ。どうすれば使えるようになる?」
『簡単だ、俺を受け入れればいい。力の使い方は体が覚えてんだ。あとはそれを自覚すりゃいいのさ』
「お前を? ……ドラグニルの力を拒絶した覚えはねぇぞ」
『それがそうじゃねぇ。言ったろう? 使えてんのは3割程度だって。ドラグニルの力が発現して、片目が変わる程度の変化しかしないわけがないんだよ』
男が言うには、よりドラグニルに近くなるようだ。
『お前はまだ、俺の力を恐れている。完成種なんて呼ばれているが、本当のところはいつ暴走するかわからない混成種なんじゃないかってな』
「ちっ、俺自身ってのは間違いじゃないらしいな。心ん中までお見通しか」
『そりゃあな。お前がどういう経緯でそう思うようになったのかは俺も知ってる。だが、断言させてもらおう。お前は違う。あんな紛い物とはな』
男の言葉には、揺るぎない確信が込められていた。
「……そうかよ」
『ああそうだ。それにな。使えるもんはこの際何でも使え。この世界には人より強い奴なんざごまんといる。恐れていたら取りこぼすぞ』
何を、とは男は言わない。
その程度言葉にするまでもないと、言外に告げていた。
『そら、とっとと覚悟を決めろ。お前をこの場にとどめるくらいならまだ余裕だが、ちょいと時間の流れが違ってな。むこうはもう余裕がないぞ』
「どういう意味だ」
『声が聞こえるだろう?』
「声?」
ヴィルヘルムに思い当たるのは、1つしかない。
『よく耳を澄ませろ。もう聞こえるはずだ。お前の中に火をつけるには十分なはずだぜ?』
「なにを」
――――たすけて……もう、いっそ……ころして
言っているのか。
そう言おうとしていたヴィルヘルムの言葉が途切れる。
聞こえた。はっきりと聞こえた。
とても弱々しく、今にも消えてしまいそうなか細い声。
「ちぃっ! そういうことか。とっととやりやがれ!!」
聞き覚えのある声だった。
ほんの数回しか話したことはない。しかし、ヴィルヘルムは覚えていた。
ミリーと同じ力を持った少女。その力ゆえにブルクに狙われ、自分を殺してくれと懇願してきた少女の声だった。
『そうこなくちゃなあ!!』
待っていたとばかりに歓声をあげ、ヴィルヘルムの前に立っていた男の姿が赤い光になって形を崩す。それはうねるように形を変えて、ヴィルヘルムの体内へと入ってきた。
「ぐっ……ぅ、ぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
同時に体の奥から沸いてくる力。
血管に溶けた鉄でも流し込めばこうなるのか。そう思わせるほどの熱が、ヴィルヘルムの中で荒れ狂った。
その煽りを受けて、ヴァキラに走る幾何学模様が明滅する。
「ざ、けんな……」
ギリッと、食いしばった歯が音を鳴らす。
以前と同じようなことを言いやがってと、怒りがこみ上げる。
「簡単に死ぬだの、殺せだのと」
漏れた言葉は、説明をしなかった男に対する文句であり、同時に聞こえてきた言葉に含まれた諦めと絶望への怒りの発露だった。
「ふざけんじゃねぇぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
体を駆け巡る熱い血潮が、ヴィルヘルムに咆哮をあげさせる。
それにこたえるようにヴァキラの明滅は発光に変わり、周囲の闇を駆逐していく。
光に押されるように、ヴィルヘルムの意識は急速に浮上していった。
◆
「さて、そうと決まったらさっさと移動しましょう。早いに越したことはないです」
ケーニッヒにそう返して、シンは入り口に目を向ける
結晶のある部屋にはシンたちが入ってきた場所以外に入り口はない。先にハーミィを助けると決めた以上、この場に留まる理由はなかった。
「ねぇシンさん。この部屋って隠し通路とかないのかな? 逃走用の隠し通路とか、念のために潰しておいた方がよくない?」
「俺も探しては見たが、反応はないんだ。ユキはどうだ?」
「私も何も感じませんね。生贄をささげるのは隣の部屋ですし、こちらは不用意に誰かが入らないよう出入口を限定していたのではないでしょうか?」
ミルトの疑問に周囲を調べてシンとシュニーは答える。何もないことを確認して他のメンバーに声をかけ、一旦結晶のあった部屋を出ることにした。
部屋をでると、扉を閉めシン特製の錠前をかけておく。これでもう、特定の魔力を流すか力づくで破壊しなければ扉は開かない。
「さて、この後のルートだが。この上に来た道とは違う通路がある」
観戦席のようになっている上部を指してシンは言う。
「見世物を見るための席につながる通路。しかも、その先には割と大きな部屋がある」
「そう聞くと、ボス部屋って感じね」
「ああ。しかも、部屋の中にヴィルヘルムの反応がある」
フィルマの発言にうなずいて、シンは感知した内容を言う。
マップ上には、通路の先の部屋に5つの光点がある。その中の1つに、ヴィルヘルムと出ていた。
「いなくなったヴィルヘルムがいるとなると、近くにハーミィさんがいる可能性もありますね」
「そんなに集まってるっていうのも、何かありそうよね」
シンの発言に、シュニーとフィルマが予想を述べる。
皆同じようなことを考えていたようで、異論もなかったのですぐに移動に移った。
普通なら届くはずがない高さだが、シンをはじめとした月の祠勢とミルトは軽々と一回のジャンプで飛び越えていく。
問題はケーニッヒだが、こちらもすぐに解決した。
「えっと、すみません」
「……いや、相手が神獣となれば、これもいたしかたなし」
申し訳なさそうなティエラに、真面目な口調でケーニッヒがうなずく。
上からシンがロープでもたらすかと思っていた矢先、カゲロウがケーニッヒをくわえて跳んだのだ。
ティエラやシンたちならともかく、ケーニッヒを背に乗せるという選択肢は今のところないらしい。
カゲロウにくわえられながら真面目な顔で話すケーニッヒとカゲロウの背に乗ったティエラの様子は、その場面だけ切り取ると非常にシュールである。
「この先、なんか嫌な感じがする」
微妙な空気になっていたところに、ミルトが真面目な口調で割り込んだ。
その視線はシンたちの目の前にある通路の奥へと注がれている。
「たしかに、これはあからさまだな」
気配を読むことに長けていないシンでも、ミルトの言葉の意味はわかった。
通路の奥は光が届いていないのか完全な暗闇で先が見えない。ミルトの言う嫌な気配は、その暗闇の先から漂ってきていた。
目に見える何かがあるわけでもないのに、肌の上を何かが這っているような不快感だ。
「気持ち悪い……瘴気が濃すぎるわ」
自身の体を抱くように身を縮めるティエラ。感覚が鋭いことが仇になっているようだ。
「いるぞ。瘴魔」
「これほどの気配となると、大公級の可能性がありますね」
「ああ、こりゃ相手が本気になる前に取り返さないと、本格的にやばそうだ」
この場にいるメンバーの中で、シンの感知範囲と精度が一番高い。
シンの視界に映るマップ上では、通路の先にある部屋の1つにヴィルヘルムの名が表示されたマーカーが存在していた。マーカーの色は緑、中立を表す色だ。
他にはヴィルヘルムとは別の緑が1つに、赤が2つ。
そして、その反応とは別に、赤黒いマーカーが1つ存在している。
「瘴魔の反応は1つ。ヴィルヘルム以外にも人の反応がさらに3つだ。たぶんだが、そのうちの1つはハーミィさんだと思う」
「そっちは僕みたいに操られてるのかな?」
「何とも言えないな。攻撃するまでマーカーが緑、なんてこともあったし」
「時間をおいたほうがいいか?」
「ハーミィさんの奪還を考えればそうなんでしょうけど、このまま待つのはマズイ気がするんですよね」
ミルトのときと同じ根拠のない、しかし確信を持って言える感覚がシンにこの場に留まることをためらわせた。
ケーニッヒの言うことも間違ってはいない。瘴魔がいなくなったところを狙ってハーミィを奪還するのは、救出優先という行動方針にそった考えだ。
だが、ミルトのときもそうだったように、ここで瘴魔が去るのを待つと致命的なところで出遅れるという予感がシンを急きたてていた。
「何か、気になることがあるのか?」
「実はミルトと会ったときもそうだったんだが、ときどき妙に勘が冴えててな。ここで待つのは得策じゃないって確信があるんだ」
「なるほど、おそらくは【直感】の効果だろうな。我も経験がある。となれば、行くしかあるまい」
「同感です。能力の高い者の【直感】は、的中率も高いですし」
「だね。僕も同意見だよ」
この世界で戦ってきたシュバイドやシュニー、さらに元プレイヤーであるミルトもシンの意見を肯定した。言葉にはしないが、ユズハからも肯定の感覚がシンに伝わってくる。
全員が【直感】スキルを習得しているので、身に覚えがあるようだ。
「できればハーミィ様の身の安全確保を優先したかったが、より危険となれば私も覚悟を決めよう」
「そうね、こんな瘴気が濃い場所に長居させるのもよくないわ」
「グル」
ケーニッヒ、ティエラ、カゲロウも異論はないようで、武器を構えてシンに視線を向けてくる。
「まずは俺とユキで気づかれる前にハーミィさんを奪還、あとはもうその場の勢いで行くしかない。瘴魔はたぶん名持ちクラスだ。俺、ユキ、フィルマ、シュバイドで対応する。ケーニッヒさんはハーミィさんの安全確保。ティエラはユズハ、カゲロウと一緒に瘴魔とヴィルヘルム以外の2人の制圧だ」
「あれ? 僕は?」
「ミルトはヴィルヘルムの対処を頼む。たぶんミルトと同じような状態になってるはずだ。対人戦は得意だろ?」
「それはいいけど、僕そのヴィルヘルムって人の顔知らないよ」
「それなら大丈夫……ここにいるのがそうだ」
シンは各自に指示を出しながら、アイテムボックスから写真を取り出す。
「なるほど、スクショか。オッケー、覚えたよ」
写真はスクショ、正式にはスクリーンショットと呼ばれるものが具現化したものだ。ゲームならデータで保存されるが、この世界ではそれは不可能。だからなのかスクリーンショットを撮る、と意識するとMPを消費して自動で写真が生成される。
これはラシアに浄化を習得させるために行動していた際に、いろいろと試して発見したものだ。撮ったのは偶然で、原理は不明である。
「皆準備はいいか? ……行くぞ」
全員の準備が整ったのを確認して、シンを先頭に移動を開始した。
シンの腰には真月を作成する際に打った刀のうちの一本がつるされている。色は鞘も刀身も白一色。一切の装飾がなく、刃を鞘に納めた状態では訓練に使う木刀のように見えるそれは、古代級上位の刀で銘を【無月】といった。
シンが魔術版の隠蔽を全員にかけ、姿を消したまま闇の中を歩く。【暗視】を持っていないティエラとケーニッヒは、一時的に同様の効果を及ぼすアイテムを使用している。
罠を警戒しながらゆっくりと進むと、闇の中にかすかな光が浮かんでいるのがシンの目に映った。シンが目を凝らすと、それが部屋の扉の横に設置された光源から発せられているのがわかる。
「どうやら、目的地に着いたみたいだ」
光源から発せられる光に照らされて、闇の中に重厚な扉が浮かび上がっていた。近づいて調べてみるが、特に罠は仕掛けられていない。
マップ上ではこの部屋の中にハーミィとヴィルヘルム、それ以外の人が2人。そして瘴魔がいる。
シンが【透視】で部屋の中を覗くと、部屋の中心にハーミィが座り込み、その前に瘴魔が立っていた。白い髪の男の姿をしている。
ヴィルヘルムと警護らしきヒューマンの2人は、彫像のように壁際に立っていた。
「瘴魔とハーミィさんが近すぎるな……ん?」
手を出しづらい状況にどう動くかシンが考えていると、白髪の瘴魔が動いた。
右手に瘴気を纏わせ、うなだれるハーミィの頭部へと近づけていく。
薄暗い部屋の中でもはっきりと目視できるほどの濃い瘴気。ヘドロのようなそれを見て、シンは考えるよりも先に腰に帯びていた無月を抜いた。
「シッ!!」
抜き放たれた刃の軌道に沿って、斬撃が宙を走る。
刀術系武芸スキル【空斬り】による遠距離強化斬撃は、通路と部屋を隔てていた扉を抵抗なく突破。刹那の速度でシンの眼前の空間を駆け抜け、瘴魔の右腕を斬り飛ばした。
「な!? わ、私の腕がっ!?」
動揺する瘴魔の声を聞きながら、シンは扉を蹴破り室内に突入する。
「もらっ――――」
「調子に乗るな!!」
一気に首を取りにいったシンの斬撃を、瘴魔は無事な方の左腕で受け止めた。
服の上からは見えなかったが、何か仕込まれていたようで甲高い音と火花を飾りに、瘴魔の腕に刃が沈む。しかし、驚くべきことに無月の刃は瘴魔の腕を切断する前に進行を止めた。
「ふん!!」
シンが追撃に移る前に瘴魔の全身から瘴気が噴き出す。
それは瘴魔が右手に纏っていたのと同じ、通常の瘴気とは明らかに違う色をしていた。
シンは瘴気に触れる前に、無月を引いて瘴魔から距離を取る。
「くそっ、とどかなかったか」
ハーミィも一緒に抱えて下がろうと考えていたシンだったが、ちょうど瘴魔がシンとハーミィの中間に立っていたため手が届かなかった。
直接触れてはいないが、瘴気の影響かハーミィは苦しそうに顔を歪めている。
「いくわよ!」
「応!!」
「いつも突然だね!!」
「えっ!?」
「シン殿!?」
シンと瘴魔の一瞬の攻防に一拍遅れる形で、シュニーたちが動き出す。
突然のシンの行動に動揺したのは味方も同じだ。
反応は大きく2つに分かれ、シュニー、フィルマ、シュバイド、ミルトの4人は即座に状況を読み取ってシンに追従し、ティエラとケーニッヒは動きを止めていた。
シンに続いて真っ先に室内に突入したのはフィルマとシュバイド。シュニーは隠蔽を使い、無言で姿を消している。
「くぅっ!」
「グルア!!」
「っ! ケーニッヒさん、行きましょう!!」
「くっ、出遅れたか」
ユズハとカゲロウに促される形で、ティエラが続く。ティエラの掛け声に、我に返ったケーニッヒが最後に駆けだした。
「いやまったく、予想外にもほどがある。いずれくるとは思っていましたが、何ですかこの早さは」
「お前たちの予想なんぞ知ったことかよ」
腕を斬り落とされた動揺は収まったのか、瘴魔がやれやれといった顔でシンに語りかけてきた。
しかし、そんな態度とは裏腹にその眼は油断なくシンと追いついてきたフィルマとシュバイドに向けられている。
「うわ、思ったより早い!」
「この人たちも選定者なの!?」
ヴィルヘルムや壁際に立っていた男たちが動いたのだろう。シンの耳に背後で戦い始めたミルトやティエラの声が聞こえた。
「これはまた大所帯。あいにくと歓迎の準備はまだなのですがね」
「やることやったら帰るんだ。いらん世話だよ」
油断なく無月を構えながら、シンは瘴魔と相対する。
右には紅月を構えたフィルマ、左には凪月を構えたシュバイドがそれぞれ瘴魔に刃を向けていた。
「やれやれせっかちな方たちだ。まあ折角いらしてくれたのですから、名乗っておきましょう」
そう言うと、瘴魔は大仰な仕草で左腕を胸元へとあて、ポーズらしきものを決める。
「我が名はスコルアス。瘴王【メアヘルガ】の配下にして、大公の一角を成す者」
名乗りを上げた瘴魔、スコルアスは獲物を見る目でシンたちを睥睨した。
「生憎と名乗る気はない」
「かまいません。あなたには興味がありませんから。私が興味を持っているのはそちらの女性です」
スコルアスは視線をフィルマへと向けた。
「会えて光栄ですよフィルマ・トルメイア嬢。界の雫に閉じ込められて手が出せなかったあなたがわざわざ出てきてくれるとは、実に好都合。シュニー・ライザーもいたと聞きましたが、それは後のお楽しみにしておきましょうか」
スコルアスの発言に、フィルマの眉がピクリと動く。受け取り方によってはシュニーの前座とも取れる言い方に、プライドが刺激されたようだ。
「出てきさえすればどうにでもできるって聞こえるわね? それはちょっと過小評価ってものよ?」
「気に触ったのなら申し訳ありません。ですが、ええ、仰る通り。出てきてさえくれたのなら、やりようはありますので。結晶の中で眠るあなたを観賞するのも悪くはなかったのですが、やはり人は感情を露わにしてこそ輝くもの。あなたの絶望の感情がどれほどの美味か、楽しみでたまりませんよ」
取り繕う気はないのか、世間話でもするかのようにスコルアスはフィルマの質問に答えた。
欲望に濡れた視線はまっすぐにフィルマに向けられている。
「(どうやら、我らは眼中にないようだな)」
「(べつにいいさ。油断してくれるなら、ハーミィさんを救出しやすくなる)」
シンとシュバイドは心話で会話しながら、スコルアスの注意をハーミィからそらすことを考えていた。
姿を隠したシュニーがハーミィへ近づいていくのにあわせて、シンたちは立ち位置をずらしていく。
「……なに?」
「おや、来ましたか」
フィルマが漏らした言葉に答えるように、スコルアスがつぶやく。
2人が感じたのは、部屋全体に伝わる振動だ。
「なんか揺れてない?」
「こんなときに地震!?」
ミルトは手にした双剣でヴァキラを弾きながら、ティエラはヒューマンの男の足を射抜きながら警戒する。
「(まずいな。シュニー! 急げ!)」
フィルマに意識が向いていたスコルアスに斬りかかりながら、シンがシュニーに心話を繋ぐ。
シンの声を受けて、シュニーがハーミィ奪還に動く。しかし、それよりも先に天井を突き破って現れた影が、ハーミィとシュニーの間に着地した。
突然の事態にも動じず、シュニーはためらうことなく蒼月を振るう。
「そうはいかねぇな!」
シュニーの動きが見えているかのように、斬撃に合わせて繰り出されたのは2本の長剣だ。深い緑色をした両刃の片手剣が、蒼月の一撃を受けて火花を散らした。
「くはっ! エルフの腕力じゃねぇだろ、こいつは!」
剣をクロスさせた状態で耐えていたアダラが笑いながら叫ぶ。真の姿になっていないせいか、じりじりと押されていた。手にした長剣も、その刃に蒼月が食い込みつつある。
しかし、仮の姿といえどもそこは瘴魔。特殊能力でもあるのか、両手に持つ剣と同じものが前触れもなく空中に2本浮かび上がる。そして、その切っ先はハーミィに向けられていた。
「何が言いたいかは分かるよな? そっちのでかいのも動くなよ。別にここで殺っちまっても支障はないんだぜ?」
2体目の瘴魔の参戦に、シンたちは下手に動けなくなる。
分析でレベルが分かるだけに、目の前の個体が強力な力を持っていることも分かるのだ。
「卑怯な」
「俺たちは瘴魔だ。そりゃ褒め言葉だな。てかそういうあんたは武器を引けよ。欠片も力抜いてないだろ」
言いながら、アダラは努めて剣を持つ腕に力を入れる。火花を散らすアダラの長剣と蒼月。削られているのはアダラの剣の方だ。
攻撃に移ったことでシュニーの隠蔽はすでに解けている。
「その方に傷をつけたら、このままあなたを叩き斬りますよ」
「おお怖い怖い。どっちが脅してんのかわからねぇな」
軽口をたたくアダラの余裕は消えない。
「まあ、それも面白い」
宙に浮く刃がアダラの意思を受けてハーミィを貫こうとしたその時。
「うわっ! シンさんよけて!」
『!?』
ミルトの声に一瞬遅れて、部屋の中を漆黒の閃光が貫いた。
「ぐおおおおおおっ!!」
一瞬遅れて、アダラの悲鳴が響いた。
閃光はシンたちの間を縫うように駆け抜け、アダラに命中していた。シュニーの蒼月を受けた状態ではかわしようがなかったようだ。
「なんだ、力が抜けやがる!」
吹き飛んだアダラの腹部には、流れる血のような模様をもった漆黒の槍が突き刺さっている。
意思をもつように鳴動するそれは、ヴィルヘルムが持っていたはずの獄槍ヴァキラだった。

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