一応、競馬についてもこのブログで書きたいことの一つなので私なりに意見をまとめてみる。
反響があったのはこのブログ⬇︎
競馬の解析についてまとめられている。データと数字を駆使した世界だ。本当に馬が好きで賭けている人たち、ギャンブルとして楽しんでいる人たちとは全く違う。僕も競馬が好きでずっとやっているけど、正直言って異次元の世界だと思う。でも、すごく共感できた部分がたくさんあった。こういうやり方に反対かと言うと全くそうではないしむしろ面白いなと思う。
通常の競馬でもデータが重要視されるし、前走の成績、調教、当日の馬体重、もちろん好みの馬かも左右される。人間には感情がある。欲もある。判断ミスもある。だからこそ常に冷静に一定して結果を上げ続けることは難しい。それはスポーツ、仕事、人間関係などあらゆる分野についても言えることだと思う。人にはそうあるはずだ(あってほしい)という願望と思い込みがある。たった一言がその人を迷わせ、判断を狂わせ、そして思った通りにいかないことがたくさんある。競馬はギャンブルといえばそれまでだけれど、そこには人間の感情や思い込みに渦巻く政治のような情報戦略とお金の動きみたいな世界の流れがあると感じることがある。
例えば数ある競馬新聞の一つが出した情報や印をもとに一般の人が判断する場合、必ずその中で推奨されている馬が載せられる。その情報が人を動かし、本来の実力とかけ離れたオッズになることがたまにある。まともに考えればありえないことだけれど、本当にそんなことが起こったりする。逆に実力があるのに近走の成績が悪いことが原因でオッズがかなり下がる馬もいることがある。
多くの人が競馬新聞のあらゆる情報に踊らされ、迷わされ、判断を誤る。政治のプロパガンダと良く似ている。今のアメリカと中国のように、実際に経済成長と元の基準通貨によって覇権を握ろうとする中国に対し、猛烈な情報戦略で中国はあたかも景気が悪化しているという情報が連日のように流す。そして本当に株価が暴落し始める。みんなが中国の景気が良くないと思い始める。
それは競馬にだって起こり得ることだと思う。この馬の調子が抜群にいい。調教師や牧場の人たちも絶賛。逆にこの馬は前走から結果が出ておらず、詳しい情報が一切流れてこない。そんな風にバイアスのかかった情報が常に流され、それをきちんとした事実と確認することなく信じてしまう可能性だって大いにある。
それが、ブログの中にもあった「オッズの歪み」というものなのではないか。
確かに競馬は国公認の農林水産省が運営するギャンブルだし、胴元の取り分はだいたい73.8%-78%くらいになっているはず。だから、買えば買うほど損をする仕組みになっている。でも本当にそうだろうか。僕は抜け道が必ずあるように思えてならない。どんな買い方をするか、によって結果は大きく違ってくると思う。
先ほど言った通り、競馬は情報宣伝によってしばしばオッズが左右されて時に変な状況になることがある。欲があり、感情があり、失敗をする人間がやることだから絶対はない。
だとすると、このブログはその動きを一つ一つ要素として数値化することで回収率を100%以上にすることに成功している。人間じゃ絶対に到達できない計算力と分析力と感情に左右されない冷静さ、その全てを数値化し一つの予想モデルにすることができれば・・・この人が作り上げたテストデータはまさにその地点まで到達しているんだと思う。統計から導き出された確率という数字こそが、胴元の示す回収率を超えてしまう。
尊敬する北野武さんが言っていた言葉を思い出す。「世界は数学で出来ている」ありとあらゆるものが数学に支配され、数字で表すことができる。それは、ネット社会が進む現代でコンピュータが人間の頭脳を超えロボットが人類を超える日が来る。人間の感情やちょっとした思い込みまでも全て解明され数字化されてしまうかもしれない。
このブログには、そんな未来が少しずつ近づいている気がしてならない。今まで見えなかったものが確実に、一つずつ数字化され、データ化され、目で見えるようになる。いずれ観客の熱狂も、馬の調子も、愛馬に対する思いも、すべてデータ要素となる日が来るかもしれない。今は考えづらいことかもしれないけど、そんな事実が既に存在している。もし無くてもこれから確実に世界は数字化され見える化されていくような気がする。
ここまで書いたけど、やっぱり僕には僕なりの賭け方を追求していきたいし応援したい馬を応援し続けたい。そうやって楽しんでいく。サラブレッドが様々な人の思いを乗せて走るその姿に感動したい。楽しみ方は人それぞれ。競馬というものに対する自分のスタンスによってすべて変わると思う。趣味なのか、ギャンブルなのか、投資対象なのか。僕はどんな賭け方も否定しない。ただ、もっと競馬の奥深さをいろんな人に知ってほしい。それだけだ。