« 「詰棋界」 その35 | トップページ

2016年1月18日 (月)

九折將棋盤

 「將棋月報」1929年6月号に高橋與三郎の「新案紙折盤」という記事が出ています。
 なかなか面白いので、紹介します。原文には句読点が無く読みづらいので適宜補い、現代仮名遣い、新漢字にし、難読字はひらがなに直しています。

---

新案紙折盤

携帯にやや便利なる木製の折盤もあれど、長一尺幅五寸もありては手提の中に入らず一層縮小したる軽便の折盤があれば、旅行にも携帯されて便利ならんと思い居りしに、昨年の暮に末の子の片づく時、姻戚に当たる東京在住の井上海軍大佐の世話になりしが同家に方四九寸の小将棋盤あり。豆大の駒を並べて競技し居らるるを見たればいよいよ折盤の必要を感じ、航海中軍人の無聊を慰むる時の便利且つ旅行その他に一般棋士の携帯用にもなるべく、価格も極めて低廉に丁稚小僧の小遣銭にても得べく紙製の折盤を試作したのです。
棋界の流行を企図する一端にもなるべければ誌友諸君の中にも製作を試みて追々この種の折盤の普及に資せられんことと切望します。製法は簡単なるものなれども紙細工に経験なき方には一寸出来ぬかも知れぬ。愚老も五面ばかり製作せしのみ。充分の経験もなけれど製作の方法を一通り説明してみましょう。
最も厚きボール紙に表裏より粗造なる西洋白紙を粘り
(ママ)乾燥するを待ちて将棋盤の寸法に切り縦横線を引き縦横共に三つに切りて九個の小方面が出来ます。これを表裏交互に折り畳まるようにつなぎ貼りおくと乾燥せしめたる後、表面に上等の西洋白紙を貼りて罫線を引くのですが、実地に当たるとこれだけの説明では分かりませんのです。よって更に細説しましょう。

粘りではなく貼りでしょう。この記事中、一貫して「粘り」になっているので以後は「貼り」に直しています。

第一ボール紙の一分厚のものは切るにも容易でありません。殊にいかに精確に尺度を測ったつもりでも多少の狂いが出来て組み合わせも矩形をなさぬことになります。且つ縦横の線が広狭なしに平等に区画出来ねば、縦横線以外の所にて折り目を生じせっかく骨を折っても無駄になります。又ボール紙に表裏より洋紙を貼るになるべく手早にするのです。然らざれば一方に反ってしまいます。最後に上等の西洋白紙を貼る時器具や手垢にてよごさぬよう注意を怠りてはなりません。糊の乾かぬうちは最も危険です。
まずボール紙に表裏より紙を貼り、乾きたらば将棋盤の寸法に切り取り周囲二分位のへりしろをとり、さてその左右のへりしろ間を三つに平分するには幾何画法を利用し、左右間はたとえいかなる長さにても尺度を少しく斜めにて当てて九寸か九寸九分あるいは一尺八分というように三に整除し得る数になるまで尺度を上下してみるのです。尺度は曲尺です。ちょうどよく行かぬ時鯨尺でも試み、なるべくあまり斜めの勾配の高くならぬようにすればよいのです。そこで三分の一ずつ最も精確に区切りをつけ、手前も前端も同様にしるし置きて線を引き、かくて縦横の罫が出来たら各個に符号即ちいろはにほへとちりあるいは甲乙丙丁戊己庚辛壬等の文字でもしるし、然る後にその罫線の通り切り離します。かくすれば一分や五厘の広狭が出来ても組み合わせたる形にいささかも変わりなく差し支えありません。又つなぎ貼りは楮紙の純粋なるものを用い、しかも竪に当たるようにせざればさけ易いから最も注意を要します。「い」と「ろ」の間は表に折れるとすれば「ろ」と「は」の間は裏に折れる。次に「は」と「に」の間は又表に折れるように表裏より貼りては折り貼りては折り、交互に折り重なりて九枚皆畳まるべくこのつなぎ貼り出来し後、広げて九枚共よく突き合うか否かを検し、よくなじみ居らば将棋盤の上にでも置き、上に碁盤の如き重きものを載せて半日間位も乾くまで放置すべし。更に上等の西洋白紙を以て表に折れる二枚だけつつに当たるよう且つ「へ」「り」より裏にかけて貼らるるほど即ち「へ」「り」の方に一寸以上もまくりしろのあるよう余裕を見て紙を裁ち切り置くべし。最後の中心に当たる一枚だけはまくり代をつくるには及ばず。糊つけの仕事はこれで全く終わりますが、今度は九個の矩形内に更に九個の区画をすべく縦横線を引くのですが、左記の通りの方法にて鉄筆か仕立に用いるへらの如きものであらかじめしるしをつけおき、烏口にて黒線を引くべし。これが出来れば薄き渋か黄蘖(ママ)の色でも塗りてやや乾きかけし頃、机上もしくは将棋盤の上にのせ上より碁盤の如きものをのせて二三日乾かすべし。さていよいよ出来上がりなば「い」「ち」の間離れ開く■
のゆえ「へ」「り」の方に二つの穴をあけて糸を通し用いる時のみ括りおくのです。(■は欠字)
この折盤は木製の本当の盤には比べることは出来ぬも汽車の長乗りあるいは床屋の待ち時間等いつでも一人で広げて簡単なる詰手位研究が出来、好棋家殊に詰将棋家の調法なものです。殊に海軍の航海中の慰みとしてはこれに限るかと思います。先日井上大佐に寄贈したら非常に喜んで礼を言って来ました。
材料はボール紙一枚20銭、つなぎ貼り用美濃白紙一枚1銭、洋紙悉皆で4銭、糊が1銭、染料黄粉1銭、計27銭。但しボール紙は一枚より5面分取られますから沢山作れば1個12銭にて出来ます。ただボール紙を切るに製本の職人に頼みしため、これに一寸心づけをしましたが自分でやれぬことはありません。
もし御希望の方あらば愚老が監督して製本屋につくらせて送ってもよろしいと思います。但しその時は一面に付き実費として30銭、小包料は三面まで200匁以内ゆえ一つにても三つにても12銭、都合42銭。切手にて頂いてもよろしいのです。
---

 さっぱり分からん(笑)
 続いて、月報1930年1月号。

---
九折将棋盤

かつて本誌上を以てご紹介したる私の考案に係る折畳将棋盤は、その後特殊の名称を付すべしという特許局の論旨に基づき九折将棋盤と改称したのです。乗車航海中は勿論、都会地の借家住居等の家庭用としても場席を取らず、至極簡単に携帯自由且つ価格も低廉なる点より大に称讃を博しつつ、今やまさに登録せられんとしている製作品なるが、始め普通の将棋盤通りに縦一尺一寸七分横一尺五分の寸法にしたるも、一層携帯に便利なる小型のものを希望さるる向き多く、二三ヶ月以前より九寸九分に九寸の小型に直したれば、九つに折畳しサックに入れたる所は縦三寸四分横三寸二分厚八分ばかりになれり。且つこの寸法に相応したる駒を特に注文して作らせこれに添付することとしたり。玉は普通製の桂の大きさとし、厚さも携帯上の便利を計り普通より薄めにしたり。始めに盤の表面に渋を塗りて失敗したれば今度は膠糊を引くことにしたり。ある人は表面にセルロイドを貼れと言うも、表紙の外にセルロイドなど貼らば一厘か二厘の厚み加わるために蝶番に狂いを来たし折畳の利かぬことになればせっかくの忠告でも採用しがたし。又蝶番にカンレーシャの如き布片を用いよと勧める人あれど、紙よりは手厚くして全体に白紙を貼りたるあとまで盛り高くなり不体裁なればこれも従いがたし。又ボール紙よりも木製のもの望ましと言う人もあれど、それは蝶番の都合で二つ折りの外は到底できぬことなり。本品は純粋の精紙を表裏より縦に貼り合わせて蝶番を付けたれば乱暴でもせざる限りなかなかにちぎれる所なし。表面を碁石で摺り光沢を出し且つ膠糊を引きたれば、汚損せず毛立たず、ただ展開したる時蝶番の所かたまりて起伏することあれど元来ボール紙製ゆえ矯正して折り曲ぐれば平坦になるべし。それも最初五六回のみなり。乾燥すればこの癖も止むべし。航海中の人や海軍兵などは四五寸四方の将棋盤に頭を鳩(ママ)め、豆大の駒を指者と扱い近眼の寄り合って蚤でもあさるようにしてやって居るが至って気乗りのせぬことと思う。ひとたび私のこの盤駒を試用されたならば以前のものは顧みられぬようなることと思う。長乗り汽車中幸いに相手でもあったら退屈なく旅行出来るが、ただ興味に駆られて夢中になり乗り越してはなるまい。その他理髪床にて客つかえのため待たせらるる時、あるいは極端に言うなら痔持ちの人の長便のものなら厠の中でも詰手の一つ位は研究さるるも時間の経済ならん。結局ポケット内にもしのばせることの出来る容積なれば携帯して随時何処にても便利と言うので特許を受くる資格のあるのです。私はこの一年間、飯より好きな詰物製作を棚に上げて苦心したる九折将棋盤は特許品を以て世に知られんとする。名誉欲のみならず、一つは棋界にいささか貢献する所あらんとするのであり、もし幸いにご賛成下さる方あらばご用命を願いたく、あわせて知友間に宣伝下されたし。
駒付70銭 盤のみなら50銭 当分送料不要
振替 名古屋……番
---

 特許は取れたのでしょうか。
 その後、月報にはいつの頃からか

九折携帯用將棋盤 定價金四十錢 駒付六十
詰手百番 將棋眞田 定金六拾
發賣元 山形縣…… 高橋與三郎
振替口座 名古屋……番

という広告が毎号出ていました。

« 「詰棋界」 その35 | トップページ

詰将棋」カテゴリの記事

コメント

特許情報プラットフォームで検索したところ、特許ではなく実用新案の中にありました。

「九折將棋盤」出願人 考案者 高橋與三郎
文献番号:実公昭05-000049
発行日:1930年01月06日
出願番号:実願昭04-009694
出願日:1929年04月21日

検索方法:
特許情報プラットフォーム https://www.j-platpat.inpit.go.jp/ から
左上の「特許・実用新案」から「1.特許・実用新案番号照会」をクリック
種別を「公告実用新案公報・実用新案登録公報(Y)」に
番号に「S05-000049」と入力
「照会」をクリック
照会結果一覧として1件表示されるので、公告番号「実公昭05-000049」をクリック
「九折將棋盤 出願人 考案者 高橋與三郎」を表示

おかもとさま

実は、私もここは見ていたのですが、おお!同姓同名の特許があると思ったら、全く別内容でした。
実用新案の方ですか。
ご教示ありがとうございました。

ありゃ、これは余計なお節介でしたか。失礼いたしました。

実用新案のほうには、高濱禎の「高濱式組立將棋盤」なんてのもありました。

文献番号:実明65156
登録日:1922年06月16日
出願日:1921年10月29日

検索方法:
特許情報プラットフォーム https://www.j-platpat.inpit.go.jp/ から
左上の「特許・実用新案」から「1.特許・実用新案番号照会」をクリック
種別を「登録実用新案明細書(Z)」に
番号に「65156」と入力
「照会」をクリック
照会結果一覧として1件表示されるので、その他「実明65156」をクリック

おかもとさま

いえいえ、私では見つけられなかったので、大変ありがたいです。
月報でも図解入りで説明すれば、分かりやすかったのにね。
高濱禎のは図面が多くて丁寧ですね。しかし労多くして、益少なしの感が…。

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1793064/63502587

この記事へのトラックバック一覧です: 九折將棋盤:

« 「詰棋界」 その35 | トップページ

サイト内全文検索

2016年1月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31            

Twitter


無料ブログはココログ