本来あるべき政治の姿
私は最近、「世襲制限」と「党議拘束」について興味があります。
国会とは、地方の為の政治場ではない。
国の予算を地方に持ってくることが政治家の仕事ではない。
しかし現在の国の政治家は、多くがこれを目的に成り立っている。
だから違法献金も無くならないし、
だから談合も無くならないし、
だから日本全国ハコモノ行政だらけになっている。
「世襲」と「党議拘束」はこれらに対して拍車をかけるシステムとなっている。
が、それに気づいている人は少ない。
最近、世襲制限などの話題が政治ニュースを飾っていますね。
三親等がどうのとかなんとか。
これに対して「職業選択の自由」を叫ぶ世襲容認派がいる。
だったら、三親等以内に議員がいる場合、その選挙区では立候補できないようにする。また、比例代表にもなれない。という制限ならどうでしょうか。
親が議員だからといってその子供が心底政治に興味があって「世のため人のため」と夢を描いている場合だってある。そんな人の将来をすべて潰してしまうのは忍びない。だったらそういう人はほかの選挙区から出馬すればいい。
ほかの選挙区ならば親の後援会も手出しできないし、世襲による政治の悪癖もほとんどなくなります。
もう一つ。
政治資金の相続に相続税を通常通りかける。または親族は政治資金を相続できないなど。この政治資金のからくりは改正しなくてはいけないものです。
私はこの形がベストだと思うのですがどうでしょうね。
「党議拘束」についてです。
党議拘束とは、党議で決まった内容で末端の議員にまで意思の統一を図ること。たとえば投票においては議員の意思ではなく、党議で決まった方向に投票するなど。
私はね、これって政治のシステムを崩壊させるものだと思うんです。
政党制の意義というのは、意見の近い議員たちが集まって政策を錬る集団を形作る制度であり、党議が自分の意思と違うものであるならば、自由にその意見と反対の意見に票を投じてもいいはずである。
現に日本以外の政党政治はそのような形となっている。
討議からの離反者があって当然の政治、それがより良い社会を構築することが分かっているからだ。解っていないのは日本の政治家だけ。
日本の今の政治って議員を単なる票の一つとしてしか扱ってないんですよね。実際の政治を行っているのは殆ど党の重役だけ。
私はね、かねてより国会の投票システムを「無記名投票に限定」することを望んでいます。こうすることによって党議拘束の箍が外れて、政治がより身近なものとなるはずなんです。政治が数の原理ではなくなり、より建設的な意見攻防が見られるようになるでしょう。
世襲議員が居なくなり、党議拘束が無くなれば、政治の老害は一気に解消され、日本の政治に新しい流れが生まれてくるでしょう。
新しい流れのすべてが良いものだとは言えない。しかし、今の悪しき政治の流れを断ち切らねばならないことは事実。その次の流れを良くするのは、それは国民の意識。我々ですね。我々がしっかりすることで、世の政治は良い方向に発展していくでしょうよ。
いや、世襲と党議拘束さえ無くなれば、世の多くの人がまた政治に興味を持ちだして、投票率だって上がりますよ。投票率さえ上がれば、少なくとも今のようなバカ政治家の我が物顔は消えてなくなるでしょう。
嗚呼、そういう世界に成ってほしいものだ・・・。
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