たんけん
ほんとうの自分(真我)って?
年が明けてからのヨガのクラスでは、以前に少しだけお話したヨガの8支則、そしてヨガの目的:
アナンダマヤコーシャ(歓喜鞘)
→無限の宇宙とつながり、歓喜そして祝福に満ちた層で真我を包んでいます。
ヴィニャナマヤコーシャ(理知鞘)
→生まれた感情や記憶を判断する知性の層。自我とも個性ともいえます。
マノマヤコーシャ(意志鞘)
→意志や感情でできた層。外からの刺激に反応してさまざまな心の働きが生まれます。
プラナマヤコーシャ(生気鞘)
→プラナ(生気)で構成されているエネルギー体。
アンナマヤコーシャ(食物鞘)
→目に見える肉体のことで、食物による栄養で維持されている生理学的な物体。食べ物による 影響が大きい。これがいちばん外側にあります。
ヨガではこの層とつながり浄化して真ん中のアートマンとつながることを目的としています。真ん中に宝があっても、例えば周囲をとりまく水が濁っていたりザワザワしていたらその宝をクリアに見ることができません。
そのための方法として、ヨガには8支則という段階、行法があります。
1)ヤマ(禁戒。おもに、他者との関係の中での態度)
2)ニヤマ(勧戒。自身に対する態度)
3)アサナ(体位法)
4)プラナヤマ(呼吸法)
5)プラティヤハーラ(感覚の制御)
6)ダラーナ(一点集中)
7)ディヤーナ(瞑想)
8)サマーディ(三昧、悟り)
3)〜8)は、上記のパンチャマヤ(5層)にそれぞれ対応した鍛錬で、層が深くなるにつれて、浄化→鎮静→一体をたどります。
体位法は肉体を浄化し、呼吸法はエネルギー体を浄化し、感覚の制御と一点集中は感情を浄化し、瞑想は自我を鎮め、歓喜とつながり、そして、真我と一体になることが三昧、というふうに。
さて、この話を説明するのに真我(アートマン)とは何ぞやというところで実は困った。この真我なるものを実在として体験するまでは、これは燦然と輝く光だと思ってました。しかし私が体験したものは「虚空」でした。感覚でいえば色も光もエネルギーもなんにもない虚空、ただただ静寂のみが実在しているという確信。
じゃあ、今まで「光」と思っていたものは何だったのかというと、おそらくは、浄化された時の5層(4層)なのかなと。
頭や感情で理解し説明しようとするとそういう言葉を使わざるをえないのかなあなんて思います。そして「なんて幸せなんだろう」と感じているうちはまだ外側をうろうろしているということなんだろうな。これがよろしくないということでは全くなく、まだその先に別の体験があるということです。一時的な幸福感ではなく永続的な至福が。
そしてその体験では、瞬時にして、あまねくものの中にある真我と超宇宙意識ブラフマンとひとつになります。あーもーこんな表現しかできないのよねん。。かくしてこれをどうやって伝えればいいかと日々本を読みあさっている次第。
英語だったら、connect the divine, connect with your heart でさらっとわかるんだけど。日本語って仏教用語があるだけに宗教っぽくならないようにするの難しい。。。
ごちゃごちゃ書きましたが、ヨガの世界では「ほんとうの自分」というのは曖昧なものではなくきちんと実在しているということ、そして、そこと常につながる道が示されていること。学ぶたび体験する7,000年の時をかけて探求されてきたもののすごさを感じております。
さてさて、今週の木曜クラスは先週に引き続き、肋骨をいーっぱい開いて、寒さで縮みがちな呼吸を深くしていきます!
「命のなかには美の意識がある」
ヨガクラス急遽お休みのお知らせ!!!
おはようございます。
ヨガクラスの再開
みなさん、お正月はいかがお過ごしでしたか?
あけましておめでとうございます。
生きてるってなんておもしろいんだろう。
宇宙
数年前に見た一枚の写真。
傑作自画自賛!笑
久米島に帰ってすごーく楽しみだったのが、山城の、陶芸体験ができる豊さんの涼風(とっても自由に好きなものを作らせてもらえます!!!陶芸やってみたかったという方、ほんとにおすすめです)
ただいまです!
おかえり〜 スイートホーム♪
近況
またまた間があいてしまいましたが、、
チェンナイ大洪水で空港閉鎖のためチケット変更やらいろいろありました。。しかし、チェンナイそしてタミルナドゥ州は、114年ぶりという天地創造がまたはじまったかのような大雨が続き貴重な体験をさせてもらっています。
さておき、
私たちのグル、クリシュナマチャリヤ師は、ヨガを通しての個人治療を行っていました。そしてその伝統を忠実に受け継ぐ先生たちが、地元や世界各地から訪れる人つに個人セッションを行っています。個人セッションは、他のヒーリングセッションも同様、クライアントの心身と向かい合うためのきちんとした教育と、特にヨガの場合は長年の経験と深い知識と理解が必要で、そう簡単にできるものではありません。
学校では、インターナショナルクラスの生徒ひとりひとりに、シニアクラスのメンターがついて週に一回、学びの確認と個人セッションしてくれてします。
私は寝起きや同じ姿勢が長く続いたときの腰痛が悩みなので、それを改善する動きとマントラと呼吸法を処方してもらって毎朝行っているんだけど、驚くほどシンプルなこの方法が、体の奥から治されていきそして心が安らぐのを感じて、一日がまったく違った感覚になっています。
たぶん、これだけではなくて、毎日のクラスで繰り返し繰り返し教えられるスートラやギータやヴェーダの哲学も効いているんだろうなぁと、、
インプットが大過ぎて心身に落とし込むにはまだ時間がかかるけれど、高校生のときにヨガを知って30年、4年前の200時間ティーチャートレーニングや他のトレーニングで学んでそしてクラスをやらせてもらって経験してきたことが(おもに心のありかたと世界の理解)、気付きとともに心身のなかでまとまり整理されてくる感覚はなにものにも変えがたい祝福のようにも感じています。
この経験が、父の入院の前にできていたらと少し心が痛むこともあるけど、父の死を経験させてもらったからこの学びがあるのかなとも思ったり。
そして、いまは、チェンナイの南200kmにあるオーロビルという、オーロビンド師とマザーのヨガ哲学をもとにつくられた、ヨガの実践者にとっては夢のような場所で学びの続きしております。
朝のサンスクリットのチャンティング、ウパニシャドやヴェーダの講義は量子力学と通じるものがあってSFっぽくしかも煩悩を消すためのブッダの教えの根本でもあり、でも宗教というより科学哲学に近く、インドはやっぱり凄いなぁと感嘆しきり。
そして、アサナのクラスはその教えがインストラクションに盛り込まれていて、なんだかマザーの教えが魂が行き渡っている感じ、、やっぱり静かに深く感動なのであります。。続く。
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