■フジテレビ金曜プレミアム■
5月22日放送御視聴ありがとうございました。
「いよいよ明日逮捕だ」 連続企業爆破事件・世紀のスクープ 警視庁記者たちが震えた40年目の真実
昭和49~50年の日本を震撼(しんかん)させた連続企業爆破事件。産経新聞は40年前の19日付朝刊で、「爆破犯 数人に逮捕状」の世紀のスクープを放った。「伝説の事件記者」ともいわれた福井惇氏(昨年10月死去)が警視庁キャップとして精鋭を率い、同庁幹部に「あの記事を超える事件の特ダネを知らない」と言わしめた。歴史に立ち会った記者たちは事件をどう見つめ、今何を感じているのか。40年目の真実が今、明かされる。また、彼らの執念を描いた再現ドラマ「連続企業爆破テロ 40年目の真実 ~極秘資料が明かす警察と爆弾犯の攻防260日~」が22日(金)午後9時からフジテレビ系で放送される。
記者座談会
【鈴木隆敏】警視庁記者クラブで刑事、公安両部などを束ねたサブキャップ
【山崎征二】犯人グループの爆弾闘争の教本が「腹腹時計」だったことを事件6日後にスクープした警視庁遊軍記者
【生原伸久】事件発生時、警視庁内で爆弾の衝撃を実際に経験した捜査1課担当記者
【村上克】捜査1課担当記者として、連続企業爆破事件のスクープと、東京・西新井の産院で起きた乳児・幸恵ちゃん誘拐事件の「犯人 きょう逮捕」のスクープで2年連続新聞協会賞を受賞。連続受賞は産経新聞が史上初めて
【小野義雄】公安捜査員を追跡し、大道寺将司死刑囚の逮捕の瞬間をスクープしたカメラマンhttp://www.sankei.com/affairs/news/150521/afr1505210002-n1.html
ドキュメンタリー 「建国義勇軍」。公安警察「防諜」など実話をもとにした小説を掲載
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http://policestory.cocolog-nifty.com/police_story_/
警視庁取調官落としの金七事件簿
東映チャンネルHDで放送
数々の難事件を解決に導き、警視庁捜査1課に語り継がれる伝説の刑事・小山金七の生きざまを描く。警視庁捜査1課の小山(柳葉敏郎)は、警察庁長官襲撃事件の捜査本部に呼ばれる。小山は目撃者の協力の下、独自捜査で犯人の推定身長や凶器を割り出した。数年後、度重なる胃痛に襲われていた小山が、胃がんを患っていたことが判明する。人生の終着点が見えかけてきた彼の脳裏によぎったのは、これまでかかわってきた難事件のことなのだ。
【柳葉敏郎】演技にも実生活にも“生きる”祖母の教え

取材で待つことはあっても、取材相手を待たせたことはなかった。ところが、「警視庁取調官 落としの金七事件簿」(テレビ朝日系、29日午後9時放送)の収録はトントン拍子で進み、予定より4時間も早く終わってしまったという。収録後の取材ということで、若干早めには現場に着いたのだが…。
「待ちました!」
大量の冷や汗を流し、インタビューに指定された部屋に入った記者を待ち受けていたのは、怒気をみじんも感じさせないカラッとした声。そして『さぁ、始めましょう』と柔和な眼で促された。
「仕事をしてきて初めて、計算しないでやりました。最初の取り調べシーンに著者の小野(義雄・元産経新聞警視庁担当記者)さんがいらっしゃった。金七さんのもとで同じ空気を吸った人が目の前にいる、と思ったらプレッシャーがかかって…。ところが、その小野さんが金七さんを“呼んで”くれたんです」
「金七さんの『犯人より犯人になる気持ち』って何なんだろうって思っていたけど、頭で考えなくても(気持ちが)出ちゃいました」
心の揺れを少しでも画面ににじませようと、監督は7-8分ずっとカメラを回し続けた。長ぜりふを含む彼の演技を、小野氏は身じろぎもせず3時間見守り、最後に涙を浮かべ、「最高だ」とつぶやいたという。
警視庁捜査一課の特別対策管理官で“落とし”の異名をとった小山金七氏は、先ごろ時効になった国松孝次元警察庁長官狙撃事件を追いながら2000年3月末、がんで57歳の生涯を終えた。ドラマでは、その生涯に担当した事件を回想し、中でも1986年のトリカブト保険金殺人事件にスポットをあてる。
「これまで経験したことのない役でした。怒らず、怒鳴らず、人を落とす…。変な知恵は持たず、知識だけ持って演じればいい、と思いました」
金七を演じながら心に浮かんだのは、89年に他界した大正生まれの祖母の姿だったという。
「小学3年生のとき、おやじが脳溢血で亡くなって、おふくろは仕事をしていたから、ばあちゃん子だったんです。ばあちゃんは孫というより、末っ子として育ててくれました」
【失敗して成長!】
人の道に外れそうになると、こんこんと諭し、励ましてくれた。中学時代にやっていたソフトテニスの試合前日には必ず、「明日、頑張ってこい」と言ってくれた。いまでも忘れられないことがある。
「ある試合中、影でコソッと見ているばあちゃんを見つけたんです。そういうことをする人じゃなかったから、タイムをかけて靴ひもを結ぶふりをして時間をとって心を静めました」
そう話す目元に少し涙が浮かんだ。
「ばあちゃんは走れませんでしたけど、いま、ぼくは走れる。だから娘の運動会は走りますよ。一生懸命走って勝ちにいくから、負けると悔しいし、勝つと喜びが味わえる。子供には、できるかぎり失敗をさせてあげたい。失敗しないと成長しないでしょ。そして娘と息子には、できるだけ一緒にいてあげたい。それは、ぼくがおやじにしてほしかったことでもあるんです」
【尊敬されているか不安で…】
06年、3年間かけて説得した妻と愛娘を連れて生まれ故郷の秋田に居を構えた。08年4月、長男が誕生。仕事のたびに、秋田と現場を往復する。 「一昨年、地元のお祭りで『どんと焼き』を企画したんです。10年から20年ほど前まではやっていたけど、人手が足りなくてやめていたんです。再開したら、どんと焼きで焚くお札が小山ほど集まった。焼くに焼けず、自宅で保存していた近所の年配の人に『(どんと焼きを)待ってた』と言われました。そこで確信しました。秋田で生活をしていけるってね」
あるとき、7歳下の妻と些細なことでもめた。すると小5になった長女が「家族なんだから」と間に入ってたしなめた。「カーッとなっていた頭が一気に覚めましたよ(笑)。子はかすがい、だけど夫婦は他人でしょ。時々、不安になるから『おれのこと、尊敬してくれてる?』って聞くんです。最近? 1月に湯河原で娘と息子の前で聞きましたよ」
ペン・栗原智恵子
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