「入門者向け時代伝奇小説五十選」公開中

 特別企画として「入門者向け時代伝奇小説五十選」(第一期)を掲載しています。
 入門者にとって、間口が広いようで狭いのが時代伝奇小説。何となく興味はあるのだけれど何を読んだらよいかわからない、あるいは、この作品は読んでみて面白かったけれど次は何を読んだらよいものか、と思っている方は結構な数いらっしゃるのではないかと思います。
 そこで今回、これから時代伝奇小説に触れるという方から、ある程度は作品に触れたことのある方あたりまでを対象として、五十作品(冊)を紹介したいと考えた次第です。

 さて、第一期五十選については、膨大な作品の中から以下のような条件で選定しています。
(1) 広義の時代伝奇小説に当てはまるもの
(2) 予備知識等がない方が読んでも楽しめる作品であること
(3) 現在入手が(比較的)容易であること
(4) 原則として分量(巻数)が多すぎないこと
(5) 一人の作者は最大二作品まで
(6) 私自身が面白いと思った作品であること

 そして、その五十作品を、それぞれ五点ずつ以下の十のジャンル・区分で分けています。
1.定番もの
2.剣豪もの
3.忍者もの
4.SF・ホラー
5.平安もの
6.室町もの
7.戦国もの
8.江戸もの
9.幕末・明治もの
10.期待の新鋭

 上記はあくまでも便宜上の区分であり、必ずしも厳密に該当するわけではない(あるいは複数に該当するものも多い)のですが、ご覧になる方に一種の目安としていただくためのものとしてご了解ください。

 この五十選が、楽しい読書の一助となればこれに勝る喜びはありません。

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2016.01.19

岡田屋鉄蔵『MUJIN 無尽』第2巻 少年の成長、大人の燦めき

 幕末を駆け抜けた隻腕の美剣士・伊庭八郎の青春時代を描く『無尽』第2巻であります。ひ弱だった少年時代から、周囲の暖かい目に励まされ、一歩一歩踏み出していく八郎。しかしそんな彼が、否応なしに大人の世界に足を踏み入れざるを得なくなる悲劇が彼を襲うこととなります。

 「一の子分」の鎌吉、頼もしい先輩の中根淑、無二の親友である本山小太郎――そんな友人・先輩たちとともに、剣の道に踏み出し、その天稟を示しつつある少年八郎。
 時は黒船が来航し激動の時代ながら、しかし世の大多数はそれを知らず未だ泰平を謳歌していた時代、八郎もその一人として剣に打ち込んでいたのですが……

 しかしここで思いもかけぬ悲劇が訪れます。それは父――八代目伊庭軍兵衛秀業の突然の死。齢五十歳にも満たぬ壮健そのものであった秀業が、コロリ(コレラ)に倒れたのです。

 ……と、ある意味この巻最大の見所(というのは気が引けるのですが)は、この凄惨極まりないコロリの描写。この時期に猛威を振るったコロリの恐ろしさは、様々な書物で読んで参りましたが、ここで描かれるそれは、もはや別格というほかない迫力であります。 その真っ正面から描かれる病状描写は、普通であれば避けるのではないか、と思わされるほどの、目を背けたくなるほどのものではありますが、しかしそれだからこそ生きるのが、その惨状を経てなお秀業が見せる人としての、父としての最後の燦めきでありましょう。

 父の最後の叱咤激励を受け、八郎が父を送るために取る行動は、ベタと言えばベタではありますが、しかし迫真の描写の積み重ねにより、強く強くこちらの心を打つ名場面となっているのは、作者の筆の力によるものであることは間違いありますまい。


 そして父の死を悲しむ間もなく八郎が巻き込まれるのは、心形刀流道場の、伊庭軍兵衛の名の後継者を巡る揉め事。
 道場の、剣流の当主が亡くなった場合に後継者争いが起きるのは、決して珍しいことではありますまいが、しかしこの伊庭道場は血統ではなく、実力本位で選ばれるからこそ、紛糾する余地が生じるというのはなかなかに興味深いところでありますし、そこで八郎が取った思わぬ行動にも頷けるのですが――

 しかしこのエピソードで個人的に強く印象に残るのは、九代目であり、八郎にとっては義兄に当たる惣太郎の人物像であります。
 実力本位の剣流の後継者としては、温厚に過ぎるとも感じられる惣太郎。普通であれば長所でもあろうその人柄は、しかし剣術の世界においては逆に彼が周囲から侮られる原因ともなっていることは、第1巻でも描かれましたが、この事態において、彼の器量が活きることとなるのです。

 その腕を秀業が認めたとはいえ、九代目襲名をある意味自分自身が最も驚き、相応しくないと考えていた惣太郎。そんな彼が、八郎が軍兵衛の名を継ぐ日を夢見つつも、当主として過ごしてきた日々の重み――
 それは詳細には描かれませんが、しかしこの事態において彼が巧みに周囲を、八郎をまとめ、納得させてみせたその姿が、何よりも雄弁にそれを物語っておりましょう。

 自他共に認める「中継ぎ」が見せる頼もしさ……これもまた、秀業とは別の意味の、大人の燦めきでありましょう。


 さて、大人が大人としての存在感を示しつつも、時代の流れは、新たな世代の登場を促します。
 もちろん八郎もその一人であることは言うまでもありませんが、この巻の終盤に登場するのは、ある意味その具現とも言うべき者たちであります。

 「バラガキ」、「かっちゃん」……そう、八郎と同じ時代を剣を以て駆け抜けた「彼ら」の若き日の姿であります。
 後継者騒動の余波で初の他流試合を行うこととなった八郎。その相手というのが、あの道場の「彼」で……と、もう幕末ファンにはたまらない展開であります。
(そして彼らのビジュアルが、また最高に「らしい」のが嬉しい!)

 その強さは人のそれではなく「鬼とか天狗」の部類と評される相手に対し、伊庭の小天狗が何を見せてくれるのか――これは期待するなという方が無理であります。


『MUJIN 無尽』第2巻 (岡田屋鉄蔵 少年画報社ヤングキングコミックス) Amazon
MUJIN ―無尽―  2巻 (コミック(YKコミックス))


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2016.01.18

『牙狼 紅蓮ノ月』 第13話「相克」

 斬牙となった保輔の言葉をきっかけに、鎧の封印を解くよう晴明に詰め寄る雷吼。しかし星明は、人を全て救うことはできないとこれを拒絶する。一方、落成前夜の都の新たな護り・来世門の上に巨大な繭が出現、駆けつけた星明は繭を破壊せんとするが、雷吼に道満が追い詰められた時、彼女の選択は……

 今年一回目の放送は、後半戦の幕開けともいうべき内容。これまで幾度か描かれていた、魔戒騎士の使命に対する雷吼と星明の考え方の相違から、大きな悲劇が引き起こされることとなります。(ちなみに第12話は番外のキャスト座談会なので省略)

 物語は前回ラストから続き、保輔が斬牙となったことを知り、喜ぶ雷吼。しかし保輔は、俺は自分の意思でやりたいようにやる、人のためと言いつつお前は何も出来ていないと辛辣な言葉を放ち、去っていきます(確かに、彼の過去を思えば、それはある意味真実ではあるのですが……)
 兄・保昌に伴われてその行く先は、道長の待つ光宮、というのは彼らしくないように思いますが、都を脅かす火羅を倒せという道長の真意が、自分たちだけが助かりたいのだろうと面罵したのを見れば、それこそが彼の目的だったのでしょう。

 さて、それはさておき保輔の言葉に考え込んだ雷吼は、自分が自由に戦うための軛とも言える鎧の封印を解くように星明に迫りますが、星明はこれを一蹴。人を全て救うことはできない、というのは星明の持論ですが、今それを言われては雷吼も収まらず、飛び出していきます。
(その後、和泉式部のもとで「あいつは自分の命の重みを知らない」と案じる気持ちを吐露する星明はなかなかかわいいのですが……)

 さて、その晩は都の新たな護り・朱雀門の落成式前夜。落成した後、晴明が封印の呪を施すことで都の護りが完成するというこの門を前に、道長は工人たちにねぎらいの言葉をかけるのですが――
 それをあざ笑うかのように夜空に現れた巨大な繭。その表面の穴から飛び出した触手とも根とも茨ともつかぬ物体に、多くの人々が追いつめられていきます。

 そこに駆けつけた雷吼の前に立ち塞がる道満。さすがにこの場に及んでは鎧の封印を解いた星明は道満と対決、雷吼は繭を相手に人々を救わんとしますが、大きすぎる相手に手をこまねく状態であります。
 ここで選手交代、道満との相手を雷吼に任せ、自らの術で繭に向かう星明ですが、ここで道満に追い詰められ、鎧も解除されて倒れ伏す雷吼。星明は繭を攻撃しつつ、雷吼を道満から護ろうとするのですが……

 しかしたった一人で出来ることには限りがある。星明は、繭よりも雷吼を護ることを選ぶのですが――その代償に、地上に落下した繭は多くの人々を巻き込んで来世門を押し潰すのでありました。

 (珍しいCパートで)何故自分を選んだ、人々が死んだのは自分と星明のせいだと責め、決別を告げて去っていく雷吼。全ては、残された星明の前に現れたの道摩法師の思うつぼなのか――というところで次回に続くこととなります。


 冒頭に述べた通り、新年の、後半戦の最初のエピソードであった今回ですが、内容的には前後編の前編といったところ。
 魔戒騎士と魔戒法師としてコンビを組みつつも、全ての人を護りたいという雷吼と、人が護れる者には限りがあるという星明の立場の相克が、最悪の形で表面化したこととなります。

 もちろん雷吼のそれは魔戒騎士として尤もな主張ではありますが、しかし星明の言葉も決して誤りでも単なる現実主義でもない重みがあることは間違いありません。
 全てのヒーローが抱えるジレンマにはまり込んでしまった二人はいかにしてこれを乗り越えるのか……

 混乱の中、道満によって晴明に対する嫉妬心を煽られ、炎羅と化した加茂保憲の動向も含め、次回が気になるところではあります。


『牙狼 紅蓮ノ月』Blu-ray BOX 1(ポニーキャニオン BDソフト) Amazon
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 『牙狼 紅蓮ノ月』 第5話「袴垂」
 『牙狼 紅蓮ノ月』 第6話「伏魔」
 『牙狼 紅蓮ノ月』 第7話「母娘」
 『牙狼 紅蓮ノ月』 第8話「兄弟」
 『牙狼 紅蓮ノ月』 第9話「光滅」
 『牙狼 紅蓮ノ月』 第10話「一寸」
 『牙狼 紅蓮ノ月』 第11話「斬牙」

関連サイト
 公式サイト

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2016.01.17

2月の時代伝奇アイテム発売スケジュール

 楽しかった年末年始のお休みもあっという間に終わり、気が付けばもう一月も半ば。今年も1/24が! というのはさておき、もう二月の足音も聞こえてきました。というわけで今年も相変わらず続けます、2月の時代伝奇アイテム発売スケジュールであります。

 2月は普通の月より少ない故か、残念ながらアイテムは少な目。特に文庫小説は結構寂しい印象があります。

 そんな中でも最も注目すべきは、やはり武内涼『妖草師 魔性納言』。『この時代小説がすごい!! 2016年度版』で第1位を獲得したシリーズの最新巻であります。しかし同誌によれば、このシリーズ、これで完結ということで、その意味からも気になる作品です。

 また、ミステリでは芦辺拓の好評パスティーシュ第3弾『金田一耕助、パノラマ島へ行く/明智小五郎、獄門島へ行く(仮)』が登場。タイトルが全てを物語っている感はありますが、しかしそこで何が起こるかは、全く予想が付きません。

 そして文庫化・再刊では、なんと20年前にノベルスで刊行された司悠司の『忍者太閤秀吉(仮)』が、何故か復活。また新装版では、昨年から刊行の続いている上田秀人『織江緋之介見参 4 散華の太刀』、そして『海狼伝』に続く形で白石一郎『海王伝』が刊行されます。

 一方、漫画の方は、新登場こそないものの、既刊シリーズでは気になる作品が続々登場。
 およそ勢いという点では屈指の平安バイオレンス伝奇である武村勇治『天威無法 武蔵坊弁慶』第6巻、個人的には大いに推している時にコミカル、時にどシリアスな鎌谷悠希『ぶっしのぶっしん 鎌倉半分仏師録』第4巻、最終決戦にいよいよ突入の水上悟志『戦国妖狐』第16巻、個人的にはここで完結なのが本当に惜しい、是非続編も漫画化をお願いしたい森川侑『一鬼夜行』第3巻、そして安定飛行のようで波瀾万丈の予感も漂う杉山小弥花『明治失業忍法帖 じゃじゃ馬主君とリストラ忍者』第8巻が、注目でしょう。

 その他、たかぎ七彦『アンゴルモア 元寇合戦記』第5巻、重野なおき『信長の忍び外伝 尾張統一記』第2巻、せがわまさき『十 忍法魔界転生』第8巻も要チェック……という辺りで、この月の漫画の充実ぶりがおわかりになられるのではないでしょうか。

 また、倉田三ノ路の武侠漫画『天穹は遥か 景月伝』第2巻も、どこに向かうのか気になるところではあります。


 最後にもう一つ、これは小説ですが、講談社タイガから刊行の篠田真由美『レディ・ヴィクトリア アンカー・ウォークの魔女たち』も気になる作品です。
 タイトルどおりヴィクトリア朝を舞台としたファンタジー色の強い作品のようですが、ここでこの作者の登板か! と驚きつつも楽しみにしております。



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2016.01.16

近藤五郎『黄金の剣士 島原異聞』 お家再興と秘宝探しと……正調時代伝奇活劇見参!

 時代小説レーベルの中では、比較的、いやかなりソレ系統の作品が多い白泉社招き猫文庫ですが、しかしはっきりと「伝奇活劇!!」「超時代活劇!」という文字があると、心も躍ります。というわけで、島原の乱から始まる因縁の中で、若き美剣士たちが怪事件に巻き込まれる、正調時代伝奇活劇であります。

 亡き父と同じ帰天合一流の剣を継ぐ道場に入門するため、江戸に出た青年剣士・十束輝之丞。師範の藤森数馬に父譲りの技を認められ入門を許された輝之丞は、その晩、雨夜孫兵衛なる怪人に誘き出された彼は、覆面の一党の襲撃を受けることとなります。この襲撃は容易く撃退した輝之丞ですが、しかし彼の周囲では、その後も怪しい影が出没することになります。

 実は彼と師は、約六十年前の島原の乱の際に奮戦した古賀家ゆかりの者たち。
 乱の際に切支丹の妖術師・金鍔次兵衛を討ち果たしたものの、讒言にあってお取り潰しとなった古賀家再興のため、輝之丞たちは密かに集まったのでした。そしてその証に、彼らの身には刻印が施されていたのであります。

 しかし、同志であるはずの道場の若き麒麟児・常磐主水は不可解な言動を示し、そしてなおも続く孫兵衛の暗躍。お家再興のためにすがった当代の松平伊豆守も何やら当てにならず、かつて古賀家を陥れた旗本・青沼家も輝之丞に触手を伸ばしてきます。

 果たして敵の正体は何者なのか。主水は敵なのか味方なのか。次兵衛の金の鍔に隠された謎とは、そして輝之丞自身が秘めた重大な秘密とは……!


 と、なるほどあらすじを見れば、確かにこれは直球の伝奇時代劇。お家再興、切支丹の秘宝探し、妖術師との対決……と、古き良き時代伝奇小説の要素が本作には詰まっています。
 むしろその「古き良き」が、新しさにすら感じられる点もあり、これは伝奇者としては大いに喜ぶべき点であります。

 その一方で、ある意味予定調和的部分も目につきます。登場する人物やアイテムの使われ方、作中に散りばめられた謎等、ある程度読める部分も少なくはない……というのも正直なところなのです。
 特に(詳しくは述べませんが)ラストの対決のシーケンスは、これも一種の運命と言っても、やはりちょっと……という印象は否めないのではありますまいか。

 しかしその良きにつけ悪しきにつけ予定調和的部分を、本作は作中で微妙な捻りを加えることで、うまく中和しているのもまた事実。特に、美形主人公にはあるまじき輝之丞の(嫌みにならない程度の)短慮ぶりや、ライバル兼先輩である主水の意外な面倒くささなど、クスリとくる部分でそれがあるのは大きいと感じます。

 また、終盤のある展開も、ここで主人公をそういう目に遭わすか!? という内容で、これはちょっと驚かされました。


 このように粗削りな部分は目につくものの、なかなかに魅力的な時代伝奇ものである本作。残された謎も少なくないことを考えれば、輝之丞たちの再びの冒険を見てみたい……という気持ちにもなるのであります。


『黄金の剣士 島原異聞』(近藤五郎 白泉社招き猫文庫) Amazon
黄金の剣士 島原異聞 (招き猫文庫)

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2016.01.15

『決戦! 本能寺』(その三) 平和と文化を愛する者と戦いと争乱を好む者

 戦国史上最大の「事件」とも言うべき本能寺の変を舞台とした戦国アンソロジーシリーズ第三弾『決戦! 本能寺』の紹介その三、ラストであります。最後に登場するのは、変の主犯――明智光秀であります。

『純白き鬼札』(冲方丁)
 ラストを飾るのは、光秀その人が、その日その時を迎えるまでの内面を描く作品であります。温厚な器量人として、朝倉家で平穏かつ怠惰な日々を過ごしてきた光秀。しかし数奇な運命から信長に仕えた彼は、主の命じるまま、血泥にまみれて奔走することに、奇妙な喜びを感じるようになります。

 金ケ崎の退き口、比叡山焼き討ちと死線を潜り、汚れ役を押しつけられつつも、信長が天下に近づいていく姿に喜びを覚える光秀。しかし天下が目前に迫った中、信長が彼に語った真意――その目指す未来像は、到底彼には受け入れられぬものでありました。懊悩と惑乱の中で、彼はついに自らが鬼札として全てをひっくり返すことを決意して……

 これまでのシリーズで、小早川秀秋、豊臣秀頼と、ひ弱でネガティブまイメージがある人物を、現代人的理性を持ち、どこか達観した視点を持った人物として描いてきた作者。
 本作の光秀もその系譜に属する者かとは思いますが、この手法は、本作において最も効果的に機能していると感じられます。

 平和と文化を愛する光秀と、戦いと争乱を好む光秀。そのどちらも彼そのものであり、それが矛盾なく統合された彼の複雑な内面描写は、この時代の人間としては破格なものでありましょうが、それが違和感なく受け取れ物語筆致の巧みさに感心いたします。
 また、本作の信長は、これまでの信長像同様のブラック主君的側面を持ちつつも、自らと周囲の分を冷静に把握したある意味光秀以上に理性的な側面を持つ人物。それ故に信長と光秀の主従は噛み合ったかに見えたのですが……その理性こそが二人の間を引き裂いたという皮肉が心憎い。

 そして、涙ながらに主君に食ってかかる光秀の想いは、常軌を逸しているようでいて、しかしどこか我々自身の姿として納得させられるものが感じられるのであります。


 その他、本書に収録されたのは、島井宗室が商人の意地をかけて信長に対峙せんとする『宗室の器』(天野純希)、家康と酒井忠次の結びつきが変を通じて浮き彫りとなる『水魚の心』(宮本昌孝)、光秀に敬愛する斎藤妙椿の姿を見た斎藤利三の想いを描く『鷹、翔ける』(葉室麟)。
 どの作品もさすがの完成度ではありますが、個人的な趣味で言えば、紹介した四作品に一歩譲るところがあったという印象です。

 それにしても、本書がユニークなのは、光秀を主人公とした作品はあっても、信長を主人公としたものはなく――それでいて皆、信長の存在無くしては成立し得ない作品であることでしょう。
 あるいは、直視するにはあまりに巨大かつ眩い太陽である信長を、その周囲を巡る者たちを通じて描き出した作品集とも言えるかもしれません。


『決戦! 本能寺』(伊東潤ほか 講談社) Amazon


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2016.01.14

『決戦! 本能寺』(その二) 死線に燃え尽きた者と復讐の情にのたうつ者

 講談社の豪華作家陣による戦国アンソロジーシリーズ第三弾『決戦! 本能寺』の紹介その二であります。今回ご紹介するのは、森蘭丸と細川幽斎――本能寺の変に全く異なるスタンスで関わった二人を、全く異なるスタイルで描いた二作品です。

『焔の首級』(矢野隆)
 命を賭けた戦いの中でこそ己の生を輝かせる男たちを一貫して描いてきた作者が本書で題材に描いたのは、意外にもと言うべきか森乱成利。戦いとはほとんど無縁に見える彼も、しかし作者の手に掛かれば、熱い武人として生まれ変わるのであります。

 信長に忠実に仕え、「子を生まぬ側室」という陰口を自分でも認めつつも、しかし同時に武人としての熱い血のたぎりを抑えられずにいた本作の成利。一見意外にも感じられますが、しかしその父の、そしてその兄の武名を思えば、それはむしろ当然と言うべきかもしれぬその欲求は、思わぬところで満たされることとなります。そう、本能寺に明智の軍勢が押し寄せたことで――

 かくて本作で描かれるのは、ただ血のたぎりの赴くまま、嬉々として槍を振るう武人・森成利(と弟二人)の勇姿。もちろん歴史の示すとおり多勢に無勢ではありますが、しかし彼にとっては戦場で愛する主君を支え、屍山血河を作り出すことが武人の誉れであり――そしてその想いは、ここで存分に報いられることとなります。

 もちろんそれはあくまでも一瞬の光芒、彼と弟たち、そして信長を待つのは無惨な滅びの運命なのですが、しかしそれだからこそ輝く成利の生を描ききった本作は、やはり作者ならではのバトル歴史時代小説と言うべきでしょう。

 ちなみに作者の描く信長としては、やはり彼の生み出す「戦い」に翻弄される人々を通じて覇王の貌が浮き彫りとなる『覇王の贄』が必見であります。


『幽斎の悪采』(木下昌輝)
 『宇喜多の捨て嫁』で、血膿にまみれた宇喜多秀家の姿を描き出した作者が題材としたのは、タイトルにあるとおり細川幽斎(藤孝)。はじめは幕府に、次いで信長に仕えた藤孝は、明智光秀とは密接な関係にありつつも、変の際には彼に与せず、独自の動きを見せた人物ですが……本作はその彼の心中を、息苦しいまでに抉り出すのです。

 兄・藤英との賽による賭けの結果、実家である三淵家を出て細川家の養子となった藤孝。戦国乱世に翻弄されるまま、やがて信長に仕えることとなった彼は、敵に回った兄を一度は救ったものの、信長と光秀の手により無惨に奪い取られることとなります。
 配下に人の心を殺すことを強いて、意のままに操らんとする信長、強烈な上昇志向を持ち、かつての食客の身分から立場が逆転した光秀――この二人に挟まれた藤孝は、やがて兄の死の真相を知り、二人に復讐するため、そして自らが生き延びるために、周到に計画を練り始めることに……

 信長殺しは光秀ではない、ではないにせよ、その背後に他者の意志の存在を描く作品は少なくありません(冒頭の『覇王の血』もその一つでしょう)。しかし、信長と光秀の二人に恨みを持つ者が、自らが権力を握るためではなく、復讐のために計画を立てたという作品は珍しいのではありますまいか。
 そしてその主犯たる藤孝――あまりにブラックな主君に翻弄されるうちに己の心を殺し、冷徹な復讐鬼と化した彼の姿は、同様の運命を辿ったもう一人の秀家として感じられます。

 が、本作の真に唸らされる点は、結末間際に、本当に己の心を殺していたのが誰であったかが、藤孝のみにわかる形で描かれることでしょう。それにに気付いてしまった時、彼の心に去来するものが何であったか……
 目を覆わんばかりの人間地獄を展開しつつも、その中で人の人たる所以とも言うべき正の「情」の存在を描き出す(そしてそれがさらなる地獄を生み出すのですが)作者らしさが溢れる一編であります。


『決戦! 本能寺』(伊東潤ほか 講談社) Amazon


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