2016年01月18日

霊についての新説4 『成仏の時、霊が上昇するのは間違い。』

こんにちは
 霊界の諸説を、科学的に論理的に説明している。

本日は、「成仏する時、霊が浄化され、心は軽くなり、霊は浮き上がり、天国にゆく」という説の間違いを解き明かす。

まず、霊があらゆる三次元の物質を通り抜ける時、霊に引力だけが働くと、霊は地球中心に真っ逆さまに落ちる。三次元的な物質に何も干渉しないとすると、霊は宇宙空間に浮いているのと同じ状態である。地球の引力の作用で、落ちるのみだ。上昇することはない。

空気より軽いから上昇するのはありえない。なぜなら、空気は霊の体を通り抜ける。空気の浮力は霊に作用しないからだ。よって、霊は落ちるとしても、上がらない。

もし落ちないとしたら、霊界には、大地や地面、空気、空があるからだ。霊は空から霊界の地面の上まで落ちて止まる。

さて、成仏とは、「霊の世界にも空気があって、浄化されると空気より軽くなり、霊は浮揚することだ。」だろうか? 

こんなことを信じたら、「お嬢様はアホですか?」と執事に皮肉られてしまう。

霊の世界は、霊の物質でできている。霊は、精神だけの希薄な空気のようなものではない。精神は、脳の電気信号である。脳がない人間に心はないように、頭部のない霊に、精神はない。霊は、霊の頭と体があってはじめて存在しえる。それがないと、霊として心もなく、生きてはいない。

霊の体を構成する物質は、人間と同じ密度で、霊界の0.8くらいだ。空気は、ごくごく軽い。すると、どんなに霊が浄化されても、霊体をお風呂で洗ってきれいにしても、精神=信条をきれいにしても、霊の頭・五体の重さは基本的に変わらない。

よって、霊体が霊界の空気より軽くなることない。霊体は空気より重い。いくら心が浄化されても、空気より軽くなって、自然に飛びあがることはできない。これは科学的に少し考えるとわかることである。

霊界映画で、よく執着がなくなると、霊が上昇して、光の粒になって消える。あれは、嘘八百なのである。

 成仏する時は「瞬間移動で天国にゆく」か、「歩いて、天国にゆく」しかない。
posted by たすく at 20:58| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年01月16日

霊についての新説3 『霊が瞬間移動できると、地獄がなくなる』

こんにちは

 私は『霊界』についての諸説を論理的に、やっつけている。ここを読むと、科学的な知識を得て、少し賢くなれるだろう。今日は、誰もが仏教の『地獄』、キリスト教の『煉獄』がおかしいと気づける話。

 霊についての新説3 『霊が瞬間移動できると、地獄がなくなる』

 霊は瞬間移動できると思われている。臨死体験で、半死の人物が『思った場所に瞬時に移動できた』からだ。両親の顔が見たいと思ったら実家にいた、という話がたくさんある。
幽体離脱でも、思った場所に瞬間移動きる。霊も同じような能力があると考えられた。
しかし、この説が正しいなら、地獄がなくなる。従来の霊界論は破綻する。

地獄とは、無間地獄、性欲地獄、修羅地獄など仏教絵画に描かれるような、キリスト教の煉獄のような醜い心の持ち主や犯罪者がゆく、牢獄のような苦しい場所である。そこからは自由に出られなくて、長年閉じ込められ、苦痛の中に過ごす。それらは誇張されている。現代的に考えると、地下で、生前、犯罪者や欲望にほうけた悪質な者が集まるところだ。
地獄から自らの意志で抜け出られない。そこに長い時を閉じ込められ、苦しむ。そうなりたくないなら善人になりなさい、と諭される。

 が、瞬間移動できるなら、誰もがいつでもそこから脱出できる。人間界に戻りたいと思ったら、すぐに地上にいる。天国にゆきたいと思ったら、その次の瞬間には天国にいる。誰も好んで、悪党の巣窟、悪人がたむろする地獄に長居したくない。瞬間移動できるなら、ふつうの人はどんどん地獄からいなくなり、一番住み心地のよい天国にゆく。地獄は、よほど悪趣味な者達だけの世界となる。地獄に長年暮らすという話が偽りとなる。

 瞬間移動というのは、霊能者がよく行う。念じた所に、移動できる能力だ。以前住んでいた家にゆきたい、学校の教室の中にゆきたい、と強く思うと、その場所にいる。霊能者はそんな幽体離脱の体験を得意げに話してくれる。誰も記憶した場所は移動できる。過去・未来にゆけるかは今一つはっきりしない。

 霊にその能力があると思われている。すると、誰もが暗くじめじめした地獄はいやだから、明るくきれいな天国や地上にうつる。霊がもし、瞬間移動できるなら、『地獄』はほぼなくなってしまう。霊は天国だけに集まる。霊はほとんど天国に過ごし、時々、子孫の顔を見るために地上に来るという生活になるだろう。

 『瞬間移動できる能力』と『地獄』は両立しない。瞬間移動できる能力があると考えると、地獄が消える。瞬間移動できる能力がないと考えると、地獄は残るのである。どちらかが間違いである。

( なお、『霊に物体を通過する能力がない』という立場では、地下の地獄はなくなる。なぜなら、地下は鉱物や溶岩の大地であり、霊が住む隙間はないからだ。)

 波長説--波長が合う所に霊はゆく
昔の人も、この矛盾に気づいたと思う。『瞬間移動できるのに、地獄にとどまるのはおかしい。』と。そこで、『波長説』が登場する。(心の重さ説はまたあとで)
『霊は心の波長のあった世界にしか行けない。地獄の心をもつと、地獄にゆくことしかできない。地獄からは出られない。』という最もらしい仮説だ。『地獄からいくら瞬間移動しても、地獄の中にしか移動できない。だから、地獄から抜け出られないのは間違いではない。』、とこの立場の人は言い張る。

 しかし、よく考えよう。上で説明したように、幽体離脱者と臨死体験者は、心で念じた所には自由に行けるのである。親の家、家族の住む所、愛する者のいる所。つまり、三次元的な世界には自由にゆける。それが幽体の性質であり、臨死体験での話だ。霊は同じ能力をもっていると考えられている。

 つまり、人間の住む世界には、いつでも霊は移動できることになる。以前住んでいた家、追憶の場所、思い出の地などなど。というわけで、やはりこの波長説でも、地獄から好きな時に脱することができてしまう。天国は本人が場所を知るまでは、行けないだろう。が、一度、天国を知ったら、そこにはゆけるだろう。
 よって、波長説でも、地獄に閉じ込められることはないのである。波長説を使って、『霊は地獄から出られなくて、そこで永遠に過ごす。』という人には騙されてはいけない。

 というわけで波長説でも、『瞬間移動の能力』と『地獄の暮らし』は両立しない。

 つまり、どちらかが間違いなのである。さて、どちらが間違いなのだろうか。『瞬間移動』と『地獄』。考えてほしい。
 
では、失礼。



posted by たすく at 21:00| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年01月13日

霊についての新説2 「霊は重力の作用で、落ちるしかない。」

こんにちは、

 ここは面白い。目新しい説を書き出している。

昨日の論で、間違いをみつけた。

 幽霊は、物体に干渉しない。通り抜けられる。ならば、空気の影響も受けない。空気の比重より軽いからといっても、空気の作用は受けないから浮き上がらない。つまり、空気より比重が軽い幽霊は、しだいに浮き上がるという仮説は、正しくない。

 同時に、幽霊は、地面の密度より軽いから、地面より落ちない、というのも間違いだ。地面にとどまることができないから、どんどん落ちるはずである。

 わかっただろうか。幽霊は、地面や空気に干渉しない体なのだ。比重のような密度の差の影響は受けないのである。

 さて、問題。ではなぜ、幽霊は地上で見ることができるのだろうか?
 何もかも通りぬけてしまうなら、重力によって落ちるはずだ。地上にいること自体が奇跡だ。が、実際は、幽霊は地上で目撃される。地面より下に落ちないでいる。それはなぜか?

 これは難しい。本人の意識でそこにいたいと思っているから、そこにいる、というのが幽体離脱説を信じる者の解答である。幽体離脱時には、本人の好きな場所にとどまることができるからだ。

 しかし、この場合は、もし幽霊が眠ってしまったらどうなるのだろうか。本人は自ら居場所を決めることはない。すると、重力に従って、どんどん落ちてゆくはずだ。どこまでも地球の中心に向かって。しかし、実さいはそうはならない。なぜだろうか?

 視点を変えてみよう。なぜ幽霊に物理世界の重力が働くといえるのだろうか? それは幽霊が地上でみつかる、というその一点だけで、いえることなのだ。重力の影響を受けないなら、地球にとどまっていられない。また地球は自転しているが、まったく物質に干渉しないなら、大地の上に立つことすらできない。幽霊は自転で回る大地からはじきとばされ、おいてきぼりをくらうだろう。

 簡単に、人間が地上を歩くのは、空を飛べないからだ。重力のためだ。幽霊が多少浮いても地上付近にいるならば、重力のため上空にあがれないといえる。

 そして、最も大事なことは、地上付近にとどまるのは、地下に降りることができないからである。もしなんでも通り抜けられるなら、地下にも平気で潜れる。が、ほとんどの幽霊は地下に体が半分埋没した姿で現れるのではなく、完全な姿で地上を歩いている。地下に潜れないと考えたほうが正しいだろう。
 というわけで、幽霊は、地下に潜れない。幽霊は物質を通過できない、というこれまでの定説を覆す真実がみえてくる。

 新しい見地を一つ。幽霊には重力が作用する。これは何を意味するか? 異次元にも重力が作用するかもしれない。もしくは幽霊が人間と同じ次元に存在するかだ。

 どんな幽霊でも、地球の中心に向かってどんどん落ちる。もし物体を通過するのがその性質ならばだ。遮るものがない。繰り返すが、ここは大事である。

 幽霊は成仏する時に軽くなって浮き上がる? バカいっちゃいけない。どんなに軽くても、幽霊には重さがある。重さがあると重力によって、地球の中心に落ちる。浮き上がるのは、風船が空中を浮くようなものだ。比重が軽くないとあがらない。しかし、それはできない。もしくは自ら飛ばなくては上がらない。
 もし、霊が物体を通過するなら、あらゆる霊は重力によつて、どんどん地球の中心に落ちてゆく。ここで、天国が上空にあるという説が間違いとなる。なぜなら、あらゆる霊は地下に落ちるからだ。どんなに優れていようが、浄化されていようが、汚れていようが、重力に従い落ちて、上がることはできない。つまり、地球の中心にすべての霊が集まる。
 が、実際にはそうではないようだ。天国はお空の上にある。つまり、何か前提が間違っている。それは何か。幽霊が物体を通過するということがまず間違いなのである。

 これで、霊が、物体を通過できるという説が誤りだと証明したつもりである。

 今日はここまで。

posted by たすく at 21:31| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする