プロレスを中心に語る掲示板
>>3
もう一つ。
よくWWFの歴代王者に猪木が記録されていないといいますが(まあ確かにそうだろう)、ならばNWAはオフィシャルなのですかね?
だいたい来日期間中に取っても奪還されてシリーズは終わる。
全部同じだという気がします。(馬場は記録にあるように思いますが)
例外なのは鶴田がAWAをとった時にアメリカをサーキットしました。
あれがホントなのではないか。
あれ以外は馬場の猪木も同じだと思います。
その逆、こっちのタイトルが取られれば必ず流出しますよね。
その方が奪回するまでのドラマ性はありますし、客が入る。
現に私も猪木とシンは夢中になりましたしね。3ヶ月以上。
馬場がチェッカードームまで虎の子のタイトルを取りに行きました。(ハワイでのブッチャー戦もそうでしたか)
あれは馬場らしいですね。
わざわざ海外で目立ちたいのか。
>>3
> これはないんじゃないでしょうか?
> この本を読むくらいの連中は、それなりの知識がある昭和のファンでしょう(笑)
ケンさん
自分の体験を元に、日プロ時代からならともかく、全日本以降、馬場のファンになった人は、かなりピュアな目線でプロレス見ている人が多いですよ。
特に馬場のことを常に「馬場さん」と呼んでいる人は。
プロレス界にも清く正しく美しくとまではいかなくても、レスラーであっても人格者でなければならない考えの人が多いです。
そういうファンが馬場のヒストリーに関心を抱きこの本を読んだ結果、落胆する姿が目に浮かびます。
>>4
ベルトやタイトルマッチって、商売道具ですからね。
ましてピークを過ぎた頃、話題性、人気面でも猪木に追い越された馬場がすがるものと言ったらNWAのブランドしかなかったんじゃないですかね。
ただ馬場も時代錯誤というか、自分がNWA王者になればファンの見方も大きく変わると勝手に決め込んでいた印象が拭えませんね。別にNWAのベルト巻いたからって、猪木−アリ戦みたいにNHKのニュースで取り上げられるわけでもないしね。
ブッチャーとAWAエリアのシカゴでPWF戦やったのは、当時全日本にもニックをはじめ、AWA系のレスラーも参戦し始めていたから、そのAWAとの交流もしくは外人を多く送ってくれたAWAに対する御礼代わりで試合を組んだとも考えられます。
>>6
そうですか。
確かに馬場の信者というのは、NWAが最高権威だと(まあ事実だろうけど)思い込んでいたでしょうから、全て真に受けていたんでしょうね。
猪木とも、「NWAが認めないから戦えない」と本気で思っていたとか(笑)
確かに、猪木のファンとは気質か違うんですかね。
>>7
猪木ファンって、あんまりレスラーの人間性、モラルっていう部分を重要視しない気がするんですよ。それこそ「猪木なら何をやっても許される」的な。自分自身もそうですしね。
逆に馬場や国際のファンは「レスラーである前に人間であれ」的な考えが強いので、猪木みたいなタイプを認めたくない部分もある気がします。
Aokiさん、ケンさん
ありがとうございます。
正直、ストロングスタイルという言葉自体、それほど関心がありませんでしたが、猪木や力道山、バレンタインのファイトそのものがストロングスタイルであるなら納得です。
バレンタインを初めてTVで観たのがキニスキーと一緒に来日した時でしたが、重厚感はキニスキー、迫力はバレンタインという印象を受けました。
特にエルボーを放つ時のバレンタインの表情は本当にオッカなかったです。
あそこの掲示板も変なヤツが出てきたようですな。(苦笑)
俺のHNの一部を使ったのか否かは置いておいて
ケンさんの書き込みをそのまま引用している者がいる。
↓
http://6611.teacup.com/drmick/bbs/14171
>>9
ああ、今見ました。
なんだか意味がわかりませんな。
>>10
小生がこの「ストロング・スタイル」という言葉にこだわりますのは、最近読んだ某評論家氏の新刊書に、ストロング・スタイルという言葉は、猪木が新日プロを起こしてゴッチを呼んだころから言い出したもの・・といった趣旨のことが書かれているのを読んだためです。
しかし、ストロング・スタイルという言葉は、猪木が東プロを起こしてバレンタインを呼んだころ、インタビューに答えた新聞だか雑誌だかの記事に既に出て来たと思いますし、さらに、古い「プロボク」誌をめくってみますと、例えば、1967(昭和32)年の力道山時代に、既に、ワトソン、テーズ、シャープ、力道山を「ストロング・スタイル」と呼んでいる記事も見つかります・・。
>>12
田崎さんという方の書かれた「真説・長州力」という本を図書館で借りてきて、一気に読みました。
綿密な取材に基づいた実に読み応えのある好著でしたが、一点だけ残念だったのが、著者ご自身がプロレスには素人と自認しておられるためか、いわゆるプロレス評論家の書いたものを、そのまま引用してしまっておられることで、この「ストロング・スタイル」という言葉も、「新日が全日とのスタイルを差別化するために作り出した新しい言葉だ」・・などという某プロレス評論家の本の中の記載を、そのまま引用してしまっておられます。
まあ、そこはともかく、小生が、最近読みましたプロレスに関する本の中では、久々に読み応えのある好著でした。
アンドレはどこに入れるか難しい。
52年に名古屋で猪木を事実上ノックアウトしたこと及びこの頃が一番強かったかと。
50年のロビンソン文句なしダントツ、バックランドは、53年は衝撃的デビュー、54年も年末までよく頑張りました。
57年がいません。やはり国際や、日本人対決抗争がブレイクしていたからか。
58-59年も当然でしょう。
60年、私は猪木vsブロディはちっとも凡戦だと思いません。
61年は難しい。アンドレは大変なことを最後にやってくれたので敬意を表して。
62-63は何とも言えませんね。。
スティーブ・ウイリアムスあたりも候補なのかなあ。
>>5
どっちみち72年を観ている人は少数ですし、この年はゴッチ以外これといった外人もいませんからね。自分もこの年は観ていませんから。
アンドレはコンスタントに活躍しているんで一番悩みました。
87年のビガロも削除方式で選んだというのが本音です。
でも76〜79年辺りは一番票が割れるでしょうね。
>>7
レスラーたちの来日年度を詳しく覚えておらず、本当に申し訳ありません。新日が使いこなせなかったと言うか、すっかりシンの陰にかくれてしまったレスラーに、ジャックルージョーという良いレスラーがいましたが、この人は、猪木の日プロ時代にも、確か、別名で来日していましたが、あのときは、同時に来日した他のレスラーたちが凄すぎて、やはり、余りパッとしませんでしたね。 どうにも、日本のマットに相性が悪かったとしか言いようがない、というところでしょうか。
>>8
ジャック・ルージョー、一度だけ生で観たことがあるんですが、一緒にいた友達と「ケネディ大統領に似ているね。」なんて会話をした記憶があります。
正直、あとは地味なレスラーという印象しかないです。
それから、猪木がロングタイツ姿で対戦した数少ないレスラーの一人ですね。
>>9
おおっ!!BI砲さんは、ナマでジャック・ルージョーをご覧になったことがあるのですね!! うらやましい限りです!!!
本当にケネディに似た二枚目で、仰る通り、レスラーとしては、全く地味な印象ながら、あのジョナサンとスタージャックを足して二で割ったような感じの大型の本格派の実力者だったという印象があります・・。
おそらく、自分の地元のマット上では、ベビーフェイスの強豪としてトップをはることのできた強豪だったのではないでしょうか・・。
コメント
>>7
元日というと、猪木ボック戦ですが、MSGでやったアイアンシーク戦の録画も印象深いですね。
猪木の流血は凄かったですから!
>>9
新日では大したことがないレスラーもMSGではベルトに挑戦したり、妙に強かったりするのは不思議ですね。(苦笑)
>>10
まあ、2ヶ月後のビッグファイトシリーズに呼ぶことになっていたでしょうから、ネタフリもあったのでしょうがね(笑)
>>3
馬場も鈴木も大木もとっくに亡くなられてしまいましたが、猪木はひとり本当によく頑張っておられますね。
そういえば、先日覗いた某掲示板で、「BI砲という名は、あの徳光さんが名付けたものらしい・・?」との話題が載っていましたが、どうなんですかね・・??
小生の若いころは、「BI砲」は当初「BI弾」と呼ばれ、我々ファンたちも、もっぱらBI弾と呼んでいましたが、いつのまにか、あの「ON砲」並みに「BI砲」と呼ばれるようになりましたから、確かに、ON大好きの徳光さんあたりが「BI砲」と呼び出したのかも知れませんね・・?
BIさん、皆さんのご記憶では、いかがですか・・?
>>12
BI砲という言葉、正直誰が名付け親なのかわかりませんが、徳光と猪木って、猪木が日プロ出た後に繋がりがあったんでしょうかね。