テーマ:つれづれなるままに
長年、経営者をしていると裁判に引っかかることがある。ひっかかるとはまるで予期せぬところからいきなり釘が出ていて、着ていたセーターに引っかかる感じであるが、まさにそんな感じで裁判に引っかかるのである。要はいきなり会社に〇〇地方裁判所から大層な小包のような書類がどかっと届くのである。これが始まりだ!
名誉毀損のような言われのない言いがかり系、地位保全や残業代支払いなどの労働裁判系、幸いにして刑事事件はないのが救いだが(当たり前だ!)今までの裁判はすべて被告である。昔、なにかのテレビで「被告を死刑と処する」とかいう番組のワンシーンがあり、はじめての単語であった「被告」が自分になるとは思いもしなかったものだ。訴えられたら単に被告であり、訴えたほうが原告なのだ。被告がいつも悪く、常に死刑になるわけではない。
いくつかの裁判の内容を書きたいのではなくてここでは出会ってきた裁判官についてなのだ。だいたい、裁判官なんか日常めぐり合うことなどなく、バスの中で会っているのかもしれないがその人が裁判官であることなど到底分からず、簡単には会えない人種であると感じている。いまでもそうだ。ここで言いたいのが、私が出会ってきた裁判官の大半がいい人であることが多いことである。裁判官たる職業に就く人は当たり前なのかもしれないが、今回もそうであった。審判中に裁判の内容について審議を進めてもらっているだけなので、プライベートがわかることもなく、彼らの人となりはほとんど知ることなく裁判は終了するのである。しかし、審議中の話の進め方や、質問の仕方や、態度や所作にやはり人となりが出るのは当たり前だと思う。審議の内容は証拠を中心に進んでいくが当然原告被告双方の気持ちを斟酌しているかのように思うのである。その中で、彼らはそれぞれの気持ちや考え方を推し量りながら事態の推移を想像しているかのように見える。
「中園さんは、原告の仕事に対する姿勢や言動が許せないという点を主張されていますよね。それはよく理解できます。単に出社して時間と給料の交換だけで過ごそうとする申立人の態度が社会通念上通らないこともわかります。しかし、契約はそれでも守らないといけないのは会社としての落ち度になってしまうのですよ。試用期間といっても採用してしまうとそれはないのと同じで、一旦採用すると被雇用者は雇われた人としての権利が発生します。」
「えっ、じゃあ2週間っと定められている試用期間は一体なんのためにあるのですか。」
「あれは解雇予告が不要なくらいで、一般的な解雇自体を有効にするのは相応の正当な事由が必要で、普通の解雇と変わらないのです。」
とまあ、私の法律知識もいい加減な状況で弁護士も立てずに今回の労働裁判は幕を下ろしました。
しかし、裁判官が最後の段になって審判員と私だけの話し合いの席でかけてくれた言葉がある。
「中園さん、いろいろな人がいるから注意をして仕事を頑張ってくださいね。法律はやはり弱者を守るからいくら契約書を整えていても、ダメな時もありますよ。でも、教育をされている方だからなのかはわからないけど、申立人の気持ちも配慮しながら労働審判に参加されるのを見たのは初めてだったので、中園さんは良い方ですね!」
と言ってくれたのである。褒められてもあまり嬉しいと素直に感じれないひねくれた私が今回はこの一言が本当に嬉しかった。
私を褒めたから裁判官が良い人であるとは言えないが、今回で数回目の被告経験の中においては、裁判官の相手の心情を読み取ろうとする配慮をいつも感じるのである。証拠と証言に基づいてテキパキ仕事をこなしていくと勝手に想像していたからかもしれないが、人情味あふれる人物が裁判官になられていることは本当に驚きであった。
その時にいつも思うのはこの裁判官と飲みに行きたいなぁ!である。きっと色々と経験しておられて、大半は話せないことなのだろうと思うけど、こんな人物にふれてみたいと感じるのが裁判官だと思う。
ほかの人も感じてるんじゃないかな。
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