「死に様とは生き様です」
ワハハ本舗の喰始社長、おもむろに言いました。
知り合いに御不幸が続いた喰さん、ここひと月の間、何度も葬儀に参列して、そう感じたそうです。
「お葬式は、いわば人生最後のセレモニーです。それだけに、多種多様なドラマが凝縮されているものなんですよねえ」
たしかに、お葬式にはいろんな人がやってきます。心から悲しんでいる人、人目もはばからずに号泣する人もいれば、義理を果たすためだけに参列する関係者の人もいるでしょう。その参列者の顔ぶれや、お葬式の雰囲気を見れば、故人がそれまでにどんな人生を歩んできたか、わかるといっても過言ではないかもしれません。
「コラアゲン、今度はお葬式に行ってきなさい……知らない人の」
「はあ?」
「縁もゆかりもない人のお葬式に行って、ご焼香を上げて手を合わせたら、どんなことが起こり、何を感じるのか……興味が湧きませんか?」
何を不謹慎なこと、さらっと言うとるんや、このオッサン。唖然とする僕に、喰さんは真顔でこう釘を刺しました。
「ただし、人の死を笑いものにすることは許しません。真面目にやるんですよ」
毎回言っている気がしますが……天才・喰始の言葉は絶対です。
この無茶ぶりに戸惑いつつも、僕は覚悟を決めました。
しかし、呼ばれてもいない、知らない人のお葬式に参列すると言っても、とっかかりがわかりません。まずは葬儀屋さんに相談してみることにしました。なるべく親切そうな名前の葬儀屋さんを、タウンページから探し出します。
初めは丁寧に応対してくれていたのですが、こちらの相談内容を聞くうちに、明らかに態度が変わってきました。当たり前の話なのですが、ここで見放されたら後がない。
コラアゲンはいごうまん、ふざけた名前ですけれども、真面目にお葬式の取材をしたいんだ、そう訴え続けました。
かろうじて熱意だけは、先方に伝わったみたいで、電話の向こうの葬儀屋さんが、いきなり声のトーンを落として、こう言いました。
「ここだけの話にしてくださいね」
他の従業員に聴かれないように、ボソボソと小声でアドバイスをくれたのです。
「たとえばですね……たとえばですよ。小ぢんまりとした斎場ですと、席数も限られておりますし、しめやかなお式になりますので……コラアゲンさんのように関係のない人が参列するのは厳しいのではないかと思われます……」
その後の沈黙で、葬儀屋さんが新たな情報を出そうか、出すまいか迷っているのが手に取るようにわかります。
「で?」
「……葬儀屋の立場でこんなことを申し上げるのもどうかと思いますが……たとえばですね、○○寺とか、△△寺などは、社葬クラスの大きな葬儀を執り行っておりますから……当然参列者も多くいらっしゃいますので……その、コラアゲンさんのご希望に添えるのではないかと……」
「なるほど!」
貴重な情報にお礼を述べて電話を切ろうとすると、受話器の向こうから蚊の鳴くような声が聞こえて来ました。
「コラアゲンさん、ここだけの話と言うことでお願いします……」
すぐさま○○寺へ行ってみると、なんと当日の夜、さっそくお通夜が営まれることがわかりました。
勝負は夜だ!
ここで重要なことに気がつきました。
「そういえば……喪服がない!」
誰かに借りようにも、ワハハ本舗の芸人仲間で喪服を持ってる奴など、いるはずもありません。
こんな時は、石黒くんに頼るしかない。石黒くんは、レンタルビデオ店で同じシフトに入っている年下のアルバイト仲間です。頼んでみると、親切にも真新しい喪服をわざわざ家に帰って、持って来てくれました。
「数珠と香典袋は、自分で用意してくださいね」
危うく手ぶらで行くところだった……。若いのにしっかり者の石黒くんのおかげで数珠と香典袋はなんとか用意しました。
さて、いくら包めばいいものか? 香典の相場がまったくわかりません。
書店に駆け込み、冠婚葬祭のマナー本を立ち読みすると、こう書いてありました。
「香典は故人に対する思いです」
困った……。“故人に対する思い”と言われても、故人がどこの誰かも知らないのです。何の思いも浮かんできません……。
取材謝礼代わりと言っては不謹慎かもしれませんが、とりあえず財布と相談して、千円だけ包ませて頂きました。
陽もとっぷりと暮れた頃、借り物感丸出しの喪服の内ポケットに香典袋をねじ込んで、○○寺へと向かったのです。
お寺に到着したはいいものの、恐怖感からか、集った喪服姿の人々が全員僕を見ている気がしてきます。完全アウェイの環境の中(当たり前です)、緊張しながら、受付の男性に香典袋を手渡しました。
「ご記帳をお願いいたします」
ここまでは、想定内。これだけの参列者の中、赤の他人の僕の名前が一行増えたぐらいで気づかれる心配はないでしょう。
●名前、森田嘉宏。
●住所、東京都杉並区○○××
リズム良く走っていたペン先が、次の欄でピタリと止まりました。
勤め先!
これは想定外だった……。受付の男性が硬直した僕の手をジーッと見つめています。怪しまれるッ! 何か書かないと、ここで止まったらあかん!
全身から汗がブァッと湧き出してきました。 適当な会社名を書き込もうと思っても、とっさのことで、何も浮かびません。
もう、真実を書くしかない。その上で問い詰められたら、その時はその時。
永遠にも感じた数秒後、正直にこう書きました。
●勤め先、WAHAHA本舗
……絶対に読みとれないであろう汚い文字で。
ひとつの難関は越えました。しかし記入欄はこれで終わりではなかった……。
最後に僕の前に立ちふさがったのが、「故人との間柄」という項目。
会社、町内、友人、その他、の中から選択して○で囲む形式になっています。
当然僕は、「その他」に該当します。○を書こうとして視線を先に移すと、またもやペンが止まりました。「その他」の後ろに、故人との関係を詳しく書く( )欄が控えているのが見えたのです。これはまずい……。
バカ正直に「ネタ取材」とは死んでも書けません。故人に心の中で謝りながら、「友人」の欄を○で囲ませていただきました。
大きなお寺で営まれているお葬式だけあって、参列者の数も半端ではありません。焼香が始まったタイミングで、どきどきしながら列の後方に並びます。
長い列も少しずつ短くなり、焼香台の両側に立たれている遺族らしき方々のそばに、じりじりと近づいて行きます。弔問客一人一人に丁寧に挨拶する遺族の方々……。そこへ近づく赤の他人の僕……。緊張感がMAXに達したころ、とうとう、僕の番がやってきました。
「御愁傷様です」
後ろめたさを押し殺しながら、なんとか焼香を済ませて、祭壇を後にしました。
正直、お香の匂いも覚えていません。
はあ、これでやっと帰れるのか……。いや、このまま帰っていいのか?
喰始社長の言葉が脳裏に甦ります。
(縁もゆかりもない人のお葬式に行って、ご焼香を上げて手を合わせたら、どんなことが起こり、何を感じるのか……)
そんなとき、近くにいた葬儀屋のスタッフらしき方から声を掛けられました。
「二階におもてなしの席を用意しておりますので、どうぞ故人の供養だと思ってお上がり下さい」
このまま帰ったら、喰さんの大目玉を食らうことは間違いない……。覚悟を決め、刑場に続くかのような階段を上りました。
立派な祭壇から想像していた通り、大広間は100人を超える参列者で埋まっていました。すでに出来上がっている雰囲気のテーブルもちらほら見受けられます。
「おひとりですか? どうぞこちらへ」
案内されたテーブルは、皆さんお知り合いの様で、僕の方をチラチラ見てはどこの誰だ? という視線が突き刺さります。いつ化けの皮が剥がれるか気が気じゃなくて、勧められるがまま、目の前の寿司をつまんでも、まったく味がわかりません。
味覚が馬鹿になるぐらいの小心者ですから、もう心は折れています。
周りからこぼれてくる故人の思い出話をなんとか仕入れようと聞き耳を立てても、故人の話は一向に出てきません。聞こえてくるのは、仕事の愚痴やゴルフの自慢話、つまらないダジャレの連発……。
このままではいつまでたっても帰れません。故人のことを少しでも聞き出さなければ……。隣のおじさんのコップが空いたのを見計らって、ビール瓶を摑みました。
「お注ぎします」
「ああ、すみませんね」
「実は私、上司の代理で本日伺っておりまして、故人をあまり存じ上げておりません。どういうことをされてきた方なんですか?」
心にやましいことがあると、つい標準語になってしまうんです。
するとおじさん、まずは返杯のビールを注ごうとしてくれました。
「まあまあどうぞ」
「これから社に戻って仕事の続きが……」
そう言い訳して断りましたが、僕、本当は下戸なんです。
「仕事を抜け出してまで参列に……ご苦労様です。私達、みんな仕事関係です。故人は看板屋さんでした。看板業界は横の繋がりが非常に強いんです」
看板屋さん! やっと、一つ情報が手に入りました。
「どうして亡くなられたのですか?」
「お酒、好きだったからなあ……。詳しいことは知りませんが、癌だと聞いてます」
上手く会話の糸口が見つかった。そうホッとした瞬間、おじさんが言いました。
「で、代理ってどちらの?」
会話中の沈黙は危険です。脳をフル回転させ、即答しなければなりません。
故人が看板屋さんだったという情報からなんとか、返事を捻り出しました。
「こ、広告関係ですっ」
すると、おじさん小首を傾げて
「広告関係?」
しもた! 地雷を踏んでもうた! 土下座してでも謝るしかない……と思った瞬間、おじさんが思い出したように言いました。
「あぁ、そういえば言ってたなあ、不景気で広告の方にも手を伸ばしているって。そうですか~広告関係ですか~」
ふう……。首の皮一枚繋がりました。
心臓がどくどくと血液を送り出すのが、自分でもわかります。これ以上この場にいたら、心臓が壊れてしまう。今日の取材はもう無理だ!
僕は逃げ帰るように、ボロアパートに帰りました。
少し冷静さを取り戻してみると、別れ際におじさんと交わした会話が、妙に心に引っ掛かりました。
「これだけ大勢の方がお越しになるというのは、やっぱり故人のお人柄なのでしょうね」
僕がそう尋ねると、
「まぁ、それもありますが……この業界、いろんなところで繋がってますから」
おじさんはそう言うといきなり席を立ち、ビール瓶を手に姿を消した。
どうも、このお葬式は仕事の匂いがする……。
僕が語りたいのは、こんなお葬式じゃない!
(コラアゲンさんのように関係のない人が参列するのは、厳しいのではないでしょうか)
電話口でこっそり教えてくれた、葬儀屋さんの言葉の中に本質がある。
確かに小さな斎場で取材したら、僕の正体がバレるリスクは高い。参列者は親しい身内ばかりなのだから、当たり前だ。しかし、そこに飛び込まずして、本当の故人の姿に触れることはできないのではないか。
僕はボロアパートを出て、すぐ近くにある小さな斎場に向かいました。
<後編に続く>
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