どうも、苦いネギです。 今回もまた、制作中の作品の冒頭部分を添削して頂きたく書き込ませて頂きました。 以下がその本文になります。
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序章
遥か遠くの峰々に降り積もった雪も解け、木々の枝先に柔らかな緑が芽吹く頃。 大陸の西に広がる大国――ホゥライ皇国へと続く山間の街道を、檜皮色の擦り切れた旅衣をまとった一人の男が歩いていた。 古びた編笠を目深に被り、一人街道を往くその男は、名をジャンゴといった。 男らしからぬ長い黒髪をうなじで束ね、痩せた体躯をすっかり垢じみた旅衣に包んだその出で立ちは、いかにも帰る宿なき無頼の流浪人といった風だったが、ジャンゴが左手に携えている代物が、そんな印象を裏切らせる。 ジャンゴが左手に携えているのは、艶の失せた黒鞘に収められた一振りの長剣だった。 切先から鍔元にかけて緩やかな弧を描くそれは、大陸の東に伝わる太刀≠ニ呼ばれる細身で片刃の刀剣であった。手垢に塗れた柄糸といい、錆の浮いた鍔といい、およそ銘刀の類でないことは容易に察せられたが、黒鞘に刻み込まれた無数の疵は、無銘でありながらも幾多の斬り合いを潜り抜けてきた、業物の証にも見える。 剣の心得のある者が見れば、その太刀が経てきた熾烈な年月の程はもとより、それを携えるジャンゴが腕の立つ剣客であることをも即座に見抜いたであろう。 黙々と山間の街道を歩き続けるジャンゴだったが、ふと、なにかに気づいたように、編笠の前をわずかに上げて立ち止まった。なぜなら、小さな薄桃色の華を咲かせた枝の向こうに、煌びやかに飾り立てられた雅な牛車が一台、朱い錦の幟を掲げた従者たちに囲まれて、ゆっくりと進んでくるのが見えたからだ。 「――ほう。どこぞのお大尽の行列か……」 ジャンゴは思わず立ち止まって、近づいてくる行列を眺めた。 その行列の主がいったいどこの誰であるかなど、流れの異邦人に過ぎないジャンゴは露ほども知らなかったが、貴人の行列を妨げれば、その場で打ち首になることくらいは知っていた。 ジャンゴは街道の脇にどいて道を譲ると、編笠と太刀を置いて静かに額づいた。 「………………」 やがて行列は、額づくジャンゴのすぐ傍までさしかかり、牛車の軸が軋む音を響かせながら、ゆっくりとジャンゴの前を通り過ぎて行った。――と、その時だった。 「――なにっ!?」 突然、牛車を牽く牛が、背を弓なりに反らして暴れ出した。 軛を砕き、角を振り上げた牛は、慌てて駆けよって来た従者を蹄で蹴り上げると、さらに牽いていた牛車に体当たりを食らわせ、狂ったように暴走し出した。 「鎮まれ! 鎮まれぇ!」 「う、うわああああっ!!」 悲鳴を上げて逃げ惑う従者の一人が、背中から牛の角に串刺しにされ宙を舞った。辺り一面に血潮が飛び散り、高く放り上げられた従者の身体がどっと地に落ちる。 猛り狂う牛はますます昂ぶり、次なる獲物を串刺しにせんと、蹄で地面を掻きながら、血に濡れた二本の角を振り上げてみせる。 もはやこのままでは、従者もろとも車の主も皆殺しか――と思われたその時、ジャンゴは流れるような動作で立ち上がり、腰だめに構えた太刀を抜き放っていた。 「――――疾ッ!!」 黒鞘から抜き放たれた雷光の如き一閃は、一条の残光を曳いて奔り、今まさに突進せんとしていた牛の首を、瞬きするよりも早く鮮やかに両断してのけていた。 一刀の下に両断された牛の首が、わずかに一拍置いて地に落ちる。 首を落とされた牛の巨躯が、地響きにも似た音を立てて倒れ伏すのを、尻もちをついたままの従者たちは、呆然とした表情のまま眺めていた。 「な、なんと……!」 「……すまない。無礼は承知の上だ。だが今は命が助かったことを喜べ」 チン、と小さな鍔鳴りを響かせ、ジャンゴは握った太刀を鞘に収めた。 噎せ返るような血臭が立ち込める中、未だ呆けたままの従者にそう声を掛け、ジャンゴはその場を立ち去ろうとした。 もとより礼や報酬などは期待していない。むしろ、やむを得なかったとはいえ、貴人の車を牽く牛を切り捨てたことの咎を問われる前に、さっさとこの場を立ち去りたかった。 「なんじゃ!? いったいなにごとじゃ!!」 「……なに?」 だが、ジャンゴが立ち去ろうとしたその時、横倒しになった牛車の中から声が聞こえた。 思わず足を止めて振り返ったジャンゴは、牛車の前簾を撥ね退けて転がり出てきた、艶やかな着物姿の女子と目が合った。 「――む。そなた、よもやそなたがこれをやったのか?」 「………………」 一見してそれと判る身分の高さ。庶民であれば目にすることすら稀であろう絹の着物。 燃えるような朱い髪に挿された瀟洒な簪が、まさか皇族であることを示す雅皇簪であるとはジャンゴの知るところではなかったが、しかしどうやら相当な身分の貴人を目の前にしているらしいということは、異邦人であるジャンゴにもはっきりとわかった。 「……ああ。悪いが、首を落とすより他はなかった」 返り血に塗れた衣を着ていては隠し遂せるはずもなく、ジャンゴはそう口にする。 あの牛の首を落とさねば、今頃は従者もろとも仲良く串刺しにされ、蹄に踏みつけられ冥途の川を渡っていたであろうことは誰の目にも明らかだったが、かと言ってそんな道理をこの女子が弁えているとは限らない。 なにしろジャンゴは卑賤の身だ。車の主とおぼしきあの女子が機嫌を損ね、牛が暴れ出したのもお前のような卑賤の輩がいたからだ、などと言い出せば、弁明を乞う暇もなくその場で打ち首にされるだろう。 ――ところが、そうはならなかった。 「なるほど、これをそなたがな……」 牛車から転がり出てきた朱髪の女子は、そう呟いて周囲の惨状を一瞥すると、牛を鎮めようと駆け寄り、角に貫かれた従者の下へ歩み寄った。 「……大儀であった。そなたの忠はしかと妾に届いたぞ」 倒れた従者は既に事切れ、纏った衣を無残に血で汚していたが、朱髪の女子はそれを気にする様さえ見せず、そっと従者の傍らに膝をついて、虚ろに空の青を映すばかりの目を閉じてやっていた。 「……そいつは助けられなかった」 「――よい。そなたを責めるつもりは毛頭ない」 どこか言い訳のようにジャンゴが言うと、朱髪の女子は立ち上がってそう答えた。 そして、赤髪の女子はジャンゴの方へ向き直るとこう言った。 「妾はホゥライ皇が西ノ宮の娘、ベルカである。皆に代わって礼を言う。大儀であった」 「な――に……?」 驚きに硬直したのも束の間、ベルカと名乗った朱髪の女子は、牛車の傍らに尻もちをついていた従者に何事かを命じると、やがてどこからともなく輿を担いだ男たちが現れ、ベルカはその男たちが担いできた輿に乗り込んでしまった。 「……ホゥライ皇の娘、だと……?」 ゆっくりと遠ざかってゆく行列を、ジャンゴは呆然と見送った。 今のジャンゴには知る由もなかったが、これは全ての始まりに過ぎなかったのである――。
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以上が本文になります。 どなたかお時間のある方がいれば、コメント・添削をお願いします。 より具体的にご意見を頂きたいと思っているのは、以下の点です。
@文章および展開に不自然・不明瞭な個所は無いか。 A登場人物の容姿や性格がおおよそにでもイメージできるか。 B先行する類似作品(パクリになりかねないもの)があるか。 C単純に話の続きが気になるかどうか
以上です。よろしくお願いいたします。
[No.10668] 2016/01/15(Fri) 23:28:27 |