増田弘道さん(執筆の2010年当時はマッドハウスの代表取締役)による著作、「もっとわかるアニメビジネス」を読みました。この方は2012年頃、ちょっと物議を醸しだす発言をされた方ですが、それとは別に本書の方は、日米を比較しながらアニメビジネスという視点で切り込んだとても興味深い本でした。
以下、勉強を兼ねた自分へのメモ帳という感じで本書から引用しつつ、記事を書いていきたいと思います。ぶっちゃけ本の要約記事ですね。
「もっとわかるアニメビジネス」
著者は増田弘道さんで初版は2011年です。
刊行から5年が経過し、現状と違っている部分もあるかもしれませんが、根幹は変わってない気がします。
はじめに
※以下、青文字の引用部分は、適当に私が独断で本文に変更を加えています。また本書にならい、アメリカのものはアニメーション、日本のものはアニメ、と表記してあります。まずは最初に著者による冒頭の言葉を抜粋引用します。
現在(2010年当時)、世界的に見てアニメ産業が存在しているのは実質的に日本とアメリカだけと言ってよい。実際、日常私たちが接しているアニメのほとんどは日本製であり、それ以外はケーブルTV系の専門チャンネルで放映されているアメリカ製のカートゥーン(Cartoon=漫画映画)を目にする程度。映画はどうか。こちらも日本とアメリカのアニメで占められている。
もちろん中国のようにアニメーション制作に政府が力を入れ、その結果すでに日本を大幅に上回る制作分数の国もあるが、今のところ国際的な流通性はほとんどない。従ってある意味、世界のアニメ市場は日本とアメリカで占められていると言っても差し支えない状況にあるので、この両国のアニメビジネス史を中心に理解すれば全体的な把握が可能であると考えられる。
(p.6~p.7)
アメリカのアニメーション。白雪姫からトイストーリー、セルからCGへ
本書を参考に、ざっとアメリカのアニメーションを振り返ってみます。おもに劇場版長編アニメーションについて。
1937年。
ウォルト・ディズニーによる陣頭指揮のもと、4年がかりで完成させた「白雪姫」が公開される。
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白雪姫以前にもディズニーにはミッキーマウスの登場する「蒸気船ウィリー」などのヒットがあったが、これらは時間的に5~7分と短く、あくまでも本編である他の映画の前座扱いだった。
しかし「白雪姫」という劇場版長編アニメーションの大成功以降、ディズニーには「ピノキオ」、「ダンボ」、「バンビ」、「シンデレラ」、「ピーターパン」、「眠れる森の美女」などの不朽の名作が続々と生まれ、アニメーションはビッグビジネスとなってゆく。
他にも1930年代~40年代には、ポパイのフライシャー、バッグス・バニーのワーナー、トムとジェリーのMGM、マイティマウスのテリー・トゥーンズ、ウッドペッカーのウォルター・ランツなどのスタジオが世界に飛び出し、アメリカのアニメーションは黄金時代を迎える。
その後1960年代中盤から1980年代後半にかけて、アメリカン・アニメーションには沈黙の時代が訪れるが、「リトル・マーメイド」を機にディズニー・アニメーションには復活の狼煙が上がる。「リトル・マーメイド」(1989年)、「美女と野獣」(1991年)、「アラジン」(1992年)、「ライオン・キング」(1994年)と、劇場公開作品がたてつづけに大ヒットした時代。
私も「アラジン」は劇場で鑑賞しました。
この頃のディズニー・アニメーションには、視聴者にワクワクする期待を抱かせるようなものがあったと思います。
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一方、ディズニーがセル(手描き)の劇場長編アニメーションを手がけていた頃。
アメリカのアニメーション産業は大きな変革期を迎えることになる。それが1995年公開の「トイ・ストーリー」
「トイ・ストーリー」はピクサーによる世界初のフルCGアニメーションで、北米ボックスオフィス(BO)の年間1位を獲得。以降、アメリカでは徐々にセルアニメーションが振るわなくなり、CGアニメーションの時代へと完全にシフトしていくことになる。
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ざっとですが、本書から要約したアメリカのアニメーションの流れはこのようなもの。
CG作品が大ヒットしていたので印象にありませんでしたが、その陰でアメリカでのセル(手描き)アニメーションは、いつの間にか表舞台から姿を消していったんですね。アメリカのセルが完全に無くなってしまったわけではないですが。
アメリカのCGアニメーションの課題
アメリカのCGアニメーションは、現在同様今後も定着し続けるのかどうか。筆者は次のように課題を述べています。
CGはリアルな映像を得意とする。
しかし人間に近いロボットほど生理的嫌悪を引き起こす「不気味の谷」現象のために、リアルな人間がメインキャラになることを避ける傾向にある。
実際、2010年までのCGアニメーション66作で人間がメインキャラになっている割合は30.3%に過ぎず(他の作品の主人公は動物・昆虫・恐竜・モンスター・エイリアン・おもちゃ・ロボットなど)、人間以外の主人公が圧倒的に多い。これはつまり、CGアニメーションになってもやはり本質はCartoon(カートゥーン=漫画映画)であるということだ。
(※ここで使っているCartoonの意味は、子供向けに擬人化された動物やスーパーヒーローが活躍したり、子供の主人公による冒険を特徴としたりする作品群のイメージです)
穿った見方をすれば、セルアニメでは陳腐になってしまうキャラクターがCGのおかげでリアルさを獲得し、大人の鑑賞に堪えうるものになったのであろう。しかし今後も毎年同じようなキャラクターばかりで果たしてよいのか。いずれマンネリの波が訪れる可能性もあり、意外と飽きられそうな要素も秘めている。CG、3Dと手を変え品を変え攻めるハリウッドであるが、表現そのものに根本的な問題を内包しているのは確かである。
(p.37~p.38)
飽きられそう……か。言えてるなぁ。
セルの時代でもCGになってからの時代でも、アメリカの長編劇場アニメーションは、どこか似通った作風を持っていますよね。
日本のアニメ。白蛇伝、鉄腕アトム、宇宙戦艦ヤマト、新世紀エヴァンゲリオン
ではアメリカに続いて日本の話へ。
本書では日本のアニメにおけるエポックメイキングなアニメを4つあげていました。それぞれの作品について、簡単な概要と時代に与えた影響などを書いてみます。
1. 「白蛇伝」
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1958年公開の劇場長編カラーアニメで制作は東映動画(現・東映アニメーション)。
当時の社長・大川博は「東洋のディズニー」を標榜し、白蛇伝を見た手塚治虫はアニメ制作の決意をより強固なものにし、高校生だった宮崎駿は、マンガ家志望からアニメへと大きく舵を切る。日本のアニメ産業立ち上げのキッカケとなった作品。
2. 「鉄腕アトム」
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1963年スタート。テレビアニメが登場する。
フロンティアスピリッツあふれるアメリカでさえ、毎週30分のアニメを放送し続けるのは不可能であり、無謀すぎる挑戦だと考えられていた。ただし手塚治虫自身は、1時間で50~60枚の動画を描き上げるほどの筆の速さもあり、ディズニーのようにフルで動く「アニメーション」ではなく、自分たちなりの「アニメ」をつくればいける、という戦略があったようだ。
3. 「宇宙戦艦ヤマト」
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1974年放送開始。アニメファンの年齢を拡大させた作品。
テレビアニメが子供の娯楽として定着していた時代(1960年代)から、劇場版公開を機に中学生になってもアニメを卒業しない人間が出現する。ある意味では、世界初のオタクを出現させたという作品。1978年公開の劇場版第2作「さらば宇宙戦艦ヤマト 愛の戦士たち」は、この年の邦画配給収入第2位という快挙を成し遂げ、ヤマト以降、青年層向けアニメ企画が続々登場することになる。ガンダムもその一つ。
4. 「新世紀エヴァンゲリオン」
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1995年放送開始。
結果的に深夜アニメの増加をもたらすキッカケになった作品(エヴァンゲリオン自体の放送は夕方)
その後の「ポケットモンスター」(1997年)や「もののけ姫」(1997年)のヒットと合わせ、アニメビジネスに対する期待が高まり、テレビ東京を中心に安価な深夜枠が解放されたことにより、テレビアニメへの参入障壁が一気に低くなる。その結果、2000年以降にはブーム前の三倍もの新作が放映された。
また、視聴層の広がりという意味では。
第1次ブームのアトムによって子供層に、第2次ブームのヤマトによって青年層に、第3次ブームのエヴァンゲリオンやもののけ姫によって一般層に、ポケモンによって海外にまでアニメファンの層が広がった、といえるようです。
日本のアニメの課題
続いてビジネス面の話へ。
ビジネスとして日本のアニメを見た場合、筆者は課題のひとつとして「マネタイズ」(monetize、収益化)をあげています。
マネタイズとは、無収益のサービスを収益を生み出すサービスにすることで、無料ネットサービスの収益化、無償コンテンツの有料化や広告収入モデルの確立など、の意味です。( マネタイズ【monetize】の意味 - 国語辞書 - goo辞書 より)
ポケモンブームが落ち着いたあと、世界的に日本のアニメブームは減速しつつある様に見えるが、それはアニメに対する支持の低下を意味するものではなく、むしろ今ほど日本製のアニメが世界中で見られている時代はない。日本のアニメは過去のものではなく、世界的に見ても人気のあるコンテンツであると言い切れるのだが、それにビジネスがともなっていない。そんなジレンマに陥っている。
(p.72~73)
本書からそのジレンマの具体例をふたつほど。
ひとつめは、2009年の年末から約40日間に渡って行われた調査の結果で、ネット上で無許可投稿されているアニメの数と再生数を探ったものです。アニメ全体のごく一部、21タイトル46話分、合計30時間ほどをモニタリングした結果。調査期間中、それら対象となる映像の総数と再生数は、
ネット上に2万5350個存在し、視聴回数の総数はなんと2874万回!
もしもほんのちょっとでいいからお金を取れていたならば、いったいどれほどの金になるのだろう? 思わず、そんな取らぬ狸のなんとかを考えてしまいます。
スマン…… もしかしたら私もその2874万回の中にカウントされてたかもしれない。
もうひとつ、海賊版もまた然り。
イタリアの中規模アニメフェスティバルをJASRAC調査員が視察したところ、売られていたアニメDVDが全部海賊版だった、なんてことがあったようです。海賊版は中国や東南アジアだけでなく、実はヨーロッパにも非常に多い。さらに海賊版を取り締まるのは、1億や2億などでは到底足りず、相当な売上と相当な体力のある企業でなければ難しい、というのが現状。
世界中で人気があると言える日本のアニメ。
しかしそれをマネタイズできていない。
人気=利益とはならないジレンマを抱え込んでいる日本のアニメ産業。それが日本のアニメの課題だと言えそうです。
ではどうしたらいいのか?
筆者いわく、この問題は流通網をどう整備していくか、という問題に突き当たるとのこと。
ちなみにハリウッド・メジャーはみな流通(劇場)の出身。唯一の例外だったディズニーも、1996年に三大ネットワークのABCを買収し、流通網の強化に入りました。
ひるがえって日本において、それが可能そうなのは放送局。
インターネットの時代とはいえ、映像流通においてはまだまだ放送の力は大きく、特に新興国においてはそれが有効。
アメリカの映像生態系の頂点はハリウッドですが、日本ではテレビ。放送局は映画も制作していますし。ところが残念ながら、日本の放送局はかなり内向き。参入規制にずっと守られ、今さら外に出て苦労するという発想がないと言えます。
アニメ業界も放送局同様、ビジネスの主眼はほぼ国内のまま。
しかしアニメ自体の方は、「面白い」「安い」「量産性」といった理由により、確たる海外戦略やビジネスモデルがないまま気がつけば「世界進出」を果たしました。意図的かつ戦略的にアニメを世界に広めたというよりも、いつの間にか、気づけば世界に広がっていた、というのが実情。
ちゃんと意図的かつ戦略的に、本格的な海外展開をするためには最低でも一兆円規模の売り上げが欲しいところですが、しかしこれはアニメ企業単独では厳しい数字です(アニメ企業最大の東映アニメーションで売り上げは2011年度決算で200億円規模)。
どうしたらいいのか、選択肢の一つとして筆者が説いているのは、放送局による海外流通網の整備。現時点で海外展開が可能な事業者は、日本では放送局がもっとも妥当だと筆者は書いています。放送局は、新規参入がほぼ不可能という護送船団方式による利益を享受するだけでなく、コンテンツの海外展開という意味で、ちょっとしたフロンティアスピリッツを発揮して欲しいところです。
ふと気がつけば世界進出を果たしていた日本のアニメ。
それはそれでとっても日本らしくてほほ笑ましい想いを抱いてしまうのですが、ある程度は人気が利益となって製作者の苦労に還元されるようなビジネスモデルの確立を、政府を含めてぜひ検討して欲しいものだなと思います。時代はそういう段階に入ったのではないでしょうか。
そういえばアベノミクスのひとつにそんなのがあったような…… 成長産業をどうとかってヤツですね。
アニメビジネスの本質と日米両者の特徴
本書では、他にもアニメビジネスにおける収益の柱は何か? という点にかなりのページを割いているのでが、ここでは簡潔に少しだけふれてみます。
結論をひとことで言うと、アニメビジネスの本質はMDビジネス、ということでした。MDとはマーチャンダイジングの略で、キャラクターの商品化による収益という事です。言いかえれば版権収入。
東映アニメーションの2007年~2010年を例にとると、アニメ企業の全体売り上げに占めるMD(版権事業)の割合は32.4%という、数ある事業の柱のひとつに過ぎないのですが、営業利益率全体でみるとその割合は73.4%へと跳ね上がり、利益全体の3/4を占めるに至ります。私などはどうしても円盤(BD、DVD)の売り上げに目が行きがちなのですが、実際に企業の収益を支えているのは関連グッズの売り上げによるロイヤリティー、ということになるようですね。
日米を並行しながらアニメとアニメーションをビジネス側面から比較した本書。日米が対照的で興味深い内容でした。両者の特徴を簡単にまとめると、
- アメリカのアニメーションは、収益を上げること、つまり流通網の確立には秀でているが、コンテンツの方はCartoonから抜け出せない部分があり、大人のアニメファンを心底満足させているかというと疑問な点もある。
- 一方日本のアニメは、大人アニメファンの要求を満たす幅広いコンテンツを持ちながらも、その人気をマネタイズするというビジネスモデルを今ひとつ確立できていない。
別な言い方をすれば、アメリカはプロフェッショナル的、日本は同人の延長的、とも言えるかな。
また、日本の課題をもうひとつ上げるならば、それは放送コードの部分。
日本ではOKはヴァイオレンス表現(暴力や性的描写)も、たいがいは海外の放送コードにひっかかってしまいます。そこ(ヴァイオレンス表現)が日本だけでなく、海外アニメオタクの需要を満たしているのかもしれませんが、私などはたとえ深夜アニメであろうとも、もうちょっと規制していいのでは? と思うことがあります。特にエロとか。それが海外で放送展開してビジネスするには不利に働く点のひとつでしょう。
最後のまとめ
本書では数多くの図表が著者自身の作成によるものでした。
図表作成の苦労はひとしおだったことしょう。しかし日米の比較を歴史だけでなくビジネスという面から捉えたことにより、日本のアニメが持つ長所と短所が、よりクッキリ浮かび上がる内容になっていました。
本書で痛感したのは、日本のアニメはビジネス面の弱点を持ちながらも、同時に世界に誇るべき比類なきコンテンツのひとつである、という事実でした。世界を見渡してもオンリーワンの存在だと思います。ぜひ、今後も頑張って欲しい。
アニメ業界が金銭的に苦労しない程度には、人気をお金に替える手段を確立して欲しいですね。
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