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読書系フリーターの日常

ブラック企業を新卒半年で辞めた読書好きフリーターがいろいろ考えています

芸大の進路で悩んでいるならこの小説。古美術ミステリ・冬狐堂シリーズ/北森鴻 『瑠璃の契り』

読書

たまたま最近読んでいた小説が美大出の凄腕旗師(店舗を持たない美術品のバイヤー)の、夢を追って挫折した美大時代の話が出てきて、それがなかなかリアルで。

ちょうど今はてなで話題になっている記事に美大芸大進学問題があってタイムリーだなと。

 話題の発端はユーリオさんじゃないかと思うんだけど。

www.ishikawayulio.net

それを受けてホットなのがこの記事。

www.mikinote.com

親に偏見と金銭的な事情により反対されて美大を諦めた私としてはかなり興味があるところ。どっちみち絵の道に進むことはありえなかったと思いますが・・・。

個人的には、今となっては美大に行こうが今の人生を歩んでいようが(総合大学出)どっちでも自分にとって良い選択だったんだと思うけれど、大学という環境でしっかり絵を学びたかったという気持ちは今でも持っている。

 

小説の方に話を戻しますが、本書は美大の進学という悩ましい問題に直面している人は読んでみるとなにか感じるところがあるのではないかなと思ったので、少しこの本について触れてみようと思います。

瑠璃の契り 旗師・冬狐堂

瑠璃の契り 旗師・冬狐堂

 

冬狐堂シリーズについて

 旗師である宇佐美陶子(屋号:冬狐堂)が関わる古美術(絵・人形・器・織物など)に関連して起こる殺人事件や不可解な事件を解いていくミステリの短編。

 

旗師については、美術品を流すことで差額や報酬を手に入れて生活することになるわけで、鑑定眼や美術品の知識が問われる職業になる。

特に、本物を見抜く眼や良い作品を選ぶ感覚を養うため、良い作品や本物をいかに多く見るかが重要だ、といったことが美術関係者の間では言われる

美術商 - Wikipedia

質は確かなのに不幸な事故のエピソードをくっつけて何度も返品されてくる日本人形など、古美術の世界の黒い話や業者間での贋作のつかませ合いなどの騙し合いや高額・希少商品が動くが故の人間の欲から起こる生臭い話なんかを絡ませてくるので面白い。なかなか普段触れないテーマについて相当詳しく織り込まれているというところもあり。

 

ミステリが主役というより、古美術の世界の深さや黒さやそれにまつわるエピソードなども含めてダブル主役感があるくらいな内容です。

『瑠璃の契り』における陶子の美大時代のエピソード

 陶子は在学中に圧倒的な天才に出会い、自分の才能のなさに気づき、その後出会った教授の指南により古美術の道へ転向して旗師として名を上げるようになります。

 

これは2作目に入っている短編「苦い狐」の話。

芸大時代の回想を交えながら話が進むのですが、そこで描かれるのは、

同級生たちが一体となって絵を描くことだけに自分のすべてを注ぎ込んでいた学生時代。

陶子の、絵のために生まれてきた天才を目の当たりにした嫉妬と自己嫌悪。天才のスランプ。それから自分の才能への絶望と挫折。

ある日陶子の元に再版の画集が届いたのですが、果たしてそれは圧倒的な才能をもちながら在学中に自分のアトリエからの出火で作品諸共亡くなった同級生の追悼画集。

同級生たちでお金を出し合って50部だけ作った画集がなぜ、誰が今になって再版されたのか?という話。

 

3作目の「黒髪のクピド」では、芸大の教授であり自分には才能がないと悟った陶子が出会い、結婚の後離婚することになるD教授の失踪事件の話。

ここでも、大学時代のエピソードが散りばめられています。

芸大に進もうとする人間の志望動機はこんなところがあったりするのではないかと思うのですが、

美術学校の洋画科に通う学生なら誰でも持ちうる過剰な美意識と、自らの才能への無垢なる信仰、やがて開けゆく輝かしい未来への希望といったもの

それらをすべて失った21歳の陶子のエピソードからこの話は入ります。

おわりに

 芸大を出てもその道で食べていける人なんてほとんどいなくて、実際冬狐堂シリーズの主人公である宇佐見陶子は美大に進学したものの、絶対的な天才を目の当たりにして美術の道に進むことを諦めたし、彼女の同級生もほとんど美術系のみで食べている人はもうほぼいない。

しかしその後、紆余曲折の後陶子は美大での経験を生かして業界でも名を馳せるレベルの旗師になっている。

その厳しさやしんどさを書きながらも、

純粋無垢に絵筆を振るった日々が、今はもうこの手から失われたと思うと、ふいに目頭が熱くなった。

とあるように、若さと情熱で絵に打ち込んだ4年間は陶子の中で大きなウェイトを占めているのですね。

 

そんなところも含めて、何か芸大の進路で悩んでいる人へはヒントになるものがあればなと思います。

普通にミステリとしてもかなり面白いですし、古美術に興味がある人も全く知らない人も読みごたえがかなりあるのでぜひ。

 

 

冬狐堂シリーズで内容の濃さと満足度において、私が一番好きなのはこれ。D教授や大英博物館など美術品がふんだんに使われた長編。

狐罠 「旗師」宇佐見陶子 (講談社文庫)

狐罠 「旗師」宇佐見陶子 (講談社文庫)

 

 結局全部面白いんだけど。

緋友禅 旗師・冬狐堂

緋友禅 旗師・冬狐堂

 
狐闇 (講談社文庫)

狐闇 (講談社文庫)