―――――――隙間―――――――
夜中に喉が渇いて目が覚めた。布団から抜け出して、そっと
襖を開けて、廊下へと出る。
軋む廊下を静かに、足音をなるべく立てないよう歩く。
歩く先に細い光の線が引かれてあるのを見つけ、何だろうか、と
近寄れば襖の隙間から零れだしている物だった。
家人は全員寝ているはずなのに、何故。
幼い心は好奇心を抑える事を知らず、息を潜めて隙間から光を
生んでいる部屋を覗いた。
細い隙間からでも案外はっきりと分るもので、其処に居たのは両親だった。
まるで獣のような父と、その下で壊れた人形のように高い声を上げる母。
荒い息を互いにしながら身をくねらせ、白い母の足が父に絡みついている。
たまらなく怖くなり、喉が渇いていたのも足音を消すのも忘れて
己の部屋へと駆け込んだ。心臓が口から飛び出そうだ。
襖を閉めて、荒い息を繰り返す。
何か見てはいけないものを見た気がするのは、間違いなかった。
朝になったら怒られるかもしれない。
足音は確かに部屋の中の両親に聞こえていた筈だった。
恐怖が更に込み上げ、襖を隔てた弟の部屋へと逃げる。
布団の中で身を丸ませて寝ている弟は、彼が入ってきたことに気付いては居ない。
起きて。
口に出せず、涙が出そうになり、弟の布団を捲って中へと潜る。
ぐっすりと寝ている弟に、身を寄せてその背に顔を擦り付けた。
鼻の奥が痛い。
怖くて怖くて泣きそうだった。
両親の行為がどんなモノかなんて、判らなかったが
酷く傷ついた心があるのは確かだ。
「・・・・っう・・・」
ずっと鼻を啜って、更に身を寄せる。
目を瞑っていても涙は零れて、弟の背を濡らす。
寝巻きを掴む手に力が篭り、さすがに弟も目を覚ました。
「・・・ん・・・すい?」
目を擦りながら振り向こうとして、身体に回された腕に気付く。
ぎゅっと寝巻きを握り締める手が震えていた。
「雲水?どうしたんだ?」
腕を外して身体を向ければ、泣きじゃくる雲水の顔が見えた。
「雲水、どうしたんだ?雲水?」
顔を近づけて尋ねても、ただ泣くばかりで喋ろうとしない。
兄が泣く姿なんて久しく見ていなかった。見ていなかったから
余計に何事かと焦る。
「雲水?雲水?」
名を呼んで濡れる頬を拭った。
それでも
拭っても拭っても
歪む目から涙が溢れて、雲水の頬を濡らしてシーツに染み込んでいく。
「・・・っぁ・・あごん・・・」
苦しげに息をして、やっとで弟の名を呼んだ。
呼んで縋るように腕を伸ばしてくる兄を、抱きしめた。
兄はただ泣いてただ弟の名を呼んでいる。
「大丈夫だ。大丈夫だよ雲水。泣いたら駄目だ」
抱き締めて、精一杯の言葉を贈る。
喉が渇いたからって起きなきゃ良かった。
襖の隙間なんて見なきゃ良かった。
後悔だけが胸を押し潰す中、涙さえ止まらない中
確かなものは自分をしっかりと抱きしめて、大丈夫だよと繰り返す
阿含の腕と声。
離れて欲しくなくて
確かに傍に阿含がいるのだと感じたくて
背に回した腕はしっかりと阿含を掴んでいた。
-------------------------------------------------
小さい頃は阿含のがお兄ちゃんぽくてもイイな、と思って書いた話。
いかにワタシがアホなのかがわかります・・・・。