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2009.01.25スペシャルインタビュー　演出家　大森青児さん

＜本物の表現者を育てたい＞

演出家の大森青児さんは、NHKのチーフディレクターとして多くのドラマをつくってこられました。
その大森さんが4年前、57歳でNHKを辞めて独立し、会社設立に当たって掲げた目標が3つ。1、つくる　2、育てる　3、広げる　です。
1の「つくる」は、演出家として舞台やドキュメンタリー、ドラマをつくること。これは、着実に実行してこられ、そろそろ次のステップへと2の「育てる」を始めることにしました。そこで立ち上げたのが「艸(そう)星(せい)塾」という役者の養成所です。本物の芝居ができるプロの役者を育てようと、この4月に開校する予定で塾生を募集中。新人も経験者もオーディションで選ぶことにしています。

「自分を表現したい人はいると思うんです。みんなに知ってもらいたい。社会に伝えていきたい。それが、陶芸であるのか、音楽であるのか、サラリーマンであるのか、それぞれ方法は違うでしょうが、とっても大切なことだと思うんです。ただ、演劇の世界では、昨今プロの役者があまりに少ないですね。簡単にテレビドラマや演劇に出て、ちょっと目立てばそれでいいと思ってしまう。訓練されていなくてもできるかのような錯覚を生む。基礎の訓練ができていなければ声も出ないし、滑舌も悪いし、本当の芝居はできません。長続きする、心のある俳優を育てたいんです」

最近は、制作そのものも安易に流れていて、安直で、手軽につくった作品が多すぎると大森さんは嘆きます。テレビドラマの世界も、演劇の世界も、制作者側が「易きに流れる」からでしょう。速くて効率がよく、視聴率がとれさえすれば、あるいは話題性で観客動員数が多ければそれだけでよいのだという不文律ができてしまったのでしょうか。しかし、本当にそれでよいのか。大森さんは疑問を投げかけます。

「今はいいかもしれませんが、育てられていない、基礎訓練ができていない俳優は、役者寿命が短いのは明らかです。50歳を過ぎても、ちゃんと鍛えられていれば、すばらしい仕事ができる。派手に目立つのではなく、地道に積み重ねることが大切です。感動できる、すばらしい作品を届けたい。そのためには、よい役者が必要です」
これが、大森さんの願いです。

大森さんは、たくさんの珠玉の作品を作ってこられました。連続テレビ小説『京ふたり』『ぴあの』、銀河テレビ小説『私生活』、大河ドラマ『武田信玄』、時代劇『壬生の恋歌』『はんなり菊太郎』など、多くの人に感動を届け、数々の賞を受賞してこられました。その中から渡辺謙さんや内藤剛志さん、上野樹里さんのデビューを手がけ、たくさんの役者さんたちとかかわり、才能を見抜き育ててこられた実績があります。その経験を活かして、今度は本物の役者を育てていこうと考えています。

＜人間とは何かを考える＞

大森さんは、「役者という仕事はすばらしい」とおっしゃいます。しかも、どの役者さんでも一流になる人は何かに卓越していて、そのことに関しては自分の考えや意見をきちんと持っていらっしゃるそうです。
「演じるということは、人間とは何かを考えることです。想像力というか、思いをはせる力なんですね。そのためにも色々なことを勉強し続けなければなりません。近道はないと思うんですよ。人の心が分からなければ演じられません」

たしかに、自分ではない誰かを演じるわけですから、その人の生き方、考え方がわからなければ演じられるわけがありません。共感はできなくても、理解していないと演じられないでしょう。自分以外の人間に心を寄り添わせる柔軟性や、人間としての幅も必要かもしれません。さらに言えば、しっかりと自分を持って、自分と向き合って見つめることができなければ、他の人になりきることもできないでしょう。

「演出家も、役者も、表現者たちは、常に真剣に自分と向き合わなければ人を感動させることはできません。自分を裸にして心を開くこと。裸になるのはとても恥ずかしいことだけれども、開き直って『俺を見てくれ』と差し出す。そこに、本当の芝居が、本当の感動があるのです」

表現する仕事は、役者さんでなくても同じことが言えます。自分をさらけ出さずに殻をかぶっていたのでは、人の心に入ることなどできないからです。

大森さんは、「何より役者に必要なのは人間性だ」と強調します。
「素直なことが大事です。他人の意見を受け入れる人。そして自分のことをちゃんと省みることができる人」それが、その人を成長させると断言します。
「人には器というものがあります。でもその器を自分で決めてしまったら、何も広がらない。自分ができることをプラスアルファーで積み重ねていくと、どんどん器そのものが広がっていきます」器を広げる勇気と努力も大切なんですね。

＜子供たちに演劇を＞

大森さんは、最初から演出家になろうと思っていたわけではありませんでした。大学の経済学部を卒業するときに、これから何をしようかと考え、ドラマを見るのが好きだという理由でNHKに入社しました。そこで、色々経験していくうちに、ドラマのディレクターとしての才能が開花していきました。
演出という仕事は、本当に楽しいそうです。
「これが天職だ」と感じ始めてからは、時間的にも、体力的にもきつい仕事ですが、こんなにすばらしい仕事はないと思ってやってこられました。

さて、会社設立のときの目標3つ目の「広げる」ですが、これは、義務教育の授業に芝居を取り入れてほしいという考えです。演劇には、主役も脇役もいて、相手の気持がわからないと演じることができません。相手の心がわかれば、いじめなどなくなるはず。これ以上の情操教育はないと考えています。今後、授業の一環として取り入れてもらえるように活動していこうと考えています。

表現を通して人間を磨く。一人ひとりの心を磨く。それが大森さんのソーシャルアクティビストとしての生き方です。

■ 株式会社花三（はなさん）　大森青児氏
1948年岡山県出身。昭和47年にNHK入社。演出家として数々の作品を生み出す。
連続テレビ小説『鮎のうた』『はね駒』『京ふたり』『ぴあの』、銀河テレビ小説『私小説』ではギャラクシー賞受賞。『新・王将』上海国際テレビ祭主演男優賞（間寛平）、『株価0！！』放送文化基金賞優秀賞、『天空に夢輝き～手塚治虫の夏休み～』ハイビジョン国際映像祭グランプリ、ノンブルドールベストサウンド賞、『生存～愛する娘のために～』ギャラクシー賞など多数。2006年NHK退職後、㈱花三代表取締役就任。

編集部