細胞融合は、我が国の岡田善雄により発見され、その後、異種細胞同士の融合を可能にする細胞学の技術としてHenry HarrisやNils Ringertzにより発展された。この技術が一番成功した実用例は大量の抗体を作るハイブリドーマの作成で、免疫学だけでなく、抗体による特異的分子の特定を可能にして、生物学全体を大きく変革した。異種の細胞が融合して一つの細胞になるというのは驚くべきことだが、ほとんどの場合それぞれの種から2本づつの対立遺伝子を持ち込んでおり、全体で一種の4倍体が出来上がってしまうので、細胞が分裂するうちに染色体はどんどん失われ、もっとも安定な組み合わせだけが残る。すなわち、正常からは遠く離れた状態になってしまう。したがって、ハイブリドーマや、細胞質因子による染色体のリプログラミングといった一部の研究領域を除いて、細胞融合の利用は期待ほど拡がらなかった。
今日紹介する中国科学アカデミー研究所国家重点実験室からの論文は、染色体が2倍体同士の細胞を融合させるのではなく、1倍体同士を融合させて、半分の染色体はマウス、半分はラット由来のES細胞を作ったという驚くべき研究で1月14日号のCellに掲載された。タイトルは「Generation and application of mouse-rat allodiploid embryonic stem cells (マウスとラット細胞を融合させて異種2倍体ES細胞を作成し応用する)」だ。この研究を率いる周希(Qi Zhou)は個人的にも、幹細胞について国家間の政策や倫理を話し合う国際幹細胞フォーラムで付き合いがあったが、中国の胚操作研究を代表する若手で珍しくフランス留学組だ。最初会った頃と比べると、仕事も洗練され、最近ではNature, Cellといったトップジャーナルの常連になりつつある。中国ではほぼ安定した地位を固めたのだろう。この研究では、母親由来の1倍体 ES細胞を卵子の為性生殖によって、父親由来の1倍体ES細胞を受精後メスの核を取り除いた欄から作成する。この1倍体のES細胞を次に融合させて、マウスとラットの染色体を1nづつ持ったES細胞を4株作っている。簡単に書いてあるが、本当はそうではないだろう。驚くのは、マウスから20本、ラットから21本と異なる数の染色体を持ち込んだES細胞が安定に増殖を繰り返し、常に8割近くの細胞が染色体異常を示さない状態で維持できることだ。さらに試験管内だけでなく、マウス胚盤胞に注射すると、ほとんどの細胞へと分化できる。ただ、生殖細胞については最後の段階で細胞は死んで、精子や卵子になることはない。これはそれぞれの染色体数が異なるため、染色体のペアリングが必要な段階で分化が停止するのだろうと結論している。この新しい方法を用いると、それぞれの対立遺伝子は種が違うので、どちらの染色体からどのぐらいの遺伝子が発現しているかを調べることができる。実際、同種とは異なり、対立遺伝子から発現する遺伝子の量が少しづつ異なっている。不思議なことに、X染色体の不活化はマウスから持ち込んだ染色体でしか起こらないのだが、この原因が、X染色体不活化の主役Xist遺伝子を抑制するTsix遺伝子の発現が、ラット染色体のほうでより高いためだろうと推察している。また、これまで同種だと明確に特定できなかったX染色体不活化を逃れる遺伝子を大量に特定している。このように、新しい細胞がこれまでわからなかった様々な問題を解決できることは明らかだ。おそらくもっともっと大きなポテンシャルを今後発揮するように私は思う。特に、ゲノムの構造化についての研究が進んだ今、この細胞は対立遺伝子それぞれがどう構造化され、どう連携するのかなどを研究する分野に大きな貢献をするだろう。タイムリーな素晴らしい研究だと思った。