●Miles Kimball, “On Real and Fictional Economists”(Confessions of a Supply-Side Liberal, October 22, 2014)
ジョン・ナッシュ(John Nash)との個人的な関わり合いと言えば、「ナッシュ均衡」(日本語版のウィキペディアはこちら)や「ナッシュ交渉解」にすがりついたり、彼の半生を描いた『A Beautiful Mind』(「ビューティフル・マインド」)を映像で視聴したり本(邦訳『ビューティフル・マインド: 天才数学者の絶望と奇跡』)で読んだりすることくらいに限られている。先週プリンストン大学を訪れた際に耳にしたのだが、ナッシュは今でも経済学のセミナーに足を運んでいるらしい1。
こんな話も聞いた。映画の『ビューティフル・マインド』ではナッシュの実際の研究室も撮影に利用されたのだが、ナッシュをはじめとして近くに集まっていた一団に対して映画関係者から「撮影が終わるまで中に入らないで下さい」と注意があったという。ナッシュはその注意を聞き入れて撮影が終わるのを我慢強く待っていたということだが、映画関係者はナッシュ本人に気付いていなかったという話だ。
映画の『ビューティフル・マインド』(日本語版のウィキペディアはこちら)は経済学者がヒーローとして描かれている珍しい作品だ。いや、経済学者っぽく見える人物と言うべきかもしれない。というのは、ナッシュは数学者でもあるからだ。映画の世界では経済学者のヒーローよりも数学者のヒーローの方が多いのではないかというのが私の考えだ。
「テレビドラマに出てくる経済学者の登場人物と言えば?」と問われたら、個人的には『The West Wing』(「ザ・ホワイトハウス」)に出てくる(マーティン・シーンが演じる)ジェド・バートレット大統領(日本語版のウィキペディアはこちら)を真っ先に挙げたいところだ。バートレット大統領はノーベル経済学賞受賞者という設定だ。しかし残念ながらと言うべきか、経済学的な思考法が身に付いているとは言い難いことは彼の話にそんなに長い間耳を傾けずともすぐにわかることだろう。というわけで、バートレット大統領は――政治的な立場如何では――アメリカの大統領としてはいいお手本のような存在かもしれないが、経済学者にとってはいいお手本とは言えないだろう。
フィクションの世界の経済学者で最も影響力があるのは誰だろうか? 「それはアイザック・アシモフの『ファウンデーション』シリーズに出てくるハリ・セルダンだ」2と個人的には答えたいところだ。ハリ・セルダンが考案した「心理歴史学」――集団を構成する一人ひとりの行動を予測することは困難だとしても、大数の法則を応用して集団全体の行動を予測する可能性を探る学問分野――は良質のマクロ経済学に極めてよく似ているのではないかと思う。私に影響を与えた科学分野の読み物は他にもあるが、経済学者になろうと決心する上でアシモフの『ファウンデーション』シリーズがかなり大きな後押しとなったことは間違いない。『ファウンデーション』シリーズに強く影響された経済学者は私一人だけに限られるわけではない。ポール・クルーグマンも『ファウンデーション』シリーズに重大な影響を受けたと語っている3。(英語版の)ウィキペディアの「ハリ・セルダン」のページでもそのことに言及されている4。
カナダのケベック州モントリオールで開催された第67回世界SF大会(ワールドコン)に出席したノーベル経済学賞受賞者のポール・クルーグマンはハリ・セルダンについて言及した。クルーグマンが経済学に興味を持つようになったきっかけはアシモフの『ファウンデーション』シリーズを読んだことにあるという。『ファウンデーション』シリーズでは未来の社会科学者たちが「心理歴史学」を拠り所にして文明を救うために奮闘するが、現実には「心理歴史学」という学問分野は存在していなかったため次善の策として経済学の道に進んだという。クルーグマンは2013年8月25日のコラムでイブン・ハルドゥーン(日本語版のウィキペディアはこちら)のことを『中世イスラム世界のハリ・セルダン』と呼んだ上で「なかなかの仕事ぶりだ」と讃えている。
「フィクションの世界の経済学者」としては他に誰がいるだろうか? 「フィクションの世界の経済学者」は現実の世界にどんな影響を持っているのだろうか? 他の人たちの意見も聞きたいところだ。経済学は物議を醸す話題の数々に首を突っ込んでいるわけだが、その割には経済学(および経済学者)は全般的に見てポップカルチャーの世界でまあまあいい扱い(描き方)をしてもらっているのではないかというのが私の意見だ。
リアルな世界(現実の世界)に話を移すと、この世界をよりよくしたいと願うのであれば――ハリ・セルダンが銀河帝国を救いたいと願ったように――若き経済学徒を相手にそのことを切に訴えかけるのが最も有望な方法の一つではないかと考えている。このことは私が折に触れて立ち返っているテーマでもある。詳しくは以下の一連のエントリーを参照して欲しい。
- Why I Write
- On Idealism Versus Cynicism
- On the Future of the Economics Blogosphere
- Paul Romer and Company on the Cashless Society
世界を変えるための戦略マニュアルもあれこれ考えている。以下がそれだ。
- So You Want to Save the World
- That Baby Born in Bethlehem Should Inspire Society to Keep Redeeming Itself
- Going Viral
- Three Revolutions
“Prioritization”(優先順位付け)と題したエントリーでも語ったことだが、「もっとやれ!」(既存の方法にもっと多くの資源を投入せよ!)という方針とは異なる戦略マニュアルのヒントがあれば是非ともお聞かせ願いたい。そうしていただけたらありがたいばかりだ。
- 訳注;残念ながらジョン・ナッシュは昨年(2015年)の5月23日に交通事故で細君とともに帰らぬ人となっている。詳しくは本サイトでも訳出されている次のエントリー(227thday氏による翻訳)を参照されたい。 ●アレックス・タバロック 「ジョン・ナッシュよ、安らかに」(2015年5月25日) [↩]
- 訳注;日本語の解説としてはこちらを参照されたい。 [↩]
- 訳注;この点については山形浩生氏が翻訳されている次の文章も参照されたい。 ●ポール・クルーグマン 「ぼくのキャリア上のできごと」 [↩]
- 訳注;現在は削除されている。 [↩]
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