「お仕事は何をされていますか?」
「詩を書いてます」と、私はぼそぼそ答える。
「詩……へえ。どこで読めますか」
ネット……とか、詩の雑誌とか。あ、詩集も出してます……。自分のことなのに、しどろもどろになる。
目の前の相手が、私の一言一言に、不可解そうに眉をひそめているのがわかる。会社員、教師、看護師など、しっかりとした肩書きがある人は、こういうときもハキハキ答えられるのだろう。でも創作活動、それもとびきりマイナーなジャンルに携わっている場合、何と答えるべきか困ってしまう。
相手は〈詩=ポエム〉と頭の中で接続したらしく、「わあ、『ポエマー』じゃないですか」と半笑いで口にする。
「えっと……その、『詩人』です」。私は気弱に笑い返す。
「まあ、まだ若いからねえ。好きなことやりなよ」
若い、か……。心の中でため息をつく。私は「若い」という言葉に散々甘やかされて、とんでもなく社会不適合な道を選んでしまった気がする。
JK詩人、華やかなりし頃
八年前、十六歳で詩の雑誌の新人賞をもらって、詩人という肩書きを得た。「JK(女子高生)詩人」なんて呼び名が付き、地元の新聞に写真付きでインタビューが載った。
「高校生の内に詩集を出しましょう」と編集者に提案され、言われるがまま出版。その詩集が、最年少で中原中也賞※に選ばれて……と怖いほどトントン拍子に運んでいった。
※中也賞のイメージが湧かない方は「詩の世界の芥川賞」ととらえてみてください。ちなみに私の前年度の受賞者は、川上未映子さんでした。
もっとも、当人は内心「このままうまくいくはずがない」「こんなお祭り騒ぎ、人生で最後だな」と斜に構えていた。
受賞の報道でクローズアップされるのは年齢のことばかり。せっかく詩の世界の入口に立てたのに、世間はなんて浅はかだろう。某ニュースサイトが「文壇に美少女現る!」などと安易な見出しで報じたために、2ちゃんねるにスレが立った。いわく「全然、美少女じゃない」「不細工」(当たり前だ!)。
周りの声がうっとうしくて、「けっ。最年少だからって何よ?」という苛立ちで爆発しそうだった。まったくもって可愛くない。
当時は札幌に住む高校生。周囲に詩を書く人はいなかった。
一体どんな人が「詩人」と呼ばれているのだろう? 実態は、中原中也賞の授賞式に行くと判明した。
出席者に二十代、三十代の若者は皆無。そんな心細い状況の中、「受賞の言葉をお願いします」と壇上でスピーチを求められる。出席者の中に、髪の黒い人を必死で探す。黒髪の人はいるが、あれは編集者だ。詩の世界、おじさんと、おばさんばかりじゃないか。
授賞式後のパーティーでは、口々に「これからの詩の世界を引っ張っていってほしい。書き続けてくださいね」と肩を叩かれた。「は、はい! がんばります!」。訳もわからず、首をぶんぶん縦に振る。
怒涛の「書き続けてください」攻撃から解放された私は、会場の隅でジュースをすすり(未成年)、これは大変なことになった、と途方に暮れた。
「私、死ぬまで詩を書くのかな。あと五十年も書き続けるってこと? 一体どうなっちゃうの?」
たいへんだ、たいへんだ。手の中のオレンジジュースがぶるぶると震えていた。
痛恨のミスをJD(女子大生)は犯した
東京の大学に進学すると、途端に書評やエッセイの執筆を頼まれるようになった。〈最年少〉は専売特許になり得るらしい。
「大学に通いながら仕事してるなんて、しっかりしてるね」「偉いね」とおだてられ、私はすっかり得意になっていた。だが〈学生詩人〉の看板が定着した頃、私は最大のミスを犯した。
大学を卒業してしまったのだ。
そう、学校は永遠ではなかった。年齢が上がっていくにつれて、求められる「しっかり」の度合いは上がっていく。周りが就活し始めると、「偉い」と讃えられる代わりに「それで生活できるの」「何を目指して書いてるの」と問われる時期に突入した。
半年後の仕事の有無もわからない私は、当然数年先の未来も見えない。会社員の友人たちは出世するだろうし、実家の親は老いていく。書くことで食べられる日はくるのか……。
学生詩人の看板を失い、私は今、崖っぷちに立たされている。
大学時代、サークルの飲み会での出来事だ。ある流行語について「それ、なんて意味ですか」と尋ねたとき、先輩が(私にではなく)他の人に顔を向け、同意を求めるようにこう言った。
「文月さんは、本の中の世界しか知らない人だから……」
「本の中の世界しか」。つまり「お前は『現実』を知らない」と言われたのだ。ショックだった。先輩は私を深く知らないからそんなことを言えるのだ、と内心傷ついた。
けれど、先輩の言った通りではないか。現に自分は、本や原稿用紙ばかり見つめて、気づけば世間知らずな小娘に成り果てている……。
何もない、ないない尽くしの私
「cakesで書いてみませんか。一度ぜひ打ち合わせを……」
ある日届いた、連載依頼のメール。私はきゃあっと歓声を上げかけて、ぐっと飲み込んだ。こ、これは何かの間違いだ。私はバーも経営してないし、パリジャンも知らないし、家にテレビもないし、名前は雨月じゃなくて文月だし。
そんな「ないない」尽くしの私が、cakesみたいなキラキラした媒体に連載なんて……。
詩の世界から外に出れば、私は無名同然。人を唸らせる何かがないと、企画は通らないだろう。何か、って。何もないのに。
打ち合わせ場所の喫茶店に向かいながら、私は一歩一歩、後悔に沈んでいた。昼食も喉を通らなかった。せっかく近所まで来てもらったけど、連載の話はボツになるに違いない。
打ち合わせ相手のN氏は、優しい目が印象的な男性編集者だった。文化系男子、という風情である。ぶ、文化系……。
「文月さんはどんな映画を観るんですか」
「映画、あんまりくわしくなくて……」
「もうすぐスター・ウォーズ公開されますよね」
「スター・ウォーズ、一作も観たことないんです」
「あ、海外ドラマは? 漫画だと? 音楽とか?」
あらゆる角度から私の嗜好を探ろうとするN氏。私も記憶の隅まで引っくり返し、おずおずと話し出すのだが、どのジャンルにおいてもこれと選べるものがない。「なんとなく」が多すぎるのだ。
私には文化的な知識も、人が驚くような経験もない。それどころか、みんなが知っている映画や音楽に、ほとんど触れてこなかった。手持ちの引き出しを探ったところで空っぽなのだ。
打ち合わせは三時間を悠に越えた。「ボツになる企画で経費を使わせるのは申し訳ない」と珈琲のおかわりも言い出せない。焦りと空腹に追い詰められて、私は震えながら口走った。
「わ……わたし、何もないんです」
就職活動、車の運転、飲み会の幹事などの社会経験一切なし。東京に六年近く暮らしているが、人混みが苦手なため、クラブにも、スポーツ観戦にも、野外フェスにも、初詣にも行ったことがない。花火大会や遊園地、キャンプや海水浴などの夏休み的な行事も大人になってからは無縁だ。
いわゆる「女の子らしさ」を試される気がして、化粧品売り場も、料理も、恋愛も遠ざけてきた。自分とは関係のない世界に思えて、空想の世界に逃げたのだ。
「うーん……文月さんは、ずいぶんと臆病なんですね」
N氏は困った顔をして「詩を書いていなかったら、文月さんは普通のキラキラした女子になれたのでは?」と助け舟(?)を出してくれた。
どうだろう、と納得できずに首をかしげる。書くせいで世間に馴染めないのではなく、馴染めないから書いているのだ。
女子高生詩人の真実
高校生の頃、教室ではひたすら無個性を貫いた。女子と連れ立ってトイレに行き、会話のネタに困ったときは、携帯電話をいじって誤魔化した。根暗と思われないよう、大好きな読書を学校では封印した。
けれど「いい天気だね」、「あそこのケーキ屋さん、おいしいらしいよ」と何気ない世間話を振られると、途端に酸素が薄くなった。意識がすーっと遠くなり、歩き方がわからなくなるのだ。私が遅れて「ああ」とか「そうなんだ」と反応したときには、話題はすでに別のものに移っている。
五人で並んで歩いていたのに、気づくと私だけが廊下の端に追いやられている。靴紐はぶらぶらだ。適切な頃合いで相槌を打たなくては、と精一杯で、靴紐を結ぶタイミングすらつかめないのだ。
みんなが自然にリズムに乗って踊る中、一人だけ必死の形相で、ワンテンポもツーテンポも遅れる残念な子。彼女は世間話で息切れを起こし、みんなの空気をぎくしゃくさせる。彼女を待ち受けるのは、追放の物語にほかならない。
世間から破門された私は、隠れて詩を書き続けた。教室にいるお粗末な私はニセモノ。詩の中の私を現実だと思って生きていこう……。それが〈女子高生詩人〉の真実だ。
〈最年少受賞〉のお墨付きは、あんなに遠かった世間が私に与えてくれた唯一の称号。詩人として世間を泳ぎ切るのだ、と勇ましく上京した私に、読者や編集者はこう口を揃えた。
「会ってみると、意外と普通の人なんですね」
みんなをがっかりさせている気分に陥った。平凡で地味な自分は〈最年少〉の華々しさに似つかわしくない。それが世間から二度目の破門だった。
「早熟」「天才」と騒がれた女子高生は、今やどこにもいない。残されたのは、臆病で夢見がちな冴えない女。二十四歳なんかじゃなくて、ずっと女子高生でいられたらよかったのに。
私は現実と向き合うのが怖いのだ。現実からずれてしまうことも、現実にあっさりと適応し、自分の平凡さを自覚してしまうことも……。
「ここはひとつ、現実に『入門』してみませんか」
N氏の囁きに、はっと顔を上げた。
「未経験のことに一個一個、挑戦していくんです。その体験の様子をエッセイとして連載するのはどうでしょう」
自分の果てしない未経験ゾーンを思い浮かべる。合コン、選挙、競馬、宝くじ、車の運転、お菓子作り、八百屋、TSUTAYA、ラブホテル……? あまりに広大で脈絡がない。でも、これらに正面から飛び込んでいくことで、私は地に足の着いた〈大人〉に近づけるのではないか。
私はもう二十四歳の自分に賭けるしかない。「何もない」自分と、とことん向き合うしかないのだ。
「な、なんだか、やれる気がしてきました」
「いいですね。その意気ですよ」
やった、と私は興奮で少し頬が熱くなった。N氏はにこにこしながら、こう続けた。
「じゃあ、まずは合コンをセッティングしましょうか」
きゅーっ、と空っぽのお腹が苦しまぎれに鳴いた。
次回、「はじめての初詣の巻(仮)」へつづく