ちなみに私も手話は詳しくないので、当ブログでは、将也が読み取ったりして、「訳」がついているものについては省略しています。
そういう観点で見てみると、今回対象になるのは1箇所だけです。
8ページ、成人式の会場で、市長の退屈なスピーチの合間に「いちゃつく」2人の手話のところですね。
第62話、8ページ。
硝子「かっこいいよ」
将也「そっちこそ、きれいだね」
8ページ3コマめ:「良い」
8ページ4コマめ:「美しい」
…まあこれは、植野から「イチャついてんじゃねーよ!」と突っ込まれても仕方ないですね(笑)。
なお、最終話にはもう1つ、手話として解釈したほうがいいかもしれないコマがあります。
13ページめ、将也が小学校時代のトラウマに一瞬とらわれる場面から、「戻ってくる」瞬間です。
第62話、13ページ。
このシーンの「右手」のコマ、これはシェードがかかっているので普通に考えれば「過去の回想」のコマ(将也がクラスメートらに手を伸ばそうとする=かつて関係を渇望していたことを示すイメージ?)と考えるのが自然ですが(次のコマと、コマの水平位置もずれていますし)、もしかすると、硝子が将也の目の前で手を振る、あるいは何か手話で表現したコマかもしれません(両方をかけてある可能性もあります)。
手話だとすると、何の意味でしょうか…。「わかりました」(の途中)とかが近そうですが、それでは意味が通じないですし、次のコマで硝子の胸に手がないですし。
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わかりましたは手を下に下ろす、手を左胸に向かって動かすと、大丈夫、できると20年前のどんぐりの家では描写されてました。地方によってはその動きをしながらこぶしを握ります。愛知県東部近辺ではそうやって習いました。失声症のケアハウス利用者のばあちゃんもそうやって表してました。
お話の流れの中ではしっくり来るかしらと思いますが、やっぱりナゾのママの方が楽しいですね。
ネイティブやコーダの方はどうやって解釈するんでしょうか?
これはそもそも手話かどうかも分からないですね。
普通の人もよくやる、手を相手の目の前で振って、ぼーっとしている人の目を覚ましているだけかもしれませんし。
植野が「イチャついてんじゃねーよ!」と言ったのは、この手話の意味を理解していたからだったんじゃないかな?と思います。
二人の雰囲気で手話を読み取ったぐらいでは、「イチャついてんじゃねーよ!」とツッコミを入れれるかな?と。
私がその場にいたとしても「久しぶり〜」的な会話なのかなと思いそうです。
硝子が植野と佐原の真ん中に座ってることからも、61話で「好きになれない」と言っていた植野が硝子のことを好きになることができて、本当に仲の良い友達になれたのだなーと思いました。
コメントありがとうございます。
ようやく単行本最終巻も発売され、そういう意味では「ネタバレ」になるものがようやくなくなりましたね。
この手話ですが、植野も覚えた可能性がありますね。
ファッション系の仕事の勉強をしているわけですから「きれい」とか「いい」とか「かっこいい」みたいなことばはよく出てくると思いますから、自然と覚えてしまったのかもしれません。
まだ植野は硝子のことを素直に好きだと思ってはいないかもしれませんが、当たり前につきあっていける程度には打ち解けたようで、いいエンディングだったと思います。