去年12月。
年末恒例の記者会見に臨むロシアのプーチン大統領です。
国内外から集まった記者を前に強気の発言を繰り返しました。
去年ロシア軍の爆撃機がトルコ軍に撃墜された事については…。
今もロシアと欧米の駆け引きが続くウクライナ情勢の見通しについては…。
ロシアは今欧米とは一線を画した独自の路線でその存在感を際立たせています。
アメリカが対応に行き詰まり混迷が続くシリア情勢。
大規模な空爆に踏み切り主導権を握ろうとしています。
アジアや中東で台頭する地域の大国とも連携。
新たな国際秩序を作り出そうとしています。
東西冷戦の終結から四半世紀あまり。
世界は超大国アメリカを中心に秩序が形づくられてきました。
しかしテロとの戦いでその威信は失墜。
国家の野望がむき出しになっています。
新たな脅威の出現と混乱の連鎖。
世界はどこへ向かうのか。
シリーズ「激動の世界」。
第2回は大国復活へと突き進むプーチンのロシアです。
2年前のクリミア併合をきっかけにこれまでの欧米協調路線に終止符を打ったロシア。
今何を目指しているのか。
国家の命運を賭けたロシアの野望に迫ります。
(大越)ヨーロッパとアジアの境に位置する黒海。
そこに突き出たクリミア半島は軍事の要衝でもあります。
ここから見えるセバストポリの軍港を独占しているのはロシアの艦船です。
ロシアは2年前ウクライナの領土であるクリミアを力を背景に併合しました。
そしてその事は世界に大きな衝撃を与えました。
なぜならそれは冷戦のあとアメリカを中心に作られてきた国際秩序にかつてのライバルが公然と挑戦状をたたきつける事にほかならなかったからです。
このあと世界は新たなリスクをはらみながら激動する事となりました。
しかしプーチン大統領は行動を改めるそぶりすら見せません。
むしろ欧米などからの非難の声をエネルギーに変えるようにして独自の流儀で大国復活を目指しています。
冷戦後欧米と歩調を合わせ共にG8のサミットを運営するまでになりながら大きく逆方向へとかじを切る事になったロシア。
そのプーチン大統領の胸の内に深く寄り添い野望の実現に奔走するある実業家を追いました。
ロシアの政治の中心クレムリンに隣接する迎賓館です。
去年3月ロシアのクリミア併合1周年を祝うパーティーが開かれました。
出席したのは現職の閣僚や政党の幹部など数百名。
クリミアの行政府の指導者も駆けつけました。
パーティーを主催したコンスタンチン・マロフェーエフ氏41歳。
不動産開発や株式の売買で若くして巨額の財を成したビジネスマンです。
その豊富な資金力でプーチン政権と深いつながりを築いてきたマロフェーエフ氏。
外国のメディアではそう呼ばれています。
中でも親密なのがショゴレフ大統領補佐官です。
大統領補佐官はプーチン大統領が自らの政策立案のために選んだ側近です。
マロフェーエフ氏はこうした人脈を通じて大統領の意向をくみ取り動いてきました。
私は…マロフェーエフ氏はクリミアの併合にも深く関与していたと見られています。
これはロシアに対してEUヨーロッパ連合が発動した制裁の対象者のリストです。
政府高官や軍の関係者と共に民間人であるマロフェーエフ氏の名前が載せられています。
クリミア併合のきっかけとなった2年前のウクライナの政変。
ロシア寄りの政権が抗議デモによって倒されEU入りを目指す親欧米の暫定政権が誕生しました。
ロシア系住民が多い南部のクリミアでは暫定政権に反発する勢力がロシアへの編入を求める動きを強めます。
プーチン大統領はロシア系住民の保護を理由にロシア軍部隊をクリミア各地に展開。
一方的にクリミアを併合します。
EUは併合を画策した勢力に対しマロフェーエフ氏が物資や資金面で支援していたと見ているのです。
力を背景にした現状変更の試み。
国際社会のルールを踏みにじるロシアの行為に欧米は強く反発しました。
しかしプーチン大統領はクリミアは歴史的にロシアの領土であると主張。
欧米との亀裂は決定的なものとなりました。
クリミア併合直後ウクライナ東部では親ロシア派と呼ばれる武装勢力が分離独立を求め紛争を引き起こします。
当時その親ロシア派を指揮していたのは2人のロシア人でした。
実はこの2人ウクライナの政変直前までマロフェーエフ氏と共に働くなど密接な関係にあったとされています。
ウクライナの情報機関はマロフェーエフ氏がこのうちの一人と交わしたとされる電話の記録を公表しています。
欧米寄りとなったウクライナに揺さぶりをかけるロシア。
その背後で動いたとされるマロフェーエフ氏。
しかし行っていたのはあくまで人道目的での支援だったといいます。
国際社会の非難を浴びながらもロシアが一方的に併合したクリミア半島。
この日セバストポリの軍港を拠点とするロシアの黒海艦隊が海上パレードを行いました。
黒海に面し地中海へとつながるクリミアはロシアにとって戦略上の要衝です。
黒海艦隊の装備の増強を進めNATO北大西洋条約機構ににらみを利かせようとしています。
観覧席には地元政府から特別なゲストとして招かれたマロフェーエフ氏の姿がありました。
クリミア併合は大国復活を目指すロシアの第一歩になったとマロフェーエフ氏は考えています。
ビジネスマンでありながらプーチン大統領の動きを陰で支えるマロフェーエフ氏。
そこには冷戦終結後アメリカが中心となった世界に対する強い憤りがあるといいます。
1991年のソビエト崩壊で誕生した新生ロシア。
民主主義や資本主義といったアメリカの価値観を受け入れ協調していく路線に踏み出します。
(拍手)祖国の変化を17歳で目の当たりにしたマロフェーエフ氏。
新しい時代の到来に胸を躍らせていたといいます。
しかし急速に市場経済化を進めた事でロシア国内は激しく混乱。
銀行の取り付け騒ぎが起きるなど経済危機に陥ります。
直面したのは大国としての地位や誇りを失った現実でした。
更にアメリカが主導する軍事同盟NATOが東ヨーロッパや旧ソビエトの国々を次々と取り込み拡大。
ロシアの国境にまで迫りました。
ロシアがウクライナ南部のクリミアを併合してから間もなく2年。
その実効支配はどこまで進んでいるのか。
去年末ウクライナ政府の許可を得てクリミアの中心都市シンフェロポリを訪ねました。
町じゅうで目にするのはプーチン大統領の巨大なポスターです。
今では当然のようにロシアの通貨ルーブルが使われています。
プーチン政権はクリミアの発展を国の最優先課題と位置づけています。
住民が併合の恩恵を実感する事が大事だと1兆2,000億円近くをかけてインフラ整備などを進めています。
更にクリミアを経済特区に指定し税を優遇するなど活性化を目指しています。
しかしその恩恵を受けているこのコンクリート工場もウクライナのほかの地域との取り引きが断たれた事による痛手は避けられません。
工場長は先行きへの不安を感じていました。
今も国際社会の反発が続く中クリミアはロシアの一部に取り込まれようとしています。
力を背景にした現状変更に踏み切ったロシア。
その覚悟の裏に一体どのような思惑があるのか。
ロシアの政治と安全保障政策に詳しい国際政治学者ドミトリー・トレーニン氏に聞きました。
アメリカの影響力が低下したリーダー不在の世界を予言してきた国際政治学者イアン・ブレマー氏です。
アメリカはロシアが描いている世界観を大きく見誤っていると指摘します。
しかしその強硬な姿勢はロシアに大きな影を落としています。
欧米などからの経済制裁が2年近くにわたって続いているのです。
ルーブル安によって物価は毎月のように上昇。
欧米企業の撤退の動きもあり雇用の不安が広がっています。
ところがクリミアの併合以降プーチン大統領の支持率は上昇を続け過去最高の90%近くにまで達しています。
なぜこれほどまでに支持が高まっているのか。
大学生が集まる勉強会を訪ねました。
クリミア半島は私たちにとっては当然私たちの仲間なんだ国なんだ。
だからそこを併合するのはいいと。
ロシアの人々とりわけソビエト崩壊後に生まれた若者たちの間には強いロシアこそが自らの祖国だという愛国心が強まっていました。
ロシア社会の変化を見つめてきた民間世論調査機関のレフ・グトコフ氏です。
国民の愛国心に訴えるプーチン大統領の手法は危うさもはらんでいると指摘しています。
愛国心を鼓舞しながら欧米と対立を続けるロシア。
今新たな秩序の構築に向け動き始めています。
ナチス・ドイツに対する勝利から70年を記念する軍事パレード。
主賓として招かれたのは中国の習近平国家主席でした。
中国人民解放軍も初めて参加しロシアと中国の密接な関係を内外に印象づけました。
中東ではプーチン大統領が8年ぶりにイランを訪問。
シリア情勢を巡ってアメリカが退陣を迫るアサド政権を共に支援していく事で一致し連携を深めています。
更にプーチン大統領はアメリカとヨーロッパの強固な同盟関係にもくさびを打ち込もうとしています。
その考えを自らの言葉で語った特別番組です。
まずプーチン大統領は世界が直面するさまざまな問題の根源はアメリカの独善的な正義感にあるという持論を展開しました。
そしてヨーロッパに対してはアメリカとの関係を見直すよう呼びかけました。
ロシアがヨーロッパへの足掛かりとして注目している動きがあります。
相次ぐテロや難民の流入でヨーロッパ各地に広がるナショナリズムです。
移民の排斥やEUの統合に異を唱える極右政党の主張が人々の支持を集めています。
ロシアはこうした勢力と連携する事でヨーロッパに揺さぶりをかけようとしています。
プーチン大統領を支えるビジネスマンマロフェーエフ氏です。
この日ある人物の到着を待っていました。
現れたのはフランスの極右政党国民戦線の幹部でした。
国民戦線はおととしロシアから11億円余りの支援を受けたとされています。
マロフェーエフ氏は数年前から国民戦線と接触を繰り返してきました。
国民戦線を通じてフランスの外交政策に影響を与えようとしているのです。
ロシアとヨーロッパの極右政党。
アメリカの一極支配に対抗しようとする連携が深まっています。
アメリカが主導するNATOはロシアの動きに警戒感を強めています。
去年13年ぶりの大規模な軍事演習が行われ冷戦時代さながらにロシアとの間で緊張が高まっています。
NATOは再び東方への拡大を進めようとしています。
これまで空白地帯となっていた旧ユーゴスラビア諸国のうち先月モンテネグロの加盟を新たに承認。
ほかの国々も将来的にNATOやEUへの加盟を目指しています。
この流れを食い止めようとロシアが今接近しているのがボスニア・ヘルツェゴビナです。
冷戦終結後民族間の激しい内戦が勃発したボスニア・ヘルツェゴビナ。
3年半続いた紛争で20万人が犠牲となり国際社会の調停でようやく和平が実現しました。
その後セルビア系住民が中心の地域とイスラム教徒とクロアチア系住民が中心の地域とに分かれそれぞれが自治を行う事で安定が保たれてきました。
しかし今セルビア系住民の地域では民族の自立を目指す動きが勢いを増しています。
EUやNATO加盟を目指す国の方針に反発しロシアからの支援を求めています。
掲げるポスターには「クリミアのように助けてくれ」と書かれていました。
セルビア系住民の地域でロシアが関係を築いてきた人物がいます。
この地域の指導者…EUやNATOに加盟すればセルビア系住民の自治が奪われかねないと主張しています。
プーチン政権はセルビア系住民の地域に対し経済協力を進める事でドディック氏を支えてきました。
そうした支援の一つが地元のテレビ局で報じられました。
第1次世界大戦でセルビア人の後ろ盾となった帝政ロシアの皇帝ニコライ2世の銅像。
ロシアとセルビア人の深い絆を示すものとして贈られました。
ロシアの代表団を率いていたのはプーチン大統領の側近…代表団にはマロフェーエフ氏も加わっていました。
経済や教育の分野でこれまでも多額の支援を行っていたのです。
マロフェーエフ氏は今後もロシアの存在感を高める事で欧米への接近を阻みたいと考えています。
ロシアは今過激派組織ISイスラミックステートへの対応を巡り国際社会での影響力を一層強めようとしています。
内戦の続くシリアではISなどの拠点に対して大規模な空爆を続けその軍事力を誇示。
更にパリの同時テロ事件を受けてフランスとの連携を強めテロとの戦いで主導権を握ろうとしています。
軍事外交面で矢継ぎ早に手を打つプーチン大統領。
IS対策の中心はアメリカではなくロシアが担っている事を強く印象づけようとしています。
独自の路線でその存在感を際立たせるロシア。
これからの世界に何をもたらすのか。
特筆すべきなのは…オバマ大統領にはない強い意志と決断する力があります。
経済的な豊かさを脇に置いても戦火をくぐり抜けてきたこの広大な国土を最低でも維持しなければならないという価値観はここロシアに特有なものかもしれません。
そのためには国防のラインを少しでも前にせり出し周辺地域に介入してでも親ロシアの勢力を育成しなければならないという思いがプーチン大統領を突き動かしているように見えます。
しかし時に挑発的とも言えるその行動は周辺国にとっては大きな圧迫となり国際社会に強い懸念を与えています。
しかもプーチン大統領とはいえ政治的に不死身ではありえません。
愛国心に訴え圧倒的な国民の支持を追い風にして突き進むプーチン大統領の姿に危うさを感じ取る人はここロシアでさえ少なくないと感じます。
プーチン大統領にとって悪化した欧米との関係を再構築する選択肢を持つのか。
それとも綱渡りのようにも見える対外路線をこのまま継続するのか。
2016年の世界が抱えるリスクを見極めようとする時に常にそのプーチン大統領が渦中にある事だけは間違いなさそうです。
新年を前に演説を行ったプーチン大統領。
国民に呼びかけたのは更なる団結でした。
(拍手)マロフェーエフ氏はプーチン大統領の決意を静かに受け止めていました。
ロシアの存在感が増す中その指導力が問われているのがアメリカです。
世界の警察官といわれてきたアメリカ。
終わりの見えないテロとの戦いに苦悩しています。
シリーズ「激動の世界」。
第3回はアメリカの新たな戦略を通して世界の行方を展望します。
2016/01/10(日) 21:15〜22:05
NHK総合1・神戸
NHKスペシャル シリーズ激動の世界 第2回「大国復活の野望〜プーチンの賭け」[字]
シリーズ「激動の世界」第2回は、大国の復活を掲げるプーチン大統領のもと、欧米と一線を画した、独自の路線を突き進むロシア。その新たな世界観を浮かび上がらせる。
詳細情報
番組内容
シリーズ「激動の世界」第2回は、欧米と一線を画した、独自の路線を進めるロシア。2年前の一方的なクリミア併合で、国際社会の激しい非難を浴びながらも、大国の復活を掲げるプーチン大統領は、強気の姿勢を崩していない。内戦が続くシリア情勢では、アメリカが有効な手立てを打てない中、本格的な軍事介入を行い、その主導権を握ろうとしている。ロシアは何を目指そうとしているのか。その新たな世界観を浮かび上がらせる。
出演者
【キャスター】大越健介,【語り】柴田祐規子
ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – 社会・時事
ニュース/報道 – 海外・国際
ニュース/報道 – 報道特番
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